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Dead End ユUキ・サクラ 妖闘桜散 (30)

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月が天に上る。今宵の黒き水面を彩るのは…新月ではなく半月…私達にとって新月は蜜月の合図だった…でも、今となってはそんな事を気にしなくてもいい。
満天の星空、輝く月に照らされて敬愛なる姫を待ち続けている騎士に会いに行きましょう。
このまま、優雅にドレスでも着て彼が待つ場所に向かいたいけれど、そうはできない、アリバイ(偽装)は抜かりなくってね。
ベッドの上に私だと認識するぬいぐるみ型魔道具を置いて、魔道具を起動させるために魔石をセットしてっと
魔道具が反応し施してある術が展開されるのを確認。うんうん、私が寝てるように見える。
月夜とは言え誰かが歩いているとすれ違う時間だからね、ちゃんと対策はバッチリ、認識阻害の術式を施してあるマントを羽織り、マントの内側にあるポケットに魔石をセットして起動させる。これで、誰かとすれ違っても、誰かとすれ違ったかな?誰だろう?気にすることじゃないってな感じで記憶が朧気になるってわけ。

準備万端!
ゆっくりとドアを開けて念のために周囲を確認、通路には誰も居ないので問題なし。

足音を殺す必要もない、息を潜める必要もない、魔道具様様!堂々と寮から出ることが出来るってね!
優雅に華麗に大胆に!廊下を歩いていく

寮を出ると外は意外と明るい半月なだけあって真っ暗闇って感じでもないし、そもそも、街の随所に配備してある灯りと月夜が闇夜を切り裂き道を照らしてくれる。
当然、ここまで道が明かるいのであれば誰かとすれ違うと顔まで分かってしまうってわけ、マントを羽織っているのにすれ違う人々は私に一切の関心を示さない。
まるで世界から外れてしまったよう…誰も私の事に気が付かない…これが自らの手によって起こっているから納得できるけれど、周りが一斉に敵になったあの状況はもう味わいたくないかな。
過去の悲しみを噛み締めて心が悲しい気持ちに…なんてなるわけがなく

不可思議なことに笑みが溢れてきてしまう、ついつい、感情が声となって漏れてしまいそうになる。
ダメダメ、音まで誤魔化す仕様じゃないから声を出すと気が付かれちゃう、にひひ。

マントで身を隠しながら闇夜を歩き続ける。
いつになっても、この、なんていうかむず痒いようなぞわぞわする感覚に慣れない
今ってどういう感情なのかな?嬉しくてそうなるのかな?皆にバレない様にする背徳感が楽しくてなのかな?こういった経験が殆ど無いからわからない…
この一時だけは、ううん、この一連の流れの間だけは…身を焦がすほどの太陽の如き炎から解放される。

誰も居ない場所ではついつい、社交界のようなステップを踏んでしまう
体が勝手に湧き上がる感情を表現してしまう。

まるで…
世界に取り残されたお姫様が、愛する王子様に会う為に…愛する人が待ち続けているであろう場所へと踊るように…
輝かしい未来は此方ですよっと誘ってくれるように月の光が道を照らす…

栄光なる種福で満たされたムーンロードを…月明りこそ我が道だと言わんばかりに優雅に軽やかに雅に踊るようにステップを踏んで進んでいく。

気が付けば、月が示す末が見えてきた
ふぅっとはぁっと呼吸を落ち着けてから広場に澄ました顔で入っていく。公園には既に魔道具が起動しているってことは…待たせちゃったかな?
暗い世界の中、月明りに照らされて一人の男性が待ってくれている。私よりも先について待ってくれている、こんなにも嬉しい事ってある?

ときめき弾む心を抑えることなく公園の中へと進んでいく。
ベンチがある場所に一人の人物が座っている。
こんな夜中だというのに、良い子は寝ないといけない時間が近づいているっていうのに、堂々とベンチの端に座っている。
真ん中に座らないで、いつ誰が来てもいいように隣を開けて待ってくれている。

空いたスペースに近づいてからマントの術式を解除する…その前から私の気配に気が付いたのかじっと此方を見ている、私もその視線から逃れることが出来ず見つめ返してしまう。
月夜に照らされたその姿はなんて神々しいのだろうか。全てを包み込むような優しい瞳…
その瞳は、漆黒のような暗い色彩なのに不思議と輝いて見える…髪の毛だって…真っ黒なのに、月夜の下だけ薄っすらと青く輝いているように見える。
マントの術式が解除されて姿が見えているのに座らない私を見て、既にベンチに敷かれているハンカチ、その上をトントンっと指で叩いて座ったらどうだいっと語り掛けてくる。
その仕草に、はっと、意識が現実に戻されマントから顔を出して
「ごめん、待った?」照れくさそうに声を出してしまう。
「いいや、待たされている様な感覚はないさ」
何も気にすることなんて無いと言わんばかりに包み込むような柔らかく微笑んでくれる、その柔らかい微笑みを見るだけで私の全てが満たされる気がする。胸の鼓動が早くなる。
彼の隣に座ろうと、気が付く、マントを着たままだと、座るのにマントが邪魔になるし、皺になるので脱ごうとすると手で制止させる
「今日は、何時もよりも冷える、そのままの方がいいぞ」
その優しい一言に胸が締め付けられすぎて笑顔を止めることが出来ず、衝動のままに彼の胸にダイブする
突然飛びついても慣れた手つきで何も言わずに優しく抱きしめてくれる…
彼の懐の深さに遠慮なんてしないで胸に頬を擦り付け乍ら両手を背中に回して抱きしめると優しく背中を撫でてくれる。
この瞬間だけでも…生きてきてよかったと思ってしまう。

疑心暗鬼になって空回りしていた時と、今は…違う。
月に一度しか会えなかったころとは違って、今は…違う。
地下に閉じ込められて私から会いに行けなかった時と、今は…違う。

彼とはいつでも会える、会う為に誰にも邪魔されないように全ての舞台は整えてある。何も憂いなんて無い…世界からはぐれてしまった二人の逢引はいつだって。
「サクラはいつだって甘えん坊だな」
子供扱いなんだよな!!!この一言で察したよね!?
何時まで経っても!!恋人として見てくれてないんだよな!!完全に甘えに来た娘扱いなんだけどなぁ!!!優しく撫でてくれる手から伝わってくる感情なんて、何時だって慈愛だもんなぁ!!!劣情や色情を彼から感じたこと一度も無いんだよなぁ!!!それでも男かっての!!
いつだって、そう!親が子供をあやすようにさ、テンションの高い子供を落ち着かせるように接してくるんだもんなぁ!!
やっぱり胸か!?女は結局胸か!?浸透術式で豊胸すれば見てくれる!?ねぇ!?
…っぐぅ、お母さんみたいな豊満ボディが欲しいって思う瞬間が本当に多いんだけど?
だけども!!あの魅惑なボディで貴族との取引に行くと毎回夜のお誘い(夜這い)が激しくなるから、撃退する頻度も増えるのはめんどくさいから、これでよかったんじゃないかって思ってしまう私もいるぅ!!


…まぁいいや、欲情なんていらない、愛さえあればいい。
だって、血の繋がりがあるお父様から愛を感じたことなんてない。私をこんな風に抱きしめてくれなかった、お父様は何時だって私達を見てくれていなかった…
どうせ、お母様を助けたのも正義感とかじゃなくて教会に恩を売りたかっただけでしょ?…私達はお父様に愛されていない。

だから、勇気くんが私にとっての本当の真なるパーフェクトで理想なお父様でいて欲しい…うん、それでもいい、私を見て…抱きしめて…頭を撫でて…頑張ったねって褒めて…愛してるって言って。
親が子供を愛している気持ちと同じで良いから…愛を頂戴?…愛で私を満たして…そうじゃないと…わたしのこころはたもてないから

感情が溢れてきてしまったので涙が頬を伝って地面を染めないように顔を彼の胸板に擦り続ける。
何かを察したのかぽんぽんっと一定のリズムで背中を叩いてくれる。なんて優しいリズム…それでいて、何処か懐かしいリズム
きっと、私が…小さかったころ、こうやってお母様に抱っこされていたんだろうなぁ…
暖かい…


私が満足する迄、ずっと付き合ってくれる。何時だって付き合ってくれる。子供の我儘に付き合ってくれる優しいお父さんのように…
「それにしても…長いようで短かったな…もう、俺達が初めて出会った頃に近い刻になるというのだな」
感情が伝播して、勇気くんも、センチメンタルな気持ちになっちゃったのかな?にへへ、私達は運命共同体、何時だって心は繋がっている。
「そうだね…勇気くんがこの街に…死の街にきて何年経つんだっけ?」
ついつい感情のままに背中に回している腕に…指先に力が入ってしまい、彼の服に皺を作ってしまう、少しだけ彼の背中を引っ搔いてしまったかもしれない、死にゆく私達の感情が溢れてきたから。抑えきれなかった。
引っ掻かれたことに何も感情を表に出すことなく、意に介していないと言わんばかりに優しく背中を撫でながら言葉を続ける
「何年経ったのだろうなぁ…王都で行われていた次の王を決める何かが終わってから…半年後に俺はこの街に来た…」
「うん…私の記録塗り替えられちゃったんだっけ?記録としては、今もなお、活動している人物が初めてやってきた年齢ってやつだっけ?史上最年少っていう記録」
「そうらしいな、だが、歴史の紐を梳けばもっと幼い人も連れてこられたらしいじゃないか」
あー…セレグさんが言うには病気を持っている子供とか、障害を持った子供とか、いつ死んでもおかしくない幼い子供が村の少ない収入では養う事が出来ないからとか、食い扶持を減らす為に連れてこられたことはあるって言ってたような。その殆どがひと月も経たずに亡くなってるから記録にも残されていないんだったかな?
先代の戦士長が死の大地に来てから、そういうのは無くなったんだっけ?
きっと、若い頃のセレグさんは必死に助けようとしたんだろうなぁ、でも、助ける術が無かったんだろうな。
「…もし、そういう子供達が不幸な事情で連れてこられたら、どうする?」
答えなんてわかりきっている、優しい父性の塊の様な勇気くんが出す答え何て、でも、その答えを彼の口から言ってもらいたいから敢えて質問をする。
欲しがりな私…
「決まっている、君なら救えるだろう?俺はそれを支えるだけだ、孤児院でも作ればいいって言うだろう?なら、俺と君で子供達を育てよう」
即座に応えてくれる欲しかった答えを受け取った、その瞬間…脳裏に過去に起きた悲しい出来事がフラッシュバックする。
私に手を差し伸べてきた幼い子供の手を…暗い暗闇の中だけでずっと傍に居てくれた名も無き弟の姿が…
またしても、感情が揺さぶられてしまう、自分から欲しておいて、本当に自分勝手な私…
ああ、胸が締め付けられて苦しくなってきちゃった…
泣いちゃうじゃん…

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