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第一部
38.9-Ⅱ
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熱めのシャワーで頭からお湯を被った。モヤモヤした気分は一向に晴れない。それどころか時間とともにひどくなっていくばかり。
日付が変わってから大分経ったが、竜崎からの連絡は結局なかった。思い知った。期待していた。打ち砕かれてようやく分かる。
今までのことは全て嘘だったのかと、そうとまで思わせてくる程の、竜崎のこざっぱりとした態度。言いようのない違和感だ。その違和感は次第に焦りへと変わった。
あの男が何を考えているのか。答えが見えなければその分、置き去りにされたような惨めな心境に陥っていく。最後に竜崎が俺に触れた日、拒絶を聞き入れたあいつはあの時、諦めの表情で何を思ったか。
重く沈み込ませた体をベッドから気だるく起こし、明るい室内の光景を疲れた頭でぼおっと眺めた。
シンプルと言ってもいいのかどうか。面白みのない生活態様。ただ生きているというだけで、意味もなくイライラする毎日だった。
それを変えたのがあの男だ。イライラすることはむしろ増えたが、その苛立ちに意味を持たせた。出会ってからまだ一年にも満たない。ほんの短い日々の間に、何度翻弄されただろう。
さっきから出てくるのは溜め息と、そして溜め息と、結局は溜め息。感傷に浸る自分が不快だ。何かに執着したことはない。それでいいと思って生きてきたのに、あっけなく否定された気がした。
街に行けばこの時間でも営業している店はある。どこかで適当に時間を潰そう。思い立って上着を手に取った。
ところがその時、上着の上に置いてあったスマホが床に落ちた。ガダッと響いた音。画面を見る。傷は付いていない。上着の上にあったのを忘れていた。
「…………」
生活とかバイトとか、必要になるから持っていた物だ。竜崎にこの番号を教えてしまったことは間違いでしかなく、あの男から入ってくる連絡は鬱陶しい内容ばかりだった。
会わなかった日はほとんどない。竜崎がここを離れていた時だけ。あの時の俺は何を思っていただろう。あいつが隣にいないだけで、どうしてあそこまで違和感を覚えたのだろう。
「…………」
気づけば、スマホをタップしていた。聞き慣れた回線の音に、地味な速度で心臓が鳴る。
俺から連絡を取るのは初めてだ。何度か続いたコール音のあと、プツッと音がして電話が繋がった。口を開くのを一瞬ためらい、ところが直後に響いてきたのは、竜崎の声ではなかった。
事務的な内容を告げる音声。聞き馴染みのある女の声だ。留守番電話の案内を聞いて妙に落胆させられた。スマホの画面をしばし眺め、それからすぐに通話を切った。
深夜に仕事はしていなかったはず。ならば部屋で寝ているのかも。あれこれと浮かべてはみるが、まるで拒絶でもされたような気がしてならない。
電話に出なかったというだけでこの被害妄想。自分は散々、あの男を全身で拒絶してきたのに。
頭を閉めるのはくだらない妄想ばかり。竜崎は今頃どこで何を。その隣には、俺ではない、誰かが。
「…………」
動くことができなかった。俺じゃない。別の誰か。もしも竜崎が今どこかで、見知らぬ女と一緒にいたら。
全身から力が抜けた。手にしていたスマホをベッドに投げ置き、上着だけ持って逃げるようにして部屋を出た。
向き合ったらダメだ。認めたくない。夜風にでも当たって狂いそうな頭を冷やしたい。
自宅近辺の細い道は夜になると静まり返る。不審者のように薄暗い道を一人さ迷い時間を潰した。一日中、日を跨いでまで、竜崎のことをどれだけ考えていたか。
今日だけなんてものではない。あの男と関わってからずっとだ。
居酒屋で瀬戸内に言われたことを思い出す。初めは本当にただただ嫌いで、消えてしまえと願っていた。
信じられない告白に、信じられない行為の数々。何をされても縁を切らないまま、竜崎の身の上を知り、距離をとるには最適の機会をこの手で自らむざむざ逃した。
同情なんてした事はない。それでもあいつの中にあった絶望に近い感情は許せなかった。目の前で命を懸けられたことへの、後ろめたさや遠慮でもない。
どれも違うが隣にいることを選んだ。腹が立つほど鬱陶しくて、言動の一つ一つが気に障るけれど。それでもあいつのあの目はきっと、本当の意味では、嫌いではなかった。
こういうときにどうして良いのかが分からない。進めていた足をそこで止め、自分がどこに向かっているのか認識してひどく呆れた。
この道を真っすぐ行き、フェンスで仕切られた駐車場の前を通り過ぎ、またその少し先を行けば、竜崎のアパートに辿り着く。
何を期待しているのだろうか。なんて愚かな。底なしのバカだ。
ここに来てもまるで意味はない。俺にこれ以上の、勇気はない。
「…………」
進行方向に背を向けて、足早に来た道を戻った。
部屋にいるのかも定かではない。言い訳しながら現実からも遠ざかるように、暗い足元に目を落とす。俯きがちにとぼとぼ歩いた。竜崎から、自ら離れた。
足は進む。けれど何か、大切なものはその場に置き去りにしてきている。これ以上はもう限界だ。
会いたい。俺を呼んでほしい。そんなことしか思えなくなった自分は、見て見ぬふりをして置いてきた。
日付が変わってから大分経ったが、竜崎からの連絡は結局なかった。思い知った。期待していた。打ち砕かれてようやく分かる。
今までのことは全て嘘だったのかと、そうとまで思わせてくる程の、竜崎のこざっぱりとした態度。言いようのない違和感だ。その違和感は次第に焦りへと変わった。
あの男が何を考えているのか。答えが見えなければその分、置き去りにされたような惨めな心境に陥っていく。最後に竜崎が俺に触れた日、拒絶を聞き入れたあいつはあの時、諦めの表情で何を思ったか。
重く沈み込ませた体をベッドから気だるく起こし、明るい室内の光景を疲れた頭でぼおっと眺めた。
シンプルと言ってもいいのかどうか。面白みのない生活態様。ただ生きているというだけで、意味もなくイライラする毎日だった。
それを変えたのがあの男だ。イライラすることはむしろ増えたが、その苛立ちに意味を持たせた。出会ってからまだ一年にも満たない。ほんの短い日々の間に、何度翻弄されただろう。
さっきから出てくるのは溜め息と、そして溜め息と、結局は溜め息。感傷に浸る自分が不快だ。何かに執着したことはない。それでいいと思って生きてきたのに、あっけなく否定された気がした。
街に行けばこの時間でも営業している店はある。どこかで適当に時間を潰そう。思い立って上着を手に取った。
ところがその時、上着の上に置いてあったスマホが床に落ちた。ガダッと響いた音。画面を見る。傷は付いていない。上着の上にあったのを忘れていた。
「…………」
生活とかバイトとか、必要になるから持っていた物だ。竜崎にこの番号を教えてしまったことは間違いでしかなく、あの男から入ってくる連絡は鬱陶しい内容ばかりだった。
会わなかった日はほとんどない。竜崎がここを離れていた時だけ。あの時の俺は何を思っていただろう。あいつが隣にいないだけで、どうしてあそこまで違和感を覚えたのだろう。
「…………」
気づけば、スマホをタップしていた。聞き慣れた回線の音に、地味な速度で心臓が鳴る。
俺から連絡を取るのは初めてだ。何度か続いたコール音のあと、プツッと音がして電話が繋がった。口を開くのを一瞬ためらい、ところが直後に響いてきたのは、竜崎の声ではなかった。
事務的な内容を告げる音声。聞き馴染みのある女の声だ。留守番電話の案内を聞いて妙に落胆させられた。スマホの画面をしばし眺め、それからすぐに通話を切った。
深夜に仕事はしていなかったはず。ならば部屋で寝ているのかも。あれこれと浮かべてはみるが、まるで拒絶でもされたような気がしてならない。
電話に出なかったというだけでこの被害妄想。自分は散々、あの男を全身で拒絶してきたのに。
頭を閉めるのはくだらない妄想ばかり。竜崎は今頃どこで何を。その隣には、俺ではない、誰かが。
「…………」
動くことができなかった。俺じゃない。別の誰か。もしも竜崎が今どこかで、見知らぬ女と一緒にいたら。
全身から力が抜けた。手にしていたスマホをベッドに投げ置き、上着だけ持って逃げるようにして部屋を出た。
向き合ったらダメだ。認めたくない。夜風にでも当たって狂いそうな頭を冷やしたい。
自宅近辺の細い道は夜になると静まり返る。不審者のように薄暗い道を一人さ迷い時間を潰した。一日中、日を跨いでまで、竜崎のことをどれだけ考えていたか。
今日だけなんてものではない。あの男と関わってからずっとだ。
居酒屋で瀬戸内に言われたことを思い出す。初めは本当にただただ嫌いで、消えてしまえと願っていた。
信じられない告白に、信じられない行為の数々。何をされても縁を切らないまま、竜崎の身の上を知り、距離をとるには最適の機会をこの手で自らむざむざ逃した。
同情なんてした事はない。それでもあいつの中にあった絶望に近い感情は許せなかった。目の前で命を懸けられたことへの、後ろめたさや遠慮でもない。
どれも違うが隣にいることを選んだ。腹が立つほど鬱陶しくて、言動の一つ一つが気に障るけれど。それでもあいつのあの目はきっと、本当の意味では、嫌いではなかった。
こういうときにどうして良いのかが分からない。進めていた足をそこで止め、自分がどこに向かっているのか認識してひどく呆れた。
この道を真っすぐ行き、フェンスで仕切られた駐車場の前を通り過ぎ、またその少し先を行けば、竜崎のアパートに辿り着く。
何を期待しているのだろうか。なんて愚かな。底なしのバカだ。
ここに来てもまるで意味はない。俺にこれ以上の、勇気はない。
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