あの雨のように

浅村 英字

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五時間目

スタート

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 林間学校当日、早朝七時前。クラスごとに乗車するバスの中で、俺は明日薫と連絡をとっていた。俺への気遣いか、話の内容が俺のことを心配する事ばかりだ。

「みんな、おはようございます」

 スピーカーを通し聞こえた田杉先生の声は、林間学校に対するワクワクが止まらず、後ろで騒いでいる生徒の声を沈めた。

「今から出発しますが、念のためもう一度出席確認をします」

 一人一人名前を呼んでいると、先生の後ろから男子生徒の声がバス中に聞こえた。

「ちょっと待ったぁ!」

 一月程一緒にいただけなのに、遅刻ギリギリで返ってきた蒼午の姿に、蒼午らしさを感じていた。

「あ、ごめん。早く席について」

 座る蒼午を無視して、出席確認を続ける田杉先生。しかし、その確認する順番に誰もが違和感を感じていた。最初に俺の名が呼ばれ、次からもランダムに呼ばれ続けた。

「全員揃っているみたいなので、出発しますね」

 謎から始まった林間学校。先を読んで行動するのが、不思議と難しいかもしれない。そして、俺の体に対する負担がどれだけかかるのか、それが今後の不安材料なると思う。

「おはようございます」

 午前九時過ぎ、林間学校として使う施設に着いて、学年主任の岩先生が生徒に指示を出し始めた。

「では、今から昨日話した特別ルールの追加情報を話します。全員に携帯を持って来るように連絡してたので出して、今から私の言う作業をしてください」

 指示の内容は、学校のサイトから特定のページに入り、学籍番号を入れるという簡単な作業だった。そこには、出てきた画面に自分の名前と顔写真、ペアの名前に、謎の五十五ポイントが表示してあった。

「各自ポイントはゼロですが、数人には十から百のポイントが入ってます。ポイントの差の理由は、昨日のペアを作る時間で早く組めた場合。また、今日バスにペアが揃うの早かった者、以上の二つです。
 明日、学校に着いたとき総ポイント数が高いペアに来週賞品を渡そうと持ってます。
 そして、そのページは一度閉じると数分間ログインできなくなっています。今のうちにそれぞれ簡単なもので構わないのでパスワードを設定してください。」

 周りの人が誰とペアを作ったのか、誰がどれくらいのポイントを持っているのかは基本的に分からないようになってるらしい。

「この林間学校の間はみなさんにポイントをたくさん集めてもらいます。集め方は、この施設の至る所に準備しています。事前に決めてある行動をしてください。それでは解散!」

「おい、どうする?」「どう動く?」「どこから行くよ?」

 先生からの合図の後、夏が近づくように蝉が鳴き声が響き渡っていた。

「どうする辰矢?俺は、お前が満足出来たら良いって思ってるから、任せるよ」

 そう言う明日薫の顔に、俺はどこか遠くの空を見ていた。

「なぁ、今の段階で目立ってるよな?」

「は?そうなの?」

 明日薫自身は気づいていないのか無視してるのか、周りの声が耳に響く。

「あの人誰?」「明日薫くんのペアなんだって」「なんであの人なの?」「パッとしてなくない?」

 俺に聞こえているそれらの声は、上を向いているのに暗闇の中でなっているようだった。まだ静かで大人しい。

「なんでそう思うと?」

「・・・よし、まずはグラウンド行こうぜ」

「おいっ!無視すんなよ」

 そう言う仲良し高校生らしい会話の後、多くの蝉の声が遠くの方から聞こえる場所に足を運んだ。左腕についた腕時計は、九時半後半。

「何で先に外なんだ?」

「明日薫ってバカなんだな」

 間抜け面で俺の目の前にいる旧友は、妬む中にも笑みがある気がする。

「後二時間半もすれば、最高気温になるんだぞ。暑苦しくなる時間に扇風機使いたくない?」

 旧友は、もしかしたら今までで、いや今後も含めて最高の親友なのだろう。そう思えたのは、今組んでいる肩に温かみを感じたからだ。

「んで?ここが最初のゲームってことか?」

「やる気、漲ってるねぇ。そんなにここで嬉しいのかよ」

 俺たちの前に見えるこの広場は、八年前の俺たちと重なって見えた。

「今からやってもらうゲームは至ってシンプルです。五メートル四方のこの中で、ボールを奪い合ってもらいます。時間は三分間です。ポイントは最後にボールを持っていたペアだけが、獲得できます」

 俺と明日薫の最初のゲームは、普通の男子なら誰もがしたことのあるゲームの発展版。明日薫なら余裕でクリア出来そうだな。

「囲まれているところから出れば、他のペアから始めます」

「俺と辰矢が本気を出せば、余裕で勝てそうだな」

「お前だけで十分だろ・・・」

「そうか?まぁ、俺が成長したところを見せてやるよ」

 目立ちたくない、という俺の考え方を誰よりも理解している明日薫。よくこの短時間でここまで仲良くなったものだ。

「じゃあ、最初のゲームと行こうか。とりあえず十六組のペアは来てください。四組づつの4チームで始めます」

 先生が生徒を誘い、数多くの人数がペアのまま集まり出した。あたりの男子は堅いのいい人が多い、その人たちを見ても、明日薫には叶いようもないだろう。

「俺らも行こうぜ、辰矢」

 そう手を差し伸べる明日薫の姿は、以前と全く変わっていなかった。まだ暖かい、そう思った。
 目の前には五メートル四方で目印がある。同じ目印を探すと、そこには俺たちと同じようにペアが立っていた。そして囲まれている範囲の中央にはサッカーボールが一つ。これと同じような五メートル四方が三ヶ所。

「それでは、用意・・・始め!」

 先生の合図の元、他三ヶ所にも分かれている俺たちの相手と明日薫は、中央に置いてあるサッカーボールに一目散に走っていく。そのボールを一番に奪ったのは、唯一のサッカー経験者、明日薫だった。彼は流石サッカー部と言わんばかりのボール捌きで、六人を相手にボールを離さずに保ち続けるが、それもあまり長時間は続けられない。

「悪い、辰矢パス・・・」

 奇しくもと言う顔で、俺にパスを出すと、それを狙っていた他人にあっさり取られる。
 すると、すぐに後ろから女子同士の小声で話し合う声が聞こえた。

「あの人が明日薫くんのペアなの?」「よくあんな人が明日薫くんと組めたよね・・・」

 そう言われて、あることが頭に浮かび、行動に移す。
 ボールを持っている人の前に走り、ぶつかりそうになる。そして交わすついでに、ボールを奪う。

「えっ?」「はっ?」

 戸惑う明日薫をよそに軽くリフティングをして、邪魔な奴を避けて相棒にボールを返す。そこからのゲームは、俺と明日薫の二人で協力しあい始めた。二分弱たった頃、終了の合図が響く。それの時ボールを持っていたのは、やっぱり明日薫だった。周りの人は全員息を切らして、地面に這いつくばっている。

「では、ボールを持ってるペアは来てください」

 周りは、俺のことで話が持ち切られているようだった。その声は俺だけじゃなく明日薫にも届いているようだった。

「途中から本気だったな。体は大丈夫なのか?」

「嬉しいことに全然平気。まあ、俺にはどっかの小説の主人公みたいな、制限もないからな」

 思いついたのは、これからの行動の仕方だった。正直、目立ったとしても病気のことを隠すのを手伝ってくれる人が多く存在する今なら、何とかなる気がする。

「あの人誰?」「すごくかっこよくない?」「サッカー部じゃないの?誰か知ってるでしょ」「いや、あんな人知らないよ」

 噂のような声が、俺たちにまで素直に聴こえている。その声に、明日薫は笑みをこぼす。

「これで増す増す、木下先輩に好かれるな」

「あぁ、やめてくれ。学校にいない間はその名前を聞きたくない・・・」

 俺はため息を吐きながら、頭を押さえて苦しみ出す。そして、その光景に明日薫はいつものように笑顔で隣にいる。そんな気がする。荷物置き場で自分の荷物を手に取り、次の目的地を目指して先に進む。

「いいじゃん。あんなに綺麗な先輩から、声かけられたんだろ?俺からすれば、羨ましいもんだぜ?」

 頭の後ろで腕を組み、空と会話する明日薫。彼には『申良 幸』という彼女がいるのに、よくそういうことを言えたものだ。

「『本気を出し始めてもいい』とは思い始めたけど、『目立ちたくない』その考え方は特に変わってねえからよ。だからあの人とは会いたくないんだよな」

「そうは言っても『デート』って大声で言われたんだろ?もう逃げようがないじゃん」

 そう言われた直後、俺の携帯にメールが届く。新規登録ユーザーからのメールで、宛先と内容を見るためにメールを開くと、ことわざが本当なのかとため息がつく。

「どうした。誰からのメールだったんだ?」

「お前の彼女からだよ」

 画面を明日薫に見せつけ、被害を伝える。まだ頭の後ろで上を組んでいる彼は、その腕を離しながら高らかに笑った。

「何がおかしいんだよ。もっと変な感じで見られるじゃん・・・」

「だってそりゃ、俺よりも格上のやつに『』だってよ。幸も見る目ないなって」

「正確には『足引っ張ったら、絶対許さない』だぞ・・・」

 俺の二歩先を行く明日薫が運んでいる足は、上から何かに引っ張られているように軽くなっているように見えた。本当、これからの学校生活が不安になってきた。

「腹減ったぁ・・・、明日薫ぁ、さすがにそろそろお昼にしようぜ」

 林間学校の机上に着いてどれくらいの時間がたっただろう。太陽も真上を通り、少しづれている。腹の音もそろそろ鳴り始めるくらい空腹だ。

「もうちょっとしたら頂上だぜ?頑張ろうや」

 林間学校の特殊ルール、前代未聞の今回はポイントでいずれご褒美がもらえるということらしい。二人一組で行動をし続ける今回。そんな中、ちゅうちゅうくらいを狙っていた俺、普段から目立たないことを意識していたのに組んだペアは、まさかの学校のちょっとした有名人『卯美 明日薫』。周りから聞こえる声は、そのほとんどが俺に対する不満の物ばかり。

「・・・そういや、まだサッカーしてるんだな」

 別に何も会話をしていなかったわけじゃなかった。でも、この話題に関してはまだちゃんと聞いていなかった。前を進み続ける明日薫は、あの時と変わらずスポーツ万能って感じがする。

「当たり前だろ。辰矢に教えてもらってから、県の選抜にも選ばれるようになったんだぞ?」

 確かに俺は小学生の頃に、明日薫に対してボールコントロールのコツみたいなものを軽く教えた。でも、それだけで県の選抜に入れるとは・・・、明日薫自身のセンスは当時の俺が予想していたものよりもかなり上にあったということだろう。

「県の選抜か。やっぱ明日薫はすごいな」

「いや、正直俺よりお前のほうがすごいよ・・・辰矢」

 ちょうど頂上に着いた明日薫は、真顔でふり返り、上から何かを思うような目を続ける。

「・・・なんだよ。そんな目をされる覚えはないぞ?」

「・・・俺は、これからもずっと辰矢の味方でいる。・・・だから、もし何かあったら俺にも相談してくれ・・・」

 明日薫の目は、かなりマジだった。八年前に突然消えたことをそこまで根に持っているのだろう。案外小さなやつだ、そう思うと少し笑いが込み上げてくる。

「分かったよ、ありがとな。明日薫が同じ学校でよかったよ」

 俺の笑顔は、彼の目にはどう見えただろう。それが気になりつつも、今回の目的を果たすために、明日薫の横を通り過ぎ、目的の到着順の目印になる番号札、『3』を手にする。
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