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248.お手伝いⅢ
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「二日連続で恭吾借りちゃってごめんね」
「いえ、俺は全然」
「カテキョの方はどう? 契約がかかってるってあいつが言ってたけど」
「あ、ハイおかげさまで。取り付けました」
あの男はなんだってそんなビジネス染みた言い回ししやがるんだろう。
頑張っているマコトくんの受験対策もいよいよ本格始動だ。昨日と一昨日の二日間、お試しで増やした勉強時間。マコトくんは手ごたえを感じたようで、平日にも二コマ分の授業追加が正式決定した。
家庭教師してきたその足でラヴィに向かえば、閉店前の作業くらいは手伝える。最初はそう考えていた。だから月曜の夜にラヴィから帰った後、ダイニングテーブルでスマホを片手に組もうとしていたのはタイムスケジュール。
ところが瀬名さんの考えは違ったようだ。皿に盛りつけたラヴィのゴハンを俺の前にせっせと出して、俺のためにお茶まで淹れながら、瀬名さんが言ったのはこう。
「明日から二日間は俺が行く」
「え?」
「会社から直で行くから大丈夫だ。隆仁にもそう言っとく。お前は少しゆっくりしてろ」
こうして火曜と、その次の水曜も、瀬名さんが会社帰りにラヴィへ向かう事になった。確実に大丈夫になるように、仕事の都合も付けてきたのだろう。
瀬名さんも学生時代には給仕バイトを結構やっていたらしい。
そもそも俺が手伝いに行くと言い出していなければ、日曜だって最初から瀬名さんが駆けつけていたと思う。困っている友達を放っておける人じゃない。
「てかあの人に愛想笑いなんかできるんですか?」
「できるなんてもんじゃない。恭吾の接客スマイルは神がかってる」
「なんという詐欺……」
「本当につくづくそう思うよ。女性のお客さんの注文数なんか普段より心なしか増えちゃうからさ、ありがたいんだか迷惑なんだか正直ちょっとよく分かんなくなってた」
破壊神みたいな男だな。
陽子さん不在の状態も今日の営業で五日が経過した。陽子さんが確立させた隙のない業務体制のおかげでさほどの混乱もなくトラブルもなくいつも通りのレストランを演出できている。
だがやはり陽子さんはラヴィの人一倍熱心なファンだ。もう痛みは引いている。そう言ってお店に出ようとする陽子さんを、二条さんがなんとか家に留め置いてきたらしい。
二日くらい前からこのやり取りをしているそうだ。陽子さんは早いとこ復帰したいが、医者からの完治宣言を受けるまでなんとしても無理させたくないのが二条さん。
ちょっと大人しくしててもらうだけなのにこんなにも苦労するなんて。二条さんはそうボヤいていたものの、今夜も無事に営業を乗り越えた。
お客様方もお帰りになり、今は閉店作業中。
そんな折、その陽子さんが、なんとやって来た。店に。正面のお客様用出入り口から。
「あの……二条さんちょっとよろしいですか」
「はいはい? どしたい?」
「……陽子さんがいらっしゃいました」
「あ、そう。……えっ!?」
さきほど気軽な雰囲気で突如現れた陽子さんを、スタッフさん達は一斉に取り囲んだ。まさかお見えになるとは思っていないから出遅れて一瞬ポツンとなった俺。そんなどんくさい奴にも陽子さんはすかさず声をかけてくれた。
「ハルくんもお疲れ様! 手伝ってくれて本当にありがとねえ」
「いえいえ、とんでもない。それより足の具合は……?」
「おかげさまで。平気平気」
痛々しい包帯を見る限り平気平気って感じには思えなかった。
そうして二言三言交わしたのちに、トコトコ向かったのが厨房。
陽子さんがいらっしゃいました。まだ仕事中の店主にご報告するなり、クワッと勢いよくその顔が上がった。キッチンから慌ててすっ飛んでいく二条さんの後に俺も続いた。
店の中央では陽子さんの周りが相変わらずわらわらしていた。あからさまに慕われている。森の動物たちと心を通わせたおとぎ話の姫の図に似てる。
陽子さんの場合は姫というより伝説の騎士っぽいけど。幾度も戦場を勝ち抜いてきた猛者に兵士たちが忠誠を誓うのも当然か。なにせあの瀬名恭吾でさえチワワ並みに大人しくさせて飼い慣らしてきたツワモノだ。
優秀なブリーダーに転職できそうな陽子さんに、二条さんが駆け寄りながら声を張った。
「ちょっと、陽子ちゃんッ!」
「あ、隆仁。おつかれ」
「お疲れじゃないでしょ何してんの!?」
「様子見に来たの。ちゃんとやってる?」
「やってるよ!!」
さすがはラヴィの真のボス。ご夫婦のやり取りも日常茶飯事のようで、周りのスタッフさん達はニコニコと微笑ましく見守っていた。いいなここ。本当に就職させてほしい。
「まだ無理しちゃダメだって。痛み残ったらどうすんの」
「一日中家に閉じこもってる方がどうかしちゃうでしょ」
「数日くらい大人しくしててよ回遊魚じゃないんだから!」
回遊魚呼ばわりされた陽子さんには、優秀なスタッフさん達が誰からともなく椅子を持ってきた。そのまま代わる代わる世話を焼かれる。
「座っててください。どうぞこちらへ」
「ここは僕らにお任せください」
「足元は寒くないですか?」
「少々お待ちを。ひざ掛けお持ちしましょう」
「そうだ、お茶飲みますか? 淹れてきますね」
次から次にキラキラとした目で言い立てる陽子さんの精鋭。気圧されるだけの暇もなく、最後にはみんなで揃って、
「お店は私達が責任をもって守るのでどうか安心して休んでください!」
これを忠誠心と言わずしてなんと言う。夢の国のテーマパークだってここまで団結しないだろ。
即座にひざ掛けとお茶を準備され、二条さんにはジットリ見下ろされ、これにはさすがの陽子さんも折れないわけにはいかなくなった。
「……分かった。分かったよ。明日からはまた大人しくしとく。ゴメンねみんな、仕事の邪魔しちゃって」
「とんでもないッ」
「元気そうでよかったッス!」
「っ顔見られて安心しました」
「大丈夫です、あたし達がしっかりやるんでッ」
「店長のもとで店を守り切ります!!」
すごく一気に返ってきた。なんかみんなちょっと涙目だし。
ラヴィの愉快な仲間たちは、陽子さんというナイトが好きすぎる。
***
今夜はご夫婦そろって見送られた。いつものように角を曲がれば、そこには心配性の出迎えが。
「おかえり」
「ただいま」
このやり取りが結構、嫌いじゃない。
タッパーの中身は家に帰ってからちゃんとゆっくり味わいたい。でもお腹は減っている。ペコペコだ。
店のすぐ近くのコンビニで貢いでもらったのはカリカリチキン。ドア横の邪魔にならないところで揚げたニワトリにハグッと噛みつく。ラヴィのゴハンにはとても敵わないけどこれはこれで安っぽくてウマい。
「どうせ毎日ここまで来るんならお店に顔出してけばいいのに」
店の白い明かりに背面を照らされながら、チキンをモリモリ頬張って言えばシレッとした態度で返される。
「散歩だ散歩」
「わざわざこんなとこまで?」
「たまたま通りかかった」
「わざわざこんなとこに?」
「散歩してて気づいたらここにいた」
「もうちょっとマシな嘘つけませんかね」
「心の声に従って天の導きを受け入れたまでだ」
瀬名さんに嘘つかせたらスピリチュアルな人になった。
「たまたま通りかかったついでに手伝ってくれてもバチは当たりませんよ」
「遥希が手伝ってんのに俺まで行ったら逆に気を使わせるだろ」
「変なところで気にしいですよね」
コンビニチキンも意外と侮れない。外はカリカリだけど中は柔らかく、パサパサじゃないしそれなりにジューシー。おやつにするにはちょうどいい。
無残にもカラリとやられたニワトリの一部は残すところひと口。二種類の食感を噛みしめて、人類に配慮できるエイリアンに顔を向けた。
「二条さんが言ってました。瀬名さんがいると女性客の注文増えるって」
「んな訳ねえだろ」
「お客さん撃ち殺せちゃう接客スマイルなんでしょう?」
「金ヅル撃ち殺してどうするんだ」
「言い方」
接客スキルは最高に詐欺でもこの男の精神はラヴィにはふさわしくないな。
「そんな事よりお前こそどうなんだ」
「もちろんちゃんとやってますよ」
「ちゃんとやってるのは分かってる。陽子さんの手下にイジメられてねえか」
「だから言い方。みんないい人なの知ってんでしょ」
「仲間に入れなくて隅っこで一人ポツンとしてねえか心配だ」
「小学一年生の親なの?」
誰が小学校入りたてのピカピカ黄色いお帽子くんじゃ。
残りのチキンにパクリと噛みつく。天に召された罪のない鳥を平らげ、紙の袋を小さく折りたたんだらゴミは瀬名さんが持ってくれた。代わりにカサッと差し出されたのは、預けておいたもう一つの小さい袋。
背景を白く光らせたまま、薄っぺらい紙の中からテラテラ香ばしい焼き鳥を取り出す。一番上の一個をパクッと頬張った。ウマい。もう一個食らい付く。タレ食うと塩も欲しくなるんだよな、チキンが塩コショウだから我慢したけど。
三個目四個目もパクパクしつつ、至れり尽くせりな気遣いを施して人類を侵略しようとしているエイリアンに顔を向けた。
「戻って二条さんと話してく? 親友でしょう?」
「こういうのは腐れ縁って言うんだよ」
「素直じゃないなもう。今なら陽子さんもいますよ」
そこで一拍を置いた瀬名さん。素直じゃないその目がこっちを捉えた。
「……来てんのか?」
「ええ。ついさっきお越しに」
また少々間が置かれた。それから小さく口を開いた瀬名さんは、どことなく躊躇いがちだ。
「……どうだった。陽子さん」
「痛みはだいぶ引いたって」
「……そうか」
ホッとしたようなその横顔。嘘はヘタクソだし、へそ曲がりだし、とことん素直じゃないくせに、感情だけは隠せていない。
「行く?」
「行かない」
まったくもう。
「にしても隆仁がよく許したな。なんとしても家から出さねえようにしてたろ」
「来た時ビックリしてましたよ。だけど陽子さんは家でじっとしてる方が体に悪いって」
「あの人がいつまでも一人で大人しくしてられるはずがねえよな」
「二条さんは回遊魚って言ってました」
「あとで線香あげに行ってやろう。あいつ今夜家帰ったら殺される」
「陽子さんそんな人じゃないだろ」
騎士は騎士でも殺傷はしない。刎ねたのは二条さんの首ではなくて立ち行かなくなったラヴィの経営体制。
歴戦の猛者ではあるものの、歌声ひとつで森中を癒せる姫並みに優しい人だから、心惹かれた愉快な仲間たちもワラワラと集まってくる。
塩も買いに戻りたくなる前に、ブツ切りにされたニワトリを手早くパパッと腹に収めた。
今夜もまたラヴィのお土産を持って、俺達の家にゆっくり帰る。
「いえ、俺は全然」
「カテキョの方はどう? 契約がかかってるってあいつが言ってたけど」
「あ、ハイおかげさまで。取り付けました」
あの男はなんだってそんなビジネス染みた言い回ししやがるんだろう。
頑張っているマコトくんの受験対策もいよいよ本格始動だ。昨日と一昨日の二日間、お試しで増やした勉強時間。マコトくんは手ごたえを感じたようで、平日にも二コマ分の授業追加が正式決定した。
家庭教師してきたその足でラヴィに向かえば、閉店前の作業くらいは手伝える。最初はそう考えていた。だから月曜の夜にラヴィから帰った後、ダイニングテーブルでスマホを片手に組もうとしていたのはタイムスケジュール。
ところが瀬名さんの考えは違ったようだ。皿に盛りつけたラヴィのゴハンを俺の前にせっせと出して、俺のためにお茶まで淹れながら、瀬名さんが言ったのはこう。
「明日から二日間は俺が行く」
「え?」
「会社から直で行くから大丈夫だ。隆仁にもそう言っとく。お前は少しゆっくりしてろ」
こうして火曜と、その次の水曜も、瀬名さんが会社帰りにラヴィへ向かう事になった。確実に大丈夫になるように、仕事の都合も付けてきたのだろう。
瀬名さんも学生時代には給仕バイトを結構やっていたらしい。
そもそも俺が手伝いに行くと言い出していなければ、日曜だって最初から瀬名さんが駆けつけていたと思う。困っている友達を放っておける人じゃない。
「てかあの人に愛想笑いなんかできるんですか?」
「できるなんてもんじゃない。恭吾の接客スマイルは神がかってる」
「なんという詐欺……」
「本当につくづくそう思うよ。女性のお客さんの注文数なんか普段より心なしか増えちゃうからさ、ありがたいんだか迷惑なんだか正直ちょっとよく分かんなくなってた」
破壊神みたいな男だな。
陽子さん不在の状態も今日の営業で五日が経過した。陽子さんが確立させた隙のない業務体制のおかげでさほどの混乱もなくトラブルもなくいつも通りのレストランを演出できている。
だがやはり陽子さんはラヴィの人一倍熱心なファンだ。もう痛みは引いている。そう言ってお店に出ようとする陽子さんを、二条さんがなんとか家に留め置いてきたらしい。
二日くらい前からこのやり取りをしているそうだ。陽子さんは早いとこ復帰したいが、医者からの完治宣言を受けるまでなんとしても無理させたくないのが二条さん。
ちょっと大人しくしててもらうだけなのにこんなにも苦労するなんて。二条さんはそうボヤいていたものの、今夜も無事に営業を乗り越えた。
お客様方もお帰りになり、今は閉店作業中。
そんな折、その陽子さんが、なんとやって来た。店に。正面のお客様用出入り口から。
「あの……二条さんちょっとよろしいですか」
「はいはい? どしたい?」
「……陽子さんがいらっしゃいました」
「あ、そう。……えっ!?」
さきほど気軽な雰囲気で突如現れた陽子さんを、スタッフさん達は一斉に取り囲んだ。まさかお見えになるとは思っていないから出遅れて一瞬ポツンとなった俺。そんなどんくさい奴にも陽子さんはすかさず声をかけてくれた。
「ハルくんもお疲れ様! 手伝ってくれて本当にありがとねえ」
「いえいえ、とんでもない。それより足の具合は……?」
「おかげさまで。平気平気」
痛々しい包帯を見る限り平気平気って感じには思えなかった。
そうして二言三言交わしたのちに、トコトコ向かったのが厨房。
陽子さんがいらっしゃいました。まだ仕事中の店主にご報告するなり、クワッと勢いよくその顔が上がった。キッチンから慌ててすっ飛んでいく二条さんの後に俺も続いた。
店の中央では陽子さんの周りが相変わらずわらわらしていた。あからさまに慕われている。森の動物たちと心を通わせたおとぎ話の姫の図に似てる。
陽子さんの場合は姫というより伝説の騎士っぽいけど。幾度も戦場を勝ち抜いてきた猛者に兵士たちが忠誠を誓うのも当然か。なにせあの瀬名恭吾でさえチワワ並みに大人しくさせて飼い慣らしてきたツワモノだ。
優秀なブリーダーに転職できそうな陽子さんに、二条さんが駆け寄りながら声を張った。
「ちょっと、陽子ちゃんッ!」
「あ、隆仁。おつかれ」
「お疲れじゃないでしょ何してんの!?」
「様子見に来たの。ちゃんとやってる?」
「やってるよ!!」
さすがはラヴィの真のボス。ご夫婦のやり取りも日常茶飯事のようで、周りのスタッフさん達はニコニコと微笑ましく見守っていた。いいなここ。本当に就職させてほしい。
「まだ無理しちゃダメだって。痛み残ったらどうすんの」
「一日中家に閉じこもってる方がどうかしちゃうでしょ」
「数日くらい大人しくしててよ回遊魚じゃないんだから!」
回遊魚呼ばわりされた陽子さんには、優秀なスタッフさん達が誰からともなく椅子を持ってきた。そのまま代わる代わる世話を焼かれる。
「座っててください。どうぞこちらへ」
「ここは僕らにお任せください」
「足元は寒くないですか?」
「少々お待ちを。ひざ掛けお持ちしましょう」
「そうだ、お茶飲みますか? 淹れてきますね」
次から次にキラキラとした目で言い立てる陽子さんの精鋭。気圧されるだけの暇もなく、最後にはみんなで揃って、
「お店は私達が責任をもって守るのでどうか安心して休んでください!」
これを忠誠心と言わずしてなんと言う。夢の国のテーマパークだってここまで団結しないだろ。
即座にひざ掛けとお茶を準備され、二条さんにはジットリ見下ろされ、これにはさすがの陽子さんも折れないわけにはいかなくなった。
「……分かった。分かったよ。明日からはまた大人しくしとく。ゴメンねみんな、仕事の邪魔しちゃって」
「とんでもないッ」
「元気そうでよかったッス!」
「っ顔見られて安心しました」
「大丈夫です、あたし達がしっかりやるんでッ」
「店長のもとで店を守り切ります!!」
すごく一気に返ってきた。なんかみんなちょっと涙目だし。
ラヴィの愉快な仲間たちは、陽子さんというナイトが好きすぎる。
***
今夜はご夫婦そろって見送られた。いつものように角を曲がれば、そこには心配性の出迎えが。
「おかえり」
「ただいま」
このやり取りが結構、嫌いじゃない。
タッパーの中身は家に帰ってからちゃんとゆっくり味わいたい。でもお腹は減っている。ペコペコだ。
店のすぐ近くのコンビニで貢いでもらったのはカリカリチキン。ドア横の邪魔にならないところで揚げたニワトリにハグッと噛みつく。ラヴィのゴハンにはとても敵わないけどこれはこれで安っぽくてウマい。
「どうせ毎日ここまで来るんならお店に顔出してけばいいのに」
店の白い明かりに背面を照らされながら、チキンをモリモリ頬張って言えばシレッとした態度で返される。
「散歩だ散歩」
「わざわざこんなとこまで?」
「たまたま通りかかった」
「わざわざこんなとこに?」
「散歩してて気づいたらここにいた」
「もうちょっとマシな嘘つけませんかね」
「心の声に従って天の導きを受け入れたまでだ」
瀬名さんに嘘つかせたらスピリチュアルな人になった。
「たまたま通りかかったついでに手伝ってくれてもバチは当たりませんよ」
「遥希が手伝ってんのに俺まで行ったら逆に気を使わせるだろ」
「変なところで気にしいですよね」
コンビニチキンも意外と侮れない。外はカリカリだけど中は柔らかく、パサパサじゃないしそれなりにジューシー。おやつにするにはちょうどいい。
無残にもカラリとやられたニワトリの一部は残すところひと口。二種類の食感を噛みしめて、人類に配慮できるエイリアンに顔を向けた。
「二条さんが言ってました。瀬名さんがいると女性客の注文増えるって」
「んな訳ねえだろ」
「お客さん撃ち殺せちゃう接客スマイルなんでしょう?」
「金ヅル撃ち殺してどうするんだ」
「言い方」
接客スキルは最高に詐欺でもこの男の精神はラヴィにはふさわしくないな。
「そんな事よりお前こそどうなんだ」
「もちろんちゃんとやってますよ」
「ちゃんとやってるのは分かってる。陽子さんの手下にイジメられてねえか」
「だから言い方。みんないい人なの知ってんでしょ」
「仲間に入れなくて隅っこで一人ポツンとしてねえか心配だ」
「小学一年生の親なの?」
誰が小学校入りたてのピカピカ黄色いお帽子くんじゃ。
残りのチキンにパクリと噛みつく。天に召された罪のない鳥を平らげ、紙の袋を小さく折りたたんだらゴミは瀬名さんが持ってくれた。代わりにカサッと差し出されたのは、預けておいたもう一つの小さい袋。
背景を白く光らせたまま、薄っぺらい紙の中からテラテラ香ばしい焼き鳥を取り出す。一番上の一個をパクッと頬張った。ウマい。もう一個食らい付く。タレ食うと塩も欲しくなるんだよな、チキンが塩コショウだから我慢したけど。
三個目四個目もパクパクしつつ、至れり尽くせりな気遣いを施して人類を侵略しようとしているエイリアンに顔を向けた。
「戻って二条さんと話してく? 親友でしょう?」
「こういうのは腐れ縁って言うんだよ」
「素直じゃないなもう。今なら陽子さんもいますよ」
そこで一拍を置いた瀬名さん。素直じゃないその目がこっちを捉えた。
「……来てんのか?」
「ええ。ついさっきお越しに」
また少々間が置かれた。それから小さく口を開いた瀬名さんは、どことなく躊躇いがちだ。
「……どうだった。陽子さん」
「痛みはだいぶ引いたって」
「……そうか」
ホッとしたようなその横顔。嘘はヘタクソだし、へそ曲がりだし、とことん素直じゃないくせに、感情だけは隠せていない。
「行く?」
「行かない」
まったくもう。
「にしても隆仁がよく許したな。なんとしても家から出さねえようにしてたろ」
「来た時ビックリしてましたよ。だけど陽子さんは家でじっとしてる方が体に悪いって」
「あの人がいつまでも一人で大人しくしてられるはずがねえよな」
「二条さんは回遊魚って言ってました」
「あとで線香あげに行ってやろう。あいつ今夜家帰ったら殺される」
「陽子さんそんな人じゃないだろ」
騎士は騎士でも殺傷はしない。刎ねたのは二条さんの首ではなくて立ち行かなくなったラヴィの経営体制。
歴戦の猛者ではあるものの、歌声ひとつで森中を癒せる姫並みに優しい人だから、心惹かれた愉快な仲間たちもワラワラと集まってくる。
塩も買いに戻りたくなる前に、ブツ切りにされたニワトリを手早くパパッと腹に収めた。
今夜もまたラヴィのお土産を持って、俺達の家にゆっくり帰る。
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