最前線

TF

文字の大きさ
532 / 657

Dead End ユUキ・サクラ 妖闘桜散 (144)

しおりを挟む
少しだけ歩いたと思ったら立ち止まって、鼻から思いっきり息を吸い込んでいく。目の前には木々が並び、人の手が入っていない森がある。
その森からたっぷりと吸い込んだ空気をゆっくりと噛み締める様に鼻から抜いていく、私も同じように深呼吸をする。馴染みのない匂い。
「…ああ、ここは良いな、変わらない」
彼の頬を一筋の涙が痕を残し下りてくる
「懐かしい?」
少し離れた先、あと数歩歩けば森。この先は開拓が殆ど行われていないから木々が多い為か数歩離れたここまで森の香りが届くほどに、香りが濃い
「ああ、懐かしい、ここにきて、一つ分かったことがある。ずっと、何処か、どこかで求めていたモノがあるのだと、ここにきてわかった。俺が心の何処かで求めていたのは…きっとここなのだろう、死の大地にある森とは違う…」
大きく腕を広げ、指先まで真っすぐ伸ばし胸を張り大きく香りを吸い込んでいる
その表情はとても穏やかで、晴れやか。綺麗。
「安らぐ?」
真っすぐに伸ばされた彼の手をそっと握ると優しく包み込んでくれる
「これが、安らぎなのだと、今、全身で感じているよ…この森の香り、俺が求めていたものはこれだったのだな、幼き頃、俺を包んでいた日常はここ、ここなんだ」
なんかそう、言われるとちょっとモヤっとしちゃうのは嫉妬、なのかな?
「君と同じで俺も守るべき世界を思い出せた気がする」
「人じゃなくて、森?っていうと語弊がある?」
ふふっと小さな笑い声が聞こえてきた
「おかしな話だが、悪い、そう感じてしまった部分がある、否定できないな、不思議なモノだ、これが故郷を守りたいという郷愁の想いなのかもしれないな」
森の奥、もっともっと、奥地へを見つめる様に遠い目をしている。
彼の望む場所に、彼を帰してあげたかった、ううん、帰して上げれる様にしよう。私だって運転くらい出来る。
「帰れるよ、勇気くんは…」
握った手を少しだけ引っ張ると悲しそうな顔で此方を見てくる
「私と違って」
今にも涙が溢れ出そうになっている瞳を真っすぐ見つめ
「生きて…貴方を死なせたくない」
死ぬのは私だけでいい…
あの作戦を決行すれば、生きて帰れるとは思えれない。
「そんな事を滑らせるような気はしていたよ。時間があるとはいえ、僅かな…残された時間を君は俺を選んだ、その理由に気が付かない俺ではない。なら、気が付かれているのであれば何も言わず、街に置いて行けばいいっという結論が君の中で出たとしてもそれを実行することが出来ない。君の性格を考えれば、俺に何も言わずに一人で作戦を決行したりしない、君の考えを深く知り、作戦の内容を知りつくている、この時間は俺を説得するために割いた時間だろう?」
てひひ、やっぱり見抜かれてるよね。最後の準備をしている時に、説得しようって思っちゃったんだもん…だって、私の時計はもう壊れるけど、勇気くんの時計はまだまだ動く、それだけじゃない、街にとっても、ううん、この大陸、王都にも勇気くんが必要だもん。

だから、説得しようって思った、勇気くんにも譲れないものがあるってのはわかるわかってた…許せないんだよね。アレが…

アレによって非道な運命を背負わされてしまったのだから
でも…それを飲み、この大陸に住まう人々の為に説得しないといけない。

彼を納得する理由ならいっぱいある、でも、彼が頷てくれるとは…絶対に折れてくれるとは思えれない、強引にでも彼の言葉を遮って割り込んででも!説得しないとダメ、彼のペースにのってはいけない。
思考を加速する必要はない、それが無くても大丈夫、肺の中に溜めた森の香りと共に彼に言葉を投げかける。
「…この先、情けない男が王として機能するとは思えれない」
この言葉に彼は何も言えなくなる
だって、彼は、宰相が王としての資質を備えていないととうの昔に見限っている。
そして、あの情けない姿を見てあいつが王として威光を示すとは思えれないって心の底から感じている。

宰相もダメ、情けない現王もダメ、この大陸を導く新たな秘宝は誰か?
血筋を洗っていくと辿り着く、最も濃いのは勇気くんだって。
もう一人だけ候補がいる、王家の隠し子であるオリンくん、彼もまた王家の血筋ではある、が…彼の口から絶対に出てこない言葉羽がある”王に成る”何て絶対に言わない、彼は…王家との関りを全て捨ててきたのだから。

この世界には…王が必要なんだよね。絶対的な力の象徴。

その王として間違いなく誰しもが認めることが出来るのは…
考える迄も無い、王家に関る貴族全員が勇気くんに首を垂れる。
この大陸を、王都を導ける血筋は…勇気くんしかいないんだよね…
「だから、勇気くんが王に」
「なるわけないだろ」
ぴしゃりと怒る様に断られてしまう。その怒気に気圧され喉が開かない…
つい、唇を噛んでしまう。
心を落ち着かせ、彼を説得しないといけない、それが私に…司令官として幹部として聖女として…残された最後の仕事。
今のどうしようもない状況であれば彼ならわかってくれる、素直に重い腰を上げて王として君臨してくれると甘い期待をしていた部分は否定しない。
私が居ない世界を導いてくれると押し付けても引き受けてくれる、彼ならきっと
口を開き音を出す前に彼の方が先に口を開き
「こればっかりは言わせてもらう、君独りではアレを倒せない」
その一言で消えたはずの炎に火が灯る
「舐めないでもらってもいいかな?私が本気になれば誰よりも強いの知ってるでしょ?一撃力や瞬間火力に関しては誰よりも高いんだから!ゆう」「ああ、勿論、知っているとも、でも、その君でも勝利することが出来なかった相手の入れ知恵があいつにある、君が独りで来ること、それこそが罠であると聡明な君が何故気が付かない?」
言葉を遮られ言われたくない私だってわかってる部分を突き刺してくる!
っぎ!ぐうの音もでない!事実!まごう事なき事実!虚勢や見栄でどうにもできない圧倒的真実!!…そこを突かれると何も言えないじゃん!!
ぷくっと悔し紛れに頬を膨らませて睨みつけると
「涙を浮かべてもこればっかりは譲らんぞ、可愛くおねだりしてもダメだ」
んぬぅ!!情で訴えかけようとしても無駄だって先手うつなよばかー!
「…頼む、愛する人と共に戦場へ行かせてくれ、君の残された最後の時間を…最後の最後まで、俺を…傍に居させてくれ」
潤んだ瞳で見詰めてこないでよ!!んんにぃ!!そっちが情で訴えてこないでよ!!何も言えなくなるじゃん!!
「敵からすれば何が来ようが対処できるように罠を用意しているかもしれない、俺達全員で挑んでも負けるかもしれない、そんな相手なんだ。君と俺、二人で挑み、負けたとしても、冷静になり、どちらかが街に帰還し、次の対策を考案し皆を導けるだろう?それにだ!仮に君が独りで出向き、相打ちになったとしても誰も君の死を信じたりはしない、街の人達総出で君を救出するために無謀な策にでる。仮にだ!君が戦いで死んだとしよう…皆が無謀な策に出ないようにするには君を…街に連れて帰らないといけない人がいる。その役目は誰にも譲らない。譲るわけにはいかない、最後を看取るのは俺だ、俺でなければ…ダメなんだ…」
膨らませた頬をすぼめ、彼の流れるようなセリフに割って入る隙が無かった…
情+理詰めは卑怯じゃん、反論できない!!
「じゃぁ、約束して」
「・・・」
何も言わずに悲しそうな目で見つめられる。その先を言わないでほしそうに…
「私が死んだとしても後を追わないで、冷静に、人類を、ううん、私達の街だけでもいいから導いて…ユキさんや、お母さんを…お願い」
「ああ、わかった、その約束は絶対に守ろう。君の意思を継ごう、決して無駄に命を散らせたりはしないと…誓おう」
瞳の奥に嘘が見える。こうでも言わないと私が…はぁ、説得するのは…
止めよう、彼の心を踏みにじるのは良くない、これはきっと折れない平行線だ、この境界線は決して揺らがない…

頑固なんだから…もう…

「うん、誓ってくれたら、それでいい」
頑張って笑顔で頷いたけれど、私は、ちゃんと笑顔を作れたかな?
優しく頭を撫でられる、そういうの、恋人って言うよりも…まぁいいか。そういうの好きだし。

「突き合わせて悪かった、帰ろうか」
「うん…んー、ここから街に帰ると道なき道が一番近いんだけど、揺れるからさ、急がば回れって言葉あるんだよね、どうせだったら、王都の中を通って帰ろうよ、折角だし…もう少しデートみたいな事したいなぁ~?」
これくらいの我儘は許してほしいかな?
「そう、だな。そうしよう」
手を繋ぎ、バイクの前に戻り、お互いヘルメットをかぶり、バイクが動き出す。
戻る時はスピードは抑えめでお互いの話声が聞こえるくらいに…

帰り道はいっぱい、い~~っぱい。他愛の無い事をたくさんたくさん話した

生まれ故郷でとれる海産物で一番おいしい魚はどれだとか
木の実を齧ると渋くて食べれないやつでも、工夫を凝らせば食べれない事も無いこととか
キノコは危険だから食べるなとか
花の蜜を吸う時は虫が潜んでいないか調べてから吸うのだぞとか

他愛のない話をいっぱいした

王都の中に入ると、今度は私の番。
私が知ってるお店を見つけると
あのお店が扱ってる茶葉が一番保存状態がいいとか
そのお店の茶葉を使ってお茶を出してくれるお店があそこで
あそこにある焼き菓子のお店は出来にムラがあって、美味しい時とそうでもない時の差が激しいとか
お母さんが若い頃に通っていたマッサージのお店があそこにあるとか
フラさんが時折、黙ってこっそりと購入している焼き菓子店はあそことか
メイドちゃんが育ったのはあのあたりとか

いっぱい、い~っぱい、王都で知ってることを話した

そんな時に、ふと、お互いの目がある洋服店の前で止まる

ショーウィンドウに飾られている舞踏会などの場所で着ていくための煌びやかなドレスが飾られている。

製作者を私達は知っている…あのドレスはユキさんのお母さんが作ったドレス。
このお店は、ユキさんのお母さんが作った服を扱ってくれているお店

基本的に、ユキさんのお母さんは貴族に直接お洋服を卸したりしているんだけど、時折、失敗作ではないけれど貴族の人が気に入らなかったお洋服が出ることがある、殆ど完成してしまっているのを捨てるのは勿体ない、そういった品を平民向けに調整してお店に卸したりしている。
ショーウィンドウに飾っているのは客引き用のドレスで売り物じゃ無かったりする。

そのお店に、私がデザインしたってわけでもないけれど、地球のお洋服からインスパイアして作ってもらった服も店頭に並べてもらっている。

「…いつか、このお店でさ、勇気くんのお洋服、全身コーディネーターしたかったなぁ…」「なら、寄っていくか?」
何気ないその一言に世界が止まってしまうほどに思考が真っ白に染まってしまう。
「ううん、時間も無いから…」
「…服選びくらいなら、それほど」
「いいの!…次、いこ」
ぺちぺちっと音を出しながら彼の太ももを叩くとバイクがゆっくりと動き出す。
ダメだよ、時間が無いんだから、だって、お洋服を選び出しちゃったら一日あっても足らないんだから!!お店にあるお洋服全部!試さないと気が済まなくなっちゃう!勇気くんを着せ替え出来るなんて止めれるわけないじゃん!!!

後ろ髪を引かれるけれど、こればっかりはしょうがない。
後ろを振り返るとお洋服店が遠ざかっていく…きゅっと下唇を甘噛みし、お洋服店に別れを告げる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

精霊王の愛し子

百合咲 桜凜
ファンタジー
家族からいないものとして扱われてきたリト。 魔法騎士団の副団長となりやっと居場所ができたと思ったら… この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

【完結】温かい食事

ここ
ファンタジー
ミリュオには大切な弟妹が3人いる。親はいない。どこかに消えてしまった。 8歳のミリュオは一生懸命、3人を育てようとするが。

こうしてある日、村は滅んだ

東稔 雨紗霧
ファンタジー
地図の上からある村が一夜にして滅んだ。 これは如何にして村が滅ぶに至ったのかを語る話だ。

もしかして寝てる間にざまぁしました?

ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。 内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。 しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。 私、寝てる間に何かしました?

異世界ラーメン屋台~俺が作るラーメンを食べるとバフがかかるらしい~

橘まさと
ファンタジー
脱サラしてラーメンのキッチンカーをはじめたアラフォー、平和島剛士は夜の営業先に向けて移動していると霧につつまれて気づけばダンジョンの中に辿りついていた。 最下層攻略を目指していた女性だらけのAランク冒険者パーティ『夜鴉』にラーメンを奢る。 ラーメンを食べた夜鴉のメンバー達はいつも以上の力を発揮して、ダンジョンの最下層を攻略することができた。 このことが噂になり、異世界で空前絶後のラーメンブームが巻き起こるのだった。

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

悲恋小説のヒロインに転生した。やってらんない!

よもぎ
ファンタジー
悲恋ものネット小説のヒロインに転生したフランシーヌはやってらんねー!と原作を破壊することにした。

置き去りにされた聖女様

青の雀
恋愛
置き去り作品第5弾 孤児のミカエルは、教会に下男として雇われているうちに、子供のいない公爵夫妻に引き取られてしまう 公爵がミカエルの美しい姿に心を奪われ、ミカエルなら良き婿殿を迎えることができるかもしれないという一縷の望みを託したからだ ある日、お屋敷見物をしているとき、公爵夫人と庭師が乳くりあっているところに偶然、通りがかってしまう ミカエルは、二人に気づかなかったが、二人は違う!見られたと勘違いしてしまい、ミカエルを連れ去り、どこかの廃屋に置き去りにする 最近、体調が悪くて、インフルの予防注射もまだ予約だけで…… それで昔、書いた作品を手直しして、短編を書いています。

処理中です...