私達、婚約破棄しましょう

アリス

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過去 3

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「……何のようだ」

イフェイオンは疲れているせいか、いつもよりきつい口調で尋ねた。

「もう。そんな言い方しなくてもよくない。せっかく心配で会いにきたのにさ」

イフェイオンのきつい口調を全く気にせず、まるで歌うかのような弾んだ声でリナリアは部屋の中に入った。

「そんなこと頼んでない」と言いたかったが、リナリアはエリカの友達だと思い直し、言いかけた言葉を飲み込んだ。

イフェイオンは早く用件を聞いて出ていってもらおうと思い黙っていたが、リナリアはくだらない話ばかりをして部屋に居座り続けた。

さすがにこの状況に限界を感じ「用がないなら出ていけ」と言った。

リナリアは一瞬、驚いた表情をしたが、すぐに笑顔になり「これを渡しにきたの」といって胸の前に手を持ってきた。

なんだ、思いながらも見るだけでリナリアが手に持っているものを受け取らなかった。

「はやく受け取ってよ。手が痛いじゃない」

リナリアは顔を赤くしながら、いつもより大きな声で言った。

イフェイオンは「本当になんなんだ」とうんざりしながら、リナリアの手からよくわからないものを受け取った。

「これは……?」

リナリアの手に隠れるくらいの小さな銀の缶ケースだ。

いったいコレがなんなんだと思い、リナリアを見る。

彼女はチラチラとこちらを見ながら「えっとね、それね、塗り薬。今回の討伐は大変だったって聞いたから、あ、もちろん、イフェイが強いのは知ってるけど、怪我はするだろうから、その……それを塗って、早くよくなって欲しいの」と早口で言った。

イフェイオンはそれに「そうか」とだけ返事をした。

「うん。そう」

リナリアは嬉しそうに笑い、またよくわからない話しをし出した。

それを無視してイフェイオンは銀の缶ケースの蓋を開け、塗り薬がどんなものか確認した。

色は薄紫を少し汚くした感じだった。

匂いは無臭。

初めて見る塗り薬に本当にこれが効くのかと不安になる。

いったい誰が作ったのか?

気になって尋ねると、リナリアは一瞬顔が強張るとすぐに元に戻り「オルテル家よ」と呟いた。

オルテル家。

その言葉を聞いた瞬間、余計にエニシダに会いたくなった。

本当は今すぐ会いたいが、今の自分の顔が酷いことは誰にも言われてないがわかっていた。

少し休んでよくなってから会いたい。

彼女には怖がられたくなかった。

格好いいとまでは思われなくても、せめて隣にいてもいいくらいには思われたかった。

それにすぐに会えるだろうから、それまでに酷い顔を普通のな顔にしたかった。

ふと窓に視線を向けると、映った自分の顔と目が合った。

まるで、殺人鬼のような目をしていた。

予想よりも酷い顔つきにショックを受けていると、さっきまで聞こえていなかったリナリアの言葉が「帰還パーティー」の部分だけ聞き取れた。

前後の言葉は聞き取れていなかったため、返事をしないでいると「ねぇ、イフェイ。ちゃんと聞いてる?」と怒った表情で言われた。

闻いてない、と返事をする前に「今度はちゃんと聞いてよね」と困ったように笑いながら、さっき言っていた言葉を言い始めた。

「帰還パーティーの主催を手伝っていいかって聞いたの。夫人やエリカが一緒にやろうって言ってくれてるんだけど、こういうのは本人の許可を取らないとでしょ。イフェイには婚約者がいるから駄目だって言ったんだけど、夫人が'貴方は私の娘なんだから、いいのよ'って言ってくれてね……」

イフェイオンはリナリアの言葉を聞きながら「こいつは何を言っているんだ」と怒りが込み上げてきた。

婚約者がいるから駄目ってわかってるのならやるなよ、と怒鳴りつけたかったが、最後に踏みとどまり「ああ。駄目だ」となるべく冷静に伝えた。

「あ、うん。そうだよね。うん。なんか、ごめん。今日はもう帰るね」

「ああ」

慌てて出ていくリナリアを見て、ようやく出ていってくれたと息を吐いた。

ドッとつかれが押し寄せてきて、ベッドに倒れるように寝転がり、そのまま眠りについた。

意識を手放す前に、エニシダへの帰還パーティーの招待状だけは自分で書こうと決めた。



※※※



翌日。

疲れていても、二年間戦場にいたせいか、眠りが浅くちょっとした物音で何回も起きてしまい、せっかくふかふかのベッドで寝ても、戦場と大して変わらなかった。

慣れるまでベッドで寝るのは大変だと思いながら、朝食を食べに部屋から出た。

歩くたび、血の匂いがしない廊下に気持ち悪くなりながら、二年前まで家族揃って食事をとっていた部屋に向かった。

久しぶりの家族の食事だな、と懐かしさを思い出していると部屋に入った瞬間、その場にリナリアもいて驚いた。

小さい頃からよく泊まりに来ていたが、今もしていたとは思ってもみなかった。

そんなことを思っていると、リナリアと目が合い「イフェイ。おはよう」と挨拶された。

「ああ」

そう返事をして席に着いた。

嫌な予感がした。

いい予感は当たらないのに、こういうときの予感は外れない。

予想通り、予感は当たった。

「イフェイオン。あなたの帰還パーティーの準備をリナリアにも手伝ってもらうことにしたわ」

母親でもあり、公爵夫人でもある、目の前に座っている女性は淡々と言い放った。
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