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95.夜のボール遊び大会
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水曜日の夜。二条さんの手料理。不機嫌な瀬名さん。上機嫌な俺。
味も見栄えも最高の食卓を男三人で囲んでいたところ、バスケやろうぜって話になった。
二条さんの自宅近くにも公園が一ヵ所あるそうだ。そこにバスケットゴールがあるらしく、嫌っそうな瀬名さんも引き連れて三人そろって即座に出発。
公園に向かう途中で立ち寄ったのは二条さんのお宅だった。マンションの五階にぞろぞろやって来て俺と瀬名さんは玄関前で待機し、しばらくしてボール片手にそそくさと出てきた二条さん。ドアが開いたその瞬間にこっちにまで聞こえてきたのは、お母さんみたいな陽子さんのセリフ。
「はしゃいでケガするんじゃないよー。突き指にだけは気をつけな」
「あー、うーん。へーきへーき」
「平気じゃないから言ってんでしょもうっ」
料理人は手が命だからな。いつもながら仲のいいご夫婦だ。
二条さんについてやってきた公園はバスケに最適のスペースだった。
住宅地からはやや離れた位置にポツンと存在するフェンス越しの空間。ヤンキーが溜まるのにも絶好の場所だがここら辺は治安がいいのだろう。ヤンキーどころか夜間に子供がフラフラしているなんてこともない。
「さてと。何して遊ぶ?」
二条さんは俺と瀬名さんを見ながらタンタンとボールをバウンドさせていた。軽やかだ。バスケが好きなのかな。マイボール持ってるくらいだもんな。
すでに楽しそうな二条さんとは反対に瀬名さんは素っ気なく言った。
「三人って微妙だろ。俺は見てる。遥希、こいつの相手してやれ」
「何言ってんだい、恭吾もやるんだよ。三人ならやっぱあれかな。TwentyOne」
さらにうんざりした瀬名さんの顔。聞き覚えのない遊びを耳にして俺は一人首をかしげた。
「トゥエンティーワンってなんですか?」
「三人からできるゲームだよ。七人までの競技なんだけど、オフェンス一人でそれ以外ディフェンスだから遊びでも割かしハードになりがち」
「へえ」
初めて聞いた。瀬名さんは知っているようだ。簡単にルールを教えてくれた。
ゲームの始まりはフリースローから。フリースローのスコアは一点でフィールドゴールは二得点となり、フィールドゴールを決めた人はフリースローを最大三回打てる。二十一点を目指すゲームだが途中でエアゴールなんかしちゃうとそれまでの得点がゼロになるらしい。
ボールを持っている人以外はディフェンスとしてとにかく邪魔する。聞いただけでも結構なハードさ。バスケなんて高校の体育以来だ。
「遊びだしルールもそんなに厳密にはしなくていいよ。ほんとは二十一点ぴったりにするんだけどそれだとなかなか終わんなくなるから二十一点以上取った人が勝ちってルールにしよう」
「了解です」
二条さんの譲歩ルールを受けてからまずは三人でジャンケンだ。最初のフリースローは俺が勝ち取った。しかしゴールを守るように構える背の高いお兄さんたちはなんだか妙に威圧感がある。
向かって右斜め前に二条さん。左斜め前には瀬名さん。フリースローを打つためのポジションからジリッと真剣にゴールを狙うが、ふちに当たってしまったボールはバゴッと空しく外側に落ちた。
直後、バッと素早い身のこなしで二条さんがボールを手にしていた。そこからは怒涛の流れだ。二条さんの前にすかさず立ちはだかる瀬名さんは動きに一ミリの無駄もなく、余裕の笑顔でゴールを目指す二条さんもかなりのハイペースだった。
オフェンスとディフェンスを三人で交互に繰り返しながらボールを追いかける。身軽な大人二人からボールを死守し、奪われた後は奪い返して得点してフリースローを打って、軽快なドリブルの音もダンダンと暗い周辺に響いた。
「やっぱ体動かすならこれくらい楽しい方がいいね」
「なんもよくねえよ、こっちはお前に付き合ってやってんだ。おい遥希、サボってんじゃねえぞ」
「は、はいッ!」
瀬名さんと二条さんはスマートに動くが俺は一人だけバタバタと動く。二十一点ぴったりという正式なルールは破棄されたから楽勝だろう、なんて思ったのは大間違い。むしろ俺にはイバラの道だった。
だってこの二人バンバン得点していく。大人組が勝利を手に入れすぎるので途中からは得点は関係なくなり、奪ってかわしてシュートする動作がひたすら過熱していった。
そうして休憩を挟むこともなく、ゲームを続ける事しばらく。
「はッ……はぁっ、はっ……はッ、マジすか……なんで二人、そんな……はぁッ……っ」
運動は日頃からしていたつもりだったがそうでもなかったと今自覚した。オトナ二人がガチで容赦ない。俺だけ死ぬほど息が切れている。
この場で唯一の十代である俺はこんなにゼエハア言っているのに三十代の男二人はまだまだ全然余裕そう。おかしいだろ。体力年齢どうなってんだよ。どうしてこの二人こんな元気なんだ。
「それで終わりか小僧。なんて情けねえザマだ」
「恭吾お前それ完全に悪役」
瀬名さんには変なスイッチが入っている。二条さんも笑顔ではあるけどゲーム中は非常にエゲつなかった。
今の三十代ってみんなこうなのか。違うよな。この二人が異様なんだよな。
瀬名さんだけなら想像もつく。見るからにスポーツが得意そうな男だ。この体つきでバスケが下手だったらお笑い種でしかないだろうから、ちょっとでも微妙なドリブルしやがったら指さしながらケラケラしてやろうと思っていた。現実は抜群の運動神経を見せつけられただけだった。
想定外なのは二条さんの方。瀬名さんにも負けず劣らず、というか正直瀬名さんよりも断然巧い。身のこなしがただものじゃなかった。瀬名さんと同様に背の高い大人だと思ってはいたけれど、少なくとも初心者の技術ではない。
いまだにハアハア言っている体をやや屈めて呼吸を整える。余裕そうな二条さんの顔を信じられない気持ちで見上げていると、俺の隣で瀬名さんが口を開いた。
「お前にいいこと教えてやる。隆仁は元バスケ部だ」
「マジか」
「全国行った」
「マジかッ!」
どおりで。そういうのは最初に言ってよ。素人が挑んで勝てる相手じゃない。
ニコニコしている二条さんが支えるように俺の背中を押した。足を向けたのは敷地の端っこ。ベンチがある。暗くてもボロそうなのは分かった。
「久々に楽しかったよ。恭吾はいつも俺一人だと付き合ってくれないから」
「お前と二人でやるとただただ疲れる」
だろうな。俊敏なオトナ二人が真っ向からやり合ったらきっと大変なことになる。瀬名さんはまだまだ動けそうだが二条さんもやっぱりまだまだ動けそう。
二条さんに促されてベンチの右端に俺だけ腰かけた。単なる遊びと言われて始めたバスケで死にかかっている。
「二条さんめっちゃ元気っすね……」
「そりゃそうさ。安定感も手厚い保障もなんにもない自営業者は体力勝負で生きてるもんでね。健康じゃなくなったら一発で詰んじゃう」
「もしかして鍛えてます……?」
「もちろん」
俺の周りこういうお兄さんばっかり。
「隆仁には陽子さんという最強のサポートも付いてるからな。こんな奴の健康年齢が十年前とほぼ変わんねえのは完全にあの人のおかげだろうよ」
「ぐうたらしてるとめっちゃ怒られる。健康診断も毎年行かされるんだよ。知らないうちに予約取られてるし」
現代の風潮は健康志向だ。自営業者でも検診は大事だ。
最年少の俺がヘバッたので激しめの遊びはここで終了。瀬名さんは持っていたボールを二条さんにパンッとパスした。
「お前そこの自販機行ってこい。遥希が瀕死だ」
「恭吾が行けよ。俺はここでハルくんとお喋りしてるから」
「ダメだ、お前が行け。遥希とのお喋りは俺がする」
「なんで独り占めしようとすんの。俺だってたまにはハルくんと話したい」
「しょっちゅう連絡とり合ってんだろうが」
「恭吾なんか毎日一緒にいるじゃん」
「俺は遥希の恋人だからな」
「俺はハルくんの友達だもん」
「ダチより彼氏の重要度のが高い」
「勝手な主張の押し付けやめろよ」
これはなんの口論だろう。
飲み物を買いに行く役割決めに俺は参加しなくていいようだから大人二人が大人げなく言い合っているのを傍観していた。ミソクソ飛び交う幼稚で低レベルなケンカに発展していったのち、最終的にジャンケンで勝負することになって言い出しっぺがパシられることに。
瀬名さんはトボトボ歩いて行った。バスケをしていた時のカッコよさはそこに微塵も感じられない。その後ろ姿が死角に入って見えなくなると、二条さんも俺の横に座って手元のボールを隣に下ろした。
「やっと行ったよあのウスノロ。にしても楽しかったあ。またやろうね」
「あ……はい。ウッス」
「大丈夫?」
「生きてはいます……」
今度はもうちょっとソフトな遊びがしたいが今日のメンツだと難しそう。これがもしもバスケじゃなくてバレーボールだったとしても、昼休み中の女子みたいな和やかな光景にはならなかっただろう。
呼吸は落ち着いても体はヘトヘト。ぼろいベンチに深く腰掛けて背もたれに寄り掛かった。
公園とは言ってもバスケットゴールとベンチと水道があるくらいのもので、空き地と言った方が適しているようなコンクリート詰めのスペースだ。フェンスの向こうに目をやったところで自然が広がっているわけではないが、二人して前方に顔を向ける。二条さんも深く座りながらベンチの背に腕を回した。
「そういやもう運転はした?」
「一回だけ練習がてら。慣れるまで誰も乗せたくなかったのに瀬名さんが助手席は譲らねえとか言って」
「付いてきたんだ?」
「付いてきましたね」
「忠犬みたいな男だな」
「待てって言えばいつまででも待ってますよ」
待てとわざわざ俺が言わずともさり気なく察する人だ。距離をグイグイ詰めてくるようでその実線引きはとても上手い。超えていいラインかどうかを瞬時に見極め、猶予をくれる。
恋人ならなんでも察してくれるなんてそんなのは都合のいい幻想だろうが瀬名さんの場合はそれが現実だ。びっくりするくらい分かってくれる。してほしい事もしてほしくない事も、今はまだ少し待ってほしい事も。
「この前合宿終わったあと瀬名さんの実家に行ったんですよ」
「あー、そんなようなこと言ってたなあいつ。めっちゃ重いよね」
思わず笑いが声に出る。よかった。やっぱこれって重いよな。瀬名さんが当たり前みたいな顔をしているからもしかするとこっちがおかしいのかなって。
話が普通に通じるとはなんと素晴らしい事か。まともな感覚でまともな会話ができる喜びをじんわりと感じた。
「帰る時あの人のご両親に会いました」
「え。マジで?」
「玄関で鉢合わせちゃって」
「ラブコメみたいな展開だね」
「ほんとにそんな感じでした。いまだにちょっと現実味ないし。あれはさすがに瀬名さんも想定外だったみたいですけど」
あの時のキキはああなることを見越して玄関でゴネたのではなかろうかと。ちょっと不思議な考えが浮かんでそれを瀬名さんに話してみたところ、キキならそれもあり得るかもなと馬鹿にされるどころか納得された。
二匹が俺たちを引き止めなかったらご両親にあの場で会うこともなかった。あのタイミングで会えなかったら、いつまでたっても俺はズルズル逃げ続けることを選んだだろう。
「言ったの?」
「はい」
「なんだって?」
「ようこそって。会って五分でハグされました」
「うん。だよね。想像できる」
二度目から早くも瀬名家に馴染んだという二条さんは最強だ。和気あいあいと食卓を囲む様子くらいなら簡単に目に浮かぶ。
俺も瀬名さんとの関係を言えた。あの人の前で、あの人のご両親に言った。逆の立場になった時に瀬名さんなら堂々と言うのだろうけど、そこで得ることになる返事が俺と同じとは限らない。
「……うちの親ならもっと違う反応だったと思います」
「それが普通だよ。あの一家が異常」
「でも……瀬名さんは、挨拶したいって」
「とことん重い男だな」
貶すための言葉でしかないそれにもダチ同士の気さくな関係性が見える。二条さんの言う通り瀬名さんはとことん重い男で、遊びではなく、単なる好奇心でもなく、申し訳ないくらいに誠実だ。
俺は瀬名さんの負担かもしれない。そんなふうに思うことはそれ自体が瀬名さんへの裏切り行為だろう。思っても瀬名さんならきっと俺を許すが、散々待ってくれた人にはもっと違う応え方をしたい。
こんな悩みは人生の予定になかった。面倒なだけでバカみたいなことを何度も何度も考える。
とんだ愚図だ。グズに成り下がった。溜め息をつきかけて止めたその時、肩にはポンと軽く手が乗った。
横を向けばその手はすぐに離れていったが、察しのいい人の友達は察しがいいもののようだ。座ったままボールを地面でタンッと跳ねさせた二条さんは、高く弾んだそれを見上げてパシッと両手でキャッチした。
「もっと気楽に構えときな。考えすぎると疲れちゃうよ。多少チャランポランなくらいが長い人生にはちょうどいい」
二条さんはニッと口角を上げた。一瞬だけポカンとさせられ、つられて出てきたのは愛想笑いじゃない。
この人といると肩の力を抜ける。瀬名さんの一番の友達である人は、俺にとってもいい友達になった。
「ですね」
「でしょう?」
静かな夜に笑い声が交じる。多少チャランポランの気があるお兄さんにチャランポランをおすすめされて、それ以上は真面目な空気も続かず和やかなお喋りにまた戻っていた。
それをしばらく続けていたところ、向こうから戻ってきたのはパシリにされていた瀬名さんだ。こっちまで来ると五百のペットボトルを俺に向けてそっと差し出してきた。おなじみのスポーツドリンクのラベル。それと同じ内容物のペットボトルを、二条さんにはその腹めがけてボスッと重く投げつけた。
「離れろ。近い」
「まったくお前は独占欲のかたまりじゃんかよ」
「うるせえ。適切な距離をとれ」
自分はいつもベタベタしてくるくせに。
独占欲のかたまりオジサンは納得のいかない様子で俺たちの距離を見下ろしている。
「こいつに何も吹き込まれなかったか」
「いいえ、特に。溜め込んでいたあなたの悪口を聞いてもらっていただけです」
「あぁ?」
ぴくッと形のいい眉が動いた。不満そうだ。そしてその不満は俺ではなく隣の二条さんに向いた。
「俺の遥希に変なこと教えるな」
「いやいやなんも教えてないし。悪口言われるようなことしかしてない自分のせいだろ」
「そんなもん言われる覚えはない」
「だってさハルくん。そこんとこどうよ?」
「ほぼ悪口しか思い当たりません」
フハッと二条さんが軽快に吹き出した。反対に瀬名さんは顔をしかめた。
八つ当たり気味に二条さんを睨み落とし、笑い者にされるのは耐え難かったのか俺の腕をぐいっと引っ張ってくる。
「帰るぞ遥希。この野郎と一緒にいさせるとお前の教育上よろしくない」
「何それ、なに目線? お前はハルくんの保護者なの?」
「手本となるべき年上の男だ」
「だってさハルくん。そこんとこどうよ?」
「こんなのを手本にはしたくありません」
二条さんはブファッとふき出した。よほど痛快だったのだろう。やーいッ、とすかさず挑発しながら瀬名さんを指さしてイライラさせている。
やくざバリに顔をしかめた男は寺とかの入口に立っているようなおっかない銅像みたいだった。そこからは口論に発展したもののお互いに罵詈雑言が尽きない。口喧嘩だと決着がつかず、しばらくすると二人の間でフリースロー対決が始まってしまった。
俺は絶対に参加しない。
味も見栄えも最高の食卓を男三人で囲んでいたところ、バスケやろうぜって話になった。
二条さんの自宅近くにも公園が一ヵ所あるそうだ。そこにバスケットゴールがあるらしく、嫌っそうな瀬名さんも引き連れて三人そろって即座に出発。
公園に向かう途中で立ち寄ったのは二条さんのお宅だった。マンションの五階にぞろぞろやって来て俺と瀬名さんは玄関前で待機し、しばらくしてボール片手にそそくさと出てきた二条さん。ドアが開いたその瞬間にこっちにまで聞こえてきたのは、お母さんみたいな陽子さんのセリフ。
「はしゃいでケガするんじゃないよー。突き指にだけは気をつけな」
「あー、うーん。へーきへーき」
「平気じゃないから言ってんでしょもうっ」
料理人は手が命だからな。いつもながら仲のいいご夫婦だ。
二条さんについてやってきた公園はバスケに最適のスペースだった。
住宅地からはやや離れた位置にポツンと存在するフェンス越しの空間。ヤンキーが溜まるのにも絶好の場所だがここら辺は治安がいいのだろう。ヤンキーどころか夜間に子供がフラフラしているなんてこともない。
「さてと。何して遊ぶ?」
二条さんは俺と瀬名さんを見ながらタンタンとボールをバウンドさせていた。軽やかだ。バスケが好きなのかな。マイボール持ってるくらいだもんな。
すでに楽しそうな二条さんとは反対に瀬名さんは素っ気なく言った。
「三人って微妙だろ。俺は見てる。遥希、こいつの相手してやれ」
「何言ってんだい、恭吾もやるんだよ。三人ならやっぱあれかな。TwentyOne」
さらにうんざりした瀬名さんの顔。聞き覚えのない遊びを耳にして俺は一人首をかしげた。
「トゥエンティーワンってなんですか?」
「三人からできるゲームだよ。七人までの競技なんだけど、オフェンス一人でそれ以外ディフェンスだから遊びでも割かしハードになりがち」
「へえ」
初めて聞いた。瀬名さんは知っているようだ。簡単にルールを教えてくれた。
ゲームの始まりはフリースローから。フリースローのスコアは一点でフィールドゴールは二得点となり、フィールドゴールを決めた人はフリースローを最大三回打てる。二十一点を目指すゲームだが途中でエアゴールなんかしちゃうとそれまでの得点がゼロになるらしい。
ボールを持っている人以外はディフェンスとしてとにかく邪魔する。聞いただけでも結構なハードさ。バスケなんて高校の体育以来だ。
「遊びだしルールもそんなに厳密にはしなくていいよ。ほんとは二十一点ぴったりにするんだけどそれだとなかなか終わんなくなるから二十一点以上取った人が勝ちってルールにしよう」
「了解です」
二条さんの譲歩ルールを受けてからまずは三人でジャンケンだ。最初のフリースローは俺が勝ち取った。しかしゴールを守るように構える背の高いお兄さんたちはなんだか妙に威圧感がある。
向かって右斜め前に二条さん。左斜め前には瀬名さん。フリースローを打つためのポジションからジリッと真剣にゴールを狙うが、ふちに当たってしまったボールはバゴッと空しく外側に落ちた。
直後、バッと素早い身のこなしで二条さんがボールを手にしていた。そこからは怒涛の流れだ。二条さんの前にすかさず立ちはだかる瀬名さんは動きに一ミリの無駄もなく、余裕の笑顔でゴールを目指す二条さんもかなりのハイペースだった。
オフェンスとディフェンスを三人で交互に繰り返しながらボールを追いかける。身軽な大人二人からボールを死守し、奪われた後は奪い返して得点してフリースローを打って、軽快なドリブルの音もダンダンと暗い周辺に響いた。
「やっぱ体動かすならこれくらい楽しい方がいいね」
「なんもよくねえよ、こっちはお前に付き合ってやってんだ。おい遥希、サボってんじゃねえぞ」
「は、はいッ!」
瀬名さんと二条さんはスマートに動くが俺は一人だけバタバタと動く。二十一点ぴったりという正式なルールは破棄されたから楽勝だろう、なんて思ったのは大間違い。むしろ俺にはイバラの道だった。
だってこの二人バンバン得点していく。大人組が勝利を手に入れすぎるので途中からは得点は関係なくなり、奪ってかわしてシュートする動作がひたすら過熱していった。
そうして休憩を挟むこともなく、ゲームを続ける事しばらく。
「はッ……はぁっ、はっ……はッ、マジすか……なんで二人、そんな……はぁッ……っ」
運動は日頃からしていたつもりだったがそうでもなかったと今自覚した。オトナ二人がガチで容赦ない。俺だけ死ぬほど息が切れている。
この場で唯一の十代である俺はこんなにゼエハア言っているのに三十代の男二人はまだまだ全然余裕そう。おかしいだろ。体力年齢どうなってんだよ。どうしてこの二人こんな元気なんだ。
「それで終わりか小僧。なんて情けねえザマだ」
「恭吾お前それ完全に悪役」
瀬名さんには変なスイッチが入っている。二条さんも笑顔ではあるけどゲーム中は非常にエゲつなかった。
今の三十代ってみんなこうなのか。違うよな。この二人が異様なんだよな。
瀬名さんだけなら想像もつく。見るからにスポーツが得意そうな男だ。この体つきでバスケが下手だったらお笑い種でしかないだろうから、ちょっとでも微妙なドリブルしやがったら指さしながらケラケラしてやろうと思っていた。現実は抜群の運動神経を見せつけられただけだった。
想定外なのは二条さんの方。瀬名さんにも負けず劣らず、というか正直瀬名さんよりも断然巧い。身のこなしがただものじゃなかった。瀬名さんと同様に背の高い大人だと思ってはいたけれど、少なくとも初心者の技術ではない。
いまだにハアハア言っている体をやや屈めて呼吸を整える。余裕そうな二条さんの顔を信じられない気持ちで見上げていると、俺の隣で瀬名さんが口を開いた。
「お前にいいこと教えてやる。隆仁は元バスケ部だ」
「マジか」
「全国行った」
「マジかッ!」
どおりで。そういうのは最初に言ってよ。素人が挑んで勝てる相手じゃない。
ニコニコしている二条さんが支えるように俺の背中を押した。足を向けたのは敷地の端っこ。ベンチがある。暗くてもボロそうなのは分かった。
「久々に楽しかったよ。恭吾はいつも俺一人だと付き合ってくれないから」
「お前と二人でやるとただただ疲れる」
だろうな。俊敏なオトナ二人が真っ向からやり合ったらきっと大変なことになる。瀬名さんはまだまだ動けそうだが二条さんもやっぱりまだまだ動けそう。
二条さんに促されてベンチの右端に俺だけ腰かけた。単なる遊びと言われて始めたバスケで死にかかっている。
「二条さんめっちゃ元気っすね……」
「そりゃそうさ。安定感も手厚い保障もなんにもない自営業者は体力勝負で生きてるもんでね。健康じゃなくなったら一発で詰んじゃう」
「もしかして鍛えてます……?」
「もちろん」
俺の周りこういうお兄さんばっかり。
「隆仁には陽子さんという最強のサポートも付いてるからな。こんな奴の健康年齢が十年前とほぼ変わんねえのは完全にあの人のおかげだろうよ」
「ぐうたらしてるとめっちゃ怒られる。健康診断も毎年行かされるんだよ。知らないうちに予約取られてるし」
現代の風潮は健康志向だ。自営業者でも検診は大事だ。
最年少の俺がヘバッたので激しめの遊びはここで終了。瀬名さんは持っていたボールを二条さんにパンッとパスした。
「お前そこの自販機行ってこい。遥希が瀕死だ」
「恭吾が行けよ。俺はここでハルくんとお喋りしてるから」
「ダメだ、お前が行け。遥希とのお喋りは俺がする」
「なんで独り占めしようとすんの。俺だってたまにはハルくんと話したい」
「しょっちゅう連絡とり合ってんだろうが」
「恭吾なんか毎日一緒にいるじゃん」
「俺は遥希の恋人だからな」
「俺はハルくんの友達だもん」
「ダチより彼氏の重要度のが高い」
「勝手な主張の押し付けやめろよ」
これはなんの口論だろう。
飲み物を買いに行く役割決めに俺は参加しなくていいようだから大人二人が大人げなく言い合っているのを傍観していた。ミソクソ飛び交う幼稚で低レベルなケンカに発展していったのち、最終的にジャンケンで勝負することになって言い出しっぺがパシられることに。
瀬名さんはトボトボ歩いて行った。バスケをしていた時のカッコよさはそこに微塵も感じられない。その後ろ姿が死角に入って見えなくなると、二条さんも俺の横に座って手元のボールを隣に下ろした。
「やっと行ったよあのウスノロ。にしても楽しかったあ。またやろうね」
「あ……はい。ウッス」
「大丈夫?」
「生きてはいます……」
今度はもうちょっとソフトな遊びがしたいが今日のメンツだと難しそう。これがもしもバスケじゃなくてバレーボールだったとしても、昼休み中の女子みたいな和やかな光景にはならなかっただろう。
呼吸は落ち着いても体はヘトヘト。ぼろいベンチに深く腰掛けて背もたれに寄り掛かった。
公園とは言ってもバスケットゴールとベンチと水道があるくらいのもので、空き地と言った方が適しているようなコンクリート詰めのスペースだ。フェンスの向こうに目をやったところで自然が広がっているわけではないが、二人して前方に顔を向ける。二条さんも深く座りながらベンチの背に腕を回した。
「そういやもう運転はした?」
「一回だけ練習がてら。慣れるまで誰も乗せたくなかったのに瀬名さんが助手席は譲らねえとか言って」
「付いてきたんだ?」
「付いてきましたね」
「忠犬みたいな男だな」
「待てって言えばいつまででも待ってますよ」
待てとわざわざ俺が言わずともさり気なく察する人だ。距離をグイグイ詰めてくるようでその実線引きはとても上手い。超えていいラインかどうかを瞬時に見極め、猶予をくれる。
恋人ならなんでも察してくれるなんてそんなのは都合のいい幻想だろうが瀬名さんの場合はそれが現実だ。びっくりするくらい分かってくれる。してほしい事もしてほしくない事も、今はまだ少し待ってほしい事も。
「この前合宿終わったあと瀬名さんの実家に行ったんですよ」
「あー、そんなようなこと言ってたなあいつ。めっちゃ重いよね」
思わず笑いが声に出る。よかった。やっぱこれって重いよな。瀬名さんが当たり前みたいな顔をしているからもしかするとこっちがおかしいのかなって。
話が普通に通じるとはなんと素晴らしい事か。まともな感覚でまともな会話ができる喜びをじんわりと感じた。
「帰る時あの人のご両親に会いました」
「え。マジで?」
「玄関で鉢合わせちゃって」
「ラブコメみたいな展開だね」
「ほんとにそんな感じでした。いまだにちょっと現実味ないし。あれはさすがに瀬名さんも想定外だったみたいですけど」
あの時のキキはああなることを見越して玄関でゴネたのではなかろうかと。ちょっと不思議な考えが浮かんでそれを瀬名さんに話してみたところ、キキならそれもあり得るかもなと馬鹿にされるどころか納得された。
二匹が俺たちを引き止めなかったらご両親にあの場で会うこともなかった。あのタイミングで会えなかったら、いつまでたっても俺はズルズル逃げ続けることを選んだだろう。
「言ったの?」
「はい」
「なんだって?」
「ようこそって。会って五分でハグされました」
「うん。だよね。想像できる」
二度目から早くも瀬名家に馴染んだという二条さんは最強だ。和気あいあいと食卓を囲む様子くらいなら簡単に目に浮かぶ。
俺も瀬名さんとの関係を言えた。あの人の前で、あの人のご両親に言った。逆の立場になった時に瀬名さんなら堂々と言うのだろうけど、そこで得ることになる返事が俺と同じとは限らない。
「……うちの親ならもっと違う反応だったと思います」
「それが普通だよ。あの一家が異常」
「でも……瀬名さんは、挨拶したいって」
「とことん重い男だな」
貶すための言葉でしかないそれにもダチ同士の気さくな関係性が見える。二条さんの言う通り瀬名さんはとことん重い男で、遊びではなく、単なる好奇心でもなく、申し訳ないくらいに誠実だ。
俺は瀬名さんの負担かもしれない。そんなふうに思うことはそれ自体が瀬名さんへの裏切り行為だろう。思っても瀬名さんならきっと俺を許すが、散々待ってくれた人にはもっと違う応え方をしたい。
こんな悩みは人生の予定になかった。面倒なだけでバカみたいなことを何度も何度も考える。
とんだ愚図だ。グズに成り下がった。溜め息をつきかけて止めたその時、肩にはポンと軽く手が乗った。
横を向けばその手はすぐに離れていったが、察しのいい人の友達は察しがいいもののようだ。座ったままボールを地面でタンッと跳ねさせた二条さんは、高く弾んだそれを見上げてパシッと両手でキャッチした。
「もっと気楽に構えときな。考えすぎると疲れちゃうよ。多少チャランポランなくらいが長い人生にはちょうどいい」
二条さんはニッと口角を上げた。一瞬だけポカンとさせられ、つられて出てきたのは愛想笑いじゃない。
この人といると肩の力を抜ける。瀬名さんの一番の友達である人は、俺にとってもいい友達になった。
「ですね」
「でしょう?」
静かな夜に笑い声が交じる。多少チャランポランの気があるお兄さんにチャランポランをおすすめされて、それ以上は真面目な空気も続かず和やかなお喋りにまた戻っていた。
それをしばらく続けていたところ、向こうから戻ってきたのはパシリにされていた瀬名さんだ。こっちまで来ると五百のペットボトルを俺に向けてそっと差し出してきた。おなじみのスポーツドリンクのラベル。それと同じ内容物のペットボトルを、二条さんにはその腹めがけてボスッと重く投げつけた。
「離れろ。近い」
「まったくお前は独占欲のかたまりじゃんかよ」
「うるせえ。適切な距離をとれ」
自分はいつもベタベタしてくるくせに。
独占欲のかたまりオジサンは納得のいかない様子で俺たちの距離を見下ろしている。
「こいつに何も吹き込まれなかったか」
「いいえ、特に。溜め込んでいたあなたの悪口を聞いてもらっていただけです」
「あぁ?」
ぴくッと形のいい眉が動いた。不満そうだ。そしてその不満は俺ではなく隣の二条さんに向いた。
「俺の遥希に変なこと教えるな」
「いやいやなんも教えてないし。悪口言われるようなことしかしてない自分のせいだろ」
「そんなもん言われる覚えはない」
「だってさハルくん。そこんとこどうよ?」
「ほぼ悪口しか思い当たりません」
フハッと二条さんが軽快に吹き出した。反対に瀬名さんは顔をしかめた。
八つ当たり気味に二条さんを睨み落とし、笑い者にされるのは耐え難かったのか俺の腕をぐいっと引っ張ってくる。
「帰るぞ遥希。この野郎と一緒にいさせるとお前の教育上よろしくない」
「何それ、なに目線? お前はハルくんの保護者なの?」
「手本となるべき年上の男だ」
「だってさハルくん。そこんとこどうよ?」
「こんなのを手本にはしたくありません」
二条さんはブファッとふき出した。よほど痛快だったのだろう。やーいッ、とすかさず挑発しながら瀬名さんを指さしてイライラさせている。
やくざバリに顔をしかめた男は寺とかの入口に立っているようなおっかない銅像みたいだった。そこからは口論に発展したもののお互いに罵詈雑言が尽きない。口喧嘩だと決着がつかず、しばらくすると二人の間でフリースロー対決が始まってしまった。
俺は絶対に参加しない。
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「お前こそ俺の運命の番だ」
βだからフェロモンなんて効かないのに、なぜかイグニスの熱烈な求愛(物理)攻撃を受ける日々に突入!?
勘違いから始まる、武闘派β×最強王子のドタバタ王宮BLファンタジー!
幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について
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「魔力なしの穀潰し」――そう蔑まれ、幻獣保護センターの地下で廃棄幻獣の掃除に明け暮れる少女・ミヤコ。
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誰の目にもゴミとしか映らないその塊を、ミヤコは放っておけなかった。
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彼女が生活魔法を込めたブラシで丹念に汚れを落とした瞬間、世界を縛る最凶の封印が汚れと一緒に「流されてしまう。
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いつもひとりでいる矢崎は、ある日、人気者の瀬尾から告白される。
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