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19 ツケラレテシマッタ

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 キアナが取り出したものは、黒く丸みを帯びた獣人の耳がカチューシャについた物だ。
 あれは付けたくない。昔友達が猫耳について熱く語っていたことを思い出す。どれだけ語ろうが猫耳の良さは俺には理解できなかった。

「さあ、エン。着けてください。私が一晩かけて作った力作です。」

 そんな、物に力を込めなくてもいい。俺は思いっきり首を振る。キャスケットは絶対に脱がない。

「キアナそれはいい考えだな。」

 ジェームズが裏切った。いや、別に俺の見方ではないが、雇用主がしろ命令されれば、社畜人間としては、どんなに不満でもしなければならない。ジェームズ考え直してくれ。

「そうでしょう?帽子を脱がなければならない所もありますから、必要だと思い作ってみました。首都ミレーテでは、未だに『四獣の剣』の皆さんは人気ですからね。」

「『四獣の剣』?」

「エンは流石に知らないか。活動していたのか10年前までだったからな。この国で唯一のSランクの冒険者がいたチームだ。」

「Sランク?修行の旅に出ていったと聞いた人か?」

「そう。その人がいた『四獣の剣』にルギアさんがいましたから、黒豹獣人は黒を持っていても人気なんですよ。というわけで、はい。」

 はい。と言われて素直に着けると思っているのか。丁重にキアナに返す。

「エン。見習い期間中はトラブルを防ぐために、着けるようにしよう。」

 ジェームズに完全に裏切られた。キアナにキャスケットをとられ、黒耳カチューシャをツケラレテシマッタ・・・。

「ふむ。」

「予想外。」

 二人の反応がおかしい。俺とルギアを見比べている。それは、本物と偽物と比べたらダメだろ。

「ルギア。君に子供はいたか?」

「あ?結婚もしていないぞ。」

「12年前に付き合っていた人族の女性は?」

「なんで、そんなことを言わなければならないんだ?」

「ルギアさんと黒耳のエンが思っていた以上にそっくりなんですよ。親子ですか?」

「「それはない。」」

 キアナの言葉を否定する返答がルギアのオッサンを重なった。オッサンと親子だなんて否定する。

 コンコンコンコン。
 部屋にノック音が響いた。ジェームズが入るようにいうと、大柄な体格に茶色の髪に小さな丸い耳が乗っかった熊獣人のオッサンが入って来た。オッサン率が高いな。熊獣人のオッサンは俺とルギアを見るなり

「ルギア。いつ結婚したんだ?子供そっくりだな。」

「してねーよ。俺のガキでもない。」

「エンディもそう思いますよね。」

 キアナがキラキラした目で問いかけているが、誰がなんと言おうとも否定する。

「エンディこちらに来て、これを・・・・。」

 ジェームズがクッキーの入った缶を指すが、中身は全くもってない。全て、キアナとルギアの腹の中に収まってしまったのだ。

「エン。すまないが、これでもう一つ出してくれないか?」

 ジェームズは懐から札束を出して俺に渡してきた。いくら渡されたんだ?10万Gガートだった。取り敢えず先程と同じクッキー詰め合わせセットを出す。出した瞬間、キアナとルギアの目が光ったよな気がした。

「キアナとルギア。これは俺がエンから購入したものだ。勝手に食べるなよ。」

 二人の怪しい目に気がついたジェームズが釘を刺す。

「エンディ食べてみなさい。」

 ああ、この熊獣人があのなんとも表現しがたいクッキーを作った人物か。エンディと呼ばれたオッサンが一番シンプルなクッキーを手に取り食べた。
 カッと目を見開き、ふるふると震え出した。どうしたんだ?エンディは俺の方に振り向き

「弟子にしてください。」

 と頭を下げてきた。いや、だから俺は作れないって言っただろ。

「なぁ。熊獣人のオッサン。きちんとレシピ通りに作ったか?」

「作った。」

「小麦は全粒粉しかないのか?容量はきちんと計ったのか?粉ものは振るいに掛けたのか?バターは常温にしてクリーム状にしたのか?全部レシピに書いてある行程に無駄なものなんてないんだぞ。」

「全粒粉てなんだ?」

 は?ちょって待て俺は今まで白いパンを食べたことがあったか?うん。ONネットスーパーで買って食べた覚えはある。孤児院の記憶では・・・無い。いや。てっきり栄養があるから全粒粉なんだと思っていたが、精白をしている物が存在しないとは考えもしなかった。

「麦の精白をしているものはないのか?」

「「「精白?」」」

 ジェームズとキアナとエンディの返事が重なった。マジでしていないのか。この国の基礎を作った日本人いたよな。小麦の精白を教えていないのか?もしかして、制度を作り上げて満足したのか?
 ネットを開きニヒル通販を立ち上げる。業務用の25Kgをポチる。イベントリーに届いたことを示す表示が表れた。相変わらずニヒル通販は早いな。
 俺は立ち上がり、エンディの前に立つ。鞄の口を下にして、25kgの業務用の小麦粉を出した。流石に俺と同じぐらいの重さの物は取り出せない。

「これでもう一度、レシピ通りに作り直してくれ。どの行程も飛ばさずにレシピ通りにだ。」

 エンディは25㎏の業務用の小麦粉を担ぎ部屋を出て行った。
 俺は席に戻る。先程からジェームズの視線が痛い。

「エン。さっきは何をしていた?」

「なんのことだ?」

「いや、何でもない。それで精白というのは?」

「はぁ。それ説明しなきゃダメか?」

「それをしないとこれが作れないのだろ?」

 缶に入ったクッキーを指しながらジェームズが言う。

「はっきり言って面倒くさい。今使っている、小麦は脱穀したら、それを粉にしているだろ?それが悪いわけじゃないが、どうしても食感が落ちる。その原因が小麦の表皮や不純物だ。それを取り除く行程が実に面倒くさい。時間があるときに書き出して置くから今度にして欲しい。」

「お前のその知識はどこのから手に入れた?」

 やはり、そう言って来るとは思ったよ。ジェームズの目が俺の真髄まで見透そうしているかのようだ。

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