No morals

わこ

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第二部

94.引っ越しをしようⅢ

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 一度はおとなしく引き下がったもののゴミというものはなかなか片付かない。何度も懲りずにキッチンへと足を踏み入れては俺に阻まれ、その度に逃げ帰っていく竜崎と言う名のクソ害虫。
 いちいち追いやるのも面倒になって途中でもう諦めた。妨害行為は多々あったもののなんとか作り終えたそれなりのメシ。

 メンツは男が四人。うち二人は相応に飲むだろう。ともすれば出す料理もまあまあのもので十分だ。
 質より量でサラダは適当に山盛りにしておけばいい。定番の卵焼きとから揚げを置いておけば誰かしら必ず箸を伸ばす。炒める、煮る、焼く、それぞれ揃えればおおよそ文句は出ないだろう。ホイル焼きにした白身魚が特売価格だろうとこいつらは気にも留めないし、竜崎のリクエストにも仕方がないから応えてやった。限られた時間内にしては上出来だ。




 昭仁さんが購入したダイニングテーブルは四人掛け用。部屋は広いからこれくらいでちょうどいい。
 竜崎の横に俺が腰かけ、俺の前の椅子に加賀が座った。三人で一息つきつつ、今頃ここへ向かっているはずの昭仁さんをダラダラと待った。
 酒を交えた男四人の席。それを念頭につまみ程度で用意しただけの食事だったが、テーブルの上を眺める竜崎は先程からなぜか誇らしげ。

「俺の未来は明るいな。愛妻がメシウマで死ぬほど幸福」
「誰が愛妻だコラ」

 害虫よりも鬱陶しい。

「恭介さんから聞かせてもらってはいましたけど、裕也さんはこういうのも得意なんですね」
「俺が特別できる訳じゃねえ。こいつが異常にできねえだけだ」

 ここに並べた皿の上にも誰にだってできるような料理しか載せていない。俺がどんな物を出そうが竜崎はいつも大げさなくらい感動して見せる。この男が驚異的な不器用野郎という証拠に他ならない。

「加賀はこいつみたいにしょうもない生活すんなよ。米の炊き方も知らねえ奴が今までよく生きてこられたよ」
「便利な世の中だよな」
「他人事みてえに言ってんじゃねえ」

 冷蔵庫には酒と水だけ。そんな腐った状態からは早々に離脱させたが、この男に人並みの食生活を覚え込ませるには根気がいった。
 にもかかわらず未だにまともに覚えた料理はハムエッグとオムレツくらいだが、そもそも覚える気のないこいつのご大層な言い分はこう。

「俺が自分でやんなくても裕也が美味いもん作ってくれるし」
「テメエふざけんなよ。俺はお前の世話係じゃねえ」
「奥さん?」
「いい加減シバくぞ」

 せっかく裏は墓地なのだからついでにこいつも埋めてやろうか。

「あ、あー、えーと……なんか遅いですね昭仁さん」

 加賀が無理やり割って入ってきた。こいつもこんな奴庇わなくていいのに。
 竜崎に向けてイヤミ百パーの重ダルい溜め息を吐き、椅子に深くかけ直して玄関の方に目を向けた。

「途中で煙草でも買ってんじゃねえのか?」

 あの人が道草を食う理由があるとすればそのくらい。今夜は店も開けないと言っていたからそろそろ来る頃だろう。竜崎も横でうなずいた。

「樹いなくなったら昭仁さんの健康危ういよな。本数増えたりして」
「ああ、そういや前に言ってた。加賀の視線は新しいタバコ開けるの三秒くらい躊躇わせるって」
「マジかすげえな。俺らだと何言っても聞き流されるのに」

 良い子で律儀で誠実な後輩タイプに心配そうな目を向けられたら多少なりとも罪悪感を抱く。ふざけているばかりの闇医者にも人の心は残っていたようだ。

「加賀も店辞める訳ではねえんだろ?」
「ええ。ミオでの仕事、嫌いじゃないなら好きなだけいていいって言ってもらって……さすがに甘えすぎかなとは思うんですが……」

 なんて謙虚な。控えめな物言いには思わず竜崎と顔を見合わせた。

「……樹お前、騙されてるぞ。甘えてんのは昭仁さんの方だろ」
「素直に言うこと聞くのなんてお前くらいだもんな。そうやってまたコキ使われ続けんのか」

 なんと哀れな。そんな雰囲気を醸しつつうなずき合う俺達を前に、加賀はブンブンと首を横に振った。

「いや、そんなっ、俺ほんとに昭仁さんにも何から何まで世話になってて……」

 そこでインターフォンが鳴った。パンポンと。変な音だな。
 いま訪ねてくるのは昭仁さんくらいだ。加賀はすくっと立ち上がった。

「ちょっと、すみません……」

 一言断り玄関へと駆けていく。隣では竜崎が笑いながら言った。

「あんまいじめんなよ。あいつは素直ないい奴なんだから」
「いじめてんのはお前だろ。なんでも真に受けるんだからやめてやれ」

 罪をなすり付け合っていると、すぐに戻ってきた加賀。しかし先に入ってきたのは昭仁さん。人の家だろうとお構いなしでさっそくいつもの咥え煙草だ。

「おー、やってんな。ウチからも約束の差し入れだ」

 言いながら紙袋の中から昭仁さんが酒のボトルを取り出した。

「すみませんっ、わざわざありがとうございます。で、あの、悪いんすけどウチ灰皿無いんで……」

 紙袋ごと受け取りながら加賀はジュースの空き缶を差し出した。気が利く。いつの間に用意していた。

「ありがとよ。お前はいい奴だなぁ、樹。この二人なんかバカと愛想ナシだから店にいたって客寄せにもならねえ」
「なんだよ昭仁さん、俺と裕也のプチドラマ上演してやってんじゃん。ミオの名物だろ」
「テメエは他に言うことねえのか。貶されてんだぞ」

 あんなバカ騒ぎをせずに済むなら俺だってそうしたい。
 昭仁さんは竜崎と俺を馬鹿と愛想ナシと称したが、俺からしてみれば昭仁さんと竜崎は副流煙ジジイとゴミクズクソ野郎だ。唯一加賀だけがいい奴だと思うのは全くの同感で、昭仁さんが来るなり一人でせっせと酒の用意を始めている。

 煙草片手の昭仁さんはハナからヤル気が見当たらない。竜崎は暇さえあれば俺をからかって遊ぼうとする。
 まったく誰のための集まりなのだか。竜崎の挑発に乗って口論に発展させる俺が言えたことではないが。

「裕也さんもいかがですか?」

 昭仁さんと竜崎とに酒を出してから次いで俺にも聞いてくる。献身的なこの後輩タイプがかつてどう荒れていたのか想像がつかない。

「いや。俺はいい」
「あ、じゃあこっちで」

 コップにはウーロン茶を注いでくれた。俺の居住スペースがもっと広ければいっそうちに来てほしかった。
 気配りの行き届いた行動をとる加賀を見ていた竜崎は、さっそく酒を仰いでいる昭仁さんにからかうような目を向けた。

「昭仁さんどうすんの? 樹に出ていかれて面倒見てくれる奴いなくなるじゃん。そろそろ結婚でもしたらどうだ」
「冗談じゃねえ、結婚なんか地獄だぞ。ガキでも生まれやがったら女は豹変するからな」
「あー良く聞くよな、そういう話。その点俺らは大丈夫。な?」

 俺にそんな話を振るな。
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