聖剣と歩む最果てまで

わさび醤油

文字の大きさ
17 / 17
始まりの一歩目

神秘

しおりを挟む
 あの命がけの初日からも変わることなく、森のサバイバルは依然として続行された。
 そもそも一度死闘を乗り越えたからといって極端に強くなるなんてことはない。そんな理屈が通るなら、日本にいた頃でも超人染みた力を発揮できそうだ。

 決意したからって肉体は頑丈にはならない。覚悟したからって毒には勝てない。
 何処まで行っても人間の俺には、漫画のヒーローのような感情一つで覚醒なんてするわけないのだ。

 ──まあつまりだ。何が言いたいかっていうと。

「──どえりゃぁ!!」

 獣一匹狩るだけでも全身全霊なのは変わりないということだけなのだ。
 ……いやまあ、随分と情けないのはわかってるけどさぁ。適当に雑な思考してないとやっていけないのだ。

「──ふう」

 剣に付いている黒ずんだ赤色の液体を軽く振ることで払う。獣を殺すことにも随分と慣れた、気がする。
 罪悪感はあれど、既に躊躇いはなかった。どうせ、こうして殺すのは襲いかかってくる獣だけなのだ。殺されるわけにもいかないとようやく思えるようになったのだから、もう反撃するしかないわけだ。

無論、その場に留まり続けるという選択肢はない。先日倒した鼠の死体が、次の日起きたら綺麗さっぱり消失していたからだ。
水だけで生きていけるわけもなく、生存したければ行動しなくてはならないのだ。

 絶命した獣を片手に持ちながら、いつもの拠点である湖に足を進めていく。
 幸いにして初日の鼠より強いと思える獣がいなかったのは運が良かった。とはいっても所詮は凡人。噛まれたり突き飛ばされたり、当然ながら負傷はした。
 
 人間は素手の状態では大型の犬にすら勝てないと、どこかで聞いたことがある気がする。
 全くもってその通りで、どの獣にだって一つ間違えれば簡単に息の根を止めてくるとわかる圧があった。

 善も悪もない純粋な生存競争。かつてならまず出来ないであろう野生溢れる体験にも、少しずつ適応しているはずだ。
 
 それに、強くなっていないわけではない。
 ただ走るだけなら何キロでもいけそうなくらいには疲れを感じなくなった。木の実を取るため木に登るのも全然苦にならなく実行できた。割と重いはずの剣をぶんぶん振ってもどうということもなくなった。多分今日本に戻れば、無駄に動けるんだぜアピールしていたあのうざったるい運動部連中にも無双できるくらいには動けている自信がある。
 
 クリアさんの地獄の訓練は間違ってなかった。というかひょろごみであった俺はあれくらいこなせる力が無ければ、この森では一日も持たないのだとと今なら十二分に理解できた。

 あの人がどこにいるのかは知らない。もしかしたらすぐそばで俺を見ているのかもしれないし、どこか別の場所にいるのかもしれない。
 はっきりしているのは、この森生活で一度たりとも助けるのたの文字すら感じられなかったことだけ。わかってはいたが、助け船なんか出しちゃくれないらしい。

 今、俺の耳に聞こえるのは若干乱れている己の息遣いのみ。風一つ吹かず、森の木々が揺れる音すら聞こえやしない。
 森に生き物が少ないわけではない。むしろ、オアシスなんて名が付いている程度には住み着いている獣も多く存在している。
 
 ……オアシス、か。所々で元の世界の単語と似たような言葉が混じるのはなんでだろう。たまたま一緒ということにしてもいいのだが、どうにも小骨がつっかかえたかのように気になってしょうがない。
 この世界について知っていくごとに、俺は何かを知っている様な気がしてならない。特別世界史に詳しいわけでも、他の星の知識があったわけでもない。地球の日本という小さな島国のことすらほとんど知らないこの俺がだ。

 そんな俺が何を知っているというのだ。僅かに同世代と比べてましだと言えるのは、学校を抜けて見ていた映画の知識のみ──。

「ん?」

 映画、か。そういえば、俺が日本生活の最後は映画館にいたんだっけ。
 そういや、あのとき見ていた映画もファンタジー物だったよな。案外あの映画の世界に来ていたりするのかもな。
 
 自分でも馬鹿らしいと、ちょっとだけ口元が緩むのがわかる。実に緊張感のないことだが、こんな適当な考察が出来るくらいには余裕があるのだと良い方に考えとくことにする。
 
 馴染みのある湖に戻ってこれたのは夕日もほとんど消えかけ、夜と言えるだろう時間帯であった。 
 ここに帰ってくるときはいつも暗くなってしまうのが、まるで残業帰りの社畜のようだと少し虚しくなりながら獲った獣を地面に置く。

 適当に葉や枝を集め、ライターを取り出し火を付ける。
 徐々に大きくなる火種を眺めながら、自分でもわかるくらいにすっかり慣れた手つきに嬉しいような悲しいようなよくわからない気持ちになる。
 
「あっ」

 かちかちとスイッチをいじるが、もうこのライターからは火花すら出てくる気配がなかった。
 どうやら結構長く使っていたライターが限界を迎えたらしい。まあ、たかが百均の発火装置が良くもここまで持ったと褒めるべきだろう。

 ……確か、これもあいつと買ったんだっけな。……懐かしい。
 日本からの貴重な所持品とはいえガラクタを捨てる気にはならないのは、やっぱり捨てたくないからなのだろう。

 鼻をつつく目の前にある良い感じに焼けている肉の匂いが、またナーバスになりかけていた俺の意識を注目させてくる。
 
 ひとまず考えるのを辞め、体の中から押し寄せてくる食欲のままに目の前の食材に食らいつく。
 味などどうでも良いと、割とデリケートであった舌も生臭い血の味に慣れてしまった。良い風に言えば、自然の味そのものだ。

 血抜きとかすればましにはなるのだろうかと考えたこともあるが、残念ながらやり方を知らない。異世界に来て日本の知識を生かせるとかいう連中が創作上にはいるが、生憎と特筆すべき点のなかった中学生には関係のない話だ。

「──ふうっ」

 まあ食えればいいのだと強引に納得しながら、最後の一口を放り込み食事を終える。
 後は適当に休んで寝るだけ。それをこなしていくのが一番の生存の道──。

「……そうだ」

 ぼんやりと、湖に写るまん丸なお月様を見ながらふと湧き出てくる欲望があった。
 それは日本人にとっては当たり前の様にあった至高の贅沢。そして、この世界では一回も行っていない気がすること。

 これをやれば間違いなく後悔する。少なくとも、利口だとはどんなに自分を甘やかしても愚かでしかないと理解はしていた。

 ──それでも、一気に溢れ上がってくる本能を抑えきれはしなかった。

 身につけているすべての装備を外し、己の身を包む人の理性の象徴を脱ぎ捨てていく。
 そうして生まれたままの姿に帰った状態で、意気揚々と湖まで駆けだして近づき──。

 ──飛んだ。まるで飛び込み台から全力でダイブするように、どこかの泥棒が目を奪われる美女の眠るベッドに飛び込むように全力で羽ばたいた。

 ばちゃぁん!! とはじける水の音と共に冷たい水が肌の隅々に染みてくる感覚が襲ってきた。
 久しく味わってなかった水に浸る感覚。それがたまらなく気持ちよい。
 
 纏わり付いていたすべての汚れが、浄化されていくかのように一辺に剥がれ落ちていくのがわかる。それが、俺が如何に汚れていたのかをわからせてくる。

 あまりの気持ち良さに、つい腕を回しながらバタ足をして泳ぎ始める。
 最初の内はゆっくりだったスピード。しかしいつの間にかどんどんと加速していき、いつしか全力ではしゃいでいた。

 いつぶりだろうか。久しぶりに、何も考えずに体を動かしている気がする。
 
 思えば地獄という名の訓練の連続や、サバイバルに見せかけた放置プレーしか記憶にないのが辛い。
 なんかこう、涙が出てきそうで仕方が無い。もしかしたら、顔を水につけているからわからないだけでもう出ているのかもしれない。

 突如として、まさしく頭に冷水を掛けられたかのように冷静になる。
 背中を水につけ、ぷかぷかと浮かび月を真上に輝く月を見ながらふと、考えてしまう。

 それは将来への不安。遠い未来ではなく、近い未来のこと。
 このサバイバルを乗り越えたとして、俺はどうなるんだろう。多少教えてもらったとはいえ、俺はこの世界では字すら書けない子供以下の知識力しか無いのだ。
 
 確か、クリアさんが面倒を見てくれるのは一ヶ月だっけ。それからはあの王様に従って動くのかな。
 不安しかない。何も考えないであの王城にもう一度踏み入れたら取り返しの付かないことになりそうだと、思いついただけで考えが止まらない。

 もしかしたらこのまま逃げるのもありなのかもしれないなと、思ってもいないことを音に出し、それを自分で笑う。
 
 ……いつの間にか、大分浅いところまで流れていたようだ。
 そろそろ帰ろうと、ゆっくりと立ち上がって戻るべき場所を探し始める──。

「……ああ、貴様か」

 まるで心地良い鈴の音のような声。久しく耳に入ることのなかった人の言葉にそちらを確認する。

 ──そこには金色の髪をした、神秘がそこにはあった。 
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

貧弱の英雄

カタナヅキ
ファンタジー
この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。 貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。 自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる―― ※修正要請のコメントは対処後に削除します。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2巻決定しました! 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&続刊決定!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、オリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...