掌編・短編集

わこ

文字の大きさ
2 / 18

2.Daily wage

しおりを挟む

夜だと言うのにカラスが鳴いた。通り過ぎて行った黒猫は、わざわざ俺を振り返ってメンチを切った。
 
なんとも不吉。縁起が悪い。
そんなことを思っていたら、道を曲がったところで自転車にひかれた。


 




「バカかお前」
 


足を骨折して全治一か月。翌日、病院で診察を受けてから松葉杖をついて出社した俺を目の前に、先輩は慈悲の欠片もなく言い放った。

 
「何骨折なんかしてんだよ、このウスラバカ。人の仕事増やしやがって。俺が今日、納品に何件立ち会うか知っててやってんのか」
「……スミマセン」


分かり易い嫌味にも謝るしかない。先輩に楯を突いても泣かされるだけだ。
 
俺達の仕事は、福祉器具の営業販売。設置、説明、アフターケアも込み。
鬼みたいなこの人がどうして今の仕事を選んだのか。客を相手にしたときの、まごころ溢れる笑顔は詐欺だと思う。

 
「おい」
「ハイ……」

 
そもそも福祉とは。助け合いの精神で成り立つ。全ての人のシアワセのため、見返り云々の問題ではないはずだ。

だけど先輩は違う。


「お前が使いものになんねえ間、そのシワ寄せが来んのは俺のとこだ。バカな新人が給料泥棒して? 有能な俺は、増えた仕事の分タダ働き。そんな話があっていい訳ねえよなあ?」
「……すみません」


泣くかも。

ねちねちと不満を口に出し、陰険に俺を責め立ててくる。そんな先輩は心底楽しそうだ。


「悪いと思ってんならお前が代わりに給料払え」
「え……」


それは無理だろう。俺よりも遥かに稼いでいる人が、後輩相手にタカリまでするのか。福祉に携わる人間として有るまじき行為。

だがそうではなかった。先輩はそこまで優しくなかった。
立ち尽くす俺の肩に手を置き、腰を屈めて、耳元で一言。

 

「カラダで」
 
 

なんて不吉な。

 

「……パワハラ? セクハラ……?」
「あぁ?」
「イエ……」

 
小声だったのに聞こえた。カラスよりも黒猫よりも、俺は先輩が怖い。

 
「全治一か月だったな。まともに動けるようになるまで、日給にでも換算しといてやるよ。一日分で二晩」
「二晩……」
「文句あるか」
「…………イエ」


三日で治す。絶対に完治させる。
 




きっと俺が間違えたのは、大学を卒業してすぐ、引っ越し先に決めてしまったアパートだ。
俺のお隣さんはこの先輩。なんだかんだでもうすぐ一年になる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)

優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。 本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

俺の指をちゅぱちゅぱする癖が治っていない幼馴染

海野
BL
 唯(ゆい)には幼いころから治らない癖がある。それは寝ている間無意識に幼馴染である相馬の指をくわえるというものだ。相馬(そうま)はいつしかそんな唯に自分から指を差し出し、興奮するようになってしまうようになり、起きる直前に慌ててトイレに向かい欲を吐き出していた。  ある日、いつもの様に指を唯の唇に当てると、彼は何故か狸寝入りをしていて…?

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...