1 / 1
ветер свободы(自由の風)
しおりを挟む ветер свободы(自由の風)
ウォッカの入ったショットグラスを一気にあおる。この国の娯楽は酒くらいしかない
酒を飲む以外に気晴らしなどできないのだ。
それはこの国特有の日照時間が短く鬱になりやすいことも多少は関係しているかもしれない。
アルコールが脳を麻痺させる感覚
不快感が軽くなり、口も軽くなる
「なぜこうなってしまったのか」
なぜこうなってしまったのか…外交を司る外務省の側近として今日まで勤めてきた中、取り返しがつかない事態になってしまったことがショックだった。
(正直に言えばブリャーチですよこの国は、冷戦から何も学んじゃいない。西側とはうまくやるべきだったのにそれを蔑ろにし、米国さえも小馬鹿にしている)
用意されたメモにさらさらと書いたのは四十代になるかならないかの男。眉間には消えない縦皺が刻まれている。髪は白髪混じりで五十歳後半と言われても不自然ではない見た目だった。
ホテルのVIPルームの豪奢なソファに私とその男は斜めに向かい合うように座っていた。
庶民には到底払えないような値段の部屋だ。
そんな高級な部屋の一角での筆談のやり取りを二人の男が黙々としている様子は他人が見たとしたら異様に映ったことだろう。
(それだけじゃない。侵攻…戦争のせいで経済は崩壊寸前だ。ソ連時代を思わせる荒廃ぶりに涙が出てくるよ。戦時から平時に移行すればバブルが弾けるのは確実だろうな)
テーブルに映る禿頭とたるんだ自分の顔を横目に見ながら私はガリガリとメモ紙に綴る。
盗聴されないよう必要最低限の筆談であった。
携帯やデジタルタブレットもハッキングや会話を第三者から見られる可能性がある。だからアナクロなやり方が一番いい。
ある意味理に叶ったソ連式とでも言おうか
「ウォッカはどうかね」
時には酒の話で箸休めをするのも大事だ。
「私はワインをいただくよ。そういや米国は他国のワインにも関税をかけるらしいな、アメリカファーストをよほど貫きたいらしい」
「ふう…ワインなんてものは色々な国のを手軽に飲めるから楽しいと思うがね…(私は普段ワインを飲まないが)それが気軽にできなくなるようなアメリカの関税のやり方は疑問に思う」
「まったくだ」
(バブルが弾ければ今の政権は交代を免れられないだろう。この国は確実に崩壊する。私や君もただじゃすまないだろう。それよりもだ、今まで築きあげてきた他国との関係、これがどんどん壊れはじめている。このままでは欧州のほとんどは我々と敵対する…いやもうしているな、敵対したままではロシアを立て直すことは出来んだろう。つまりはこの国は生まれ変わる必要がある)
ワイングラスに中程まで注がれたロゼワインを一気に飲み干すと彼はメモにまた書き出した。
(生まれ変わるとは共産主義を終わりにすることだ)
(そんなこと出来るはず…いやしなければならないのだな古のやり方にこだわってきた悪い風習が今のロシアをここまで衰退させてしまった。で、あるなら昔のやり方をすっぱりやめ、今のやり方に変えなければこの国は生き残れない)
生き残れないまで私は書くとペンを握る手が汗まみれになった。紙ナプキンで汗を拭き取りまたペンを持ち直す。我々は何て話をしているんだ。上層部にバレたら政治犯として捕まるような内容だぞ。
ゴルバチョフからエリツィンにトップが代わり一時的に民主主義の風がロシアに吹いたが、ロシア経済を豊かにすることはなかった。
だが、数年前に始まった侵攻による経済衰退により再びロシアに民主主義の風が吹いたらどうなるか…良い方向に風が吹けばロシアも西側のように発展できるかもしれない。それには相当な痛みがともなうだろうが時代がそうだと言うなら従うしかあるまい。
「私にもワインをくれ」
「珍しいな、いつもウォッカかジンしか飲まないのに」
「たまには新しいものを試したいと思ってね」
「いいじゃないか…これは新物だけど美味いワインでね」
新しいワイングラスが用意され、並々とワインが注がれた。
「乾杯!ロシアの発展を願って」
「乾杯」
二つのグラスがカチリと合わさると私達は互いにワインを飲み干した後意味深にニヤリとした。
おわり
「困難を極め、痛みを伴うだろうが、民主主義はロシアで勝利を収めるだろう。ロシアが完全な独裁に向かうことはないだろうが、独裁主義に陥ることはあり得る。 」ミハイル・ゴルバチョフ
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる