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〜異世界に慣れるまで 3〜

 もう1人との出会い

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 それからというもの私は魔法の練習に励んでいた。初めて教えてもらった日も昼食を食べて少し散歩をして休憩したらすぐに練習に戻り、気づけば夕方までやっていた。
 その結果、攻撃系統の魔法以外の治癒やサポートは全て中級までは使えるようになった。苦手な攻撃系統はなんとかもう少しで中級を扱えるようになるかな?レベルまではいけた。ノワールの考え通り、風も小さな竜巻を起こすことはできるのに、何かを切るという魔法を使うことができなかった。火もライター程の火ならすぐに出せるようになったけれど、焚き火のような火はまだすぐには出せない。なかなか歯痒い。サポートと治癒は得意らしく、わりとすぐに使えるようになった。

「主様、素晴らしいです!今日で中級まで使えるようになってしまわれるとは…本当に素晴らしいです。攻撃系統も少しずつではありますが使えるようになってきておりますから、焦らずゆっくりと練習していきましょう?
 ところで主様、フラフラしたり寒気を感じたり、倦怠感があったりなど致しませんか?」

「いえ、全くありません。少し疲れてはいますが…体調不良ではないです」

「そうですか、なら良かったです! 実は先程申し上げた症状は魔力切れの症状の一つなんです。魔力切れとは、文字通り魔法を使い過ぎて魔力がなくなってしまっている状態のことです。この症状を無視して魔法を使い続けますと、最悪の場合命を落とすことになりますのでご注意下さいませ」

…そんな怖いことをサラッと言わないでほしい。命を落とす?この世界の人は、そんな危険を冒しながら魔法を使っているの?凄すぎない?それとも私がヘタレなだけ?ねぇ? 

「大丈夫ですよ主様、人それぞれですから。
さぁ主様、今日はもう帰宅致しましょう。夕食は何がよろしいですか?私がお作りさせて頂きますよ」

「ノワール本当にすみません…ありがとうございます…
夕食ですか?そうですね…オムライスが食べたいです!作れそうですか?」

「オムライスですね、かしこまりました。お作りできますよ。ルトラス様に地球の料理は教えて頂いておりますので、大抵のものは作れるかと思います」

「そうなんですか!本当に嬉しいです!」

 そう言ってノワールと楽しく話して帰ろうとしていたときだった。

  ドンッ ドンドンッ

 何かがぶつかるような音が響き渡り、焦げるような匂いも広がってくる。何があったの…?音も匂いも私達のいる湖の近くの開けている所ではなく、森の中のようだ。思わずノワールの後ろに隠れる。

「主様、大丈夫です。ご心配には及びません。この近くではないようですし、早く帰りましょう。そうすれば安全ですから」

 さぁと言って私の手を引く。いつもは優しくなのにノワールも焦っているのか、力が強い。
 でも…何故かはわからないけれど、この音と匂いの近くに行かないといけない気がする。

「ノワール、止まってください。
お願いします。私を音の発生源まで連れて行って下さい。行かないといけない気がするんです」

 そう言って真っ直ぐにノワールを見つめる。きっとノワールは反対だろう。今すぐにでも私を危険から遠ざけたいはずだ。でもどうしても行きたいのだ。行かないと後悔するような気さえする。
 絶対に行きないのだと譲らない私にノワールはやれやれと言いたげな目を向けて言う。

「わかりました、主様がそこまで仰るなら参りましょう。ただし、危険なことはなさらず私の傍から決して離れないで下さい。それが条件です」

「わかりました。必ず守ります!ありがとうございますノワール!」

 私がそう言うと頷いたノワールは私の手をとったまま音の発生源に向かって走り出す。近くにつれて焦げたような匂いはきつくなっていく。魔物なのだろうか、兎に似た姿をした生き物など様々な生き物が逃げている。
 


 どれくらい走っただろうか。もう森の中が暗くなってきた時だった。やっと目指していた場所に到着した。
光の魔法で当たりを照らすとそこには1匹のユキヒョウが横たわっていた。酷い怪我をしている。火傷が広範囲にあり、何かに切り裂かれたような傷まである。慌てて近寄ると、まだ微かにだが息があった。本当に微かだ。耳をかなり近づけて漸くしか聞こえない。正に虫の息とはこのことなのではないだろうか。それでもまだ生きているのだ。助かるかもしれない。ノワールの制止を無視して急いで体力回復薬をかける。すると目を背けたい程の火傷と傷が少しずつ癒えていく。ほぼ完治して安心したところでノワールの異変に気づく。何やら黒い空気を身に纏っていた。……確実に起こっている。

「主様?あれ程危険なことはなさらないで下さいと、私の傍から離れないで下さいと申しましたよね…?主様も必ず守ると仰って下さいましたよね…?なのにこれはどういうことです?私の制止を無視して魔法薬を使い、あまつさえ顔に耳を近づけるなど…何かあったらどうするおつもりですか!明らかにあの音の発生源と焦げたような匂いの元はあの生き物です!魔物ではなかったからよかったものの、魔物なら回復した途端に襲い掛かられても不思議ではないのですよ!それを貴方という人は…!」

「わ、わかりましたわかりましたから!本当にすみません…いてもたってもいられなくてつい…必ず守ると言ったのに、約束を守れず本当にすみません反省しています…
 あ、あの…このユキヒョウをこのままにしてはおけません…なので、私の家まで一緒に連れて行ってもいいですか…?」

 私が言った言葉に対し、ノワールの顔は般若のようになっている。わかりやすくいうと非常に怖い。やっぱりいいですごめんなさいと言ってしまいたくなる程に怖い。でもどうしても連れて帰りたいのだ。駄目かな?駄目?どうしても?と言わんばかりにノワールを見つめる。私がプルプル震えているのにはスルーしてほしい。ノワールがはぁ…と溜息をついた。

「わかりましたよ主様…連れて帰りましょう…主様は頑固なところがお有りですから、その主張は曲げないでしょう?連れて帰りますから早く帰りましょう。もう本格的に暗くなっていますし、夜の森は危険ですから。彼は私がお持ちします」

 そう言うとノワールは風を使いユキヒョウを浮かせた。プカプカと浮かせたまま歩いていく。私は慌ててついて行き「ありがとうございます」とお礼を言った。そんな私にノワールは「仕方ないですね」と言いたげた顔をした。そして再び私の手をとって歩き始めた。
 
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