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96 婚約6
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「さあ、もうここには我々しかいない。気楽に話そう」
清瀧家当主が、朗らかに言った。
「水無瀬家の皆様。碧人のお嫁さんとして瑞葉さんをお迎えできること、ほんとうにうれしく思っていますのよ。――透子様とも、こうして縁戚を結べますし」
アオ君のお母様は、先ほどまでの上大位の奥方然とした佇まいから一転し、少女のように愛らしい笑顔を浮かべていた。
最後の言葉は早口で小声だったため、私ははっきりとは聞き取れなかったけれど。
「まさか、あなた方と縁戚を結ぶ日が来るなんて。当時は思いもしませんでしたわね」
お母様は、懐かしむように目を細めて微笑んだ。
「学生時代に、面識がおありだったのですか?」
私が口を挟むより先に、光矢が尋ねる。
「そうなの。夫だけが一つ上で、私たち三人は同級生で、同じクラスだったのよ。透子様とは、格別に仲良くさせていただいていたの」
「当時、清瀧様にはまだ婚約者がいなくてね。本当に多くの方から熱心に想われていたわ。私はもともと家同士の付き合いがあったのだけれど、私と仲の良かった琴子さんを、清瀧様が見初めたのよ」
「コホン。透子、やめてくれ。清瀧様なんて呼び方もむず痒いし、子どもたちの前でそんな話は……。蒼一君、どうにかしてくれ」
清瀧家当主が、明らかに慌てた様子で訴える。
それを見て、お母様と琴子様は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
お母様の実家は上大位で、幼い頃から交流があったのだろう。
上大位同士では血が濃くなることを避けるため婚姻ができない。その事情もあり、気負わずに付き合っていたのだと思う。
「……親戚へのお披露目は、いつ頃にしましょうか」
お父様が、さりげなく話題を切り替えた。
「そうだな。それも、なるべく早い方がいい。碧人の妻の座を狙う、うっとおしい分家どもに、きちんと知らしめねばならん」
「あなた、それも大事ですけれど……これを機に、清瀧家の親戚関係を、きちんと線引きなさっては?」
「ああ。恥ずかしながら、血がほとんど残っていないような家が、未だに分家を名乗っているらしくて」
「……どこも同じなのですね。うちもですわ。蒼一さん、いい機会ですし、整理してしまいましょう」
「そうだな。お披露目に招く分家は、厳選しよう」
「天御門家の方々もお呼びになるの?」
「ええ。この子たちとはあまり交流がなかったから、良い機会だと思って。母は相変わらずだから、出席できないけれど」
お母様は、ほんの少し寂しそうに言った。
お母様の実家である天御門家とは、ほとんど交流がない。
祖母は、私が生まれるずっと前から病で床に伏している。
とても優しい人だと聞いているが、重い病で、治る見込みはないと――。
その瞬間、頭の中に、ばばばっと映像が流れ込んできた。
祖母が亡くなったあと、しばらくして発見された特効薬。
「もう少し早く見つかっていれば」と、母が涙を流していた姿。
私は扉の隙間から、それを見ていた。
そして、当時自分でも調べたのだ。
祖母の病と、その特効薬となった植物のことを。
――翠霊草
特別珍しい薬草ではない。
だが、抽出方法を変えることで、これまでにない薬効が現れ、祖母の病の特効薬となったのだ。
これは、回帰前の記憶。
(今なら――今すぐ伝えれば、祖母は助かる……!)
強く思った、そのとき。
「姉さま、どうしたの? ぼーっとして」
光矢が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「えっ……な、なんでもないわ」
「瑞葉さん、今日は緊張も続いたでしょう。そろそろお開きにしましょうか」
琴子様が、やさしく声をかけてくれた。
「そうだな。我々ばかり話してしまって、肝心の二人があまり話せなかったな。では最後に、碧人」
「はい」
アオ君は背筋を伸ばし、こちらへまっすぐに言った。
「改めて、瑞葉さん、水無瀬家の皆様。婚約をお認めくださり、ありがとうございます。清瀧家次期当主として、未熟な点も多いですが、瑞葉さんに不要な苦労はさせぬよう、日々精進して参ります。どうか、よろしくお願いいたします」
九歳とは思えぬ、堂々とした姿だった。
「瑞葉は、私たちの大切な娘だ。碧人君、君なら任せられる。よろしく頼む」
お父様が、静かに頭を下げる。
「はい」
アオ君も、同じように頭を下げた。
こうして私たちは、正式に婚約者となり、婚籍院を後にした。
清瀧家当主が、朗らかに言った。
「水無瀬家の皆様。碧人のお嫁さんとして瑞葉さんをお迎えできること、ほんとうにうれしく思っていますのよ。――透子様とも、こうして縁戚を結べますし」
アオ君のお母様は、先ほどまでの上大位の奥方然とした佇まいから一転し、少女のように愛らしい笑顔を浮かべていた。
最後の言葉は早口で小声だったため、私ははっきりとは聞き取れなかったけれど。
「まさか、あなた方と縁戚を結ぶ日が来るなんて。当時は思いもしませんでしたわね」
お母様は、懐かしむように目を細めて微笑んだ。
「学生時代に、面識がおありだったのですか?」
私が口を挟むより先に、光矢が尋ねる。
「そうなの。夫だけが一つ上で、私たち三人は同級生で、同じクラスだったのよ。透子様とは、格別に仲良くさせていただいていたの」
「当時、清瀧様にはまだ婚約者がいなくてね。本当に多くの方から熱心に想われていたわ。私はもともと家同士の付き合いがあったのだけれど、私と仲の良かった琴子さんを、清瀧様が見初めたのよ」
「コホン。透子、やめてくれ。清瀧様なんて呼び方もむず痒いし、子どもたちの前でそんな話は……。蒼一君、どうにかしてくれ」
清瀧家当主が、明らかに慌てた様子で訴える。
それを見て、お母様と琴子様は顔を見合わせ、くすくすと笑った。
お母様の実家は上大位で、幼い頃から交流があったのだろう。
上大位同士では血が濃くなることを避けるため婚姻ができない。その事情もあり、気負わずに付き合っていたのだと思う。
「……親戚へのお披露目は、いつ頃にしましょうか」
お父様が、さりげなく話題を切り替えた。
「そうだな。それも、なるべく早い方がいい。碧人の妻の座を狙う、うっとおしい分家どもに、きちんと知らしめねばならん」
「あなた、それも大事ですけれど……これを機に、清瀧家の親戚関係を、きちんと線引きなさっては?」
「ああ。恥ずかしながら、血がほとんど残っていないような家が、未だに分家を名乗っているらしくて」
「……どこも同じなのですね。うちもですわ。蒼一さん、いい機会ですし、整理してしまいましょう」
「そうだな。お披露目に招く分家は、厳選しよう」
「天御門家の方々もお呼びになるの?」
「ええ。この子たちとはあまり交流がなかったから、良い機会だと思って。母は相変わらずだから、出席できないけれど」
お母様は、ほんの少し寂しそうに言った。
お母様の実家である天御門家とは、ほとんど交流がない。
祖母は、私が生まれるずっと前から病で床に伏している。
とても優しい人だと聞いているが、重い病で、治る見込みはないと――。
その瞬間、頭の中に、ばばばっと映像が流れ込んできた。
祖母が亡くなったあと、しばらくして発見された特効薬。
「もう少し早く見つかっていれば」と、母が涙を流していた姿。
私は扉の隙間から、それを見ていた。
そして、当時自分でも調べたのだ。
祖母の病と、その特効薬となった植物のことを。
――翠霊草
特別珍しい薬草ではない。
だが、抽出方法を変えることで、これまでにない薬効が現れ、祖母の病の特効薬となったのだ。
これは、回帰前の記憶。
(今なら――今すぐ伝えれば、祖母は助かる……!)
強く思った、そのとき。
「姉さま、どうしたの? ぼーっとして」
光矢が、心配そうに私の顔を覗き込む。
「えっ……な、なんでもないわ」
「瑞葉さん、今日は緊張も続いたでしょう。そろそろお開きにしましょうか」
琴子様が、やさしく声をかけてくれた。
「そうだな。我々ばかり話してしまって、肝心の二人があまり話せなかったな。では最後に、碧人」
「はい」
アオ君は背筋を伸ばし、こちらへまっすぐに言った。
「改めて、瑞葉さん、水無瀬家の皆様。婚約をお認めくださり、ありがとうございます。清瀧家次期当主として、未熟な点も多いですが、瑞葉さんに不要な苦労はさせぬよう、日々精進して参ります。どうか、よろしくお願いいたします」
九歳とは思えぬ、堂々とした姿だった。
「瑞葉は、私たちの大切な娘だ。碧人君、君なら任せられる。よろしく頼む」
お父様が、静かに頭を下げる。
「はい」
アオ君も、同じように頭を下げた。
こうして私たちは、正式に婚約者となり、婚籍院を後にした。
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