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 フロッシュが住む池は木々に囲まれており空と緑を映し出す澄んだ水が地中から湧き出ている。魔獣にとっても水飲み場でもあるので、近づいて来たそれらはフロッシュの舌に絡めとられて水中に引きずり込まれて彼の胃袋行きになる。今まさにビュンと伸びた舌によって大型の昆虫が絡めとられていった。

「さすがフロッシュじゃな」
「見事でしたぞい」
「ゲココ!」

 俺達が来たことに気づいてか水中からジャンプひとつで陸地に上がって来た。片手を上げて嬉しそうに挨拶をして歓迎してくれる。そんな彼にこちらも手を上げて答え、土産の飛びトカゲの肉を並べていった。

「ここに来る前に仕留めた飛びトカゲじゃ。俺もようやくこやつらを倒せるくらいにはなったぞ」
「ゲコゲコ!」
「ん? 今度一緒に狩りに行こうとな。それも楽しそうじゃ」
「ワシもその時はお供しますぞ。若様の成長するお姿をこの目に焼き付けねばなりませんからのう」

 池の近くで話をしながら食事をしてまったりとしていれば、遠くからメキメキバキバキと木がなぎ倒されるような音がして、もの凄い速さで何かが近づいて来る。ついでに聞いた事のある悲鳴も一緒に聞こえるのは気のせいではないだろう。

「なんじゃなんじゃ? フリューの叫び声と知らん声も聞こえたが、あやつは何をしておるのか……」
「こちらに向かっているようですじゃ」

 いったい何を引き連れてこちらに向かって来るのかはわからないが、食後の運動に丁度いいだろうとピョンピョン跳ねながら臨戦態勢に入る。バオジイも腕をしならせておりフロッシュも待ち構えているようだ。

「……! ……っ!! ぎゃあぁぁっ! こっちに来るなぁ!! 大将様お助けをぉぉっ!!」
「うまぁぁっ! もっと速く走って! もうそこまで、すぐ後ろに来てるからぁぁ!!」
「うげぇっ、首絞めないでくださいよう!」

 木々の間から勢いよく飛び出してきたフリューは背中に誰かを乗せて「大将様ぁ!!」と叫びながら俺の後ろに隠れた。いや、俺の大きさ的に隠れる事はできないがそれでも合流できた事に安心したのか顔は涙でベショベショになっている。
 その後に続くようにギャアギャアと鳴き声を上げながら出て来たのは飛びトカゲだったが、かなりの大きさだった。

「うおっ! こやつ大きくないか? それに一匹しかおらんみたいだが……」
「ふむ、突然変異でもしたんですかのう? ワシも初めて見ましたじゃ」
「ゲコ!」

 三人で余裕であるかのように不思議そうに話していればフリューもその背に乗っている暫定人間も早く何とかしてくれと騒いでいる。少しは落ち着いて欲しいものだ。
 普通の三倍くらいはあるであろう身体を持つ飛びトカゲは間合いを取りながらどこから攻めようかと品定めのように見てくる。チロチロと出していた舌を引っ込めて鋭い爪で引き裂こうと狙ったのはやはり俺だった。

「はっはっはっ! やはり俺を狙って来たのう。想定内だぞ!」

 さっと素早く避ければバオジイの蔓のように伸びた腕とフロッシュの舌に拘束され身動きが取れなくなっている。そこに俺の一尾を頭上から叩きこめば脳震盪でも起こしたのかふらついてそのまま倒れた。

「とりあえず気絶はさせたがどうしたものかのう?」
「こやつは群れを作らず一匹で行動していたみたいですな」

 森の中は先程と違いいつもの雰囲気に戻っている。残されたのはなぎ倒された木々と俺達だけだが、そういえばフリューは何か用でもあったのだろうか。

「フリュー、俺に何か用でもあったのか? 今日は空の散歩をするから一緒には行かないと言っておったはずだが」
「ううっ、空の散歩はしてましたよう。ちょっと休憩でもしようと思って川辺に降りたらこの飛びトカゲに追いかけられている人間がいまして、何故かこっちに走って来るから驚いて自分も走って逃げたのです。そしていつの間にか背に乗っていたこの人と一緒に大将様の気配を辿ってここまで来ました」

 いや、おまえは飛べるからそこは走るのではなく飛んで逃げれば良かったのではないか?

 あえてそこはつっこまないほうがいいだろう。ふむふむと続きを促せば俺があえて言わなかったそれを「おまえさん飛べたじゃろ」とバオジイが言ってしまう。今更それに気づいたフリューはショックで固まっていた。

「で、そこの人間はなんじゃ? 一緒に逃げてきたみたいだが知り合いなどではなかろう?」
「け、毛玉がしゃべったーっ!? いやあぁっっ! 花のバケモンと蛙のバケモンもいるじゃないですか、やだあぁ!!?」
「うげぇ!? 首を絞めないで!」

 大人しくフリューの背で話を聞いていたかと思えば急に叫びだしてあやつの首にしがみついている。どこにそんな力があるのかは知らないがフリューがかわいそうなので腕を緩めってやって欲しい。

 まぁ、叫びだしたくなる気持ちもわからんでもないがのう。

 魔獣はびこる森で大きな魔蛙に変な花の樹人に羽馬、そして毛玉のような生物に囲まれているのだからしかたがないのかもしれない。

「あー……おまえさん、少し黙ってくれんか」

 このままでは大事な部下が窒息させられそうだし、何よりもこの人間が五月蠅すぎる。そう思ったのは俺だけではないようでバオジイが伸ばした蔓によって口を塞がれ、そのままグルグル巻きにされてフリューの背から引きずり降ろされた。
 地面に倒れた人間は俺達に囲まれて上から覗きこまれて恐怖なのかモガモガと何かを叫び、そして白目をむいて気絶した。正直やりすぎたかと思ったが静かになったのでこれでいいだろう。ちゃんと安全な場所までは運んでやろうと決め、もう一匹の地面に倒れている飛びトカゲをこちらもグルグル巻きにしてどうしたものかと考える。
 早くあの黒竜親子が帰って来ないだろうかとため息をついた。やはり頼りにしてしまうのはあの二人だった。アーデルハイドの笑顔を思い出し、らしくないと頭を振って過る思いを振り払う。俺は決して寂しいなどとは思っていないと自分に言い訳をしておいた。

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