この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃

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30.派遣魔導士

 レオンをウルス家に迎え入れてから、早いものでもう二週間が経つ。
 自由奔放な彼は、邸内をあちこち散策したり私の後ろをついて回ったりしている。
 使用人たちはそんな彼の振る舞いを初めは物珍しそうに見ていたが、やがて気にならなくなったのかそれも日常の風景になりつつあった。

 それはさておき、今日はいよいよユリアン王太子が手配してくれた宮廷魔導士たちがウルス領に派遣されてくる。
 レオンのこともあるし、ここ最近の私はずっと気が張っていた。そのせいか、今日はいつもより早く目が覚めてしまった。
 魔導士たちは夕方頃に到着する予定らしいので、今日はランプ作りを早めに切り上げて部屋で待機するつもりだ。

 本を片手にロッキングチェアに揺られ物思いに耽っていると、レオンが心配そうに顔を覗き込んできた。
 まるで、「どうしたの?」と聞いているかのように首を傾げている。

「ねえ、レオン。その姿になった時、何か気になることはなかった? なんでも良いから、教えてほしいの」

 そう尋ねながら、私はノートとペンを用意した。
 レオンが「ワンワン」と吠えると、自然とペンが動き出してノートにさらさらと文字を書き始める。

 このペンは、先日発明した魔導具だ。
 ペンを作るにあたって、私はまず記録石きろくいし訳出石やくしゅついしという鉱石を用意した。これらは、クレイグの店で購入したものだ。
 記録石はペンに取り付けると話した言葉を文字にしてくれる力を持つ鉱石で、訳出石は手に持つと知らない言語が聞き取れるようになる鉱石である。
 私はこの二種類の鉱石からそれぞれ魔力を抽出し、宝石へと込めた。
 それを加工してペンに装飾として取り付ければ、レオンのように獣化した人間の伝えたいことを鳴き声から石が読み取り、さらに人語に翻訳してノートに書き記してくれるのだ。
 このペンがあれば、彼のように完全に獣化してしまった患者とも手軽に意思疎通をすることができるのである。

(この魔導具も、商品化したら売れるかもしれないわね。領民の中には獣化した挙句、言葉すら話せなくなってしまった重症の患者もいるみたいだし……)

『うーん……わからない』

 レオンはそう答えると、悲しそうに耳をぺたりと伏せる。
 やはり、治療の手がかりはないのだろうか。私は嘆息する。

(それにしても……)

 私はもう一度レオンに視線を向ける。

(本当に綺麗な毛並みよね……)

 ふさふさとした淡黄色の毛で覆われた姿はとても美しくて、思わず見惚れてしまうほどだ。

(人間だった頃は、どんな子だったのかしら?)

 私は改めて彼の境遇を哀れむ。
 もし、レオンがこのまま元の姿に戻れなかったら……と思うと胸が痛くなるのだ。
 そんなことを考えつつも、私は朝の読書を終えて作業場に向かうために部屋を出る。
 廊下を歩いていると、前方からアランが歩いてくるのが見えた。

「おはようございます、コーデリア様」

 アランがにこやかに挨拶をしてくる。
 今日の彼はいつも身に纏っている燕尾服とは違い、少しラフな格好をしていた。それを見た私は、思わず首を傾げる。

「おはようございます、アランさん。もしかして……どこかへお出かけするんですか?」

「はい、鉱山へ視察に行こうと思いまして」

「鉱山へ? もしかして、この間行ったメルカ鉱山ですか?」

 そう尋ねると、アランは首を横に振った。

「いえ、ラスター鉱山です」

「ラスター鉱山、ですか……?」

 聞いたことがない名だったため、私は思わず聞き返した。
 すると、アランは頷きながら説明を始める。

「ええ。実は、最近はますます鉱石の採掘量が減ってきていまして……それで、ずっと開発が進んでいなかったラスター鉱山の工事を再開しようという話になったんです」

「なるほど……」

(ラスター鉱山か……一体、どんな鉱石が眠っているのかしら)

 そんなことを考えつつ、私はまだ見ぬ鉱山への思いを馳せていた。

「あの……アランさん。もしよければ、今度私も連れていってくれませんか?」

「え?」

 アランは目を瞬かせた後、困ったように眉尻を下げる。

「この間、危険な目に遭ったばかりじゃないですか。もう少しご自愛ください」

「でも、もっと良質な鉱石を採取することができれば、また役に立つ魔導具を作れるかもしれませんし……」

 私は食い下がる。すると、彼は困ったような表情を見せる。

「しかし、メルカ鉱山以上の危険があるかもしれないんですよ?」

「危険は承知の上です。それでも、行きたいんです!」

 そうせがむと、アランは観念したようにため息をついた。

「かしこまりました。一応、ジェイド様に話は通してみますが……もし許可が下りたとしても、危険ですからどうかくれぐれもご無理はなさらぬようお願いします」

「はい! ありがとうございます!」

 頭を下げると、アランはやれやれと肩をすくめて去っていく。
 そんな彼の背中を見送りつつも、私は期待に胸を躍らせるのだった。


***


 日が傾きかけた頃。
 予定通り、王都から派遣されてきた宮廷魔導士たちが到着した。

「初めまして。この度、王都から派遣されてきました宮廷魔導士のオリバー・クレインと申します」

「同じく、宮廷魔導士のエマ・マクシェインです。よろしくお願いします」

 彼らはそう名乗ると、恭しく頭を下げた。
 オリバーはくすんだ金髪を後ろに撫でつけており、眼鏡の奥から覗く瞳は理知的な雰囲気を醸し出している。
 エマは、柔らかな亜麻色の髪を肩につく長さで切り揃えている。優しそうな顔立ちをしており、少し垂れ気味の目が穏やかな人柄を現しているかのようだ。
 二人とも、年齢は二十代半ばくらいだろうか。
 今回派遣されてきた宮廷魔導士は、五名。その中でも、オリバーがリーダー、エマがサブリーダーという立ち位置らしい。

「よろしくお願いします」

「どうぞよしなに」

「お役に立てるかどうかわかりませんが……」

 他の三名も、少し遅れて挨拶をしてくる。
 三名とも男性で、名前はそれぞれケイン、ウィル、ダグラスというらしい。

「初めまして。当主のジェイド・ウルスと申します。この度は、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」

 ジェイドもまた丁寧に挨拶を返すと、彼らを邸に招き入れたのだった。

「そう言えば、領内の現状はどこまでご存知で?」

 ジェイドが尋ねると、オリバーが頷きながら答える。

「ええ。一通りの資料は読んできたので、ある程度把握しております」

 オリバーは淡々とした口調でそう告げる。

(なんだか、随分と真面目そうな人ね)

 オリバーは、いかにも「仕事第一」といった堅物のように見える。
 とはいえ、魔導士という職業に就いている人たちはそういった傾向があるらしいが。
 なので、別に彼が特別真面目というわけではないのだろう。

「なるほど。それなら話が早い」

 ジェイドが頷くと、エマが少し遠慮がちに口を開いた。

「あの……実は、私たちも以前からウルス領のことは気になっていたのです。それで、偶然にも王太子殿下から今回のお話を頂いたのですが……」

 エマはそう言うと、ちらりとオリバーの方を見る。
 すると、彼は小さく頷いて経緯を説明し始めた。

「というのも、私たちの同僚が以前、任務の一環でウルス領に立ち寄ったことがあったのですが……その後の彼の様子がどうにも気がかりで」

「気がかり、とは?」

 ジェイドが尋ねると、オリバーは言いづらそうに答える。

「その同僚が言うには、『メルカ鉱山には近づいてはいけない』と……。『このままだと、大変なことが起こる』とも言っていました」

「つまり、それはどういう意味で……?」

 さらにジェイドが問いかけると、オリバーは首を横に振る。

「わかりません。その同僚は間もなくして退職してしまったので、結局聞けずじまいでした」

「ふむ……」

 オリバーの言葉を聞いて、ジェイドは顎に手を置いて考え込む素振りを見せた。

「その同僚、人一倍繊細なんですよ。もしかしたら、何か予兆のようなものを感じ取ったのかもしれません。しかも、辞める直前はずっと何かに怯えたような様子で……。それもあって、私たちは彼が残した言葉がずっと気がかりだったんです」

 エマが補足するようにそう言うと、オリバーも深く同意するように頷いていた。

「あの……その同僚の方がウルス領を訪れたのはいつ頃ですか?」

「ええと……確か、三年ほど前だったと思います」

 私が尋ねると、オリバーは顎に手を当てながら答えた。

(三年前ということは、まだ領内で奇病が蔓延する前よね)

 私は少し考え込む。そういえば、レオンが獣化の病に罹ったのもちょうどその頃だ。

(もしかして、何か関係があるのかしら……)

 そんなことを考えていると、オリバーが再び口を開く。

「私たちの任務は、コーデリア様のお手伝いをすることです。ですが……その、もしご迷惑でなければ、仕事の合間を縫って鉱山へ調査へ赴くことは可能でしょうか? 勿論、許可をいただける範囲で構いませんので」

 オリバーはそう言うと、「お願いします」と丁寧に頭を下げた。

「ああ、それは構わないよ。寧ろ、こちらからお願いしようと思っていたところだ」

 ジェイドは快諾する。すると、オリバーとエマは安堵したように胸をなで下ろしたのだった。

「ありがとうございます」

「ご配慮、大変感謝いたします」

 オリバーとエマはそれぞれ礼の言葉を述べる。
 そんな二人を見て、ジェイドは少しだけ表情を緩めていた。
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