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43.ダンスレッスン
忙しない日々を送っているうちにあっという間に歳月は過ぎ──季節は冬へと移り変わっていった。
「わ、すごい雪……」
私は暖炉の前で暖まりながら、窓の外に降り積もる雪を眺めていた。
もう、すっかり冬だ。吐く息は白く染まり、肌を撫でる風は冷たく凍えている。
そんな寒々しい景色とは裏腹に、領民の表情は明るいものだった。街の復興も進み、人々は徐々に活気を取り戻しつつある。
──そして、気づけば王都で開かれる舞踏会まであと一ヶ月を切っていた。
今日は、仕立て屋に依頼していたドレスを受け取りに行く日である。
店主曰く、ヒュームによる襲撃事件の際、店が半壊したらしく、ドレスの完成に時間が掛かってしまったとのことだった。
私はジェイドとサラと共に馬車に乗り込むと、仕立て屋へと向かった。
「ああ、お待ちしておりました! ご注文の品が完成しておりますよ!」
仕立て屋の店主はそう言って、ドレスが入った箱を持ってくる。
「こちらがご注文頂いたドレスになります」
箱の中には、確かに以前注文した通り赤いドレスが入っていた。
「わあ……素敵ですね」
私は感嘆の声を上げながら、箱の中のドレスをまじまじと見る。
レースやフリルがふんだんにあしらわれた、豪奢なデザインだ。生地も高級感があり、一目で上質なものと分かる代物だった。
「これは素晴らしいな……」
ジェイドも感心したようにそう呟く。サラも隣でうんうんと頷いていた。
「お気に召して頂けたようで何よりです」
仕立て屋の店主は、ほっとした様子で胸を撫で下ろす。
そして、ふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そういえば……つい先日、この店に遠方から来られたという貴族のご令嬢がいらっしゃいましてね。その方が、なぜか熱心にウルス家について尋ねてきたんですよ」
「ほう?」
ジェイドが訝しげに顔をしかめた。
「ええ……。しかも、なぜか『公爵邸では犬を飼っているのか?』としつこく尋ねられましてね。『分かりません』と答えたところ、不満そうなお顔をされていましたよ」
「え……?」
店主の言葉を聞いた途端、嫌な予感が頭をよぎる。
(その貴族令嬢って、もしかしてビクトリアのこと……? だとしたら、レオンを匿っていることがばれたのかしら……?)
そう考えて、私はちらりとジェイドのほうを見る。
すると、彼も同じ考えに至ったのか難しい顔をしていた。
「その令嬢の名は?」
ジェイドが尋ねると、店主は首を横に振った。
「さあ、そこまでは……名乗らなかったものですから。ただ、透き通るような銀髪を持つ美しい令嬢でしたよ」
その令嬢の特徴を聞いて、私とジェイドは顔を見合わせる。
──間違いない、ビクトリアだ。
まさか、また街で聞き込みをしているなんて思いもしなかった。
「わかった。情報ありがとう」
ジェイドは店主に礼を言うと、ドレスが入った箱を受け取る。
そして、私たちは店を後にした。馬車に乗りながら、私はぽつりと呟く。
「もしかして、ビクトリアは公爵邸でレオンを匿っていることを知っているんでしょうか」
私が動揺を隠せないでいると、ジェイドも眉をしかめながら頷いた。
「今度の舞踏会にはラザフォード家の面々も参加するんだろう? もしかしたら、向こうから接触してくるかもしれないな。用心しておいたほうがいい」
「そうですね……」
私は小さく溜め息をつく。
ビクトリアは、レオンを奪い返すためなら手段を選ばないだろう。
もし、私がレオンを保護していることがばれたら何をしてくるか分からない。
そんなことを考えていると、私たちの会話を黙って聞いていたサラがおずおずと口を開いた。
「あの……こんな大変な時に申し訳ないのですが……」
「どうかしたのか?」
ジェイドが尋ねると、彼女は躊躇いがちに続けた。
「ああ、いえ……今の話とは全く関係ないのですが、コーデリア様のダンスのレッスンはどうなさいますか? もう、舞踏会まであまり日数がありませんが……」
サラにそう言われ、私とジェイドはぴたりと動きを停止させる。
「あっ……」
「そういえば、そうだったな……」
すっかり忘れていたが、そういえば舞踏会で踊ることになっていたのだった。
「ど、どうしましょう!?」
私は狼狽しつつもジェイドのほうを見る。
すると、彼はバツの悪そうな顔をしていた。
「……すまない、コーデリア」
ジェイドはそう言って頭を下げる。
「い、いえ! 別に謝る必要はないですよ! そもそも、私がダンスを踊れないのが悪いんですし……!」
両親から疎まれていた私は、当然ながら貴族令嬢としての教養や芸事を一切学んでこなかった。
なので、ダンスのレッスンを受けることになっていたのだが……その矢先にヒュームによる襲撃事件が起こり、それどころではなくなってしまったのである。
「ここ数ヶ月、何かと忙しかったですからね。最近になって、ようやく落ち着いてきましたが……」
サラはそう言って困ったように笑う。
「あの……私、頑張ります。今からでも、レッスンを受けさせてください!」
私は意を決してそう言った。
「コーディ……本気か? 無理しなくてもいいんだぞ」
ジェイドは心配そうに私の顔を覗き込む。
「いえ、私なら大丈夫です! いずれは学ばなければいけないことですし……それに、ジェイド様に恥をかかせるわけにはいきませんから!」
私は拳を握りしめて意気込む。
すると、ジェイドとサラは同時に頬を緩めた。
「分かった。それじゃあ、早速明日から始めよう」
「そうですね」
サラも同意を示すように頷く。
「ありがとうございます……!」
こうして、私は舞踏会に向けてダンスのレッスンを受けることになったのだった。
***
そして、翌日。
もう舞踏会まで日数もあまりないし、今更ダンスの講師を雇うのも難しいということで、急遽ジェイドがレッスンをしてくれることになった。
「あの……本当にいいんですか?」
私が尋ねると、ジェイドは頷く。
「ああ、もちろんだ。コーディは覚えが早いし、俺も教えるのが楽しいからな。それに、今日はちょうど人間の姿に戻っているし、レッスンをするには好都合だろう」
そう言って彼は微笑んだ。
(いや、私としては、寧ろあなたが人間の姿に戻っている時のほうがやり難いのですが……)
私は心の中で悶えつつ、平静を装うために小さく咳払いをする。
相変わらず、人の姿に戻った彼は美形すぎて心臓に悪い。
しかし、彼はそんなことを気に留める様子はなく、私の手を取った。
「ほら、今からやるのはワルツだ。リズムに合わせて踊るだけで基本は問題ないから」
そして、ゆっくりとステップを踏んでいく。その動きに合わせて、私も足を動かしていくが上手くいかない。
「あ、すみません。また足が逆でした……」
「いいさ、少しずつ慣れていけばいい」
ジェイドはそう言って、再び私の手を取ってくれた。
「それにしても……コーディとこんな風に踊ることになるなんて思わなかったな」
不意に、ジェイドはそんなことを呟く。
「私もです。舞踏会なんて一生縁がないとものだと思っていましたから」
私は苦笑しつつ答える。
「……でも、ジェイド様が講師を務めてくださって安心しました。他の方だと、絶対に緊張してしまいますから」
「そうか。それなら、よかった」
私がそう伝えると、彼は少し照れたように微笑む。
その笑顔の破壊力は凄まじいものだった。心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。
「……どうした?」
突然固まってしまった私を不思議に思ったのか、ジェイドは首を傾げる。
「あ、えーと……なんでもないです! えへへ」
そう誤魔化した途端、足がもつれて転びそうになった。
「わっ……!」
私は慌ててバランスを取ろうとするが、上手くいかない。
(……倒れる!)
そう思った瞬間──腰をぐっと引き寄せられ、身体が密着した。そして、至近距離で視線が絡み合う。
「す、すみません……!」
私は慌てて離れようとするが、ジェイドの腕はびくともしない。それどころか、さらに強く抱きしめられてしまう。
「あ……あの……?」
私が困惑していると、彼は私の耳元に唇を寄せて囁いた。
「コーディ」
その声は甘く掠れていて──ぞくりとした感覚が背筋を駆け抜ける。
「さっきも言ったが、焦らなくていい。ゆっくり、覚えていこう」
「……は、はい!」
私はこくこくと頷いた。
何かを期待してしまった自分が恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じる。
(期待って……何を……!?)
自分で自分に突っ込みを入れつつ、私は必死に煩悩を振り払ったのだった。
「わ、すごい雪……」
私は暖炉の前で暖まりながら、窓の外に降り積もる雪を眺めていた。
もう、すっかり冬だ。吐く息は白く染まり、肌を撫でる風は冷たく凍えている。
そんな寒々しい景色とは裏腹に、領民の表情は明るいものだった。街の復興も進み、人々は徐々に活気を取り戻しつつある。
──そして、気づけば王都で開かれる舞踏会まであと一ヶ月を切っていた。
今日は、仕立て屋に依頼していたドレスを受け取りに行く日である。
店主曰く、ヒュームによる襲撃事件の際、店が半壊したらしく、ドレスの完成に時間が掛かってしまったとのことだった。
私はジェイドとサラと共に馬車に乗り込むと、仕立て屋へと向かった。
「ああ、お待ちしておりました! ご注文の品が完成しておりますよ!」
仕立て屋の店主はそう言って、ドレスが入った箱を持ってくる。
「こちらがご注文頂いたドレスになります」
箱の中には、確かに以前注文した通り赤いドレスが入っていた。
「わあ……素敵ですね」
私は感嘆の声を上げながら、箱の中のドレスをまじまじと見る。
レースやフリルがふんだんにあしらわれた、豪奢なデザインだ。生地も高級感があり、一目で上質なものと分かる代物だった。
「これは素晴らしいな……」
ジェイドも感心したようにそう呟く。サラも隣でうんうんと頷いていた。
「お気に召して頂けたようで何よりです」
仕立て屋の店主は、ほっとした様子で胸を撫で下ろす。
そして、ふと思い出したように口を開いた。
「ああ、そういえば……つい先日、この店に遠方から来られたという貴族のご令嬢がいらっしゃいましてね。その方が、なぜか熱心にウルス家について尋ねてきたんですよ」
「ほう?」
ジェイドが訝しげに顔をしかめた。
「ええ……。しかも、なぜか『公爵邸では犬を飼っているのか?』としつこく尋ねられましてね。『分かりません』と答えたところ、不満そうなお顔をされていましたよ」
「え……?」
店主の言葉を聞いた途端、嫌な予感が頭をよぎる。
(その貴族令嬢って、もしかしてビクトリアのこと……? だとしたら、レオンを匿っていることがばれたのかしら……?)
そう考えて、私はちらりとジェイドのほうを見る。
すると、彼も同じ考えに至ったのか難しい顔をしていた。
「その令嬢の名は?」
ジェイドが尋ねると、店主は首を横に振った。
「さあ、そこまでは……名乗らなかったものですから。ただ、透き通るような銀髪を持つ美しい令嬢でしたよ」
その令嬢の特徴を聞いて、私とジェイドは顔を見合わせる。
──間違いない、ビクトリアだ。
まさか、また街で聞き込みをしているなんて思いもしなかった。
「わかった。情報ありがとう」
ジェイドは店主に礼を言うと、ドレスが入った箱を受け取る。
そして、私たちは店を後にした。馬車に乗りながら、私はぽつりと呟く。
「もしかして、ビクトリアは公爵邸でレオンを匿っていることを知っているんでしょうか」
私が動揺を隠せないでいると、ジェイドも眉をしかめながら頷いた。
「今度の舞踏会にはラザフォード家の面々も参加するんだろう? もしかしたら、向こうから接触してくるかもしれないな。用心しておいたほうがいい」
「そうですね……」
私は小さく溜め息をつく。
ビクトリアは、レオンを奪い返すためなら手段を選ばないだろう。
もし、私がレオンを保護していることがばれたら何をしてくるか分からない。
そんなことを考えていると、私たちの会話を黙って聞いていたサラがおずおずと口を開いた。
「あの……こんな大変な時に申し訳ないのですが……」
「どうかしたのか?」
ジェイドが尋ねると、彼女は躊躇いがちに続けた。
「ああ、いえ……今の話とは全く関係ないのですが、コーデリア様のダンスのレッスンはどうなさいますか? もう、舞踏会まであまり日数がありませんが……」
サラにそう言われ、私とジェイドはぴたりと動きを停止させる。
「あっ……」
「そういえば、そうだったな……」
すっかり忘れていたが、そういえば舞踏会で踊ることになっていたのだった。
「ど、どうしましょう!?」
私は狼狽しつつもジェイドのほうを見る。
すると、彼はバツの悪そうな顔をしていた。
「……すまない、コーデリア」
ジェイドはそう言って頭を下げる。
「い、いえ! 別に謝る必要はないですよ! そもそも、私がダンスを踊れないのが悪いんですし……!」
両親から疎まれていた私は、当然ながら貴族令嬢としての教養や芸事を一切学んでこなかった。
なので、ダンスのレッスンを受けることになっていたのだが……その矢先にヒュームによる襲撃事件が起こり、それどころではなくなってしまったのである。
「ここ数ヶ月、何かと忙しかったですからね。最近になって、ようやく落ち着いてきましたが……」
サラはそう言って困ったように笑う。
「あの……私、頑張ります。今からでも、レッスンを受けさせてください!」
私は意を決してそう言った。
「コーディ……本気か? 無理しなくてもいいんだぞ」
ジェイドは心配そうに私の顔を覗き込む。
「いえ、私なら大丈夫です! いずれは学ばなければいけないことですし……それに、ジェイド様に恥をかかせるわけにはいきませんから!」
私は拳を握りしめて意気込む。
すると、ジェイドとサラは同時に頬を緩めた。
「分かった。それじゃあ、早速明日から始めよう」
「そうですね」
サラも同意を示すように頷く。
「ありがとうございます……!」
こうして、私は舞踏会に向けてダンスのレッスンを受けることになったのだった。
***
そして、翌日。
もう舞踏会まで日数もあまりないし、今更ダンスの講師を雇うのも難しいということで、急遽ジェイドがレッスンをしてくれることになった。
「あの……本当にいいんですか?」
私が尋ねると、ジェイドは頷く。
「ああ、もちろんだ。コーディは覚えが早いし、俺も教えるのが楽しいからな。それに、今日はちょうど人間の姿に戻っているし、レッスンをするには好都合だろう」
そう言って彼は微笑んだ。
(いや、私としては、寧ろあなたが人間の姿に戻っている時のほうがやり難いのですが……)
私は心の中で悶えつつ、平静を装うために小さく咳払いをする。
相変わらず、人の姿に戻った彼は美形すぎて心臓に悪い。
しかし、彼はそんなことを気に留める様子はなく、私の手を取った。
「ほら、今からやるのはワルツだ。リズムに合わせて踊るだけで基本は問題ないから」
そして、ゆっくりとステップを踏んでいく。その動きに合わせて、私も足を動かしていくが上手くいかない。
「あ、すみません。また足が逆でした……」
「いいさ、少しずつ慣れていけばいい」
ジェイドはそう言って、再び私の手を取ってくれた。
「それにしても……コーディとこんな風に踊ることになるなんて思わなかったな」
不意に、ジェイドはそんなことを呟く。
「私もです。舞踏会なんて一生縁がないとものだと思っていましたから」
私は苦笑しつつ答える。
「……でも、ジェイド様が講師を務めてくださって安心しました。他の方だと、絶対に緊張してしまいますから」
「そうか。それなら、よかった」
私がそう伝えると、彼は少し照れたように微笑む。
その笑顔の破壊力は凄まじいものだった。心臓がバクバクと音を立てているのが分かる。
「……どうした?」
突然固まってしまった私を不思議に思ったのか、ジェイドは首を傾げる。
「あ、えーと……なんでもないです! えへへ」
そう誤魔化した途端、足がもつれて転びそうになった。
「わっ……!」
私は慌ててバランスを取ろうとするが、上手くいかない。
(……倒れる!)
そう思った瞬間──腰をぐっと引き寄せられ、身体が密着した。そして、至近距離で視線が絡み合う。
「す、すみません……!」
私は慌てて離れようとするが、ジェイドの腕はびくともしない。それどころか、さらに強く抱きしめられてしまう。
「あ……あの……?」
私が困惑していると、彼は私の耳元に唇を寄せて囁いた。
「コーディ」
その声は甘く掠れていて──ぞくりとした感覚が背筋を駆け抜ける。
「さっきも言ったが、焦らなくていい。ゆっくり、覚えていこう」
「……は、はい!」
私はこくこくと頷いた。
何かを期待してしまった自分が恥ずかしくて、頬が熱くなるのを感じる。
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※表紙イラストは猫様からお借りしています。