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15.余談:三上の事情
しおりを挟むドサッと地面に倒れ込み、お互いゼエハアと荒い呼吸を繰り返した。
拳を喰らった頬やら腹やら至る所が重い。それはすぐ隣のこいつも同じ事で、寝転がったまま整わない呼吸に交えて投げかけてきた。
「あんた……確実にマエあんだろ」
失礼なヤツ。第一声がそれかよ。誰が警察の世話になんてなるか。
あの馬鹿がセンパイセンパイと常日頃から尻尾を振っている男。どんなもんかと思ったらただの鬼畜だった。
内臓いてえ。
「ねえよ。てめえだろソレ」
「ふざけんな、ねえし。ガキの頃に補導されかけて逃げた事ならあるけど」
「……あいつとか?」
「ああ。学校サボって制服着たままホテル街歩いてて」
「…………」
思わず拳を握りしめた。こんな状態でなければきっとまた手が出ていたはずだ。
高校が一緒だったと言うだけ。俺よりも少しだけあいつと早くに知り合っただけなのに。
食いてえもんがあるなら連れてってやると言っても俺には懐かねえクセして、あいつはこの男にばかりパタパタと尻尾を振る。
ムカツク。最後にあと一発くらい殴れていればよかった。
ところが黙ったまま一人考え込んでいると、唐突に吹き出した隣のこいつ。笑うと腹が痛むのか、腕で押さえながら肩を揺らしている。
「マジにしてんなよ、バカじゃねえの。心狭すぎんだろお前。スズと一緒にサツに追いかけられたのは……なんだっけな……あー、アレだ。二ケツ」
うぜえこいつ。
「……ダセえ」
「だよな」
なんだか笑えてきた。夏川に影響されて、次第に俺の肩も小さく揺れる。結局いつまで経っても勝ち負けの付かなかった殴り合いは、お互いの体力が尽きる事によって幕を閉じた。
そもそも疑っていた訳じゃない。本当はちゃんと知っていた。あれ以来あいつが夏川と体の関係を持っていないのは分かっていたし、自分で抱いてりゃ痕跡がない事にだって当然気づける。頭も尻も軽そうだけど、伊織が俺を裏切る事は決してなかった。
それでも嫌なものは嫌で。街を歩けば途端に女に気を取られだすあいつが、どうして夏川にはああも懐くのかが解せなくて。思い余った結果がこのザマだ。ダサいのは俺か。
真夜中に暗がりの中で怒鳴り合い殴り合い。男二人で力尽きてその場に崩れて呆れた笑いをもらす。相手への嘲笑と自分への呆れとを半々に含んだそれは、ついさっきまで目の前の敵を殺す勢いでいた空気感に平穏をもたらした。
「……なあ、三上」
「おう」
「スズのどこに惚れた」
なんだそりゃ。
唐突に聞かれて一瞬考えた。あいつのイイトコロ。
「……顔?」
「カオかよ」
「それしかなくね? 顔と体以外にイイとこねえだろあいつ。バカだし」
「フォローしてやりてえけど無理っぽい。いいヤツではあるんだけどなあ」
「バカなんだよ」
「バカだな、確かに」
代名詞にできそうだ。
地面に横たわったまましばらく言葉を交わした。多少落ち着いた体を動かせるようになると、今度は並んで座り込んでフェンスに凭れ掛かる。
いつもの動作でズボンのポケットに手を突っ込んだ時には、似たようなタイミングで隣の夏川も煙草を取りだしていた。手探りにライターを求めていればスッと横から差し出され、遠慮なくもらった火で点けた煙草は妙に旨い。
隣から漂ってくる煙。その匂いに思わず顔を向けると夏川もこっちを見てきた。なんかウケる。気づいた時には普通に笑いながら訊いていた。
「赤マル?」
「ああ。昔から」
「俺もだ」
ヘンな所で好みが一致した。いや、変でもなんでもねえのか。男だって分かってんのに、俺もこいつも伊織に手を出さずにはいられなかった。
いかにも硬派な男と言う感じの夏川はどうやら一途な側面も併せ持っているらしい。煙草もそうだがきっと人に対しても。野郎のために殴り合いまでするなんて相当だ。
しかしそう思うと負けた気分になった。あいつが最終的に選んだのは俺だけど、それでもやっぱり悔しさが募る。
ガラでもない。そんな事は百も承知だ。すでに恥を忍ぶような相手ではなくなっていると感じたから、煙草を口にしたまま一人言のように偽って呟いた。
「……やれねえわ。お前に、あいつは」
「あ?」
白み始めた空に薄く煙が彷徨う。ゆらゆらと行くアテもなく漂い、風の吹かない空気の中で静かに消えた。
なんでなんだか。それは一番俺が知りたい。
「……俺、マジ無理だしあいついねえとか。ここまで惚れさせられといて……今更手放せるって事はあり得ねえ」
自分でも気が触れたと思う。顔だけの奴で、ロクな事しなくて、しかも男で。そんな野郎より多少はマシな女くらいいくらでも捕まえられるのに、どうしたって俺は伊織がいい。
取られるのが嫌。たったそれだけの理由でらしくない事を言っている。
馬鹿げているけどコレで正しい。この男に対しては、本心でもなんでも晒して向き合わななければならない気がした。
「……伊織じゃなきゃダメだ」
理屈抜きに。伊織が欲しくて仕方ない。
「……お前それ、顔だけじゃねえよきっと」
横から不意に言葉を返され、俺はただ煙を吐き出した。口から離した煙草はゆっくりチリチリと燃えていく。
指には煙草を挟んだ腕を、立てた膝の上に乗せて投げ出す。じんわりと焦げていく葉っぱをぼんやりと眺めた。
「……かもな」
「だろ」
「夏川お前、ムカツク」
「お互い様だ」
殴られた頬が痛みに疼いた。
ダセえよ。ほんとに。くそダセえ。
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伊織がこんなにおバカじゃなかったら夏川先輩の方に行ったかもしれませんが、残念ながら頭の弱い子なので三上との間でフラフラしてました。いくらなんでも先輩が可哀想すぎるなと当時自分でこれを書きながらずっとしみじみ思っていたので同情してもらえて本当に嬉しいです。根っからのいい人なのできっとこれからも伊織を甘やかすポジションにい続けるはず…
楽しんでいただけて光栄です。最後までご覧いただきありがとうございました!!
とっても面白かったです!!
思わず一気読みしてしまいました…。
捨て犬バージョンが、可愛くて可愛くて…!!
なんだかんだ、喧嘩しながら、2人はずっと仲良くやっていくんでしょうね^^
ふらみんご様、ご覧いただきどうもありがとうございます。とても嬉しいです。
いただいたご感想に気づかず、長らく返信もせずに申し訳ありませんでした!
なんだかんだ仲良く。なるほどその通りだな!って大きく頷きました(^_^)
しばしば捨て犬バージョンになりつつ仲良くやるんだと思います!