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第一章
余命宣告
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「あのさ、学級委員長」
そう言っていつものように男子が私の所にやって来る。
「俺さ、部活で行かなきゃいけなくて、今日の掃除当番変わってくんね?」
「・・・・・・分かった。いいよ」
私はいつも通り、そう言って男子を見送る。そして、教室を掃除する。これが私の日課と言っても変わらない。
「明!また変わったの?」
そう言って私の掃除を手伝ってくれるのは、唯一の友だちである安岡 夏美。この子にだけは私はずっと苦労を掛けている。
「私はいつまで明のクラスの掃除を手伝わなきゃいけないの?」
「私頼んだことなくない?」
分かっている。夏美は私のことを思ってやってくれていると。でも、素直に言えないところが出てしまう。
「そういう言い方で男子にも言えたらなんとかなるのにね」
掃除を終わらせると、私は家に、夏美はバイトに向かう。その道のりは途中まで一緒だから、こうやって隣を歩いて帰っている。
「そうだ!今月号見た?」
毎月発売されるファッション雑誌を毎月買って、私に布教してくる。一度自分が読み終わると、私に渡してオシャレの勉強をさせる。
「まだ半分だよ。オシャレムズ過ぎ。何で毎月ガラッと変わるの?」
「また?いつも言ってるじゃん。トレンドがあって、そのトレンドを取り入れながら個性を出していくのがオシャレなの!」
私には何が何だか分からない。私が普段着る服は、前に夏美が無難にこれと言って選んでくれたものばかりだ。もちろん、その時の組み合わせのままだけど。
「はいはい。私はそこまでしなくて大丈夫かな。それなりでいい」
「そんなんじゃ、彼氏できないよ」
「別に、今彼氏いらないし」
高校生の青春に彼氏という存在は必要不可欠ということはないでしょ。
「年上の男捕まえたくせに・・・」
「あぁ!やめてぇ。あいつのことはもう思い出したくない」
「ならなんで付き合ったの?」
私は元カレで思い知らされた。人間は顔では決められないと。
「私だって後悔してるよ。いいとこ、顔しかないクソ野郎だよ?」
「あぁ、そうだったね。付き合ってからが大変だったね」
私は、歩道橋の手すりに力を込めて、少しだけ、身を乗り出す。
「イケメンなんてみんな死んじまえ!」
「私の分は残してよ」
こうやって親友と話しているだけでも、青春という言葉にふさわしいと思う。
私の元カレは、周りのにクズ男と呼ばれている。私よりもずっと大人で、私以外の女の人との関係を多く持っていた。私は彼に遊ばれた女の人の一人に過ぎなかったんだ。
「あ、私もうバイトの時間だから、先行くよ。気を付けて帰ってね。また明日!」
私を置いていく夏美の姿が、とても華やかに見えた。どうしてあの子に彼氏ができないのだろう。
「あ、選り好みしてるからか」
夏美が彼氏にする人の最低条件が、身長百七十センチ以上で、イケメンの細マッチョ。精神年齢が年上で、気前がいい人。そんな男の人、そう簡単に表れるわけないし、現れたとしても自分を見てくれるとは限らないのに。
私は携帯で小説を見直しながら歩道橋を下りて、反対側の自分の帰路に立った途端、全身で衝撃を受けて腕をついてしまった。
「あ、悪い。・・・・大丈夫?」
「・・・・・・」
つい、見とれてしまった。綺麗な顔立ちだなと、思ってしまった。もう顔で男を見ないと思っていたけど、この顔になら。
「いや!大丈夫です!」
「そう、それなら良かった」
急に彼の眼が大きくなったような気がした。
「あ、気を付けて帰ってね」
もしかしたら、私に一目惚れしてくれたりしたのかな。元カレもそうだったし。あ、あれは違うか。
「ありがとうございます」
そう言って、私は彼を置いていった。決めたんだ、もう二度と男に振り回されないんだって。だから、この貴重な機会を捨てなきゃいけないんだ。
次の日、私はずっと昨日の彼のことを考えていた。あの人の顔を私は捨てきれなかった、そういう事なのかもしれない。そう思っていた。けど、彼の一つの顔がわかった。夏美に渡された雑誌の中に彼は一面で映っていた。それなりに人気な人なのだろう。
「で?どんな人だったの?」
「ソラくん」
食堂で過ごせる時間もあとどれくらいなのだろう。十分あるだろうか。
「いや、どのソラくんなの?」
「雑誌のソラくん」
「え?!・・・は?!」
夏美が驚くのも無理はない。私も昨日雑誌の続きを見ていて、目を疑った。こんなことがあるのだと、驚いた。初めて芸能関係の人と出会うことができた。まあ、一瞬だったけど。
「あの、ソラくん?!」
「そ。夏美に貸してもらった雑誌のソラくん?!」
その単語に周りの人も私に視線を向けた。
「大きい声出さないで」
「いいなぁ、私が一番推してるモデルに会うとか、そんなのあり?」
「もしかしたら、元カレに遊ばれたからかもね」
もしもそうなら、あいつと出会ったことも少しは前向きに考えられるかもしれない。
「なにそれ、ちょっとうらやましい」
ちょっとだけなの?とツッコミそうになった。
そして、今日も男子が私のもとにやってきて、昨日と変わらない日常を過ごした。もちろん、夏美も一緒だ。
「今日は私、バイト内からソラくんに会えるかな」
「さあ?毎日来てるわけじゃないろうし、私も昨日初めて会ったから」
そう言っていつものように下校しているけど、彼は一向に姿を現すことはなかった。試しに、彼のが行こうとしていた方向を進んでみたけど、彼の気配も残っていなかった。
「残念だったね。まあ、会えたら、サインくらいはもらっておくよ」
「言ったね?私の名前でもらわなかったら承知しないから」
もしかしたら、私はやらかしてしまったかもしれない。まぁ、会ってサインをもらえるとしても私の名前じゃなくて、夏美の名前を出してしまえば大丈夫だろう。
「分かったよ」
「それじゃ、また明日ね」
ここまでの道のりで彼の姿を見なかった以上、夏美も帰って課題をした方がましだと考えてしまったのかもしれない。
「うん、また明日~」
夏美とも別れて、いつもと違う帰路に立つ。携帯で家までの近道を検索する。そのついでに、私は今日も小説を読み直す。
「あれ?ソラくん?」
夏美が会いたがっていた人が、今私の目の前にいる。一応、本当に雑誌に出ていた人か確認して連絡したほうがいいのかもしれない。
「あの・・・」
彼に声をかけようとした時、突然私は何も考えられなくなり、立っていることすらできなくなった。胸が苦しく、呼吸ができない。体温も上がっていること、その体温が私の中から抜けないのが分かる。なんで、どうして私にこんなことが起きるの。訳が分からない。
「よかった。ここか」
誰かの声が聞こえる。でも、私の視界はかすんで目の前にいる人が誰か判別することすらできない。そして、挙句の果てには意識も保てなくなった。
感覚が戻り、かすかに視界が明るくなる。しかし、さっきと同じで全てがぼやけて見える。聴覚も同じでぼやけて見える。まるで水中にいるみたいだ。そして、その感覚もすぐになくなった。
「・・・この子の容体は大丈夫なんですか?」
「今のところは大丈夫です。詳しい結果は検査をしてみないと何とも言えないです」
お母さんの声と男性の声。倒れたとしたなら、男性は医者かもしれない。
意識は戻った。しかし、全身に力が入らない。目も開けられないし、指先も動かせない。目を開くことができたのは、その数分後のことだった。
「明!良かった目を覚ましたのね。これで一安心」
安心したのか私と同じように全身の力が抜けたようだ。まだ、私は特に何も話せない。口についているカバーから定期的に空気が送られてくる、私もそれに合わせて呼吸をしている。
「お、かあ、さん」
「うん、そうだよ。記憶も大丈夫ね」
うん、大丈夫。私の記憶もちゃんと残っている。何か突発性のものだったのかもしれない。左手に注射されているものは、おそらく栄養剤の類だと思う。だとしたら、とくに大変な病気とかでもないと思いたい。
「とりあえず、今日はこのまま安静にするのが一番です。それでは、私は他の患者のところにもいかなくてはいけませんので」
翌日、通常通りに体が動くようになり、私は色々な検査を受けることになった。よくある円形の機械に頭から入れられたり、血を抜かれたり、私も知らない情報を取られている気分になる。
検査も終わり、先生のもとに結果を聞きに行く。
「お待たせしました」
先生の顔から何も読み取れなかった。しかし、先生の声が、事の深刻さを予測させた。
「まず、診断結果からお話ししますね」
この瞬間空気が変わった。
「病名は、『拘束型心筋症』という病気です。この病気は、心臓の筋肉が硬くなってしまい、心臓が血液を十分に受け入れることが難しくなる病気です。その結果、心臓が全身に血液をうまく送り出すことができなくなってしまいます」
私は、先生が言っていることがさっぱり分からなかった。病気のことはもともとよく知らないから、何も考えられない。つまりはどういうことだろう。
「要約すると、心臓が固くなって血が上手く流れなくなる病気なんだけど。この病気は五十万人に一人がかかると言われる珍しい病気で、発見するのが早ければ進行を遅らせて、どうにかすることが出来るんですが」
私はその部類に入らないのだと、察してしまった。もう私の心臓を動きを止めかねないのだと、そういうことかと、ため息を出しそうだった。
「これからお伝えすることは非常に辛い内容ですし、聞くのも辛いと思いますが、正直にお話しすることが重要だと考えています。現在の医学的な状況から見て、余命が約一年ほどと予測されます」
一年。この少ない期間が、私に絶望を与えた。
「これはあくまで予測であり、個々のケースによって異なることもありますが、今後の生活を考える上で重要な情報です・・・・・・」
先生から言われることが、また水中にいる時のように聞こえる。あと一年。私は大学生になることもないのかもしれない。残りの人生で私は何を得て、何をしたらいいのだろう。
この時、私の人生を小説にしたら面白いのだろうか。面白く私は書けるだろうか。全てにおいて自信を無くしてしまった。
「学校、別に行かなくてもいいのよ。これからは今迄より自由にしなさい」
母の声が聞こえる。私は、もう何日もこの家から出ていない。残り一年という時間が、私の中の何かを根本からへし折った気がする。
携帯からなるいくつもの通知音。誰が送ってくれたかは分かる。夏美しかいない。
私の部屋のドアを軽くたたく音が聞こえる。
「明。夏美ちゃん来たけど、どうする?」
もう何日、この状態でいるだろう。外から怯えるように布団で隠れ、私の歯車だけでも止めていたいと思ってしまっていた。誰かと会うとその歯車が動き出しそうで、誰とも会うことはできなかった。
「帰ってもらうね」
足音が下に向かって、私の歯車が再び止まった。
どうして、私なの。別に何も悪いことしてない。誰かの悪口も言ってこなかったし、誰かが助けを求めたら助けてた。掃除当番の交代とか、意味のない救いもしてたのに。どうして私なのよ。私の人生で何がいけなかったの。
部屋はもう元の姿も分からないくらいにめちゃめちゃだ。
「晩御飯、ここにいてるから。とにかく、食べて。明の好きなオムライスにしたから」
ドアを開けて、お母さんのオムライスを見ると、耐えられなかった。無意識に涙が溢れ、声も漏れ、全身に力は入らなかった。分かっている。何も悪くない。誰も悪くない。これが、私の短い人生なのだと、自覚するしかないだけなんだ。
「何でぇ」
私は、ただ泣くことしかできなかった。私には、お母さんのように誰かを思って行動できない。
オムライスは、私のためかとても甘く作ってあった。そのせいで余計に涙が止まらなかった。
次の日、お母さんが私に不思議なことを言い出した。
「明、ちょっといい?ドア開けなくていいから、こっちに来てもらえる?」
私が病気のことを知ってから母に頼まれたのは、ずっと、ご飯の事だけだった。だからこそ、少し気になってドアの方に少しだけ動いた。
「はじめまして、天澤渉です。あなたが倒れた時、救急車を呼んだのは僕です」
声で分かった。ソラくんだ。どうして、あなたが来るの。あなたと会うから、私はこういう事になったのかもしれないのに。そうか、私が犯した罪って、この人と出会ったことなのかもしれない。
「生きててくれて、ありがとう」
彼の口からそう言われると、私は涙が溢れてきた。そんなこと、言われたことない。
「聞きました。あなたが学校に行けてないと。僕と出会った事で、あの時があるんじゃないかって思われてたりするのかな」
そうよ。あなたのせいよ。
「君の運命は、もう終わったの?」
え?
「君の身に何が起きて、どう変わったかは知らないけど。運命は少しの努力で変わるものだと思うよ」
あなたに何が分かるのよ。私と違って、あなたは私よりもずっと輝いてる。
「後味悪いんですよ」
結局は自分の都合じゃない。
「俺にあなたの人生の残りをもらえませんか?」
そう言っていつものように男子が私の所にやって来る。
「俺さ、部活で行かなきゃいけなくて、今日の掃除当番変わってくんね?」
「・・・・・・分かった。いいよ」
私はいつも通り、そう言って男子を見送る。そして、教室を掃除する。これが私の日課と言っても変わらない。
「明!また変わったの?」
そう言って私の掃除を手伝ってくれるのは、唯一の友だちである安岡 夏美。この子にだけは私はずっと苦労を掛けている。
「私はいつまで明のクラスの掃除を手伝わなきゃいけないの?」
「私頼んだことなくない?」
分かっている。夏美は私のことを思ってやってくれていると。でも、素直に言えないところが出てしまう。
「そういう言い方で男子にも言えたらなんとかなるのにね」
掃除を終わらせると、私は家に、夏美はバイトに向かう。その道のりは途中まで一緒だから、こうやって隣を歩いて帰っている。
「そうだ!今月号見た?」
毎月発売されるファッション雑誌を毎月買って、私に布教してくる。一度自分が読み終わると、私に渡してオシャレの勉強をさせる。
「まだ半分だよ。オシャレムズ過ぎ。何で毎月ガラッと変わるの?」
「また?いつも言ってるじゃん。トレンドがあって、そのトレンドを取り入れながら個性を出していくのがオシャレなの!」
私には何が何だか分からない。私が普段着る服は、前に夏美が無難にこれと言って選んでくれたものばかりだ。もちろん、その時の組み合わせのままだけど。
「はいはい。私はそこまでしなくて大丈夫かな。それなりでいい」
「そんなんじゃ、彼氏できないよ」
「別に、今彼氏いらないし」
高校生の青春に彼氏という存在は必要不可欠ということはないでしょ。
「年上の男捕まえたくせに・・・」
「あぁ!やめてぇ。あいつのことはもう思い出したくない」
「ならなんで付き合ったの?」
私は元カレで思い知らされた。人間は顔では決められないと。
「私だって後悔してるよ。いいとこ、顔しかないクソ野郎だよ?」
「あぁ、そうだったね。付き合ってからが大変だったね」
私は、歩道橋の手すりに力を込めて、少しだけ、身を乗り出す。
「イケメンなんてみんな死んじまえ!」
「私の分は残してよ」
こうやって親友と話しているだけでも、青春という言葉にふさわしいと思う。
私の元カレは、周りのにクズ男と呼ばれている。私よりもずっと大人で、私以外の女の人との関係を多く持っていた。私は彼に遊ばれた女の人の一人に過ぎなかったんだ。
「あ、私もうバイトの時間だから、先行くよ。気を付けて帰ってね。また明日!」
私を置いていく夏美の姿が、とても華やかに見えた。どうしてあの子に彼氏ができないのだろう。
「あ、選り好みしてるからか」
夏美が彼氏にする人の最低条件が、身長百七十センチ以上で、イケメンの細マッチョ。精神年齢が年上で、気前がいい人。そんな男の人、そう簡単に表れるわけないし、現れたとしても自分を見てくれるとは限らないのに。
私は携帯で小説を見直しながら歩道橋を下りて、反対側の自分の帰路に立った途端、全身で衝撃を受けて腕をついてしまった。
「あ、悪い。・・・・大丈夫?」
「・・・・・・」
つい、見とれてしまった。綺麗な顔立ちだなと、思ってしまった。もう顔で男を見ないと思っていたけど、この顔になら。
「いや!大丈夫です!」
「そう、それなら良かった」
急に彼の眼が大きくなったような気がした。
「あ、気を付けて帰ってね」
もしかしたら、私に一目惚れしてくれたりしたのかな。元カレもそうだったし。あ、あれは違うか。
「ありがとうございます」
そう言って、私は彼を置いていった。決めたんだ、もう二度と男に振り回されないんだって。だから、この貴重な機会を捨てなきゃいけないんだ。
次の日、私はずっと昨日の彼のことを考えていた。あの人の顔を私は捨てきれなかった、そういう事なのかもしれない。そう思っていた。けど、彼の一つの顔がわかった。夏美に渡された雑誌の中に彼は一面で映っていた。それなりに人気な人なのだろう。
「で?どんな人だったの?」
「ソラくん」
食堂で過ごせる時間もあとどれくらいなのだろう。十分あるだろうか。
「いや、どのソラくんなの?」
「雑誌のソラくん」
「え?!・・・は?!」
夏美が驚くのも無理はない。私も昨日雑誌の続きを見ていて、目を疑った。こんなことがあるのだと、驚いた。初めて芸能関係の人と出会うことができた。まあ、一瞬だったけど。
「あの、ソラくん?!」
「そ。夏美に貸してもらった雑誌のソラくん?!」
その単語に周りの人も私に視線を向けた。
「大きい声出さないで」
「いいなぁ、私が一番推してるモデルに会うとか、そんなのあり?」
「もしかしたら、元カレに遊ばれたからかもね」
もしもそうなら、あいつと出会ったことも少しは前向きに考えられるかもしれない。
「なにそれ、ちょっとうらやましい」
ちょっとだけなの?とツッコミそうになった。
そして、今日も男子が私のもとにやってきて、昨日と変わらない日常を過ごした。もちろん、夏美も一緒だ。
「今日は私、バイト内からソラくんに会えるかな」
「さあ?毎日来てるわけじゃないろうし、私も昨日初めて会ったから」
そう言っていつものように下校しているけど、彼は一向に姿を現すことはなかった。試しに、彼のが行こうとしていた方向を進んでみたけど、彼の気配も残っていなかった。
「残念だったね。まあ、会えたら、サインくらいはもらっておくよ」
「言ったね?私の名前でもらわなかったら承知しないから」
もしかしたら、私はやらかしてしまったかもしれない。まぁ、会ってサインをもらえるとしても私の名前じゃなくて、夏美の名前を出してしまえば大丈夫だろう。
「分かったよ」
「それじゃ、また明日ね」
ここまでの道のりで彼の姿を見なかった以上、夏美も帰って課題をした方がましだと考えてしまったのかもしれない。
「うん、また明日~」
夏美とも別れて、いつもと違う帰路に立つ。携帯で家までの近道を検索する。そのついでに、私は今日も小説を読み直す。
「あれ?ソラくん?」
夏美が会いたがっていた人が、今私の目の前にいる。一応、本当に雑誌に出ていた人か確認して連絡したほうがいいのかもしれない。
「あの・・・」
彼に声をかけようとした時、突然私は何も考えられなくなり、立っていることすらできなくなった。胸が苦しく、呼吸ができない。体温も上がっていること、その体温が私の中から抜けないのが分かる。なんで、どうして私にこんなことが起きるの。訳が分からない。
「よかった。ここか」
誰かの声が聞こえる。でも、私の視界はかすんで目の前にいる人が誰か判別することすらできない。そして、挙句の果てには意識も保てなくなった。
感覚が戻り、かすかに視界が明るくなる。しかし、さっきと同じで全てがぼやけて見える。聴覚も同じでぼやけて見える。まるで水中にいるみたいだ。そして、その感覚もすぐになくなった。
「・・・この子の容体は大丈夫なんですか?」
「今のところは大丈夫です。詳しい結果は検査をしてみないと何とも言えないです」
お母さんの声と男性の声。倒れたとしたなら、男性は医者かもしれない。
意識は戻った。しかし、全身に力が入らない。目も開けられないし、指先も動かせない。目を開くことができたのは、その数分後のことだった。
「明!良かった目を覚ましたのね。これで一安心」
安心したのか私と同じように全身の力が抜けたようだ。まだ、私は特に何も話せない。口についているカバーから定期的に空気が送られてくる、私もそれに合わせて呼吸をしている。
「お、かあ、さん」
「うん、そうだよ。記憶も大丈夫ね」
うん、大丈夫。私の記憶もちゃんと残っている。何か突発性のものだったのかもしれない。左手に注射されているものは、おそらく栄養剤の類だと思う。だとしたら、とくに大変な病気とかでもないと思いたい。
「とりあえず、今日はこのまま安静にするのが一番です。それでは、私は他の患者のところにもいかなくてはいけませんので」
翌日、通常通りに体が動くようになり、私は色々な検査を受けることになった。よくある円形の機械に頭から入れられたり、血を抜かれたり、私も知らない情報を取られている気分になる。
検査も終わり、先生のもとに結果を聞きに行く。
「お待たせしました」
先生の顔から何も読み取れなかった。しかし、先生の声が、事の深刻さを予測させた。
「まず、診断結果からお話ししますね」
この瞬間空気が変わった。
「病名は、『拘束型心筋症』という病気です。この病気は、心臓の筋肉が硬くなってしまい、心臓が血液を十分に受け入れることが難しくなる病気です。その結果、心臓が全身に血液をうまく送り出すことができなくなってしまいます」
私は、先生が言っていることがさっぱり分からなかった。病気のことはもともとよく知らないから、何も考えられない。つまりはどういうことだろう。
「要約すると、心臓が固くなって血が上手く流れなくなる病気なんだけど。この病気は五十万人に一人がかかると言われる珍しい病気で、発見するのが早ければ進行を遅らせて、どうにかすることが出来るんですが」
私はその部類に入らないのだと、察してしまった。もう私の心臓を動きを止めかねないのだと、そういうことかと、ため息を出しそうだった。
「これからお伝えすることは非常に辛い内容ですし、聞くのも辛いと思いますが、正直にお話しすることが重要だと考えています。現在の医学的な状況から見て、余命が約一年ほどと予測されます」
一年。この少ない期間が、私に絶望を与えた。
「これはあくまで予測であり、個々のケースによって異なることもありますが、今後の生活を考える上で重要な情報です・・・・・・」
先生から言われることが、また水中にいる時のように聞こえる。あと一年。私は大学生になることもないのかもしれない。残りの人生で私は何を得て、何をしたらいいのだろう。
この時、私の人生を小説にしたら面白いのだろうか。面白く私は書けるだろうか。全てにおいて自信を無くしてしまった。
「学校、別に行かなくてもいいのよ。これからは今迄より自由にしなさい」
母の声が聞こえる。私は、もう何日もこの家から出ていない。残り一年という時間が、私の中の何かを根本からへし折った気がする。
携帯からなるいくつもの通知音。誰が送ってくれたかは分かる。夏美しかいない。
私の部屋のドアを軽くたたく音が聞こえる。
「明。夏美ちゃん来たけど、どうする?」
もう何日、この状態でいるだろう。外から怯えるように布団で隠れ、私の歯車だけでも止めていたいと思ってしまっていた。誰かと会うとその歯車が動き出しそうで、誰とも会うことはできなかった。
「帰ってもらうね」
足音が下に向かって、私の歯車が再び止まった。
どうして、私なの。別に何も悪いことしてない。誰かの悪口も言ってこなかったし、誰かが助けを求めたら助けてた。掃除当番の交代とか、意味のない救いもしてたのに。どうして私なのよ。私の人生で何がいけなかったの。
部屋はもう元の姿も分からないくらいにめちゃめちゃだ。
「晩御飯、ここにいてるから。とにかく、食べて。明の好きなオムライスにしたから」
ドアを開けて、お母さんのオムライスを見ると、耐えられなかった。無意識に涙が溢れ、声も漏れ、全身に力は入らなかった。分かっている。何も悪くない。誰も悪くない。これが、私の短い人生なのだと、自覚するしかないだけなんだ。
「何でぇ」
私は、ただ泣くことしかできなかった。私には、お母さんのように誰かを思って行動できない。
オムライスは、私のためかとても甘く作ってあった。そのせいで余計に涙が止まらなかった。
次の日、お母さんが私に不思議なことを言い出した。
「明、ちょっといい?ドア開けなくていいから、こっちに来てもらえる?」
私が病気のことを知ってから母に頼まれたのは、ずっと、ご飯の事だけだった。だからこそ、少し気になってドアの方に少しだけ動いた。
「はじめまして、天澤渉です。あなたが倒れた時、救急車を呼んだのは僕です」
声で分かった。ソラくんだ。どうして、あなたが来るの。あなたと会うから、私はこういう事になったのかもしれないのに。そうか、私が犯した罪って、この人と出会ったことなのかもしれない。
「生きててくれて、ありがとう」
彼の口からそう言われると、私は涙が溢れてきた。そんなこと、言われたことない。
「聞きました。あなたが学校に行けてないと。僕と出会った事で、あの時があるんじゃないかって思われてたりするのかな」
そうよ。あなたのせいよ。
「君の運命は、もう終わったの?」
え?
「君の身に何が起きて、どう変わったかは知らないけど。運命は少しの努力で変わるものだと思うよ」
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