このうえなく純粋な悪意

わこ

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 それからと言うもの俺と幽霊たちとの地味な戦いが始まった。
 何も見えないと思い込みたいが連中が思い込ませてくれない。幽霊はとにかくひたすらウザい。元が人間なのだから鬱陶しいのも仕方ないのか。

 いちいちまとわりついてくる。腕を掴んでくる。わざとぶつかってくる。後ろから肩に腕を回して乗っかってくる。わざわざ俺の見える所でずっとズリズリ床を這っている。寝ていると首を絞めてくる。便所で座ってりゃドアの下から指を差し入れてきて床をひっかく。シャワー浴びている間中、ずっと後ろに立っている。

 自己アピールがとてつもなく激しい。今日なんかは朝起きたら腕に痣ができていた。
 ホラー映画でよくあるあれだ。どうやらこれはインチキじゃなかった。マジでこんな赤紫なんだ。

 実害というほどの実害はないもののただただとにかく鬱陶しい。ベッドの真上の位置で上半身だけ天井からぶら下がってる奴はなんなんだ。横向きに寝そべった体勢で右半身だけ床から生えてる奴は一体なんなんだ。何をすればその状態に行きつくんだ。こいつらの体の下半分と左半分はどこにあるんだ。

 騒音に加えて霊的なイライラを募らせる日々を続けていたら、ほっそりとしたクソキモい女が目の前を陣取るようになった。いつも包丁を持って突っ立っている。刃先をこっちに向けて睨みつけてくる。

 なんのつもりだよ。俺を殺したいのか。やれるもんならやってみろ。テメエら殺してえのはこっちだよ。
 睨みつけてくる女を睨み返すこと数日。ある時、ちょっとした発見をした。

 わざわざ金属バットを買ってきた。包丁女の顔面めがけて、勢いよくブン殴ってやった。
 ただの憂さ晴らしだ。ただのストレス解消だ。意味はないと分かっていた。こんな攻撃がオバケに通用するなら誰も苦労しない。そう思って無心でフルスイングしたのに、ガンッと、女の顔がへしゃげた。

「…………」

 驚いた。見えるだけじゃなかったのか。
 向こうからベタベタベタベタ触ってくるだけじゃなかった。本当に実体があるのだと気づいた。


 驚愕は拭えないものの、そこから数体で確認をした。どうやら触れるのと触れないのがいる。こっちに触れる幽霊であれば、こっちからも普通に触れるようだ。
 体の左半分が床に埋まっている奴には触れなかった。体の下半分が天井に埋まっている奴には触れた。さては腕の痣の原因テメエだなコラ。

 俺以外の人間に対してどうかは知らない。だが街中で人間と幽霊が衝突しているのをそういえば見たことがないから、視えてしまう相手にだけ物理が効くのかもしれない。

 街中で人間と幽霊とをどのようにして見分けるか。簡単だ。色が違う。俺にはあいつらが白黒テレビに見える。損傷が激しい奴とか明らかに関節がおかしい奴なんかは色で区別するまでもないが、色以外は生きた人間とさほど変わらない幽霊の方が多い。
 家にいるとどこからともなく俺の目の前にフラッと現れる。見えるようになってからというもの、街中で視線が合ってしまった奴がそのままくっ付いてくるようになった。わざわざ付いて回るような連中は大抵が恨みのこもった顔をしている。家に帰ってからも飽きずにずっと、こっちを睨んでいるからウザかった。

 そうやって何日もやりたい放題されていた。連中は恨みがましく俺を見ているが恨みがあるのはこっちも同じ。こいつらにやり返せると分かれば、あとはもうブン殴るのみ。

 最初に触れると知った女には首を刎ねる要領でバットを思い切り振りかぶってみたところ、本当に首がぐにゃッと曲がった。頭が曲がった方に移動してもう一度反対側から打ち返してみたが、頭だけぶっ飛んでいくことはなかった。期待していただけに残念だ。キモ女の頭部でバッティング練習の一つでもできると思ったのにつまらない。
 バットの重さで腕が疲れるまで何度も何度も頭を打ち続けたがさっぱり首は取れなかった。次からはデカい包丁を用意しておこう。

 痛めつけていなくなるのもいればいなくならない奴もいる。しかし大抵はいなくなる。数日粘って来なくなる奴もいる。ガタイが良くて筋肉質で強そうな男のオバケは絶対粘るだろうと思ったが、立派な筋肉はメンタルに全く反映されていなかったようで意外にもすぐいなくなった。
 いつ来ていついなくなるか。なぜ来るか。なぜ来なくなるのか。知らねえよ。その辺はさほど重要ではない。こんなにも素敵なサンドバッグが手に入った。殴った感触もしっかりとある。拳や膝がグッとのめりこむ。

 生まれて初めて人を殴った。これを人とカウントしていいのかどうかは微妙だが。
 とにかく人のカタチをした何かを殴れる。人を殴るのがこんなにも気持ちのいい事とは知らなかった。人を殴ったことなど生まれてこの方一度もなかった俺にとっては衝撃だった。

 殴るってこんな感触なのか。俺は今まで損をしていた。暴力はなんて楽しいのだろう。人のカタチをグチャグチャに壊していくのは、ありえないほど面白い。

 包丁女を最初に殴ったあの時、全身に沸き起こってきた。それからも数体の幽霊は金属バットで叩き潰していたが、素手の方がスカッとできると気づいた。
 殴れば殴るだけ胸がすく。そのくせいくら素手で殴っても、こちらのこぶしには全くダメージがない。残るのはスッとした高揚感だけ。楽しくて楽しくて楽しくてたまらない。見えるようになって本当に良かった。なんて素晴らしい毎日だ。





「ウワァアアアアアアアッキャーァアアアアア!!!」
「キャーイキャーイィキャーイィィィゥワーーーーーーーー!!!」
「ヒャーーーーーーーーーーキャーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「ォォォォォオオオオオオオオオァアアアアアアアアアアアアアアーーーーーー!!!」
「キャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 日中は相変わらず騒音の被害が酷い。コールセンターで受ける暴言を備考欄にぶつけていた頃のように、ガキどもが引き起こす騒音のストレスはここに来る幽霊を殴って晴らした。

 こいつらは殴れば傷付くし血も出る。切りつければ皮膚が避け、鋭利なもので突けば穴が空く。死んでも人間は不便なようだ。なんとも生きづらいだろう。死んでいるが。
 今日は試しにハゲたジジイの腕をぶった切ってみた。普通の包丁だったためか意外と切断は難しく、肘から下がブラブラしているジジイを途中で放ってホームセンターに行った。

 のこぎりを買って帰ってきた。シワシワの小汚い腕を別個に切り離すのは達成感があった。
 こいつにはそれなりに恨みもある。このジジイは俺の首を絞めるのが趣味だ。その腕を切り離せば俺を締め上げるのを諦めるかもしれない。ジジイの右腕を手に持ったまま、ヨボヨボの白黒をガッと蹴りつけた。

 ボタボタと黒い血を流していてもこいつらは叫ばないし部屋の中が汚れる事もない。俺にとっては非常に便利。
 骨をちぎるようにして無理やり切断した右腕は、窓を開け、保育園めがけてブン投げた。空中でフッと見えなくなったが、本体のジジイはまだここにいる。

「おいジジイ。あの園のガキどもと職員全員呪い殺せ」

 ジジイは無言だ。幽霊はみんなそうだ。ホラードラマの幽霊がよく呻いてんのはやっぱりただのインチキだった。私には霊感があるとか言う奴ら全員呪われろ死んじまえ。

「なんの役にも立たねえなクソが」

 その晩は腕のなくなったジジイを蹴り続けた。ついでだから左腕も切ってやった。ジジイは翌日から来なくなった。成仏なんか死んでもするな。
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