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38 辺境の地5
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会場には、四人ほどで座れる丸いテーブルがいくつも用意されていた。
領主夫人が声をかける。
「姫花さん、最初のお席は決まっているのよ。でも、しばらくしたら私は席を回るし、話したい人のところへ行ってもいいの。とりあえず、あちらへ座ってね」
指し示されたのは、まごうことなき末席だった。主催者から一番遠く、同じテーブルの顔ぶれは、明らかに下位の神守ばかり。
姫花は「せっかく王都出身の私が来てあげたのに」と文句を言いたくなったが、その前に顔立ちのいい使用人が「さ、姫花様、こちらへ」と優雅にエスコートしたため、機嫌が直ったのだ。
(あとで、この使用人をうちで雇えないか聞いてみよう)と心の中で思いながら。
各テーブルでは、自己紹介を交えた会話が弾んでいた。姫花が座る席も同様で、順番に挨拶が進む。
「私は谷口家の寛子です。神守といっても下小位、平民みたいなものだから気楽に接してね」
明らかに平民に対して気遣う神守といった言葉に、姫花は苛立ちを隠せなかった。
「私は中小位の家の奥方だったし、実家は下中位よ。下小位とは雲泥の差があるのだから、一緒にしないで」
ぴり、と空気が緊張する。
「せっかくこの辺境の地味な会に、王都のドレスで華やぎを添えてあげたのに。こんな小物しかいないテーブルなんて、最悪だわ」
寛子の愛想笑いが消え、冷ややかな視線が突き刺さる。
「その“華やか”なお召し物は、王都の茶会ですらふさわしくありません。それどころか、この場においては禁忌に近いほど不相応であることに、お気づきではなくて?」
「な、なんですって?下小位の分際で私に意見するなんて!」
姫花は声を荒げた。周囲からクスクスと笑いが漏れる。彼女は思い出したように鼻で笑い、大声で言い放った。
「そもそも、この辺境の神守なんて、うちの商会で売ってもらえなかったら困るでしょう!もうあなたたちには何も売らないわよ!」
場が凍りつく。
――平民の身で、神守に対してここまでの暴言を吐くとは。
会場のあちこちから、抑えきれない失笑と侮蔑の視線が姫花を突き刺した。
領主夫人が軽やかに扇を打ち合わせる。
「そういえば――あなたと仲良くしていた人たちが、ここに来ているのですよ」
促され、二人の婦人が前へ進み出た。
浅井姫花だったころ、女王のように振る舞っていた頃に取り巻きだった者たちだ。
その瞳は怯えも憎しみもなく、ただ冷ややかに姫花を見据えていた。
「やはりね……昔から“神守にしては”と噂されていたけれど、あなたは本当に品というものを持ち合わせていないのね。平民に落ちぶれた今ならまだしも――平民ですら、ここまで下卑た振る舞いは滅多にしないわ。あなたほど下品な存在、探しても見つからないでしょうね」
「わかっているのかしら? あなたはいま平民よ。にもかかわらず、先ほどから神守に向けるその物言い――まったく無礼極まりないわ。ここであなたに何をしようとも、私たちが罰せられることは決してないのよ。むしろ当然だわ。……さあ、平民らしく、すぐに頭を下げて謝りなさいな」
その言葉が、姫花の最後の自制心を吹き飛ばした。
「……っ、このっ!」
――昔は私に媚びへつらっていたくせに!
二人に対して、殴りかかろうとしたそのとき、
すぐさま、同じテーブルの谷口夫人が姫花の腕を押さえ込む。それは、荒事になれた明らかに手慣れた行動だった。場内に小さなどよめきが広がり、抑えきれない嘲笑が混じった。
すぐさま警備の者が駆け寄り、姫花を取り押さえる。
領主夫人は冷たく一瞥し、静かに命じた。
「寛子様、ありがとう。……警備、憲兵へ引き渡しなさい。それと――娘の花蓮も一緒に連れて行って。どうやら、あちらでもやらかしたようだから」
警備が姫花の肩を押さえ込む。
「なっ……ちょっと待ちなさいよ!」
必死に抗議の声をあげるが、誰一人として庇う者はいない。
姫花は混乱のまま引きずられ、それでも心の中で繰り返していた。
――この辺境では、うちの商会が一番のはず。彼らだって困るに決まっている。
なぜ浅井姫花時代の取り巻きがいたのか。なぜ「この商会で買えなければ困る」と思い込んだのか。
罠に嵌められたことに気づくことなく――母娘は憲兵に引き渡され、そのまま会場から連れ去られていった。
領主夫人が声をかける。
「姫花さん、最初のお席は決まっているのよ。でも、しばらくしたら私は席を回るし、話したい人のところへ行ってもいいの。とりあえず、あちらへ座ってね」
指し示されたのは、まごうことなき末席だった。主催者から一番遠く、同じテーブルの顔ぶれは、明らかに下位の神守ばかり。
姫花は「せっかく王都出身の私が来てあげたのに」と文句を言いたくなったが、その前に顔立ちのいい使用人が「さ、姫花様、こちらへ」と優雅にエスコートしたため、機嫌が直ったのだ。
(あとで、この使用人をうちで雇えないか聞いてみよう)と心の中で思いながら。
各テーブルでは、自己紹介を交えた会話が弾んでいた。姫花が座る席も同様で、順番に挨拶が進む。
「私は谷口家の寛子です。神守といっても下小位、平民みたいなものだから気楽に接してね」
明らかに平民に対して気遣う神守といった言葉に、姫花は苛立ちを隠せなかった。
「私は中小位の家の奥方だったし、実家は下中位よ。下小位とは雲泥の差があるのだから、一緒にしないで」
ぴり、と空気が緊張する。
「せっかくこの辺境の地味な会に、王都のドレスで華やぎを添えてあげたのに。こんな小物しかいないテーブルなんて、最悪だわ」
寛子の愛想笑いが消え、冷ややかな視線が突き刺さる。
「その“華やか”なお召し物は、王都の茶会ですらふさわしくありません。それどころか、この場においては禁忌に近いほど不相応であることに、お気づきではなくて?」
「な、なんですって?下小位の分際で私に意見するなんて!」
姫花は声を荒げた。周囲からクスクスと笑いが漏れる。彼女は思い出したように鼻で笑い、大声で言い放った。
「そもそも、この辺境の神守なんて、うちの商会で売ってもらえなかったら困るでしょう!もうあなたたちには何も売らないわよ!」
場が凍りつく。
――平民の身で、神守に対してここまでの暴言を吐くとは。
会場のあちこちから、抑えきれない失笑と侮蔑の視線が姫花を突き刺した。
領主夫人が軽やかに扇を打ち合わせる。
「そういえば――あなたと仲良くしていた人たちが、ここに来ているのですよ」
促され、二人の婦人が前へ進み出た。
浅井姫花だったころ、女王のように振る舞っていた頃に取り巻きだった者たちだ。
その瞳は怯えも憎しみもなく、ただ冷ややかに姫花を見据えていた。
「やはりね……昔から“神守にしては”と噂されていたけれど、あなたは本当に品というものを持ち合わせていないのね。平民に落ちぶれた今ならまだしも――平民ですら、ここまで下卑た振る舞いは滅多にしないわ。あなたほど下品な存在、探しても見つからないでしょうね」
「わかっているのかしら? あなたはいま平民よ。にもかかわらず、先ほどから神守に向けるその物言い――まったく無礼極まりないわ。ここであなたに何をしようとも、私たちが罰せられることは決してないのよ。むしろ当然だわ。……さあ、平民らしく、すぐに頭を下げて謝りなさいな」
その言葉が、姫花の最後の自制心を吹き飛ばした。
「……っ、このっ!」
――昔は私に媚びへつらっていたくせに!
二人に対して、殴りかかろうとしたそのとき、
すぐさま、同じテーブルの谷口夫人が姫花の腕を押さえ込む。それは、荒事になれた明らかに手慣れた行動だった。場内に小さなどよめきが広がり、抑えきれない嘲笑が混じった。
すぐさま警備の者が駆け寄り、姫花を取り押さえる。
領主夫人は冷たく一瞥し、静かに命じた。
「寛子様、ありがとう。……警備、憲兵へ引き渡しなさい。それと――娘の花蓮も一緒に連れて行って。どうやら、あちらでもやらかしたようだから」
警備が姫花の肩を押さえ込む。
「なっ……ちょっと待ちなさいよ!」
必死に抗議の声をあげるが、誰一人として庇う者はいない。
姫花は混乱のまま引きずられ、それでも心の中で繰り返していた。
――この辺境では、うちの商会が一番のはず。彼らだって困るに決まっている。
なぜ浅井姫花時代の取り巻きがいたのか。なぜ「この商会で買えなければ困る」と思い込んだのか。
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