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サイコロ占い

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 この前、とても不思議なことを経験したの。それが現実なのか夢なのか、きっと数年後には夢だと思ってしまうかもしれないような出来事だけれど、誰かに聞いてほしくて。それでもお金を払ってまで電話で聞いてもらうなんて、私馬鹿みたいね。だって私の話を聞いてくれるような人なんて、誰もいないんだもの。職場でも毎日書類やパソコンと1人で睨めっこしているの。笑えてくるわ。話しかけてくる人がいたとしても業務連絡ばかりで趣味の話なんてしたことがないし、最近少し親しくしている人はいるけど、理由があってその人にはこの話はできないの。こんなときに友達がいないことを悔やむなんて思ってもいなかったわ。あら、こんなことをしている間にも時間は過ぎていってしまうわよね。早く本題をお話ししましょう。

 それは私の不眠症になりたての頃。眠れなくなったのはいつからだったかもう覚えていないけど、その頃は特に症状が重くなってきていたから薬局に行って、睡眠薬を買おうとしたの。でも睡眠薬は薬局では売ってなくて、かわりに睡眠改善薬っていう薬が置いてあるのよ。だからそれを買って家に帰ったわ。睡眠薬なんて飲むの初めてだったから、やっぱり少し副作用あるのかなって怖かったけど、これで眠れるようになるならって思って夕食後薬を飲んだわ。あとはいつもどおり、テレビを見たりスマホをいじったりしてたんだけれど。そう、そのときよ、私、気になる広告を見つけて、タップしたの。どんな広告かっていうと、うーん、占いの広告で、普段は全く気にならないんだけどそのとき妙に気になって、なんていうのかしら、運命? みたいな。見た瞬間、これは押さなきゃと思ったわ。
 結構古臭い空気が漂っているその広告では「サイコロ占い」で私の未来とか、運勢とかいろんなことがわかるって言うのよ。あなた、占いって信じる? 私は結構信じやすいタイプな気がするわ。人間は全然信じられないのだけどこんなものだけは信じてしまうの。逆の方がいいんだろうけどね。それにしても、サイコロなんて久々に見た気がする。小学生ぶりかしら。ただの立方体のおもちゃがあれだけ昔から続いてるんだから凄いことよね。あまり関係ないのだけれど、占い専用のサイコロもあるみたいよ。そうだわ、順序を説明するから、あなたも「サイコロ占い」やってみましょうよ。ほら、そう渋らないで。

①  サイコロを1つ用意します。ウェブサイトなどのサイコロでも占うことが出来ます。
② サイコロを2回振ります。
③ 出た数の合計で運勢がわかります。

 占い結果、どうだったと思う? あのね、私2回とも「1」が出たの。それくらい36分の1で出るんだからそこまで希少性ないって? まあそれもそうね。でも、合計「2」の占いの結果にこう書いてあったの。
「大幸運期がやってきています。周りの物事はうまくいき、近いうちに素敵な人に巡り合えるでしょう。しかし、もう一度この占いをすると急激に運勢が悪くなり、その人とは会えなくなるかもしれません。しばらく占いは控えましょう。」
 私、そういうの信じやすいから、凄く嬉しくて。わくわくして、次の日の化粧を張り切ってしまったくらい。けれど本当に彼と知り合えたんだから、占いって凄いわよね。実際当たるものなんだなって感心しちゃったわ。彼は最近転勤してきたんだけど、話も合うし、優しいの。でも断るのが苦手みたいで、よく仕事を押し付けられてしまっているわ。こんな暗い女よりもっといい人がいるのに、私に話しかけてくれるから、最近は少し仕事に行く足取りが軽い。彼のおかげよ。きっと私、寂しかったのだと思うの。無意識にずっと誰か気軽に話せる人を探していたのね。
 それから、彼は仕事だけじゃなくてご飯にも連れてってくれて、隠れ家みたいなおしゃれな店へ行ったわ。男の人と2人でご飯を食べるなんて、初めてのことだったからすごく緊張してしまって、もう手汗だらだら。こんなんじゃ嫌われるわよね。でも凄く楽しくて、久しぶりに思い切り話せた気もするの。彼の笑顔がとても素敵で、眩しくて、ずっと一緒にいたいって思って、帰り道別れるのがつらかったわ。ふふ、なんだかまるで恋バナみたいで恥ずかしいわ。
 ねぇ、あなたは占い、どうだった? 
「わたしも、合計2、でしたよ」
 え、本当! 凄い、よかったじゃない。いい人に出会えるかもしれないわ、私みたいに。あ、でももう一度占うと出会えた人と会えなくなるかもしれないみたいだから、しばらくしちゃダメよ。
「そう、ですね」
 その声は、少し掠れて、弱々しく聞こえた。
「いい人に巡り会えたと思ったのに」
 え、巡り会え「た」……? 
 なんでいい人と会えたのにそんな悲しそうな声で話すの? 普通もっと喜ぶはずよね。それに、この占いをしてから5分も経っていないのに、私と通話しているのに、どうやって巡り会えたというの。彼に似たあなたの声でそんなことを言われると、私までぼんやりと不安になってくる。ねぇ、巡り会えたって、まさか──。
「ごめんなさい、優子さん。2回目なのに断れない悪い癖が出て、つい。わたしも優子さんと話すのはすごく楽しかったです」
 理解が追いつかない、いや、認めたくないのだ。あなたが、彼だと。
 嘘、だよね? 名前知ってるのもたまたまでしょ。本当に2回目を振ってしまったの……? 嫌よ。もう会えないなんて、信じない。せっかく出会えたのに、私にとってこれほど失いたくないと思う人は彼だけなのに。最後の言葉のような言い方をしないで。嘘だって、別人だって、彼とは明日もまた職場で会えるって、そう言って。信じさせて。やめて、これ以上理解したら、涙を抑えられないから。
 顔は熱く、指先は冷たくなって、スマホを落としそうになった。それでもこれを逃したら、この声を一生聞かなくなる予感がして、音量を最大まで上げた。
「明日普通に会えたら、なんて、言っては駄目ですね。やっぱりその占い、凄い力ですよ。今までありがとう。それと、もう会えなくても、優子さんは『独り』じゃないから。大丈夫ですよ」
 
 彼は急に姿を消し、そして私は、再び1人になった。けれど今の私は、独りじゃない。寂しい気持ちもあの言葉を思い出せば大丈夫。短い期間だったけど、彼には感謝しきれないくらいに感謝しているわ。ありがとう。
 ねぇ、少し気になることがあるのだけれど。あのとき2回目の占いをしてしまった彼は、どうしているのでしょうか。占いをさせた私を、恨んでいるのではないでしょうか。
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