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まずここでの小僧のスケジュールは午前に王子としての教育、そして午後からは健康な身体作りとなる。俺がやっていたあの特訓メニューを人間の子供用に考え直してそれをおこなう。専属護衛騎士のアランにも確認をとって作り直したので体力づくりの簡単なメニューとなっている。専属侍女のカロルはアランの母親で小僧が生まれた時からずっとついているそうだ。後から人員を送るとは言っていたがこの二人が中心となって世話をする事になる。とはいえ、ここでの生活に慣れなくてはいけないので決められたスケジュールどおりになるのはもう少し先になる。
昨日の移動で疲れたのか小僧はお昼前に起きてきた。庭でまったりとお茶を飲んでいればカロルとアランに連れられて眠そうな顔の小僧がやって来た。
「シャルル殿下、おはようございます。よく休めましたかしら?」
「ん……おはよう。まだ眠い」
身なりは整えられているが目を擦りながらなんとか眠気を覚まそうとしているようだ。アーデルハイドがガイストに簡単な食事を持ってくるように指示し、椅子に座るように促している。
「とりあえずこちらに座ってくださいな。まずは眠気覚ましのお茶をどうぞ」
「む……いただきます」
カロルが毒見をしてからお茶をゆっくり飲み、ようやく目が覚めてきたのかまわりをキョロキョロと見ている。何か探しているのかソワソワと落ち着きがない。
「アーデルハイド殿下。あのその、白雪の姫はこちらにいらっしゃらないのだろうか?」
どうやら俺を探していたようだが、今の俺はあの少女の姿ではなくモフモフ魔獣のケダマだ。ちょうどいいからあの少女が俺だという事をもう一度わからせておこう。
「何度も言いますがあなたがおっしゃる白雪の姫は、そこにいらっしゃる妖様ですわよ」
「そうじゃ。今一度その目に焼き付けておくがいい!」
ボフンという音と煙の中から現れた少女姿の俺に目を大きく開いて固まっている。その姿にようやく理解したのだろうと思ってもう一度ケダマに戻れば、身体をフルフルと震わせて俯いてしまった。
現実とはこうも厳しいものなのだ。少年の恋心を壊すのは忍びないがこの失恋を乗り越えて大きく成長するのだ小僧よ。
「あ、あの白雪の姫がこの毛玉だったなどと……」
「やっと理解できたか。すまんが俺は身も心も男なので諦めてくれ」
儚い夢だったと忘れてくれればいい。きっと小僧にも良い相手が見つかるだろう。そのためには十八歳まで生き抜かねばならない。あと十年を俺も見守っていよう。
「うぅっ……よく見ると白銀の毛並みがキラキラ輝いて綺麗だ! はわわ。やはりモフモフ殿は僕の運命だったのだ!」
「なんでそうなる!?」
今度は本来の人型に戻ってみれば「はわわ!」と両頬を手で押さえて悶えている。結局どの姿でも運命がどうのこうの言い出したのでアーデルハイドが対抗し始めたではないか。
「妖様は私の番様ですわ! 邪な目で見る事は許しません事よ!」
「む! 僕は純粋にこの出会いに感謝しているだけでそんな目では見ていない! 馬鹿な僕だって薄々気づいてはいたのだ。せっかく健康に生きられると思えばあの変なバンシーとかいう女に目を付けられて、また父上や母上にご迷惑をおかけする事になった。兄上達にだって……ううぅっ」
ポンコツ王子と思っていたがこやつなりに色々と考えていたようだ。「いっそ赤子の時に死んでいればよかった」などと言い出した時は、ついモフモフに膨らませた尻尾を顔に当ててしまった。もちろんそっとだ。攻撃の意志などは一切ない事を誓う。
「そのような事を言うではない。おまえが健康に育って喜んでいたベルナール殿達が悲しんでしまうぞ。アランやカロルの顔も見てみよ。この二人も悲しませてよいのか?」
「よぐない……」
「よし、ならば二度とそのような事は言うでないぞ」
ポンポンともうひとつ尻尾を出して頭を軽く撫でてやれば「ごめんなさい」と謝って泣き出した。これでは俺が泣かせたみたいで申し訳ない。
「まったくしかたがない王子殿下ですわ。ほら、こちらのハンカチで涙をお拭きになって」
俺の尾から顔を出した小僧の顔をアーデルハイドがハンカチで拭ってやっている。元々面倒見のいい彼女なので放っておけないのだろう。カロルも目線を合わせるようにしゃがみ込んで小僧の手を両手で握っている。アランも隣でその手を重ねていた。
「おまえのそばにはおまえの事を考え、心配してちゃんと見ている者がいるのじゃ。その想いを踏みにじる事のないようにな」
「わかった。カロルもアランもごめんね、それとありがとう。アーデルハイド殿下にモフモフ殿もありがとう御座います」
涙を拭った顔は少し晴れやかになったようで安心する。子供は無邪気に笑っているのが一番だ。泣いてお腹が空いたのか準備された食事もペロリと平らげ、ウトウトし始めている。やがて瞼は閉じられて眠りの世界に旅立ったようだ。
「泣き疲れたのか。まぁ、子供はよく食べ良く寝るのが仕事じゃ。王子という立場もあるかもしれんが俺達の前ではそれは必要ないだろう」
「そうですわね。最初は物言いに腹を立てて言い返していましたが大人げなかったですわね。私も反省しますわ」
「まるで弟ができたみたいじゃ」
「なるほど。お世話のし甲斐がある弟ですわ」
二人で顔を見合わせてクスクスと笑い、アランに抱えられた無邪気な寝顔の弟分を見守る。始まりの出会いは最悪であったがこれもまた縁であろう。ここでゆっくりと成長していけばいい。人間の子供の成長は速いからきっとあっという間に十年など過ぎていくにちがいない。その時までたくさん学んで大きく成長していってくれ。
昨日の移動で疲れたのか小僧はお昼前に起きてきた。庭でまったりとお茶を飲んでいればカロルとアランに連れられて眠そうな顔の小僧がやって来た。
「シャルル殿下、おはようございます。よく休めましたかしら?」
「ん……おはよう。まだ眠い」
身なりは整えられているが目を擦りながらなんとか眠気を覚まそうとしているようだ。アーデルハイドがガイストに簡単な食事を持ってくるように指示し、椅子に座るように促している。
「とりあえずこちらに座ってくださいな。まずは眠気覚ましのお茶をどうぞ」
「む……いただきます」
カロルが毒見をしてからお茶をゆっくり飲み、ようやく目が覚めてきたのかまわりをキョロキョロと見ている。何か探しているのかソワソワと落ち着きがない。
「アーデルハイド殿下。あのその、白雪の姫はこちらにいらっしゃらないのだろうか?」
どうやら俺を探していたようだが、今の俺はあの少女の姿ではなくモフモフ魔獣のケダマだ。ちょうどいいからあの少女が俺だという事をもう一度わからせておこう。
「何度も言いますがあなたがおっしゃる白雪の姫は、そこにいらっしゃる妖様ですわよ」
「そうじゃ。今一度その目に焼き付けておくがいい!」
ボフンという音と煙の中から現れた少女姿の俺に目を大きく開いて固まっている。その姿にようやく理解したのだろうと思ってもう一度ケダマに戻れば、身体をフルフルと震わせて俯いてしまった。
現実とはこうも厳しいものなのだ。少年の恋心を壊すのは忍びないがこの失恋を乗り越えて大きく成長するのだ小僧よ。
「あ、あの白雪の姫がこの毛玉だったなどと……」
「やっと理解できたか。すまんが俺は身も心も男なので諦めてくれ」
儚い夢だったと忘れてくれればいい。きっと小僧にも良い相手が見つかるだろう。そのためには十八歳まで生き抜かねばならない。あと十年を俺も見守っていよう。
「うぅっ……よく見ると白銀の毛並みがキラキラ輝いて綺麗だ! はわわ。やはりモフモフ殿は僕の運命だったのだ!」
「なんでそうなる!?」
今度は本来の人型に戻ってみれば「はわわ!」と両頬を手で押さえて悶えている。結局どの姿でも運命がどうのこうの言い出したのでアーデルハイドが対抗し始めたではないか。
「妖様は私の番様ですわ! 邪な目で見る事は許しません事よ!」
「む! 僕は純粋にこの出会いに感謝しているだけでそんな目では見ていない! 馬鹿な僕だって薄々気づいてはいたのだ。せっかく健康に生きられると思えばあの変なバンシーとかいう女に目を付けられて、また父上や母上にご迷惑をおかけする事になった。兄上達にだって……ううぅっ」
ポンコツ王子と思っていたがこやつなりに色々と考えていたようだ。「いっそ赤子の時に死んでいればよかった」などと言い出した時は、ついモフモフに膨らませた尻尾を顔に当ててしまった。もちろんそっとだ。攻撃の意志などは一切ない事を誓う。
「そのような事を言うではない。おまえが健康に育って喜んでいたベルナール殿達が悲しんでしまうぞ。アランやカロルの顔も見てみよ。この二人も悲しませてよいのか?」
「よぐない……」
「よし、ならば二度とそのような事は言うでないぞ」
ポンポンともうひとつ尻尾を出して頭を軽く撫でてやれば「ごめんなさい」と謝って泣き出した。これでは俺が泣かせたみたいで申し訳ない。
「まったくしかたがない王子殿下ですわ。ほら、こちらのハンカチで涙をお拭きになって」
俺の尾から顔を出した小僧の顔をアーデルハイドがハンカチで拭ってやっている。元々面倒見のいい彼女なので放っておけないのだろう。カロルも目線を合わせるようにしゃがみ込んで小僧の手を両手で握っている。アランも隣でその手を重ねていた。
「おまえのそばにはおまえの事を考え、心配してちゃんと見ている者がいるのじゃ。その想いを踏みにじる事のないようにな」
「わかった。カロルもアランもごめんね、それとありがとう。アーデルハイド殿下にモフモフ殿もありがとう御座います」
涙を拭った顔は少し晴れやかになったようで安心する。子供は無邪気に笑っているのが一番だ。泣いてお腹が空いたのか準備された食事もペロリと平らげ、ウトウトし始めている。やがて瞼は閉じられて眠りの世界に旅立ったようだ。
「泣き疲れたのか。まぁ、子供はよく食べ良く寝るのが仕事じゃ。王子という立場もあるかもしれんが俺達の前ではそれは必要ないだろう」
「そうですわね。最初は物言いに腹を立てて言い返していましたが大人げなかったですわね。私も反省しますわ」
「まるで弟ができたみたいじゃ」
「なるほど。お世話のし甲斐がある弟ですわ」
二人で顔を見合わせてクスクスと笑い、アランに抱えられた無邪気な寝顔の弟分を見守る。始まりの出会いは最悪であったがこれもまた縁であろう。ここでゆっくりと成長していけばいい。人間の子供の成長は速いからきっとあっという間に十年など過ぎていくにちがいない。その時までたくさん学んで大きく成長していってくれ。
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