上 下
41 / 53

41

しおりを挟む
 バンシーの件が片付いたので、シャルルとアン殿は正式に婚約を結んだ。今までは開いていなかったシャルルの誕生日を祝う舞踏会で正式に発表され、煌びやかな会場の中で踊るあの二人をこっそりと見守る。

「シャルル殿下の問題もひとつ解決しましたね。あとはあの問題児令嬢でしたかしら?」
「あやつもこの場にいるようだが王族席にいる二人には近づけまい」

 トリベール伯爵家が挨拶に向かった際も、母や兄に挟まれて余計な事ができないように監視されているようで何事も起こらずに終わった。

「あとはもうひとりの人物なのだが……」

 ラッテが調べてくれた自分自身を主人公と自称するその者はロジエ男爵家のコラリーという。その者を調べる事になったのは学園での妙な視線からだった。シャルルを見て驚いていたのは問題児令嬢が流したとされている噂と違うからだと思っていたのだが、俺のほうまで見て驚いていたのは何であったのか。
一年生のDクラスに所属しているその者の事は妙な視線に気づいてからよく見かけるようになった。教室から移動する際には視界の端にちらりと映ったり、中庭で過ごす時も必ずこちらの様子を伺える範囲内にいる。問題児令嬢のように近づいて来るわけでもなく、どこかコソコソと観察をしているようだった。それは俺達に対してだけではなく問題児令嬢達にもおこなっており、そちらに関しては鋭い視線を送っている姿が目撃されている。
 どこぞからの刺客かと疑ったがその線はすぐに消える事となったのは、気配の消し方も動きも素人のそれであったからだ。念のためにと思って調査をする事にしたが、こちらの者も問題児令嬢と同様に自分を主人公と自称するおかしな奴だった。

「やはりシャルルや問題児令嬢達を見ておるな」
「見ているだけで何もしないのが不気味ですわね。いったい何を考えているのかしら?」

 薄い板のような魔道具らしき物も気になる。「ボタンひとつで消せるがそれは最終手段」と言っていたそうだが何を消すつもりなのだろうか。まだ完全に調べきれているわけではないので引き続きラッテが調査をしている。

「とりあえず今日の舞踏会では何かが起こるという事も無さそうじゃな」

 あと数刻もすればこの舞踏会も終わる。こっそりと見守っていたため俺達は舞踏会には参加していない。そもそもああいった事に参加する機会などないし興味も湧かなかったのだが、せっかく学園の授業でダンスの練習もしたのだから一度くらいはこういう場でアーデルハイドと踊ってみたいという考えが過る。ケダマの姿で彼女の腕の中から見上げてみれば「どうしましたか?」と聞き返されて、これを正直に言ってもよいのか迷ったがそれも一瞬の事。その腕からピョンと抜け出し人型の姿へと変わり、彼女へと手を向ける。

「皆を見ていたからか俺も踊ってみたくなった。アーデルハイド、一曲付き合ってくれぬか?」

 皆と言うよりはシャルルとアン殿が楽しそうに、そしてどこか幸せそうに踊る二人の姿を見てというのが正しいのかもしれない。会場に入るわけにはいかないがこの隠れて見ていた場所でも充分に踊る事ができるスペースはある。ゆっくりと流れる音楽が聞こえて俺の手に重ねられた手をそっと握った。

「妖様、光栄ですわ。私でよろしければどうぞ」
「アーデルハイドだから踊りたいのだぞ」

 彼女とだから踊りたくなったのだから誘ったのだ。「はう!」といういつもの声とうっとりと見つめてくる彼女の姿にどこか身体に力が入っていたのも抜けていく。

 ダンスひとつ誘うのに緊張するなどとは情けないのう……。

 煌びやかな会場でもなくお互いに特別な服装でもない。いつもと変わらない姿であるがそれでもどこか特別な空間のように感じてしまう。それは目の前にいる彼女が嬉しそうに、そして幸せそうに踊るのが俺の目に映っているから。だからこの胸に宿るふわふわとした温かいものは彼女への愛しさだとかそういったたくさんのものが混ざった幸福感なのだろう。

 どうかこの幸せな日々がこの先も続いて欲しい。

 柄にもなくそう神様に願ってしまった。





 シャルルが十八歳を迎えてからも変わらず時間は流れていく。学園ではあの問題児令嬢の行動は変わらないので、ついにその婚約者であるマティアス・ヴァイヤンまでが俺達に突っかかってくるようになった。

「シャルル殿下、どういうつもりですか? あなたにはアン殿下という婚約者がいながら私のフェリシエンヌを誘惑しないでいただけませんか!」

 いつどこで誰が誘惑したというのか事細かに説明してくれんか。

 それくらい俺達は問題児令嬢達を避けて行動をしている。それでも合同授業などもあるので完璧に避けきる事はできないので、こうやって近づいて来るのを壁になって防ぐしかない。

「どうやらヴァイヤン侯爵令息の目は節穴のようですわね。どのように解釈すればそのような発想になるのか不思議でなりませんわ」
「誰がどう見たってその令嬢が二人の間に割り込もうとしているだけだろう」
「シャルル殿下とアン殿下の仲睦ましさは誰が見ても一目瞭然でしてよ」

 皆がそう言っているのも耳に入っていないのか、それでも突っかかってきそうな勢いだ。件の問題児令嬢は「キャッ! わたしのために争わないで!」と手を胸の前で祈るように組み、身体をクネクネとしながらシャルルや俺だけではなくジェレミー殿にも視線を送っている。

「えーっと、そなたの婚約者殿はきっとそなたに嫉妬させようとそのような行動をしているのだろうな。安心してくれ。誰も婚約者殿を盗ったりなどしないからな。お似合いだぞご両人」
「そうなのかいフェリシエンヌ? はははっ、私の婚約者殿は可愛い事をする。安心して欲しい。私にはフェリシエンヌだけだよ!」

 棒読みで適当な事を言ってみれば、満更でもないのか機嫌を直し高笑いをしながら問題児令嬢の肩を抱き寄せてどこかへ消えていった。その際に問題児令嬢は「えっ、ちょっと待ってわたしは!」と何か言い返そうとしていたが、その言葉も上機嫌の彼には届いていない様子だ。どうかそのまま問題児令嬢の手綱はしっかりと握って離さないでくれると有難いのだがなと、そんな事を思いながら彼らを見送った。

しおりを挟む

処理中です...