シークレット・ガーデン~英国紳士の甘い求愛と秘密~

東川カンナ

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12.二人の距離感

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 すぐさまレオンが駆け寄って来て、スケッチ画を手に取る。
 もう好きに評価してください。がっかりさせたらごめんね、それが私の限界です。
 莉緒が心の中で呻いていると。



「え、リオ、すごい。上手……!」
 弾んだ声が上がった。


「自分ではよく分からない……なんかもういっぱいいっぱい」
「綺麗だよ、すごい、絵が途端に饒舌になった。リオ、センスあるよ」
「すごい褒めてくれるなぁ」
 だってこれ見て、とレオンは積まれたスケッチブックの一つを手に取って、中を示してみせた。そのページにも色は塗られているが。
「確かに、見比べると多少は……?」
「全然違うよ、雲泥の差だ。すごく気に入った。他のも塗ってもらおうかなぁ」
 そう言いながら、遂にはどこかに余ってる額縁なかったけとまで探し出す。
 贔屓目が入りすぎだ。そこまで褒めるほどのものではない。
「リオ、美術の才能があるんじゃない?」
「ないよ、私ものすっごく絵を描くの下手だもん」
「こんなに綺麗に塗れるのに?」
 レオンがスケッチはできても着色が苦手なように、描くのと塗るのはまた別の能力だと思う。
「ちょっと見ててね」


 見せた方がこれは早い、と莉緒は鉛筆を握り、もらった紙に線を走らせた。
 描き出して一分を経過した辺りで、隣でレオンがぷるぷる震え始める。噴き出すのを我慢しているのだ、と簡単に察せられる。


「さ、参考までに何を描いたか訊いても?」


 本人に訊かないと、それが何かも理解できない。これが現実だ。


「ネコです」
「ネコ……!」


 いつの間にかレオンの目尻には涙まで浮かんでいる。
 が、白い紙に現れた心の中を無断で覗き込んで来るような目つきをした、やけに足のバランスの悪い、シマウマか? と突っ込みたくなるような縞模様をもったクリーチャーを見ればそうなるのは頷ける。小さい子が見たなら、その日の夢に出るかもしれない。


「いや、ごめん、その、非常に味があって」
「味があるってすごく便利な言葉だよね」
「ごめん、違うんだ、怒らないで、ふっ」
「我慢できてないですよ」
「ごめん……」
 とは言え、莉緒もこの手の反応にはもう慣れたものである。
「いいよ、いいよ、私もこれは笑っちゃうレベル」
 そう、自分で描いておきながら、笑いたくなってくるレベルだ。絶望的にセンスがない。莉緒の右手はクリーチャー増産機なのである。絵心はからっきし。


 けれど。


「くくく、僕たち一緒に作るのがいいみたいだね。一人だと不完全だ」
「――――」


 レオンの言葉は、時折死角から莉緒の心に突き刺さる。
 悪い意味ではなくて、気付きを与えられるという意味で。


「僕が描いて、リオが塗ればすごくいいものができあがる。それって素敵なことだと思う」


 一人だと、不完全。でも二人がいれば十分なものになる。
 否定ではなくて、不足の指摘ではなくて、思わぬ肯定。


「全部自分でできなくても、こういう風な形でもいいんだなぁ」


 一人で完璧にできなくても、それで駄目の烙印を捺される訳じゃない。


「……本当に、そうだね」
 レオンの手にしている、庭を描いた風景画を覗き込む。
 客観視する余裕が先ほどまではなかったが、こうして見ると色付いた絵は新たな表情を見せていて、なかなか上手くまとまっている。現金なもので急にそう思えてくる。
「レオンと一緒だと、自分の欠けさえ必要があってそうなのかもって思える」


 その欠けにぴたりと嵌る他があるのだと、教えてもらえるから。


 ふと影が差したのに気付き顔を上げると、やたらと近くに彼の顔があった。
 鼻先がもう触れそうな。瞬きすれば、その長い睫毛が風を伝えてきそうな。
 そんな至近距離。
「…………」
 頬にかかった髪をそっと払われる。


 いつものような緊張はなかった。ただ、これが自然な距離なんだと思う自分がいて。
 二人の間に、あとどれくらいの隙間があるのだろう。もうゼロになる?
 そうチラと考えた、その瞬間。


 ピリリリリリリ――――


「!」
「っ!?」
 突如響き渡った電子音に弾かれるように二人の身体が離れた。


 ごめん、仕事の電話だ、とポケットからスマホを取り出したレオンが言う。
「はい、え? あぁ、その件はさっきの会議資料に。連絡先が? ちょっと待ってくれ」
 ごめんねと目配せで伝えて、レオンが部屋を急ぎ足で出て行く。
「…………」
 一人になって、初めてドッと心臓が早鐘を打ち出す。さっきはあんなに近くにいても何ともなかったと言うのに。
 けれど、まるで見咎められたかのようなタイミングで鳴った着信音は、確かに心臓に悪かった。


「びっくり、した……」
 ふらふらと椅子に腰を降ろし、莉緒はそっと自分の唇に触れる。
 あのまま、着信がならなかったらどうなっていたか。
 あの状態にまでなっては、さすがにいつものように莉緒も適当な言い訳はできない。
 確実にそういう雰囲気がそこにはあった。
「それよりも私、今……」


 拒む気、なかった? そんなこと、考えもしなかったんじゃ?
 自分の心の方にも、もう言い訳はできそうになかった。






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