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283.おみやげ何にする? Ⅰ
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「目ぼしいのは見つからなかった」
ドアを開けるなり深刻そうに言った瀬名さん。みそ汁の火をカチッと止めて、顔だけそっちに振り向かせた。
「おかえり。今日はどこ行ってきたんです?」
「二駅向こうのデパート。ただいま」
「あなた暇じゃないんですからそこまでしなくていいですってば」
「これはセンスを問われる重要案件だ。失敗したら後々に渡って影響が激しく出てくる」
「大げさな」
ここ数日の瀬名さんには変な日課が一個増えた。会社帰りのお店巡りだ。これ自体は俺に貢ぐために前々から律儀にやり続けていたが、最近の目的は俺に持って帰るお菓子探しとは別にある。
俺の実家用の、お土産探しだ。
「まさかこんな見つからねえとは」
「そこまで難しく考えすぎてりゃ見つかるもんも見つかりません」
「変なもの持ってって嫌われたくない」
「うちはド田舎のド庶民だってもう何度も言ってますよね。たとえ高級貴族だとしても人様のお心遣いにケチ付けるような真似はしませんよ、そこまでさもしくないんで。ていうか手土産とかほんと要らないし」
「信頼の獲得とは嘘偽りのない敬意の表現から始まる。心からの礼儀を示すためには贈り物が最も分かりやすい手段だ」
「王様にでも会いに行くつもりなの?」
相応しい贈り物を用意してこなかっただけでギロチン台に立たせるような事はしない。
「そこまでしてくれなくていいですって。お礼とか言いつつこっちが呼びつけてんですし」
「招かれて嬉しい気持ちをどうやったら伝えられるんだ」
「そのまま言ってくれればいいよ。日本語で伝わるから」
「そこに添えるに相応しい手土産が目に見えない言葉に説得力を与える」
「そんないちいち深く考えるほど優雅な家族じゃないんです」
「贈り物ってのはお前が思ってるよりも凄まじい効力を発揮するんだよ。野生動物にもプレゼント文化を持ってる奴らは多いだろ」
「彼らは生き残りをかけてるんですよ」
「俺だって生き残りをかけてる」
瀬名さんは早々に禿げそうだ。
味噌汁にワカメ入れておいて良かった。鍋の方に視線を戻して出来立てにいったん蓋をかぶせる。一向にそこから退かない男は、まだなんか言っている。
「会ったこともねえ男に伝説のハゴロモを分け与えてくれようっていう心の広いご家族に無礼を働くわけにはいかない」
「なんの罪もない異国の薬師から奪い取った苗木が元になっているかもしれない後ろ暗そうな植物ですけどね」
「過去がどうあろうとガーくんが今まさに命がけで守り抜いてる実だろうが」
「縄張りに入ってくる鳥が気に食わないだけだと思います」
母さんによるとガーくんの警戒モードは今もバリバリに作動中らしい。厚かましいヒヨドリですら軽くヒクくらいの様子だそうだ。
「それとこっちは遥希に土産だ」
「あ、どうも」
カサッと手渡された紙袋。デパ地下スイーツもらった。
せっかくだから中身を覗いてみれば、麗しいスイートポテトが箱の中にいる。今年の秋スイーツ商戦もいよいよ本格化してきたようだ。
「うまそ。やば」
「ほら見ろ。これこそプレゼントの効果だ。今夜は好きなようにしてくれとお前に言わせるほどの威力だ」
「言わないよ」
やばい芋を食う前に俺が食われてしまわないように箱ごと冷蔵庫にしまっとく。
「デパートとか行くなら二人で行きましょうよ。次の土曜リリアン夕方までなんで。俺も久々にデパ地下のお惣菜見たい」
「見てねえで食えばいい。地下の端から端まで全部買ってやる」
「その大人買いはダメな大人のやつですよ」
今夜は好きにしてくれどころじゃ済まない。
***
あれからすぐ母さんに電話した。ようやく実家に帰る旨を伝えるために。瀬名さんも一緒に行くと、言うために。
俺達がどういう関係なのかはまだ言っていない。瀬名さんの性格からして、こういうのはきちんとしたいはずだが、俺の気持ちを優先してくれた。
実は付き合っている。ただの居候とは違う。関係があるうえで、一緒にいたいから二人で暮らしている。
会わせる前にこれを告白したとして、受け入れてもらえる保証はない。やっぱり来るなと言われるのが怖くて、親切な元お隣さんという立場のまま実家に招くことにした。
今はそういう段階だ。ただでさえ不安しかないというのに、当該彼氏が手土産なんぞに固執している。
食事中も食後も瀬名さんはあれこれと頭を悩ませ、とうとうネットまで開いてしまった。スマホ片手に難しい顔を晒す。眉間の皺すらこの男は凛々しいが、イケメンの無駄遣いだ。
「タオルセット……」
「ガス屋のお正月の挨拶って感じで無難だしちょうどいいんじゃないですか」
「……ゼリー詰め合わせ」
「いいんじゃないですかね。お中元みたいで」
「…………商品券」
「お礼っぽさ出てていいと思います」
「…………」
初めて訪ねてきた息子の知人から金券もらったら困惑するだろう。
それ以上に困惑してんのが瀬名さん。絶望的な表情だ。
「……混乱してきた」
スマホの画面をスクロールさせては一度手を止めてまたスクロール。プレゼントの参考のために商品サイトを巡っているのに見れば見るほど迷宮入りだろう。
ネットで見つかる無料記事なんてどれもこれも似たり寄ったり。同じようなオススメの数々に、本題に行き着くまでの長ったらしく無駄な前書き。たいして役にも立たないようなつまらない文章を見せられているうちにウンザリが積み重なっていく。なんだかこれ既視感あるな。
絶対喜ばれること間違いなし。ホントかよ。結論から言うと。うるせえ。
ならばとSNSで検索かけてみようものなら、案件案件案件案件。不思議な議論。無意味な論争。
「見れば見るほど分からなくなる」
悩み抜くイケメンの隣でソファーに深く腰掛けて、俺だけ気ままにお茶をすすった。
「惑わされちゃダメですよ。あなたは今まとめサイトの罠にすっかり嵌まり込んでいます」
「俺にはセンスがない……」
「素人が安い単価で適当に書いたランキング信じ込んだら誰でもセンス失くすって。いつもの自分を思い出してください。俺のおやつ外した事ないでしょ」
「確かにそうだな。俺はマカロンでお前を射止めた男だ」
「違うけど」
「危なかった。謎の銘酒とか買うとこだった」
「オススメしてる当の本人はその銘酒絶対買ってませんから」
そういえば俺もかつて瀬名さんの誕プレ選びで全く同じ罠に嵌まった。基本情報が少ない場合の参考にするには便利であるが、それ以上を求めるようなもんじゃない。
瀬名さんの神経が張り詰めている。このままだと徹夜しそうだからカモミールティーでも淹れてきてやろう。今日リリアンで店長がお裾分けにくれたやつ。
そうして一人腰を上げ、もらったティーバッグをお湯に浸した。マグカップを持って戻ってみたところ瀬名さんはまだ同じ態勢でいる。しかし隣からスマホを覗き込んでみるとページの雰囲気は変わっているようだ。
参考にするだけなら助かるまとめサイトから離脱したかと思いきや、さっきよりも深刻な顔になって画面をじっと見下ろしていた。
「今度はどうしたんですか」
「……もらって迷惑だった土産というテーマの不毛な論争と悪口の痕跡が残ってる掲示板サイト見つけた」
「もうやめなよ。身体に悪いよ」
「三年前のやつだ……」
「書き込んだ人は覚えてすらいないのでは?」
別のテーマで別の誰かの悪口を量産しているだろう。
「自分で俺に言ったことをお忘れですか。あなたが見ているその大体六インチに世の中の真実は載ってません」
「そうだった。しまった、つい」
「そんなもんのために目を酷使してるから現代人は無駄なストレス溜まるんですよ。俺ならもっと有意義な時間を今すぐあなたに与えられます」
「今すぐ好きなようにしていいのか」
「そんなことは言ってません。ガーくんが尾っぽプルプルさせてるだけでなんの役にも立たない動画が実はあるんですけど、見る?」
「見る」
二人でしばらくガーくんの動画見た。
ドアを開けるなり深刻そうに言った瀬名さん。みそ汁の火をカチッと止めて、顔だけそっちに振り向かせた。
「おかえり。今日はどこ行ってきたんです?」
「二駅向こうのデパート。ただいま」
「あなた暇じゃないんですからそこまでしなくていいですってば」
「これはセンスを問われる重要案件だ。失敗したら後々に渡って影響が激しく出てくる」
「大げさな」
ここ数日の瀬名さんには変な日課が一個増えた。会社帰りのお店巡りだ。これ自体は俺に貢ぐために前々から律儀にやり続けていたが、最近の目的は俺に持って帰るお菓子探しとは別にある。
俺の実家用の、お土産探しだ。
「まさかこんな見つからねえとは」
「そこまで難しく考えすぎてりゃ見つかるもんも見つかりません」
「変なもの持ってって嫌われたくない」
「うちはド田舎のド庶民だってもう何度も言ってますよね。たとえ高級貴族だとしても人様のお心遣いにケチ付けるような真似はしませんよ、そこまでさもしくないんで。ていうか手土産とかほんと要らないし」
「信頼の獲得とは嘘偽りのない敬意の表現から始まる。心からの礼儀を示すためには贈り物が最も分かりやすい手段だ」
「王様にでも会いに行くつもりなの?」
相応しい贈り物を用意してこなかっただけでギロチン台に立たせるような事はしない。
「そこまでしてくれなくていいですって。お礼とか言いつつこっちが呼びつけてんですし」
「招かれて嬉しい気持ちをどうやったら伝えられるんだ」
「そのまま言ってくれればいいよ。日本語で伝わるから」
「そこに添えるに相応しい手土産が目に見えない言葉に説得力を与える」
「そんないちいち深く考えるほど優雅な家族じゃないんです」
「贈り物ってのはお前が思ってるよりも凄まじい効力を発揮するんだよ。野生動物にもプレゼント文化を持ってる奴らは多いだろ」
「彼らは生き残りをかけてるんですよ」
「俺だって生き残りをかけてる」
瀬名さんは早々に禿げそうだ。
味噌汁にワカメ入れておいて良かった。鍋の方に視線を戻して出来立てにいったん蓋をかぶせる。一向にそこから退かない男は、まだなんか言っている。
「会ったこともねえ男に伝説のハゴロモを分け与えてくれようっていう心の広いご家族に無礼を働くわけにはいかない」
「なんの罪もない異国の薬師から奪い取った苗木が元になっているかもしれない後ろ暗そうな植物ですけどね」
「過去がどうあろうとガーくんが今まさに命がけで守り抜いてる実だろうが」
「縄張りに入ってくる鳥が気に食わないだけだと思います」
母さんによるとガーくんの警戒モードは今もバリバリに作動中らしい。厚かましいヒヨドリですら軽くヒクくらいの様子だそうだ。
「それとこっちは遥希に土産だ」
「あ、どうも」
カサッと手渡された紙袋。デパ地下スイーツもらった。
せっかくだから中身を覗いてみれば、麗しいスイートポテトが箱の中にいる。今年の秋スイーツ商戦もいよいよ本格化してきたようだ。
「うまそ。やば」
「ほら見ろ。これこそプレゼントの効果だ。今夜は好きなようにしてくれとお前に言わせるほどの威力だ」
「言わないよ」
やばい芋を食う前に俺が食われてしまわないように箱ごと冷蔵庫にしまっとく。
「デパートとか行くなら二人で行きましょうよ。次の土曜リリアン夕方までなんで。俺も久々にデパ地下のお惣菜見たい」
「見てねえで食えばいい。地下の端から端まで全部買ってやる」
「その大人買いはダメな大人のやつですよ」
今夜は好きにしてくれどころじゃ済まない。
***
あれからすぐ母さんに電話した。ようやく実家に帰る旨を伝えるために。瀬名さんも一緒に行くと、言うために。
俺達がどういう関係なのかはまだ言っていない。瀬名さんの性格からして、こういうのはきちんとしたいはずだが、俺の気持ちを優先してくれた。
実は付き合っている。ただの居候とは違う。関係があるうえで、一緒にいたいから二人で暮らしている。
会わせる前にこれを告白したとして、受け入れてもらえる保証はない。やっぱり来るなと言われるのが怖くて、親切な元お隣さんという立場のまま実家に招くことにした。
今はそういう段階だ。ただでさえ不安しかないというのに、当該彼氏が手土産なんぞに固執している。
食事中も食後も瀬名さんはあれこれと頭を悩ませ、とうとうネットまで開いてしまった。スマホ片手に難しい顔を晒す。眉間の皺すらこの男は凛々しいが、イケメンの無駄遣いだ。
「タオルセット……」
「ガス屋のお正月の挨拶って感じで無難だしちょうどいいんじゃないですか」
「……ゼリー詰め合わせ」
「いいんじゃないですかね。お中元みたいで」
「…………商品券」
「お礼っぽさ出てていいと思います」
「…………」
初めて訪ねてきた息子の知人から金券もらったら困惑するだろう。
それ以上に困惑してんのが瀬名さん。絶望的な表情だ。
「……混乱してきた」
スマホの画面をスクロールさせては一度手を止めてまたスクロール。プレゼントの参考のために商品サイトを巡っているのに見れば見るほど迷宮入りだろう。
ネットで見つかる無料記事なんてどれもこれも似たり寄ったり。同じようなオススメの数々に、本題に行き着くまでの長ったらしく無駄な前書き。たいして役にも立たないようなつまらない文章を見せられているうちにウンザリが積み重なっていく。なんだかこれ既視感あるな。
絶対喜ばれること間違いなし。ホントかよ。結論から言うと。うるせえ。
ならばとSNSで検索かけてみようものなら、案件案件案件案件。不思議な議論。無意味な論争。
「見れば見るほど分からなくなる」
悩み抜くイケメンの隣でソファーに深く腰掛けて、俺だけ気ままにお茶をすすった。
「惑わされちゃダメですよ。あなたは今まとめサイトの罠にすっかり嵌まり込んでいます」
「俺にはセンスがない……」
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「確かにそうだな。俺はマカロンでお前を射止めた男だ」
「違うけど」
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そういえば俺もかつて瀬名さんの誕プレ選びで全く同じ罠に嵌まった。基本情報が少ない場合の参考にするには便利であるが、それ以上を求めるようなもんじゃない。
瀬名さんの神経が張り詰めている。このままだと徹夜しそうだからカモミールティーでも淹れてきてやろう。今日リリアンで店長がお裾分けにくれたやつ。
そうして一人腰を上げ、もらったティーバッグをお湯に浸した。マグカップを持って戻ってみたところ瀬名さんはまだ同じ態勢でいる。しかし隣からスマホを覗き込んでみるとページの雰囲気は変わっているようだ。
参考にするだけなら助かるまとめサイトから離脱したかと思いきや、さっきよりも深刻な顔になって画面をじっと見下ろしていた。
「今度はどうしたんですか」
「……もらって迷惑だった土産というテーマの不毛な論争と悪口の痕跡が残ってる掲示板サイト見つけた」
「もうやめなよ。身体に悪いよ」
「三年前のやつだ……」
「書き込んだ人は覚えてすらいないのでは?」
別のテーマで別の誰かの悪口を量産しているだろう。
「自分で俺に言ったことをお忘れですか。あなたが見ているその大体六インチに世の中の真実は載ってません」
「そうだった。しまった、つい」
「そんなもんのために目を酷使してるから現代人は無駄なストレス溜まるんですよ。俺ならもっと有意義な時間を今すぐあなたに与えられます」
「今すぐ好きなようにしていいのか」
「そんなことは言ってません。ガーくんが尾っぽプルプルさせてるだけでなんの役にも立たない動画が実はあるんですけど、見る?」
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