この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃

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8.天紅結晶

 翌日。昨日の疲れもあって、私は盛大に寝坊してしまった。

(いけない、朝食の時間に遅れてしまったわ……!)

 私は焦りつつも、手早く身支度を済ませる。
 そして、食堂へ向かうべく廊下を早足で歩いていると、不意に背後から声をかけられた。

「おはようございます、コーデリア様」

 振り返ると、そこにはアランがいた。
 彼の爽やかな笑顔を見ると、何だかこっちまで嬉しくなってしまう。
 そんなことを考えつつも、慌てて挨拶を返した。

「おはようございます、アランさん」

 そのまま二人で他愛もない会話をしつつ食堂へ向かっていると、ふとあることに気づく。

(なんだろう? この匂い……)

 微かにだが、嗅ぎ慣れない匂いが鼻腔をつく。

「どうかなさいましたか?」

 怪訝そうな表情でこちらを見るアランに向かって、思い切って尋ねてみる。

「ああ、いえ……なんだか、すごくいい匂いがしたもので。あの……もしかして、アランさんって香水を付けていらっしゃるんですか?」

 私が質問すると、アランは「あぁ」と言って納得したように小さく手を叩いた。

「香水は付けていないのですけれど……多分、これの匂いですね」

 彼はポケットから小瓶を取り出すと、それを軽く振った。
 その途端、ほんのりと甘さを含んだ優しい香りが周囲に漂った。

「わあ! 素敵な香りですね! どことなく甘い匂いがしますけど、何の香りなんですか?」

「ああ、これですか? 実は、ある鉱石を砕いて作ったものなんですよ」

「え? 鉱石なんですか?」

 その言葉を聞いて、私は思わず感嘆の声を上げる。

「こんなに甘い匂いがする鉱石があるんですね。何ていう石なんですか?」

天紅結晶てんぐけっしょうといいます」

 興味津々な私に向かって、アランは詳しく説明してくれた。
 彼曰く、この石はあまり加工には向いていないらしい。そのため、こうして細かく砕き小瓶に入れられた状態で流通しているのだという。つまり、香りを楽しむ目的以外では滅多に使われることがないのだ。

「へぇ……そうなんですね」

 私はそう言いながらまじまじとその小瓶を見つめた。

「でも、砕いてしまうなんて勿体ない気がします。こんなに綺麗な色をしているのに……」

 勿論、私は砕かれる前の天紅結晶を見たことがない。けれど、この高貴な真紅の色を見ていると、どうしても惹かれるものがあったのだ。
 その実、私にとって娯楽や趣味と言えば──精々、魔導具屋で買える安価な鉱物を研磨することと、図書館に出向いて読書をするぐらいしかなかった。
 ビクトリアと同じようにお茶会に参加したり芝居を観に行ったりするなんてもっての外だったし、そのせいか同年代の少女とは興味の対象も大分違っていたのだ。
 だから、私がこの石に惹かれるのは至極当然かもしれない。

「実は、天紅結晶は比較的簡単に採取できる鉱物なんですよ」

「そうなんですか?」

 意外な事実を知って、私は目を瞬かせる。

「はい。とはいえ──」

 そこまで言うと、アランは顔を曇らせた。

「ここ最近、瘴気が濃い日が多いせいで鉱山での採掘が困難でして……その影響で、流通が滞っているんです」

 彼の話によると、ここ最近の異常なまでの瘴気のせいで鉱山に入れない日も多いのだという。

「そんな……そこまで酷い状況に陥っているのに、なぜ国は何の対策もしてくれないんでしょうか?」

 私の疑問に答えるかのように、アランは静かに口を開いた。

「損害は鉱夫だけに留まらず、周辺の住民にまで及んでいます。だから、きっと国側も対処に苦慮しているのでしょう。ましてや、彼らは生活の基盤である鉱業を絶たれているに等しい状態です。もし仮に国が介入したとしても、対策に失敗して暴動が起こる可能性も否定できませんから」

 そう語るアランの顔には、苦悩が滲んでいた。
 確かに、今の状況を鑑みるにアランの推測は決して的外れではないだろう。
 だが、それにしてもここまで放置している現状を憂う気持ちも大きかった。

「さて……難しい話はこれぐらいにして、食堂へと急ぎましょうか。ジェイド様がお待ちかねです」

「え? ジェイド様、ずっと待っていて下さっているんですか……?」

「はい。私は先にお召し上がりなるよう勧めたのですが、『いや、コーデリアを待つ』と仰って……律儀な方ですよね」

「そうだったんですか……?」

 私は胸が熱くなるのを感じた。実家にいた頃は、家族と一緒に食事をとることすら許されなかった。
 そのせいか、ジェイドがわざわざ待っていてくれたのかと思うとどうしようもなく嬉しかった。

「それでは、参りましょうか」

「は、はい!」

 私はそう返事をすると、足取り軽やかに食堂へと向かったのだった。
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