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36話 おてんば娘

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「上手くいきました!3日後の仮面舞踏会に一緒に参加する予定です」

 アイリスは1人立ったまま、ソファに座るカイルとジルコニア公爵を見下ろし、えっへんといった様子で腰に手を当て仰反った。

「うむ…よくやった、アイリスよ」

 公爵は本当にそうは思ったが、やれやれといった呆れ顔をしている。厳格な父もおてんば娘には形無しだった。

「…仮面舞踏会なんて…本当に大丈夫なのか…?」

 計画遂行よりも、アイリスの身の方がとにかく心配なカイルにとっては、自信満々のアイリスが逆に不安を掻き立てた。小さい頃から、こういう時のアイリスほど危なっかしいものはないのだ。

 一緒に行ければいいが、夜に開催される仮面舞踏会には、狼になってしまうカイルは会場に入ることさえできない。

 とにかく心配で、気が気ではなくなっていたが、

「問題ありません」

「……」

 きっぱり言い切るアイリスを見て、てこでも動かないだろうことがわかり、その意思を覆せるほどのうまい説得の言葉が見つからなくなってしまったカイルは黙ってしまった。

 その間にアイリスに話を進められてしまう。

「とにかく!

あのマリーサさんを現行犯で捕まえないと、いくら証拠を列挙したところで言い逃れされてしまえば、身分的に強い立ち位置の方ですし、どうしようもありません。

もちろん、これまでのことを全て明るみにするために証拠は集めますが、決定的な証拠としては不十分です!

特に!マリーサさんを強く愛しておられるマクロス殿下が信じるはずありません。

短い期間で確実にこの状況を打開するには、現行犯で確保する、それしかありません!」

 アイリスはカイルとジルコニア公爵に切実に訴えた。

 公爵が娘の正しい行いと強い心に惚れ惚れして、若干親バカな顔つきになっていたのをカイルは見逃さなかった。

(…ジルコニア公は止めてくれそうもないな…はぁ…まいった)

 カイルはどうしようもない親子を前に、運を天に任せることにした。



数日前——

 アイリスとカイルはマリーサを追い詰めるため、一度山を降り、公爵家へと向かった。

 ジルコニア公爵に事情を話して、カイルは匿って貰えることになり、王にもこのことは内密に伝えられている。

 アイリスの父ジルコニア公爵は、いつも公明正大で、自分で確かめるまでは噂を信じることもなければ、義のない人間に味方することもない。
 カイルのことに関しても、夜遊び問題や、マリーサの腹の子に関しての話を鵜呑みにはしていなかった。

 王が放っていた猟師の近衛兵が、カイルの様子も伝えるようになり、王と公爵は驚いたがしばらく様子を見ていた。

 カイルから逃げていたアイリスが、不思議なことにカイルと仲良くしているのには驚いたが、カイルを匿っているうちに結果的に仲良くなるならそれもいいだろうと、2人の父たちは様子を見ることにしていた。

 それが、記憶を失っていたと聞かされた時はさすがに冷や汗ものだったが、もうすっかり記憶が戻っていると聞いて、2人は胸を撫で下ろした。

 近衛兵は夜、部屋の中までは見えなかったので、狼がいたことは知らなかったようだ。

 カイルはアイリスにも、狼になった経緯の記憶はまだ戻っていないと伝えてあるので、その辺の事情を父たちに気づかれずに済んでほっとしていた。




———「では、決戦は3日後だな。アイリス、よろしく頼んだぞ。護衛は何人か潜ませておくから、2人とも心配は無用だ。では、検討を祈る!」

 そう言って公爵はアイリスの自室から出て行った。

 カイルは、アイリスの隣の部屋が空室だったのでそこを使っていた。

 もともとアイリスの部屋と続き部屋にして広く使える仕様なので、中から行き来できる扉があり、身を潜ませなければならないカイルが廊下を介さずアイリスに会うには丁度良かった。

 公爵も2人が早く仲良くなって、アイリスが婚約を嫌がらないようにするため、カイルが真面目で無茶なことはしないだろうという父の勘も手伝って、その部屋を意図的に許可していた。

「アイリス…本当に大丈夫なのか?僕も付いて行きたいけど、仮面舞踏会は夜だからな…」

 カイルはまた不安そうな目でアイリスを見た。

「大丈夫よ、心配しないで?私こういうのわくわくしちゃう!」

 心配するカイルをよそに、アイリスの目は輝いていた。

「…だから、それが心配なんだよ…?ほんとに無茶だけはしないでね?」

「はっ!了解です!殿下!」

 アイリスはふざけて敬礼の真似事をした。

「だめだ…心配すぎる…」

 カイルは頭を抱えて項垂れた。

(あ、体が熱い…)

 そう思うと、カイルはすぐに狼の姿に変わった。

「わぁ、アクアだ。ふふっ、可愛い、おいで?」

 アイリスは狼姿の時はアクアと呼ぶようになった。しかも、この公爵邸に来てからというもの、周りの環境的に野性味が薄れて、カイルは完全にペット扱いをされていた。

 しかし、出した手に頭を擦り付けてやるとニコニコして喜ぶので、その顔を見るのが嬉しくてカイルも満更でもなかった。

 「ちょっと着替えてくる」、と言って隣りのクロークで公爵令嬢なのに侍女も呼ばず一人でパパッと寝着に着替えて戻ると、

「ねぇねぇ、アクア?こっち、こっち!
ここのベッドはおっきいから、絶対一緒に寝られると思うのよねー?

こーんなもふもふな子と一緒にベッドで寝られるなんて、山小屋からの夢だったのよ!」

 そう言いながら、アイリスはベッドへ座ってその横をポンポンと叩いた。

(アイリス…?こんな姿だけど僕は人間の男なんだよ…?一緒に寝るなんて…結婚もしてないのに寝られるわけないだろ…はぁ…まったく)

 カイルはアイリスを無視して自分の部屋に戻ろうとした。

「あっ、待ってよ!アクア!…ベッドが嫌いなの?」

 振り返るとアイリスが悲しそうにしていた。

(はぁ…なんだかなぁ…僕を好きなわけじゃなくてペットのアクアが好きなだけっていうのが、なんとも言えないな…)

 そう思いながらも、悲しそうな顔をするアイリスを見過ごせず、ベッドのそばへ行き、その下へカイルは蹲った。

「………

よっ、よいしょっ…ぅぅゔっ、重い~」

「ワッワフッ⁉︎」

 蹲るカイルをじっと見つめていたアイリスは、カイルを持ち上げようと抱き抱えたりベッドへ押し上げようとしたり、うんしょうんしょと頑張り始めた。

(ア、アイリス!……めちゃくちゃだなぁ、もう。ほんとに…小さい頃のおてんば娘と全く変わってないじゃないか…ふふっ)

 と、カイルは昔と変わらず意志の曲げないアイリスがおかしくなって、大人しくベッドに上ってやることにした。

「わっ、アクア!ありがとう‼︎」

 そう言うと自分もベッドに飛び込んで来て、カイルの毛に埋もれてきた。

 カイルはもう完全に諦め、好きにさせておいた。

 しかしその笑顔を見ていると、カイルまで幸せになって、今の自分の置かれた複雑な状況や苦い思いを忘れさせてくれた。

(アイリス、…僕の方こそありがとう…いつも君に元気を貰ってるよ)

 そう思いながら、カイルは朝になった時のためにシーツを咥えて自分の体に器用に巻きつけた。
 アイリスは毛に触れなくて怒っていたが、そこは譲らず、2人は仲良く寄り添って幸せな眠りについた。

 
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