僕らの鳥獣戯画

葵田そら

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第七話「カエル以外にめっちゃ増えてる」

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 帰宅後、夕飯を済ませてお風呂から上がり、自室にある離れまで戻ると、僕は「ふぅ」と溜息を漏らす。
 親戚のお兄さんとはいえ、急に二人で共同生活というのは、少し気を使うところもある。ましてや、クラスの担任だ。同居家族にしか分からないような私生活が内申に響いたりはしないだろうけど、変な緊張はある。
 湯上りのほてった体を冷ましながら、ぼんやりと頭にする。
 明後日、この部屋に正堂せいどうさんが来る。掃除は一昨日したばっかりだ。変な物も持って来ていない。というか、持っていない。よし、大丈夫だ。って、そうじゃない。
 この部屋に入るの? 入って来るの?
 今まで部屋に女の子が来たことがなかったワケじゃない。むしろ、彼女がいた。自分でも信じられないほどで、しかもクラスで一番か二番くらいの可愛い子だった。しかもしかも、告白してきたのは向こうからだ。
 何で僕? と、付き合い出して少し経ってから聞いてみると、んー。と、彼女は体を身じろぎさせて、『全部かな?』と照れながら言った。
 僕は、それって何もないのと同然じゃないか? と、一気に冷めてしまった。僕も彼女に特に惹かれるものは持っていなくて、最初から盛り上がりはなかったと言える。結局、三か月程で自然消滅とやつだった。
 比べる訳じゃないけれど、正堂さんが頭に浮かんだ。
 ただの一目惚れ。のはずが、一気に恋してしちゃってないか? いや一目惚れの時点で恋なのか?
 どちらから分からなくなったけれど、正堂さんのことを考えると、心が、胸がそわそわ落ち着かなくなる。目に見えず、言葉にならない感情が動き出す。まだ上手く言葉に表せないけれど、この気持ちを伝える日が来るのだろうか。

 ──ピコン

 僕の煩悩を払拭するかのごとく、スマホから着信音が鳴る。
 開けば、

『今日の夕飯、何だった?』

 いつもの女子からのメッセージ。

『ミートスパゲティだよ』

 と、余計な情報は一切入れずに返信する。すると、秒速で再び着信音が鳴った。

『葛斎くん、スパゲティ好きなの?』
『まぁまぁかな』
『好きな食べ物ってなに?』

 おいおい、ちょっと待ってよ。何だか功兄こうにいのことではなく、僕の方へと話題が向かっていってない? これはどうゆう意図なのかと探るのはやめる。あまり僕は詮索されたりするのが好きじゃないので、そこでメッセージをストップさせて放っておく事にした。どうせ、もう少ししたら『おやすみ』と、可愛いスタンプが届く。
 スマホの画面を閉じたところで、机の椅子の背にもたれると、グィーッと背中を反らして伸ばした。そして山積みされたノートのコピーの山に挑むべく気合いを入れた。

 ──コト
 ──コトコト

 僕は教科書とノートを開く。

 ──コトコト
 ──コトコトコト

 頭を集中させてもくもくと取り掛かる。

 ──シア……
 ──メシア……

 イヤホンを取り出して耳に差すと、スマホから大音量で音楽を流す。

 ──メシアさま!
 ──メシアさま!

 僕は今まで、ほぼ怒ったことがない。ちっちゃな頃の記憶にないけれど、駄々をこねる程度だっただろう。思春期の今も特に目立った反抗期はない。なのに、

「あぁ、うっさい!」

 乱暴に吐き捨てた。そして、部屋を出ると廊下をドカドカと大股広げて、向かった先は書斎。ふすまを思いっ切り音を立てて開ける。

 ──キャーッ
 ──キャーッ

 昨夜のチビガエルたちが手足をバタつかせて逃げ回り走っていた。
 これはもう、夢じゃない。と、僕は頬をつねって、そのリアルな痛みに確信した。

「へぇ、この坊ちゃんがそうか?」
「まぁ、かわいいわね、フフフ」
「そんな怒るなよ、ビックリしたなぁーもぅー」

 何? こいつら? キャラ増えてる?
 サルとキツネとウサギ──昼間、功兄から教わった鳥獣戯画とかいう登場人物たちと一緒じゃないか。もちろん、カエル同様に漫画的なビジュアルだ。二本足で立ったり座ったりしている。

「また、お会いしましたな。皆の者、よく聞くがよい。こちらが、あの儒功殿の血を引くお方、文也殿じゃ」

 あのカエルが、僕を他の鳥獣たちに得意気な顔で紹介した。

「何を勝手に紹介してんの?」
「おぉ、そうじゃった。こちらから紹介せねばの。失礼した」
 カエルがコホンと咳払いを一つ、他の者に目配せをすると、
「あたし、キツネ。犬じゃなくてよ、オホホホ」

 キツネだけど、キツネの襟巻と大きなダイヤの指輪が似合いそうなマダムのイメージをしている。

「おいらは、ウサギ」

 ピョンと自慢そうにジャンプをしてみせた。クラスに一人はいそうなひょうきん者だ。

「俺は猿だ、言うまでもねぇ」

 しゃがれ声で寝そべって片肘をつき、オヤジのように酒を飲むサル。

「って、その酒、どこから? まさかうちの冷蔵庫から? いや、それより、あなたたちって名前はないの?」
「初対面で人を泥棒呼ばわりは気に食わねぇが、名前だぁ? おまえはあるか? カエルよ」
「これこれ、文也ふみや殿はまだ我々の事と自分の身に起きた事を、うまく飲み込めておらぬ。乱暴な物言いはやめなされ。名前じゃが、うむ、考えてみればないようじゃ。だが、気にするでない」
「そうするよ」
「さぁさぁ、文也殿もお座りなされ」

 カエルに促され、僕はチカチカと点滅する蛍光灯の下に座る。向かって真正面に正座したカエル。右に寝そべったままの猿。右に扇を持ったキツネ。ウサギは落ち着きなく、部屋の中をうろついている。円座の真ん中でチビガエルがチョロチョロしていた。
 何だ、この図は?
 現実は小説より奇なりというけれど、まさにこのことか。

「あなたたちは、鳥獣戯画の登場人物?」
「うむ、その通りじゃ。あれから、色々と勉強されたようじゃの」
「とても古い国宝ものの絵巻きだって。うちにそんなのがあるワケないよ。それに、お坊さんが描いたって聞いたし」
「無論、わしらは鳥羽僧正殿が手掛けた作品ではない」
「あったり前だぁ」

 と、サルが酒をグイッと飲む。

「じゃあ、ニセモノなんだ?」
「偽物とは、少々悪意を感じるのぅ。せめて模写とか、今風に二次創作と言ってほしいが、偽物は偽物に違いない。オブラートに言葉を包まぬ、お主が好きじゃ」
「ホホホ、若くて素直な子なのねぇ。世の中には嘘で身を固めたり、甘い誘惑で罠を仕掛けてくる人もいるから、引っ掛からないように気をつけなさぁい」

 キツネに「おまえがそれ言うか」と、サルが突っ込んだ。

「じゃあ、あなたたちの二次創作ってのはいつ作成されたの?」
「儒功殿が描かれたのは、江戸時代じゃ」

 意外と新しかった。それでも、江戸時代は遥か昔だけど、そんな時代から葛斎家は代々耐えずに続いているのかと、家系図が知りたくなった。

「あの頃は、すごかった。浮世絵や日本画など、天才的な絵師が次々と生まれていった。鳥獣戯画に魅了された者も多く存在した。もちろん、そのうちの一人に儒功じゅこう殿がおる」
「ふぅん。で、その儒功さんが描いた絵巻が損傷したってのはいつ? そのせいであなたたちは宿るべき場所を失ったとか言ってなかったっけ?」
「うむ、あれはじゃのぅ……」
「おまえ、あの江戸の大火災、知らねぇのか? 阿鼻叫喚とはあのことだぜ。女も子供も命からがら逃げたんだ。火元は男女の無理心中って噂だ、ったく。あん時に俺らの絵巻はほとんど損傷したんだよな」

 と、サルが。どっかにありそうな、ないような話。時代劇ではいつも江戸は燃えてるイメージだ。というか、何で江戸にいたんだ。

「でも、僕のご先祖さまが修復してくれたんでしょ? なんでまだ未完成のまま?」
「いい質問ですねぇ」

 と、ウサギのふざけた態度に、カエルがゴホンと咳払いを一つする。

「何度か完成の兆しが見えたこともあるが、才能ある後継者はなかなか現れず、何代も生まれなかった時代もあった」
「その間に、虫食いで穴が……あぁん、ヤダヤダ」

 キツネが両手を合わせて、イヤンと変な色気を出して体をくねらす。どうでもいいけど、メスなのだろうか。

「事情は何となく分かったけど……でも、その後継者ってのが何で僕なワケ? それこそ、功兄じゃダメなの?」

 どうしてもそこが腑に落ちない。

「いい質問続きだねー」

 ふざけてやまないウサギに、カエルはもう無視をして腕を組み、「うむ」と目を閉じ頷く。そして、

功太こうた殿は習字がとてもお上手じゃが、書道は苦手のようじゃのぅ。特にわしら白描に関しては才能とはほど遠い。何かを生み出すという力が弱いんじゃ。その生み出されたものを後世に伝える役目は立派に担うじゃろがのぅ。もう才能ある葛斎家の人間が生まれてくるのは難しいのではないかと諦めかけておった。そこへ誕生したのが、功正こうせい殿の血を強く引く文也殿じゃ。わしらは見事、お主の手により完全復活すると信じておる」
「その根拠はどこから?」

 カエルの喋る内容は一見して説得力がありそうだけど、そう簡単に流されたりはしない。僕は白々しい目線を送る。

「昨夜、あの光り輝く筆を見たであろう。あの筆こそ、我ら救世主の訪れの証じゃ」
「あの、ただの筆が?」

 光ったのは、この部屋が薄暗くて蛍光灯がチカチカ点滅してるせいだと、後で冷静に考えれば説明が付いた。

「その〝ただの筆〟をどこへやった? お主が大事に持っておるのではないか?」
「うっ」
 と、返す言葉を詰まらせる。

「まぁ、よい。いずれあの筆が全てを語るであろう」

 確かに、普通の筆とは違う感覚を覚えたけれど、それだけだ。でも、実際に使ってみれば、本当に分かるというのか。

「……僕は部屋に戻るよ」

 いくら話し合ってみても答えが出そうにないので、逃げる。とりあえず一旦、頭を冷やしたい。それをカエルは勘違いして、

「おぉ! 早速、あの筆を持ち出して使う時がきたのじゃの!」
「いや、勉強があるから」
「む、勉強であるか。それは致し方ないでござるの」
「教養は必要よ。そこら辺のわっぱに、あたしたちは描けないわ」
「フンッ、才能に勉強もクソもあるかい。ヒック、あー酒がもうねぇ」
「酒を買いに行ける、読み書きそろばんができればいいんだよね!」

 鳥獣たちは好き勝手に言いたい放題だった。戯画の修復などと言う話には無理を感じるし、どんなにすごい筆を持とうとも、僕には描けそうにない。でも、居場所や仲間を失った悲しみと辛さは、今の僕には共感できる。僕にしかできず、僕にならできるというのならば、助けてあげるべきだろう。でもまさか、それが人助けじゃなく鳥獣助けになろうとは、思いつきもしなかった。

「あなたたちの存在が夢でないのは分かったし、絵巻に関しては、できるだけ協力するよ」
「おぉ、ようやく信じて下さったでござるか。どうか、どうか、よろしくお願い申しまする」

 カエルは深々と頭を下げると、チビガエルたちと一緒に喜び合って舞う。

 ──フッカツ!
 ──フッカツ!

 いつしか、どこからかサルが用意した酒で、小さな宴が始まった。

「ほら、おまえも飲めよ」
「いや、未成年だから」
「ちぇーっ、つまんねぇこと言いやがんの」

 結局、どんちゃん騒ぎはしばらく続き、僕は部屋に戻るに戻れず勉強ができなかった。
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