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とある人物達が歩んできた道 ~ 駒 ~ ③

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絶望の波によって思考が停止しかけている、今の私では深く物事を考えることが出来なかった、だけれど、あるワードに反応して私の中に眠るもう一人の私が目を覚まし、涙が溢れ出る…儀式で失ってしまった愛する存在を思い出してしまったのでしょう。
自然と、体が私の意志ではなく、勝手に動き出す、そっと、お腹に手をおき声が漏れ出る
「ぁ、ぁ、わたしの…あかちゃん?あれは、あかちゃん?ここにきたの?」
「叔母様、安心して違うわ、彼の魂の色はお子様の魂と似ているだけで、違うのよ。貴女のお子様はこの時空に存在していないの、安心して、叔母様が宿したお子様の魂ではないから安心して、彼の体を守るために、いざという時のスペアとして…恐らくだけれど、魂を埋め込むとすれば胎児の段階しか不可能だと思うの、その魂は、お子様が生まれる前よりもずっと前の過去の出来事なの、だから、何処かから用意された、いいえ、用意した不幸があった未練残る魂を…」
その先の言葉を言いづらいのか、用意された魂の境遇を考えてしまったのか、顔を青ざめて、言い淀んでいる。
きゅっと唇を噛んでから一瞬だけ俯き、もう一度、顔を上げると目に涙を浮かべながらも、目の奥には力強い感情を宿していた
「行こう、叔母様、心を落ち着かせに行きましょう」
お腹を撫でるようにしている手を、力強く握られ、迷い子を導く様に優しく、けれども力強く引っ張られ、小さくも頼もしい背中を見つめながら、後を付いて行く。
今の肉体の主導権はもう一人の私が持っている、この瞬間くらいは貸してあげるわよ。

姪っ子が時折しか会いに来ない叔母を慰めるという不思議な時間を何処か他人事に用に俯瞰して見つめている間も、私自身も気持ちの整理を整えて行く…

負の感情や、子供といったワードに強く反応する、もう一人の私の感情が此方に流れ込んでこない様に気を付けつつも、自分自身と向き合う。
唐突に始まったと恋の伝道師としての嗅覚と直感が感じたラブロマンス!…からの急転直下のようなラブロマンスの欠片も無い耳を塞ぎたくなるような敵が暗躍している新事実。
愛するべき二人の子供たちが幸せな未来に進むのだろうと、何処となく幸せな未来がやってくるのだろうと直感を感じていたのに、直ぐに否定されるなんて、この事実を、直感を否定されてしまったこの状況をどう受け止めたらいいのか、また、相反する私の心がどの様に動くのが正解なのか、心のままに動いてはいけないって言うのだけはわかっているけれど…今後どのようにすればいいのか、道しるべが見えない、一瞬だけ見えた目標が私には理解できない、目指す道が…わからないわよ…

私は…愛する人の息子さんと、敵が用意した魂と、どう、接すればいいのよ?
憎むべき存在と、愛すべき存在が共存している器って、もう、意味が分からない…

意味が分からないけれど、一瞬だけ見えた目標、憎むべき敵は全て…この感情だけには念入りに向き合って自暴自棄にならないように気を付けましょう。
私も、もう一人の私も、憎むべき敵は…一緒だから、憎悪の感情が深いのよ、ね…


何処か遠い世界を見ている様に俯瞰しながらもう一人の私が感情が落ち着かないまま、姫ちゃんに手を引かれて私の部屋に連れられて行く。
部屋に戻ってから、姫ちゃんの行動に驚きを感じつつも、親として嬉しくも感じてしまった。だって、こんなにも大人の対応できるようになっているなんて、成長してくれているのが見れて嬉しい限りよね。
こういう時でも基本的にそういった行動をしないと思っていたのに珍しく、紅茶とクッキーを姫ちゃん自らが用意して、子供をあやす様に大人を諭す様にゆっくりと語るなんてね。大人になったのね。
一緒のソファーに座ってそっと、手を重ねながら気遣う様に声を掛けている
「あのね、叔母様、えっと、お母さんも一緒に見てる感じかな?これもね、推測の域を出ないんだけどね、あの儀式に必要な触媒、そのスペアとして最も適しているのが、彼の肉体だったのだと私は考えてるんだよね、適した器を見つけた獣が何かしらの方法、何処でどうやって手に入れたかわからないけれどね、別の、本来宿るはずのない魂をあの肉体に元の魂があろうが関係なしにねじ込んだ」
私ともう一人の私と同じ状況ってことね、獣共は過去にそういった経験が既にあったからこそ、それを踏まえて実行したって事?…愚かで見下し知恵無き者だと思っていたけれど、存外知恵があるってわけね…あの時の、騎士様の命を奪った悪魔も知恵無きモノとは思えない雰囲気があった、やっぱり、奥に行けば行くほど知恵を持った獣がいるってことでしょうね、それが、どうやったのか知らないけれど、この大陸で暗躍しているってことなのでしょうね。

その一つが悪魔信仰ってわけね…

見下してきた相手、見下さないと心の平穏が保てないから見下してきただけなのよね…敵の方が強いのは大昔からわかっているから、少しでも闘うために心が折れないようにする為に敵を見下す様にしてきただけで、敵と長い事戦ってきた人達は、決して敵が劣っているなんて考えたりしないものね…考えたりしないけれど、ここまで狡猾だとは思っていも無かった。きっと気が付かない所で私達は敵の罠に何度も嵌められてきたのでしょうね、敵が手札を切る時は完全なる勝利の時だけだからこそ、今まで知ることが出来なかったのでしょうね。

つまり、姫ちゃんだからこそ敵の手札を垣間見ることが出来たってことね、狡猾で用意周到で、臆病者の手札を知ることが出来たのでしょう…己が死ぬことによって。

それにしても、私の中に思い出として溶け込んで亡くなったのだと思っていけれど…何が、きっかけで彼女の魂が起きるのか、今になっても、これからも、一生わからないものでしょうね…
昔だったら怖すぎたけれども、今となって近しい魂を持った別人格って捉えてもいいくらい、似た者同士だもの、怖がることは無いわね、寧ろ、一つ道を違えたら私も同じ末路になるところだったのよね?姫ちゃんが私を封殺した理由が今ならわかる。

…あの事件も犠牲無く解決した、憎むべき魂を操る魔道具も滅した貴女を穢した人物は十二分に制裁した、彼女の魂に未練は、もう無いと思っていた…心のどこかに残滓として残っているのかしら?それとも、やっぱり…最後に残る未練は、子供ってことかしら?…その願いは私としても叶えてあげたいし、私も…

「それでね、今ではその儀式に必要な祭壇も儀式に必要な陣も全て此方側が掌握して再利用しているから、その儀式を再始動するのは不可能な状況だから、その、彼…ううん、彼女?の中にある魂の役割はなくなっているの、だからね、放置していても問題はない、敵が彼の魂を使って、肉体を使って何かしらの儀式を発動するのは出来ないはず…」
懸命に慰めようと、そして、私達の中にある敵を見逃すようなことは絶対にしたくないという部分を刺激しない様に…姫ちゃんからしたら守り隊であろう彼に危害を与えない様に言葉を選んでいるのはいいわよ?
でもね、貴女…一瞬だけ視界が泳いだわね、何を隠してるの?未来から何を知ったの?
「問題は無いの…だから、そっとしてあげてほしいの」
私達が憎悪の果てに暴れ出さない様に裏で動かない様に願いを、祈りを込めるように握られた手の力が強く、つよく…小さく震えるほどに力が込められていく…

私達からすれば可愛い娘から、痛烈なほどに辛くて悲しい感情が伝わってくる、姫ちゃんしか知らない未来で起きてしまった悲劇…
絶望の物語を経験してきた心の傷が伝わってくる…

だけれども、私達だって、今の状況…このどうしたらいいのか、自分の相反する感情のせいで、状況に追いつけない。
頭と感情と心が全てが、停止してしまっている…何をしたらいいのか、心のままに動いていいのか、感情のままに動いていいのかなんて、なにもわからない。

もう一人の私から伝わってきた感情は、憎むべき敵は殺す…聖女と呼ばれていた彼女がここ迄、敵を憎み、それに与する物であればどんな立場の人間だろうと殺そうとしていた。
今の王で、過去では王子だったアレを憎んでいるのも…もしかしたら、アレも敵に何かしら与していたと考えてもいいのかもしれないわね。
…尚更、王都に近寄るのはよした方が良さそうね…仮に、息子さんが敵の駒だとすれば、王都に返す方が危険なのではないかしら?

利己的な考えを巡らせようとするがもう一人の私から伝わってくる感情が思考を停止させようとしてくる…
駄目ね、湧き上がる負の感情が、殺せとしか言ってこないじゃないの…

その後も、正直、感情が彼女の説明に追い付いてこなかった、幾度となく、諭す様に説明を受けたのだけれど…心が理解できなかった。
姫ちゃんは私達を説得できたのだと思って、することがあるからと、部屋を出て行った…

私の中にまた、爆弾が生まれてしまった…

この事実に、私達の心が、感情が付いてこれなくて…予定だったら仲睦まじく親のような目線で接したかったのにそれが出来そうもない…
暫くの間、息子さんと接するのが怖かった…もう一人の私の憤りが収まるのを待つしかなかったから…いいえ、彼女だけじゃないわね、私も、私の中にも敵に対する憎悪はいつ、どんなときでも再燃してもおかしくなかったのだと、再認識させられてしまったわね。

ふとしたタイミングで、彼と接することがあったときは、常に相反する感情が私の中に渦巻いて、壊れるかと思った…

愛する騎士様の子供、心底から憎く、私、いいえ、私達から大切な人を奪って行った獣共が用意した駒…

愛する存在、憎むべき存在…それが目の前にある、愛する存在として頭を撫でてあげたかった、憎むべき存在として首を絞めて殺したかった
この状況が落ち着くまで、溜飲を飲み込むまで…思っていた以上に、凄くすごく…途方もない時間が必要だった。

それらの影響もあって、私がこの先に何をするべきなのか、完全に道に迷ってしまったのよね。

何もできずに停滞している時に、ふと、隣を見ると、彼女は険しい表情をしながらでも走り続けようとしていた。
複雑な感情に囚われて何もできない愚かな私と違って姫ちゃんは未来を勝ち取るために動き続けていた…

その後ろ姿を見て、寂しくなってしまったのも良くなかったわね…この悩みで苦しんでいるのは私だけって感じがして、疎外感っていうのがまた、辛かった。

驚愕の事実を知ってから一か月は、必要だったみたいで…
気持ちが整理されるまでに一か月もかかってしまった、凄く時間がかかってしまったわね。

この一か月間、彼と接して彼と向き合って、自問自答を幾度となく繰り返し、何度も相反する感情に身も心も避けそうになったけれども!
…やっと理解することが出来たわよ。姫ちゃんが伝えたかった事、何を言いたかったのか、何が言いたかったのか…

姫ちゃんが言いたいのは、彼には未来がある、例え用意された駒だとしても、使い捨てのスペアで在ろうとも、役割が無くなったのであれば、もう敵ではない。

彼は、あくまでも、ある儀式を絶対のものにするための保険としての魂。
ある条件が満たされたら、獣共によって何かしらの合図が送られ、肉体の主導権を奪い絶対に成功させないといけない儀式に自ら肉体を捧げに来てもらう為だけに用意された魂、その役割を全うする機会が失われてしまったから、彼に施された呪いはもう機能していない、もう、獣との繋がりはないから、一人の人間として接して欲しいってことよね。

用意された魂も何れ、元あった魂と結合して、消えていくだろう…私と、もう一人の私と同じような感じになるのでしょうね。

今後、何を危険だと判断すればいいのか、危険視するのであれば…
何処かでまた、獣と繋がってしまって駒として利用される可能性があるってことだけど、それに関しては姫ちゃんが手を打ってくれるので心配はいらない
姫ちゃんの加護がある限り、守り続けるって力強く宣言してくれたもの…

だから…もう何も心配することはない、敵の先兵として伏兵として、街の皆から愛される人が敵になることは、ない。

脳裏に過るチャームという能力の厄介性に気が付いてしまう、そうか、誰からも無条件で信頼され愛されることによって彼の者がどの様に動こうが勝手に好印象へと勝手に考えてしまう、何もしなくても用意した駒が守られる駒が勝手に機能を停止することが無いようにするための能力ってことなのね…

不安を感じるのはしょうがないけれども、彼を敵視するのではなく、一人の人として接して欲しいってことなのでしょうね。

そんな風に伝えたかったのでしょうね、申し訳ないけれど、あの時の私は、その言葉を理解することが出来なかったのよ、限界を超えてしまっていたから。
それでもね、私だって、私なりに頑張って関わり続けたわよ、平静に冷静にね、ちょっと、張り詰めた神経の影響か、すこーし、きつく接してしまったかもしれないけれど…
先輩として威厳を保とうとしているって思われている程度だから、気にしなくてもいいわよね?…たぶん、殺気は隠せれたと思う。

隠せれたと思うからこそ、彼は希望通り、医療班に所属してくれることになったって考えても良いわよね?
この一か月で起きた出来事を結果的に言えば、彼は、彼の希望もあって、医療班に所属してもらうことになったのよ…あるきっかけでね。
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