このうえなく純粋な悪意

わこ

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 無理なものからは離れるに限る。ここは人が生活できる場所じゃない。戸建て持ってる奴らはお気の毒だ。俺は早急に引っ越すことにした。ワーキングスペースを借り続けていると払わなくていいはずの金がどんどん消えていくのがストレスになる。

 俺だってそこまでの間抜けじゃない。部屋探しはとっくにしていた。
 それでもなおここに住み続けているのは、異常に見つからなかったからだ。急ぎたいときに限って条件とマッチする部屋は空いていない。引っ越しシーズンでは全くないはずなのに。

 今回のこの部屋の失敗で、疑心暗鬼になっているのだろうか。自分自身のストレス耐性は今後一切信用しないことにした。下調べの不足が招く結果の重大性についてはすでに痛いほど叩き込まれている。
 次は静かで振動も異臭もなく公害ゼロで利便性が高く治安のいい部屋に住む。この狭い国土にそんな楽園があるはずないからとにかくクソガキが生息していない場所に住む。

 バカみたいに作業ブースに金つぎ込むのに比べりゃ家賃なんていっそどうでもいい。向こうが審査を通してくれるなら目いっぱいの上限まで範囲を広げる。
 隣が墓地でもいい。廃病院でもいい。いわく付きくらいどんとこいだ。元住人が首吊っていた事件があった場所でも気にしない。殺人現場だった部屋でも構わない。そうやってあらゆる事故物件を視野に入れようとも、静寂を求める人間が最適な部屋を探すのは難しい。

 希望の第一条件を伝えている不動産屋からとうとうオススメされたのは、動画配信者や楽器演奏者に人気の完全防音のなんかすごい部屋。そういう事なんだがそういう事じゃない。

 やはりこの国の面積は小さい。こうも狭い国なのだから人口は今の七割くらいでもいいんじゃないのかと割と真剣に思う。

 会社で仕事するフリをしながらスマホ見て遊んでいるような一定数を頭に思い浮かべると、一億人いようが七千万人だろうが労働生産力に限って言うならどのみち同じような所に帰結していく気がしないでもない。
 仕事しない奴を雇い続けるせいでこっちにシワ寄せがグイグイ来る上に給料まで上がらないときた。何時間サボっていようがやる事さえやっているなら別になんの文句もないが、そういう奴らはやるべき事すらやらない。なんならそいつ一人のせいで他人の業務まで滞る、ヤル気ねえんなら辞めちまえ。

 せめて陽気なムードメーカーならまだ可愛げもあるってもんだけど仕事しない連中の中には人間関係までサボる奴が多い。態度まで悪いんだから絶望的だ。人より圧倒的に仕事量少ないくせしてなぜか時々あり得ないミスまでやらかしてくれんのはなんなんだ。

 ちゃんと働いている奴のところには一向に金が回って来ないからまともに金を使う奴が減る。負のスパイラルと悪感情はこうやってボコボコ生まれる。
 遊んで金もらって無駄に消費する人間もクソみてえな社会の循環には必要だからこうなっているのだろうが、しわ寄せを食っている方からしてみればそれで納得できるはずがない。俺達が見ているのは所詮、全てではなく目の前だけだ。

 公正と公平とでは明確に意味が異なる。公正は一律の概念であるが公平となるとそうもいかない。
 人が多いとその分だけ公平性は薄れていく。公平にはきっと数の上限がある。俺はその上限から零れ落ちそう。


「キャイィィィヤァァァアアアアア!!!」
「ヒャーーーーーーーキャァアアアアアア!!!」
「キャァァアアアンキャハハハハハハキャァアアーーー!!!」
「ワーーーーーッアァアーーーーーーーーウォオオオオオオオーーーーーーー!!!」
「アアアアアアアアアアアッァァァァァァァァアアアアアアアアアアーーーーーーーーー!!!!!」

 よし。よし。決めた。もういい。ここだ。ここに決める。不動産屋に爆速で電話した。

「あの、すみません。先日ご紹介いただいたあの物件ですが、」
『申し訳ありません! それがたったいま僅差で埋まってしまいまして……」
「……そうですか」
『本当に申し訳ありません』
「いえ……こちらこそ何度もすみません」

 超音波みたいな奇声が酷い。怪獣みたいなのが何人かいる。イライラする。部屋が決まらない。行き場がない。ここが二階ではなく確実に死ねる高さなら窓から飛び出していた。

 ハイスペックな住居じゃなくていい。オシャレっぽさで見栄を張れるか否かは本当にどうでもいい。年収を弁えていない部屋を希望した覚えも全然ない。なのになんでだ。部屋がない。

 環境が快適そうだと思えば立地の利便性が激烈に悪い。違うストレスでたぶん死ぬ。静かそうな部屋を見つけても狭小すぎて間取りが犬小屋以下しかも汚い。違うストレスでたぶん死ぬ。昼間の内見では静かそうだし間取りも立地も申し分なかったがたまたま擦れ違った住人らしき人は見るからに色々とヤバそうだったうえゴミ捨て場が無法地帯。違うストレスで絶対に死ぬ。

 これこそ俺のワガママだろうか。高望みしすぎなのだろうか。たかが賃貸物件に理想を押し付けすぎだろうか。結婚相談所で結婚できない人みたいなことになっていないか俺。
 そこで条件を外しに外して妥協を重ねてここと決めるといつも僅差で先約が。このパターンが長らく続いている。どういうことだ。俺は呪われているのか。ここから一生出ていけないのか。

 ありとあらゆる物件の利点と欠点とを天秤にかけ続け、それでも騒音だけは除外しないのはこの部屋がトラウマになっているからに他ならない。
 もしかするとそれが仇となっているのか、一向に部屋が決まらずにいたが、そうも言っていられなくなったかもしれない。俺もとうとうノイローゼだ。

 部屋の中に何かが見える。

「…………」

 透けているわけでもなく、足がないわけでもなく、普通にそこにいる。たまにぶら下がっていたりもする。クビ吊ってる奴とか、手足がない奴とか、頭半分エグれてる奴とか。

「…………」

 こいつらもしや。アレだろうか。俗に言うアレ。真夏になると特に毎年人気が上がるアレ。テレビで特集してるアレ。

『ワタシ実はぁ、霊感があるんですぅ。昔からなんか見えちゃうんですよぉ。なんかぁ、オーラぁ? っていうのかなぁ。なんていうかぁ、見えるんですぅ』
『このトンネル入ったらぁ、急に寒気がしてきたぁやだぁ。そこのお墓の前通った時からぁ、なんでなのか分かんないんですけどぉ、頭痛いしぃ、肩が重くてぇ』
『こういうのぉ、予兆って言うのかなぁ。自分でもすごぉく不思議なんですけどぉ、どうしても分かっちゃうんですよねぇ。子供の頃からそうなんですぅ』
『わあぁぁ。ダメだぁ。ここすごーく嫌な感じがするぅぅ』

 笑えばいいのか。

 この辺の定型文を本気で言ってのける自称霊感持ちは大嫌いだ。金ほしさに嘘つきやってる霊媒師の方がまだ信用できる。
 構って欲しいなら構って欲しいとそう言え。本当に変なものが見えるのだとしたら日本にフランス人形みたいな幽霊がいないのはなぜだ。なぜ西洋には白い着物を着た長い黒髪の女が出ないんだ。まさかあれか。幽霊にも国境は有りますとでも言うのか。

 インチキ霊感体質に出会ったら一度は聞いてみたかったのだが、親しいやり取りのあるダチの中にその手のイタい奴はこれまでいなかった。
 その手のイタい奴に俺がなりそう。日本人っぽいオバケがたくさん見える。

「…………」

 霊媒でメシ食ってる奴らのところに出てやればいいものを。なぜよりにもよって俺の前に出てきた。
 こっちは幽霊否定派なんだよ。お前らなんかお呼びじゃねえんだよ。俺じゃなくてインチキの方に行けよ。招き入れて茶まで出してくれるぞ。
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