貢がせて、ハニー!

わこ

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186.ラブ・ランゲージⅢ

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 とても素敵な人だ。みんなの憧れの対象になるような女性。おしゃべりパンダにもそれくらいは分かる。
 そんな素敵な妹さんに変な奴だと思われたままなのは、いくらなんでも耐えきれなかった。

 改めて謝罪も兼ねて、歯切れ悪くポツポツと話しはじめた事の経緯。玄関前でああなった理由を。
 どんなにつまらない話でも、この人は丁寧に相槌を交えながら聞いてくれた。話していて楽しいと思う相手の大半は話を聞くのが上手い。のろまな俺の話をゆっくり聞いて、そして最後に深くうなずいた。

「そっか。納得した。あれを見てたか」
「はい……すみません……」
「謝ることないって、普通に怪しいでしょ。知らない女と腕組んでマンションから出てくる彼氏なんて大抵は真っクロだもん」
「本当にすみませんでした……」
「大丈夫ハルキくんは悪くないから。こうなったのは全部恭吾のせいだよ。お詫びに何か奢ってもらわないとね。この辺で一番高いお寿司屋さんってどこだろう?」
「え……どこでしょう……」
「鰻屋さんでもいい。一番高いとこ」
「あぁ……はは……」

 美味いかどうか以上に高いかどうかが重要なようだ。そんなに兄貴の財布を軽くさせたいのか。

「こっちにいる間に日本食堪能しとかないと。海外でウナギの蒲焼とはさすがに出会えないんだよね。お寿司ならそれなりにあるけど高いし」
「ああ……」

 アメリカの一般的な寿司屋と日本の高級寿司店だったらどっちの方の値が張るのだろう。

「……朱里さんはお住まいもテキサスなんですか?」
「うん、そうそう。今はダラスの北の方にある街にいるの」

 ティラミスをパクパク食いながら平然と言われる。一方の俺はエッグタルトをモグッとしながらも考えてみる。
 アメリカ。テキサス。ダラス。なんとなく、銃のシルエットがぼんやり浮かんだ。

「なんかその……危なかったりとかは……?」

 平和な日本から出たことのない俺からしてみるとちょっと怖い。イメージ的に治安が良く無さそう。ギャングとかいそう。事件が多そう。覆面被った悪漢たちによる強盗とか頻発していそう。
 などというのはアメリカに行ったことのない俺の適当な想像なんだけど。

 もう少々現実的なイメージを頑張ってみても、テキサスと言われて俺が連想できる範囲は限定的だ。農場か油田か宇宙センターくらいだろうか。でも結局はカウボーイに戻る。
 一つの州とはいえ広大だから、野生動物のいる自然区域もあれば現代的に栄えた都市部もあるはず。けれどどうしても西部劇寄りのイメージだ。牛とか馬とか荒野とか。

 だがなんにせよ人の居住地に勝手な想像でケチをつけてはいけない。
 語尾を濁して聞いた俺に、朱里さんはにこやかに返してきた。

「私が住んでる所はフリスコって言ってね、そこなら治安も比較的安定してるかな。銃社会なわけだしさすがに一人で夜出歩くのは控えるけど、普通に生活してればあからさまに怖いってことはないよ。住んでみればかなり便利なとこだし」
「へえ……」

 そういうもんなのか。分からない。そこならってどういう事だろう。エリアがほんの少しズレると急に物騒になったりするのか。
 田舎育ちの庶民にとって海を越える話には馴染みがない。俺の貧相な想像力ではいまいちピンと来ていないけど、朱里さんの身はひとまず安全そうだ。

「最近は日本人もずいぶん増えてきてるんだ。うちの近所には日本のお店なんかも割とあって」
「あ、そうなんですか?」
「うん。色んな国の文化が集まってるから、もしかすると日本人が想像するアメリカって感じではないかも」

 ニコリと笑った。本当に良く笑う人だ。
 オープンだけれど上品で、それでいて嫌味っぽさは皆無。瀬名さんとは違った笑い方でも、好感しか持てないのはどちらも同じ。

 朱里さんは音を立てずにカップをソーサーにそっと戻した。こういう所作も瀬名さんと重なる。洗練されたご一家だ。

「よかったら恭吾と遊びに来て。そのときは観光スポット案内させてね。テキサスってほんと広いから一日でまわり切るのは不可能だけど」

 日本の面積の倍もある。日本一周ですら一日じゃ無理だ。

「博物館とかいっぱいあるよ。スポーツ観戦なんかも盛んかな。あとはそうだなあ、バーベキューは好き?」
「あ、はい」
「テキサスのバーベキューは日本のとは全然違ってね、巨大な肉の塊を何時間もかけてスモークするの」
「かたまり……」
「切ってもらったらジューシーなのが一発で分かるから。ホントすっごい柔らかくて」
「おぉ……」
「日本食とかメキシコ料理とかレストランも色々あるし、飽きさせない自信ならある。美味しいもの恭吾に奢ってもらおう」
「あ……あはは……」

 結局は奢らせるのか。女神様みたいな微笑みなのに、言っていることが表情と合致していない。
 兄を財布にする気満々で、朱里さんは美しいティラミスをパクパクと食べ進めていた。
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