いつか、かえるところ

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1章

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化け物を殺して暫く歩き、ルドとアヴァリスと合流した。

 ルドは「お疲れ」と一言。アヴァリスは黙って頷いた。寡黙な男だ。

 

 合流した後、暫くすると遠くの景色に違和感を覚える。

 緑の丘が見えるのだが、何かがおかしい。

 ルドにそれを伝えると「テラは目がいいな。あそこが泊まる場所だよ」と返ってきた。


 その場所が良く見えるようになると、違和感の正体がわかった。

 丘の斜面に煉瓦積みの壁と木製の扉が埋まっていた。露出している屋根も草花で覆われている。

 化物に対するカモフラージュか、そういう習性だろうか。色々と考えながら歩く。

「テラが戦っている間に話は通してきた。死者の汀に向かう時も立ち寄ったけど一応ね」

 埋まっていない建物もあるみたいだが数は少なく、どの建物も背が低かった。

 そして驚く事に、行き交う人々の背も低かった。大人も子供も皆、一様に背が低い。

 

 集落に着くと一人の男が出迎えてくれた。

 その男が泊まる場所に案内してくれている間、遠巻きに見ている者もいたが、近づいて挨拶してくる者も多く、どうやら歓迎されているようだった。

 彼等の多くは、社交的で好奇心が強いとルドは言う。

 だがそれだけでなく彼等が、前回立ち寄った際に信頼関係を築けた結果ではないだろうかと思う。


 案内された建物は埋まっていたが、他の建物より少し扉が大きかった。客人用だろうか? 中に入ると直ぐリビングだった。

 奥に向かうと丁度4部屋あり、一人一部屋割り振られた。

 数日は滞在するらしい。勿論、金は取られる。


「稼げるようになったら、それまでにしてくれた事は返す」皆にそう告げた。


 その後、少し早めに夕食を摂る事となった。

 ルドとアヴァリスが買い出しをしてくれていたので調理を手伝うことにする。その間、エッダがこの集落で作られた酒を買ってきた。

 黄金色の、おそらく二酸化炭素を含んだ液体。グラスに注ぐと可愛い音を立てながら立ち上る小さな沫と、それらに蓋をするクリームの様な泡。

 アルコールの香りが鼻孔を刺激する。飲み込むとしっかりとした苦味と鼻に抜ける柑橘系の香り。元の世界ならIPAに分類されるだろか?

 かなり旨かったが、気が乗らず一杯で止めた。


 夕食の後は自由だったので部屋へ向かう。掃除をしてくれたのか、埃臭いということはなかった。

 ドーム型のランプが薄く照らしている。此れにもヤドリギの力が込められているのだろうか?

 もっと明るくする事もできるが何故だかそんな気が起きず、窓際のベッドに腰掛け一息つき、ぼんやりと手を眺めると微かに震えていた。

 久しぶりに一人だ。


 暗い世界で、震える手を見つめながら今日までの事を思い返していると、扉がノックされた。

 立ち上がってランプの明かりを強くしながら、「鍵はかけてない。入ってくれ」と扉の向こうに声をかけた。


 扉を開けて表れたのは、意外にもアヴァリスだった。


「どうした?」

「一つ確認したい。お前の名は、ルドがつけたものか?」


 一瞬、言葉に詰まる。すると答えるより先に「やはりそうか。黙っていてやるから、ばれた事を奴に言う必要はない」と言われてしまう。

「すまない、助かる。」

 借りができてしまった。申し訳なく思っていると、また予想だにしていなかった話を切り出された。

「これからよく耳にするだろう噂、言い伝えがある。それを今から教えておく」

「言い伝え?」

「過去に起きた事、そしてこれから実際に起こる事だ」

「……予言みたいなものか?」

「似たようなものだ」

「聞かせてくれ」

 

 遥か昔、今より神々が身近だった時代に一人の王がいた。今ではもう名も忘れられた邪悪な王が。

 その王は贄を求めた。私欲を満たすために。

 そして選ばれたのは一人の女だった。女は王の元へ連れていかれた。だがその女を助けようと、王へと挑んだ男が一人。

 男はその女の恋人だった。男は必死に女を取り戻そうとしたが、女は贄として死んでしまう。

 それでも男は闘いを止めなかった。男は復讐の道を選んだ。その復讐はやがて多くの者を巻き込み、世界が死で溢れた。

 多くの者を死に追いやり、男は王を追い詰めた。だが、王は殺される直前言い残した。


 ―覚えておくがいい。私は必ず甦る。そしてあらゆる魂を、空虚の淵へと引きずり込んでやろう

 


「という話だ」

「色々と気になるが……まず、何故信じているんだ?」

「言葉は神が作ったものだ。その言葉を人はどうやって伝え合っているか聞いていたな?」

「体内に存在する魔力と大気中に存在する魔力を共鳴させている……だったか?」

「そうだ。その魔力の作用で会話をしている。言葉とは一つの魔法だ」


 全ての者は、魂同士なら言葉に頼らずより深く伝え合える。例え、異なる世界の住人だろうと。

 言葉という魔法は肉体という隔たりを越え、世界という垣根を越え魂に呼び掛ける。


 という話をルドから聞いた。この言葉まほうを受け取ると、魂がお互いの世界の言葉に翻訳しているそうだ。

 そして稀に、教わらなくても文字を読み取れる者もいる。俺はその稀な方だった。


「俺の居た世界とは大違いだ」

「強い想いの籠った言葉、世界に大きな影響を与えた出来事は魔法となり爪痕の様に刻まれる。人々に、世界に。殆どが歳月と共に形を変え、風化するがな」

「想いの爪痕か。……迷惑な魔法だ」

 例えそれが綺麗な想いや出来事だけだとしても。

「そうだな。そしてその爪痕に体内の魔力が共鳴し、知らず知らず想いや知識、記憶を刻まれる場合がある。この事を知る者は多くない」


 出所の思い出せない話は魔法の可能性があるのか。元の世界に魔法は無かったはずだが、案外、有ったのかもしれない。


「つまり、実際に起きた出来事なのか?」

「……あぁ。だが重要なのは、この話は意図的に歪められているという事だ」

「歪められている?」

「そうだ。いいか?この事は誰にも言うな」

「それは構わないが、本当はどういう話なんだ?」

「……話は以上だ」


 そう言ってアヴァリスは出ていった。


  ベッドに腰掛けながらアヴァリスとの話を考えていると、再び扉がノックされた。


 どうやら、夜は長そうだ。


 二人目の来客はエッダだった。

「少し付き合ってくれない?」

 そう言って彼女が掲げた右手には、赤みを帯びた琥珀色の液体が入ったガラスのボトルが握られていた。


 ――グラスを合わせず掲げるだけの乾杯。

 どの世界でも蒸留酒の楽しみ方は同じなのだろうか?

 リビングから用意したそのグラスは、ワイングラスを細く小さくしたスニフターグラスに似ていた。

 蜂蜜やアプリコット、僅かにオイリーで複雑な香り。

 柔らかな口当たりにフルーツ、バニラ、ウッディさ等が感じられる。この世界も、樽で熟成させていのだろうか?

 微かに喉を焼かれる刺激に、何故か懐かしさを覚える。

 

「旨いな。バランスがいい」

「……やっと飲める相手ができたわ。ルドは蒸留酒が飲めないし、アヴァリスは飲めるみたいだけど彼、あまり話さないから」

 

 アルコールは思いの外、饒舌にさせた。

 彼女の好きな酒の話に始まり、旅先で見つけた酒や食べ物、そしてルド達との出会い等のエピソード。

 彼女は偶然ルド達と出会い、同行しているらしい。

 

 彼女にとっては思い出話でも、俺には映画や小説の中の出来事のようでいい酒の肴になった。自然と笑顔になる。彼女も笑っていた。

「女の思い出話をこんなに楽しそうに聞く男、初めて見たわ」

「話し方が上手いんだ。それに、俺にとってはお伽噺そのものだ」

「じゃあ、吟遊詩人にでもなろうかしら?……ねぇ、あなたの話も聞かせてくれる?」


 思い出が無い俺は、元居た世界とこの世界の違いなんかを話した。

 そんなつまらない話も、彼女にとってはお伽噺の様なものなのだろう。楽しそうに聞いてくれた。


「男の話をこんなに楽しそうに聞く女は初めてだ……記憶の中では、だけどな」


「第二の人生で初めての女ね」


 お互い笑った。


 そんなやり取りを繰り返しボトルが半分程空いた頃、彼女は聞いてきた。

「今日の事、どう思った?」

 心配する様な表情でもなく微笑むでもなく、彼女は優しい顔をしていた。

「そうだな……化け物の命を奪って俺に残ったのは、ナイフの感触と汚い光景だけで唯、気持ち悪かったな」


 本当はそれだけではないが、でもそれは胸に閉まっておく。

 

「やっていけそう?」

「それなら大丈夫だ。……君達がいるからな。今は頼ってばかりですまないが」

 笑いながら言ってやる。すると彼女も笑い「そう。……それなら、今夜は一人で寝れるわね?」と言って立ち上がった。


 呆気に取られていると「付き合ってくれてありがとう。おやすみなさい」と微笑んだ。


「……あぁ、おやすみ」


 挨拶を返す事しかできない。

 彼女は部屋から出ていった。

 蒸留酒の香りと、洒落た余韻を残して。

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