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とある国のとある森の中では、ウサギとキツネが隣人関係を築いて均衡を保ちながら暮らしている。
そこではキツネの数が増えすぎると、ウサギは自然と繁殖を抑えて自分たちの数を減らすらしい。非常に合理的な生存戦略だ。
ウサギがか弱いなどと誰が決めた。人間が同情するのはウサギだが、むしろ常に掌握されているのは狡猾そうに見えるキツネの方だ。命を延々とつけ狙われる脆弱な存在と見せかけて、本当のところはキツネを生かすも殺すも全てはウサギの意思次第。生き物としてウサギは強く、賢く、生きる術をよく知っている。
山を下りるとそのまま車で近くの交番を訪れた。目的はただ一つ。
「人を殺しました」
「はい?」
「殺したんです。子供です」
怪訝な顔をした交番の兄ちゃんに屋内へと連れられた。いろいろ聞かれていろいろ話し、身分を問われ免許証を提示し、最終的に連行された先は当然というべきか警察署。
「……キミが殺したの?」
「はい」
「子供を?」
「ええ。三歳か、四歳か……たぶんそれくらい」
「本当に?」
「そうです。あの山に埋まってます」
「…………」
「なんでもいいんで早く掘り起こしてください」
「……ああ。もう地上に出てるよ」
やはり、いた。
埋めた場所に目印を付けてあります。木の枝に黄色いタオル引っ掛けてあるんで、その辺りを探してください。
ここに来て最初にそう言った。代わる代わる話を聞かれ、そうしながら半日待たされ、ようやくやって来たのがこの刑事だった。
「キミが話した通り、確かにあった。白骨死体がね」
「…………はい」
骨が。そうか。もう、そんなに。
「なんでそれ知ってたの?」
「ですから俺が殺したんです」
「……うーん……」
溜め息をついたこの刑事は、迷惑そうな顔で俺を見てくる。
「あなた子供を殺したって言いましたよね?」
「はい。散々殴ったり蹴ったりしました」
「……頭蓋骨は陥没していたし至る所に骨折の跡もあった。あの白骨死体が酷い暴行を加えられたのはその通りだとは思うが、じゃあ隣のもう一体は何?」
「もう一体……?」
オッサン刑事はまたしても溜め息をついた。
「本当は何も知らないんでしょう?」
「……え?」
さっきからオッサン刑事が面倒そうな様子で手に持っているのはクリップボードに挟まれた書類。それをチラリと見下ろしてから、カタンと机の上に置いた。
「あのねえ……その子供の白骨死体、どんなに短く見積もっても死後四十年は経過してるんだよ」
「よ、……」
「あなたその時いくつですか? 女の方の死体もそうですけど、あなたは生まれてすらいないでしょ」
「……おんな?」
「まったく……。なんのつもりか知らないけどね、こういうイタズラもいきすぎると罪に問えるんですよ」
もう一体、あったそうだ。子供と一緒に埋められていた。
性別は女。白骨化して随分と経過しているが、推定で二十代から四十代くらい。骨盤の形状からして、出産経験のある女性。身元を判明させるものは何もないが、それらしい推測は、あるそうだ。
当時のあの近辺で、一家が失踪した事件があったらしい。両親と四歳の、まだ幼い息子。
夫は定職に就くこともなく、毎日酒にギャンブルにという典型的なクソ野郎だった。殴る蹴るの暴行は近所も把握していた。常に怒鳴り声と叫び声が上がっていた。
それでも女は家計を支えるために外に働きに出るうえ内職も。その母親が家にいない間、傷だらけの小さな子供が古ぼけた木造アパートの前で一人遊びをしているのを近所の人も度々見ていた。夏服からひょろりと伸びた手足はあまりにも痛々しい有り様だったが、あくまでも家庭内の事情に警察が口を挟むような時代でもなかった。
「一つだけ教えて欲しいんですけど、なんでピンポイントにあの場所が分かったの?」
「それは……」
「動画でも上げたくて悪ふざけであの山入ったんだろう? あなたも誰かから噂でも聞いた? そういうの好きな連中が定期的に山入るんでこっちも困ってるんですよ」
「……うわさ……」
「でもあそこ一応私有地ですからね。今の持ち主が大事にはしないと言ってますけど。あなたもいい大人なんだから目立ちたがるのも大概にしないと。今後は気を付けてくださいよ」
「…………」
あっさりと帰された。帰されたというか、鬱陶しそうに追い出されてきた。
一家の失踪事件ではあったが、最初に消えたのは母親と子供だ。母親が働きに出ていた工場の人間と、近所の人達がそれに気付いた。
母子は終ぞ見つからず、重い腰を上げた警察は父親を被疑者としたものの、その男もすぐに姿をくらました。そしてそいつも見つかることはなかった。あの近辺では結構、有名な話らしい。
その女は子供と一緒に埋められた。警察が言うには今のところまだ推測の域だそうだが、おそらくはその母子で間違いないのだろう。
四十年以上も経っているから、骨以外はほとんどが土に還っていた。でも俺には思い浮かんだ。子供の隣にいたその女は、持っていたんじゃないのか。ぬいぐるみを。そのぬいぐるみは、子供の物ではないのか。
髪の長い、お決まりのように、幸の薄い顔をした。汚いクマのぬいぐるみを持った、あの女。
「……母親か」
母親だった。俺が殴ったあの女は。あのガキは母親を、俺の暴力から守りに来た。
そこではキツネの数が増えすぎると、ウサギは自然と繁殖を抑えて自分たちの数を減らすらしい。非常に合理的な生存戦略だ。
ウサギがか弱いなどと誰が決めた。人間が同情するのはウサギだが、むしろ常に掌握されているのは狡猾そうに見えるキツネの方だ。命を延々とつけ狙われる脆弱な存在と見せかけて、本当のところはキツネを生かすも殺すも全てはウサギの意思次第。生き物としてウサギは強く、賢く、生きる術をよく知っている。
山を下りるとそのまま車で近くの交番を訪れた。目的はただ一つ。
「人を殺しました」
「はい?」
「殺したんです。子供です」
怪訝な顔をした交番の兄ちゃんに屋内へと連れられた。いろいろ聞かれていろいろ話し、身分を問われ免許証を提示し、最終的に連行された先は当然というべきか警察署。
「……キミが殺したの?」
「はい」
「子供を?」
「ええ。三歳か、四歳か……たぶんそれくらい」
「本当に?」
「そうです。あの山に埋まってます」
「…………」
「なんでもいいんで早く掘り起こしてください」
「……ああ。もう地上に出てるよ」
やはり、いた。
埋めた場所に目印を付けてあります。木の枝に黄色いタオル引っ掛けてあるんで、その辺りを探してください。
ここに来て最初にそう言った。代わる代わる話を聞かれ、そうしながら半日待たされ、ようやくやって来たのがこの刑事だった。
「キミが話した通り、確かにあった。白骨死体がね」
「…………はい」
骨が。そうか。もう、そんなに。
「なんでそれ知ってたの?」
「ですから俺が殺したんです」
「……うーん……」
溜め息をついたこの刑事は、迷惑そうな顔で俺を見てくる。
「あなた子供を殺したって言いましたよね?」
「はい。散々殴ったり蹴ったりしました」
「……頭蓋骨は陥没していたし至る所に骨折の跡もあった。あの白骨死体が酷い暴行を加えられたのはその通りだとは思うが、じゃあ隣のもう一体は何?」
「もう一体……?」
オッサン刑事はまたしても溜め息をついた。
「本当は何も知らないんでしょう?」
「……え?」
さっきからオッサン刑事が面倒そうな様子で手に持っているのはクリップボードに挟まれた書類。それをチラリと見下ろしてから、カタンと机の上に置いた。
「あのねえ……その子供の白骨死体、どんなに短く見積もっても死後四十年は経過してるんだよ」
「よ、……」
「あなたその時いくつですか? 女の方の死体もそうですけど、あなたは生まれてすらいないでしょ」
「……おんな?」
「まったく……。なんのつもりか知らないけどね、こういうイタズラもいきすぎると罪に問えるんですよ」
もう一体、あったそうだ。子供と一緒に埋められていた。
性別は女。白骨化して随分と経過しているが、推定で二十代から四十代くらい。骨盤の形状からして、出産経験のある女性。身元を判明させるものは何もないが、それらしい推測は、あるそうだ。
当時のあの近辺で、一家が失踪した事件があったらしい。両親と四歳の、まだ幼い息子。
夫は定職に就くこともなく、毎日酒にギャンブルにという典型的なクソ野郎だった。殴る蹴るの暴行は近所も把握していた。常に怒鳴り声と叫び声が上がっていた。
それでも女は家計を支えるために外に働きに出るうえ内職も。その母親が家にいない間、傷だらけの小さな子供が古ぼけた木造アパートの前で一人遊びをしているのを近所の人も度々見ていた。夏服からひょろりと伸びた手足はあまりにも痛々しい有り様だったが、あくまでも家庭内の事情に警察が口を挟むような時代でもなかった。
「一つだけ教えて欲しいんですけど、なんでピンポイントにあの場所が分かったの?」
「それは……」
「動画でも上げたくて悪ふざけであの山入ったんだろう? あなたも誰かから噂でも聞いた? そういうの好きな連中が定期的に山入るんでこっちも困ってるんですよ」
「……うわさ……」
「でもあそこ一応私有地ですからね。今の持ち主が大事にはしないと言ってますけど。あなたもいい大人なんだから目立ちたがるのも大概にしないと。今後は気を付けてくださいよ」
「…………」
あっさりと帰された。帰されたというか、鬱陶しそうに追い出されてきた。
一家の失踪事件ではあったが、最初に消えたのは母親と子供だ。母親が働きに出ていた工場の人間と、近所の人達がそれに気付いた。
母子は終ぞ見つからず、重い腰を上げた警察は父親を被疑者としたものの、その男もすぐに姿をくらました。そしてそいつも見つかることはなかった。あの近辺では結構、有名な話らしい。
その女は子供と一緒に埋められた。警察が言うには今のところまだ推測の域だそうだが、おそらくはその母子で間違いないのだろう。
四十年以上も経っているから、骨以外はほとんどが土に還っていた。でも俺には思い浮かんだ。子供の隣にいたその女は、持っていたんじゃないのか。ぬいぐるみを。そのぬいぐるみは、子供の物ではないのか。
髪の長い、お決まりのように、幸の薄い顔をした。汚いクマのぬいぐるみを持った、あの女。
「……母親か」
母親だった。俺が殴ったあの女は。あのガキは母親を、俺の暴力から守りに来た。
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