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50.魔力の再計測
数週間後。
結局、王都の舞踏会はろくにダンスを楽しむ間もなく幕を閉じてしまった。
ユリアンの話によると、あの後すぐに国王によってラザフォード家は正式に爵位の剥奪を言い渡されたらしい。
伯爵位を剥奪されたラザフォード家は財産と領地を没収され、一家は離散することとなったのだという。
その一連の報告をユリアンからの手紙で知った時、私はようやく肩の荷が下りたような気がした。
複雑な思いがないわけではないが、少なくともこれで最大の悩みの種だった家族との因縁は断ち切れたはずだ。
そんなことを考えながら安堵の溜息をついていると、不意に部屋の扉がノックされた。
私は慌てて「はい、どうぞ」と返事をする。次の瞬間、扉を開けて部屋に入ってきたのはジェイドとオリバーだった。
「ジェイド様……? それに、オリバーさんも。一体、どうなさったんですか?」
そう尋ねれば、二人は顔を見合わせて頷き合う。そして、オリバーがおずおずと口を開いた。
「突然、押しかけてしまい申し訳ありません。実は、コーデリア様に折り入ってお願いがございまして……。不躾とは思いましたが、こうして伺った次第です」
そう言って深々と頭を下げるオリバーを見て、私は目を瞬かせる。そして姿勢を正すと、彼のほうに向き直った。
「それで、そのお願いというのは何でしょうか?」
私が問いかけると、ジェイドはオリバーに目配せをした。
すると、彼は水晶のようなものを私の目の前に差し出してきた。
「コーデリア様。改めて、あなたに魔力を計測していただきたいのです」
オリバーが差し出してきたのは、魔力値を計測するための水晶だった。
「それは構いませんが……何故ですか?」
尋ねると、ジェイドが補足するように言った。
「実は……ラザフォード家が代々行っていた『人身御供の儀』について調べていたところ、ある人物から情報提供があってな」
彼は、一冊の本を差し出してきた。
「これは……?」
「ラザフォード家の祖先が残した手記だ。いわゆる、内部告発文書のようなものだと思ってくれて構わない。情報提供者の祖先がラザフォード家の人間と交流があったらしく、万が一に備えてこの手記を託されたそうだ」
「つまり、ラザフォード家の人間の中にもあの儀式を行うことに疑問を抱いていた者がいたということでしょうか?」
そう尋ねると、ジェイドは「ああ」と静かに頷いた。
私はその本を受け取ると、ゆっくりとページをめくっていく。
そこには、ラザフォード家に生まれた子供たちが辿った数奇な運命が綴られていた。
「手記によると、ラザフォード家は生まれた子供の中で最も魔力が少ない者を選び、儀式の生贄にしていたらしい。それは、コーディが身をもって経験しただろう?」
「ええ……」
「バルトは先祖の教え通り、コーディを生贄に捧げ儀式を行おうとした。しかし、儀式は失敗に終わった。……何故だと思う?」
「それは……私が出来損ないだから……」
そう、自分は出来損ないだ。だからこそ、保有している魔力が足りなくて生贄の役目すら果たせなかったのだ。
しかし、ジェイドは首を横に振って私の答えを否定する。
「いいや、違う。寧ろ、その逆だ」
「逆……?」
一体、どういうことなのだろう。私は眉をひそめながらジェイドを見る。すると、彼は一呼吸置いてから口を開いた。
「──実は、コーディの魔力量はラザフォード家の歴代の中でも群を抜いていたんだ。それも、わざわざ悪魔の力に頼らずともな」
「え……?」
その言葉の意味がよく分からず、私は首を傾げる。ジェイドは、さらに話を続けた。
「この手記の最後の方に、コーディと同じように儀式を失敗させた生贄の子供の事例が載っているんだ」
ジェイドはそう言いながら、ページをめくっていく。
そして、ある部分で手を止めると私に見せた。
「ほら、ここだ」
ジェイドに促されるまま、私は彼の指差している箇所に目を通す。そこには、こう書かれていた。
『当初、その子供は魔力をほとんど保有していないと思われていた。だが、実際には違ったのだ。後に、その子供は膨大な魔力を有していたことが判明した』
「そんな……まさか……」
私は信じられない気持ちで手記を見つめる。著者はこう推測していた。
『恐らく、その子供は水晶では計測できないほどの膨大な魔力を持っていたのだ。だからこそ、数値として現れなかったのだろう。それから、その子が儀式を失敗させた件についてだが……私は、これは防衛反応が働いたのではないかと考えている。水晶で計測できないほどの魔力量を持つ子供であれば、悪魔から身を守り迎撃する術を持っていたとしても何ら不思議ではないからだ』
「防衛反応って……」
戸惑っていると、しばらく黙り込んでいたオリバーが口を開いた。
「恐らく……コーデリア様は儀式の際、無意識のうちに危険を察知したのでしょう。そして、見事悪魔を撃退することに成功した。けれど──その様子は、周りには失敗したようにしか映らなかったのでしょうね」
オリバーの話を聞いた私は、呆然としながら再び手記に目を落とした。
この著者は一体どんな気持ちでこれを書いたのだろうか。きっと、自分たちが行った非道な行いを後世に伝えることに葛藤があったに違いない。それでも尚、真実を書き残そうとしたのだ。
「コーディ。君は、自分のことを魔力に恵まれない出来損ないだと思っているようだが……この手記に書かれていることが真実ならば、寧ろ類まれな魔力を持っている可能性のほうが高い。……もう一度、この水晶を使って魔力値を計測してみる気はないか?」
ジェイドはそう言うと、私の目を見据える。
「この水晶は、コーデリア様が魔力値を計測した当時のものよりも高い精度で計測できるよう改良されています。だから、きっと今のコーデリア様の魔力量が正確に数値として現れるはずです」
続いて、オリバーからも懇願するような眼差しを向けられた。二人の目は真剣そのもので、冗談ではないことは明らかだった。
私はごくりと喉を鳴らすと、恐る恐る水晶に手を伸ばした。そして、そっと手を乗せる。するとその瞬間、水晶の中にぼんやりとした光が浮かび上がった。
それは徐々に輝きを増していき──やがて、はっきりとした数字となって私の目の前に現れたのだった。
「嘘……」
呆然としていると、オリバーが静かに言った。
「恐らく、コーデリア様は長年自分を卑下していたせいで無意識に魔法を使うことを拒んでいたのでしょう。それが、悪魔を撃退したことがきっかけで本格的に覚醒し、徐々に本来の力を発揮するようになったのではないかと……」
「そう考えると、ようやく今までのことが腑に落ちるな。鉱石に流し込む魔力量を調整したり、周囲にある鉱石の力を借りて魔物を攻撃したり──そんな芸当ができるのは、高い魔力を持つ人間くらいだ」
ジェイドとオリバーは、納得した様子で頷き合っている。
「やはり、コーデリア様になら、あの問題を解決できるかもしれませんね」
「ああ、そうだな」
何やら、二人はそんな会話をし始めた。
「あ、あの……! とりあえず、私にも分かるように説明していただけませんか?」
「ああ、すまない」
ジェイドは申し訳無さそうに謝ると、私のほうに向き直る。
「実は、俺たちはこの手記を託された人物の子孫に協力を仰いでいてな。その人物から、ある依頼を受けたんだ」
「依頼……ですか?」
私が首を傾げると、オリバーが説明を引き継ぐようにして口を開いた。
「ええ。その人物曰く──現在、メルカ鉱山の奥には異界へと繋がる門が開いてしまっているそうです。そのせいで、ヒュームのような未知の魔物が鉱山に発生しているのだとか」
「門、ですか……?」
私は愕然とする。まさか、そんな大ごとになっているとは思いもしなかったからだ。
「ええ。そこで、コーデリア様にはその問題を解決していただきたいのです。具体的に言えば──この世界と異界を繋ぐ門を閉ざしていただきたい」
オリバーはそう言って、真剣な眼差しを私に向ける。
壮大すぎる依頼に私は一瞬言葉を失ったが、すぐに気を取り直して首を横に振った。
異界の門を閉ざすなんて、そんな大それたことが自分に出来るとは思えない。
「そ、そんなこと……私には、出来ません! 無理です! 大体、なんでその門が開いてしまったんですか? 一体、誰がそんなことを……」
そこまで言うと、私の言葉に被せるようにジェイドが答えた。
「ラザフォード家だ」
「え……?」
ジェイドの話によると、この門というのは過去に何度かメルカ鉱山の最奥に出現しているそうだ。
記録として残っているのは、五百年前。ちょうど、ウルス領をヒュームたちが襲撃したのと同時期だ。
手記の内容と照らし合わせたところ、その襲撃事件が起こる直前にラザフォード家が『人身御供の儀』を執り行ったのだという。
「悪魔を呼び出すためには、まず異界の門を開く必要がある。そもそも、悪魔はその門を通らないとこの世界に来れないからな。だが、ラザフォード家はそんなこととは露知らず安易な考えで儀式を行ったんだ。その結果──この世界と異界を繋ぐ門が開いたままになってしまったという訳だ」
「……!」
私は思わず絶句する。
とはいえ、儀式を行ったからといって必ずしも門が開きっぱなしになるわけではないようだ。
本来ならば、手順通りに儀式を行えば悪魔が異界に帰ると同時に門は閉じるのだが、稀にうまく閉じないことがあったのだという。
その度に、高い魔力を持つ魔導士が対処に当たっていたらしい。
「でも……それなら、私なんかよりジェイド様のほうがずっと適任なのでは……」
現に、ジェイドは王家からも一目置かれる程の実力者だ。
彼ならば、難なく対処できるだろう。そう思ったが、ジェイドは静かに首を横に振った。
「残念ながら、俺にその門を閉じることは出来ない。確かに、俺の魔力は一般的には高い部類だろう。だが……それでも、門を閉じるには力不足なんだ」
ジェイドの返答に私は言葉を失う。
「だから、コーディ。君の力が必要なんだ。君が持つ膨大な魔力があれば、きっと異界に繋がる門を完全に閉ざすことが出来る」
「で、でも……」
私は思わず首を横に振ったが、ジェイドは真剣な眼差しで私を見つめる。
「君になら出来るはずだ。君は、自分が思っているよりも強い人間だと俺は確信しているよ」
ジェイドはそう言うと、私の手をそっと握った。
「ただ、無理強いをするつもりもない。だから、君が望むなら今日の話は無かったことにしてくれても構わない」
ジェイドの言葉に、私は俯く。確かに、私にしか出来ない仕事なら引き受けるべきなのだろう。
しかし、どうしても踏ん切りがつかない。私は怖かった。もし失敗してしまったら、皆から失望されてしまうのではないか。そんな恐怖が心を支配しているからだ。
(でも……いずれにせよ、このまま放置しておけばウルス領が──いや、世界中が危険に晒されることになってしまう。自分の大切な人たちを守るためにも、ここで逃げるわけにはいかないわ)
私は、ぎゅっと拳を握りしめる。
(……やるしかないわ)
覚悟を決めると、私は顔を上げた。
「わかりました。……やってみます」
私がそう言うと、ジェイドは嬉しそうに微笑んだ。
「そうか……! ありがとう、コーディ」
「いえ……」
覚悟を決めたのはいいが、やはり不安は拭いきれない。
そんな私の心情を見透かしたかのように、ジェイドがそっと肩を叩いてきた。そして、穏やかな口調で言う。
「……大丈夫だ。コーディなら、きっと出来る」
(そうだわ……私には、こんなに心強い味方がいるんだもの)
そう思い直すと、私は力強く頷いたのだった。
結局、王都の舞踏会はろくにダンスを楽しむ間もなく幕を閉じてしまった。
ユリアンの話によると、あの後すぐに国王によってラザフォード家は正式に爵位の剥奪を言い渡されたらしい。
伯爵位を剥奪されたラザフォード家は財産と領地を没収され、一家は離散することとなったのだという。
その一連の報告をユリアンからの手紙で知った時、私はようやく肩の荷が下りたような気がした。
複雑な思いがないわけではないが、少なくともこれで最大の悩みの種だった家族との因縁は断ち切れたはずだ。
そんなことを考えながら安堵の溜息をついていると、不意に部屋の扉がノックされた。
私は慌てて「はい、どうぞ」と返事をする。次の瞬間、扉を開けて部屋に入ってきたのはジェイドとオリバーだった。
「ジェイド様……? それに、オリバーさんも。一体、どうなさったんですか?」
そう尋ねれば、二人は顔を見合わせて頷き合う。そして、オリバーがおずおずと口を開いた。
「突然、押しかけてしまい申し訳ありません。実は、コーデリア様に折り入ってお願いがございまして……。不躾とは思いましたが、こうして伺った次第です」
そう言って深々と頭を下げるオリバーを見て、私は目を瞬かせる。そして姿勢を正すと、彼のほうに向き直った。
「それで、そのお願いというのは何でしょうか?」
私が問いかけると、ジェイドはオリバーに目配せをした。
すると、彼は水晶のようなものを私の目の前に差し出してきた。
「コーデリア様。改めて、あなたに魔力を計測していただきたいのです」
オリバーが差し出してきたのは、魔力値を計測するための水晶だった。
「それは構いませんが……何故ですか?」
尋ねると、ジェイドが補足するように言った。
「実は……ラザフォード家が代々行っていた『人身御供の儀』について調べていたところ、ある人物から情報提供があってな」
彼は、一冊の本を差し出してきた。
「これは……?」
「ラザフォード家の祖先が残した手記だ。いわゆる、内部告発文書のようなものだと思ってくれて構わない。情報提供者の祖先がラザフォード家の人間と交流があったらしく、万が一に備えてこの手記を託されたそうだ」
「つまり、ラザフォード家の人間の中にもあの儀式を行うことに疑問を抱いていた者がいたということでしょうか?」
そう尋ねると、ジェイドは「ああ」と静かに頷いた。
私はその本を受け取ると、ゆっくりとページをめくっていく。
そこには、ラザフォード家に生まれた子供たちが辿った数奇な運命が綴られていた。
「手記によると、ラザフォード家は生まれた子供の中で最も魔力が少ない者を選び、儀式の生贄にしていたらしい。それは、コーディが身をもって経験しただろう?」
「ええ……」
「バルトは先祖の教え通り、コーディを生贄に捧げ儀式を行おうとした。しかし、儀式は失敗に終わった。……何故だと思う?」
「それは……私が出来損ないだから……」
そう、自分は出来損ないだ。だからこそ、保有している魔力が足りなくて生贄の役目すら果たせなかったのだ。
しかし、ジェイドは首を横に振って私の答えを否定する。
「いいや、違う。寧ろ、その逆だ」
「逆……?」
一体、どういうことなのだろう。私は眉をひそめながらジェイドを見る。すると、彼は一呼吸置いてから口を開いた。
「──実は、コーディの魔力量はラザフォード家の歴代の中でも群を抜いていたんだ。それも、わざわざ悪魔の力に頼らずともな」
「え……?」
その言葉の意味がよく分からず、私は首を傾げる。ジェイドは、さらに話を続けた。
「この手記の最後の方に、コーディと同じように儀式を失敗させた生贄の子供の事例が載っているんだ」
ジェイドはそう言いながら、ページをめくっていく。
そして、ある部分で手を止めると私に見せた。
「ほら、ここだ」
ジェイドに促されるまま、私は彼の指差している箇所に目を通す。そこには、こう書かれていた。
『当初、その子供は魔力をほとんど保有していないと思われていた。だが、実際には違ったのだ。後に、その子供は膨大な魔力を有していたことが判明した』
「そんな……まさか……」
私は信じられない気持ちで手記を見つめる。著者はこう推測していた。
『恐らく、その子供は水晶では計測できないほどの膨大な魔力を持っていたのだ。だからこそ、数値として現れなかったのだろう。それから、その子が儀式を失敗させた件についてだが……私は、これは防衛反応が働いたのではないかと考えている。水晶で計測できないほどの魔力量を持つ子供であれば、悪魔から身を守り迎撃する術を持っていたとしても何ら不思議ではないからだ』
「防衛反応って……」
戸惑っていると、しばらく黙り込んでいたオリバーが口を開いた。
「恐らく……コーデリア様は儀式の際、無意識のうちに危険を察知したのでしょう。そして、見事悪魔を撃退することに成功した。けれど──その様子は、周りには失敗したようにしか映らなかったのでしょうね」
オリバーの話を聞いた私は、呆然としながら再び手記に目を落とした。
この著者は一体どんな気持ちでこれを書いたのだろうか。きっと、自分たちが行った非道な行いを後世に伝えることに葛藤があったに違いない。それでも尚、真実を書き残そうとしたのだ。
「コーディ。君は、自分のことを魔力に恵まれない出来損ないだと思っているようだが……この手記に書かれていることが真実ならば、寧ろ類まれな魔力を持っている可能性のほうが高い。……もう一度、この水晶を使って魔力値を計測してみる気はないか?」
ジェイドはそう言うと、私の目を見据える。
「この水晶は、コーデリア様が魔力値を計測した当時のものよりも高い精度で計測できるよう改良されています。だから、きっと今のコーデリア様の魔力量が正確に数値として現れるはずです」
続いて、オリバーからも懇願するような眼差しを向けられた。二人の目は真剣そのもので、冗談ではないことは明らかだった。
私はごくりと喉を鳴らすと、恐る恐る水晶に手を伸ばした。そして、そっと手を乗せる。するとその瞬間、水晶の中にぼんやりとした光が浮かび上がった。
それは徐々に輝きを増していき──やがて、はっきりとした数字となって私の目の前に現れたのだった。
「嘘……」
呆然としていると、オリバーが静かに言った。
「恐らく、コーデリア様は長年自分を卑下していたせいで無意識に魔法を使うことを拒んでいたのでしょう。それが、悪魔を撃退したことがきっかけで本格的に覚醒し、徐々に本来の力を発揮するようになったのではないかと……」
「そう考えると、ようやく今までのことが腑に落ちるな。鉱石に流し込む魔力量を調整したり、周囲にある鉱石の力を借りて魔物を攻撃したり──そんな芸当ができるのは、高い魔力を持つ人間くらいだ」
ジェイドとオリバーは、納得した様子で頷き合っている。
「やはり、コーデリア様になら、あの問題を解決できるかもしれませんね」
「ああ、そうだな」
何やら、二人はそんな会話をし始めた。
「あ、あの……! とりあえず、私にも分かるように説明していただけませんか?」
「ああ、すまない」
ジェイドは申し訳無さそうに謝ると、私のほうに向き直る。
「実は、俺たちはこの手記を託された人物の子孫に協力を仰いでいてな。その人物から、ある依頼を受けたんだ」
「依頼……ですか?」
私が首を傾げると、オリバーが説明を引き継ぐようにして口を開いた。
「ええ。その人物曰く──現在、メルカ鉱山の奥には異界へと繋がる門が開いてしまっているそうです。そのせいで、ヒュームのような未知の魔物が鉱山に発生しているのだとか」
「門、ですか……?」
私は愕然とする。まさか、そんな大ごとになっているとは思いもしなかったからだ。
「ええ。そこで、コーデリア様にはその問題を解決していただきたいのです。具体的に言えば──この世界と異界を繋ぐ門を閉ざしていただきたい」
オリバーはそう言って、真剣な眼差しを私に向ける。
壮大すぎる依頼に私は一瞬言葉を失ったが、すぐに気を取り直して首を横に振った。
異界の門を閉ざすなんて、そんな大それたことが自分に出来るとは思えない。
「そ、そんなこと……私には、出来ません! 無理です! 大体、なんでその門が開いてしまったんですか? 一体、誰がそんなことを……」
そこまで言うと、私の言葉に被せるようにジェイドが答えた。
「ラザフォード家だ」
「え……?」
ジェイドの話によると、この門というのは過去に何度かメルカ鉱山の最奥に出現しているそうだ。
記録として残っているのは、五百年前。ちょうど、ウルス領をヒュームたちが襲撃したのと同時期だ。
手記の内容と照らし合わせたところ、その襲撃事件が起こる直前にラザフォード家が『人身御供の儀』を執り行ったのだという。
「悪魔を呼び出すためには、まず異界の門を開く必要がある。そもそも、悪魔はその門を通らないとこの世界に来れないからな。だが、ラザフォード家はそんなこととは露知らず安易な考えで儀式を行ったんだ。その結果──この世界と異界を繋ぐ門が開いたままになってしまったという訳だ」
「……!」
私は思わず絶句する。
とはいえ、儀式を行ったからといって必ずしも門が開きっぱなしになるわけではないようだ。
本来ならば、手順通りに儀式を行えば悪魔が異界に帰ると同時に門は閉じるのだが、稀にうまく閉じないことがあったのだという。
その度に、高い魔力を持つ魔導士が対処に当たっていたらしい。
「でも……それなら、私なんかよりジェイド様のほうがずっと適任なのでは……」
現に、ジェイドは王家からも一目置かれる程の実力者だ。
彼ならば、難なく対処できるだろう。そう思ったが、ジェイドは静かに首を横に振った。
「残念ながら、俺にその門を閉じることは出来ない。確かに、俺の魔力は一般的には高い部類だろう。だが……それでも、門を閉じるには力不足なんだ」
ジェイドの返答に私は言葉を失う。
「だから、コーディ。君の力が必要なんだ。君が持つ膨大な魔力があれば、きっと異界に繋がる門を完全に閉ざすことが出来る」
「で、でも……」
私は思わず首を横に振ったが、ジェイドは真剣な眼差しで私を見つめる。
「君になら出来るはずだ。君は、自分が思っているよりも強い人間だと俺は確信しているよ」
ジェイドはそう言うと、私の手をそっと握った。
「ただ、無理強いをするつもりもない。だから、君が望むなら今日の話は無かったことにしてくれても構わない」
ジェイドの言葉に、私は俯く。確かに、私にしか出来ない仕事なら引き受けるべきなのだろう。
しかし、どうしても踏ん切りがつかない。私は怖かった。もし失敗してしまったら、皆から失望されてしまうのではないか。そんな恐怖が心を支配しているからだ。
(でも……いずれにせよ、このまま放置しておけばウルス領が──いや、世界中が危険に晒されることになってしまう。自分の大切な人たちを守るためにも、ここで逃げるわけにはいかないわ)
私は、ぎゅっと拳を握りしめる。
(……やるしかないわ)
覚悟を決めると、私は顔を上げた。
「わかりました。……やってみます」
私がそう言うと、ジェイドは嬉しそうに微笑んだ。
「そうか……! ありがとう、コーディ」
「いえ……」
覚悟を決めたのはいいが、やはり不安は拭いきれない。
そんな私の心情を見透かしたかのように、ジェイドがそっと肩を叩いてきた。そして、穏やかな口調で言う。
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その妖精はアリアベルタに引き継がれ、彼女に加護の力を与えてくれていた。
ある日、数年ぶりに国王に呼び出されたアリアベルタは、異母妹の代わりに殺戮の王子と二つ名のある隣国の王太子に嫁ぐことになり……。
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※小説家になろうとカクヨムにも投稿しています。
※中編を大幅に改稿し、長編化しました。2025年1月20日
※長編版と差し替えました。2025年7月2日
※コミカライズ化が決定しました。商業化した際はアルファポリス版は非公開に致します。
※表紙イラストは猫様からお借りしています。