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第九話「僕たち全員のルーツが判明」
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林田がふくれっ面でブー垂れた。
「なんで、オレだけおまえと寝んの?」
「そりゃあ、男女が一緒の部屋では泊まれないからだよ」
あの後、正堂さんの言う〝なぜ自分には鳥獣たちが見えるのか〟という謎を解明するべく、皆で泊まり込み調査をしようと言い出したのだった。はっきり言って僕は乗り気ではない。正堂さんも同じ気持ちかもしれないけれど、疑問は晴らしたいとは思っているはずだ。
そんな訳で、女子は功兄のいる母屋へ。男子である林田は離れにある僕の部屋で泊まる事になったのだった。
「それを言うなら、葛斎先生はいいのかよ? 未成年の女の子と一緒って、軽く犯罪だろ」
「うん、だから事前に親御さんに連絡してたし、教え子に手を出して教師という職を失うほどバカじゃないから、功兄は」
「まぁな、でも頭では色々妄想してたりしてな」
それは林田だろうと、心でつぶやく。功兄の頭の中はそんな事よりも、明日の朝食の献立でいっぱいに違いない。
僕が怪しんでいると、
「おいおい、冗談だって。でも、せっかくだしトランプでもやろうぜ、退屈だ」
「なぜ泊まっているのか、本来の目的を見失ってるよ」
「ハイハイ、それも分かってますよ。その、鳥獣とやらはいつ現れるんだ? 真夜中か?」
「んー、夜遅く? そろそろ……」
言ったところで、例の物音と声が聞こえ出した。
──キャク
──キャク
僕は真面目に予習と復習の勉強をしていた手をピタリと止める。
「……聞こえてる」
「え? マジ? オレ、何も聞こえないケド?」
「林田、正堂さんたち呼んで来て」
「分かった」と、素早く林田は母屋へと飛んで行く。
書斎まで近づき中の様子に耳を傾けると、そっとふすまを開いた。すると──例によってカエルたちがいた。しかも何故か正坐をしていて、まるで待ち受けていたかのようだけど……
「ようこそ。お待ちしておりました」
その通りだった。
「一体、どうしたの? 何が狙い?」
「何も企んではおらぬ。お客様のお出迎えには当たり前の礼儀作法というもの。む? お客様はどちらじゃ?」
遅れてドカドカと騒がしく足音を立てながら、林田と明瀬さんがやって来る。
「どこだ?」
「どこっ? どこっ?」
二人は僕を押しのける勢いだ。続いて、正堂さんが静かに廊下を歩いて来る。三人は部屋の中を覗き込む。
「おおおっ」
と、カエルが何かにうろたえるよう叫んだ。
──マリアサマ!
──マリアサマ!
チビガエルが一様に合唱する。
「あなた様は、聖なるマリア様ですな?」
カエルたちが一番後ろに立っている正堂さんを見て言う。僕は振り返る。正堂さんは驚きもせず冷静に、
「カエルさん、お久しぶりです」
とりあえず、カエルの言った事は後回しにしたようで、礼儀正しく挨拶を交わした。
「見えるの?」
「えぇ」
僕は正堂さんに確認すると、
「メシアの次は、マリアだって?」
カエルを問い詰める。
「左様。マリア様とは比喩であるが……名は正堂殿と申されるか。葛斎家の女系ですな。まさか女系にこのような強い力を持たれる御方がいようとは……」
それって、正堂さんと僕は親戚? 血が繋がっている?
いや、そうだとしても、かなり遠縁だから心配ない。と、ホッとしたのち、自分は一体何を馬鹿なこと考えているんだと、一人恥ずかしくなる。
「し、知ってた?」
顔をそらしたまま、正堂さんに尋ねる。
「いえ。ですが、なぜ私に鳥獣たちが見えるのかが分かりました」
正堂さんは至って冷静だ。
「ちょっと、ちょっとぉー、じゃあ、あたしにも見えるのはなぜ?」
「待てっ! オレには見えないぞ? 何が起きてるのか実況しろよ!」
二人が割って入ってくると、カエルは林田には見向きもせず、明瀬さんの方を見るや否や、カエルは丸い目をギョッと見開く。
「あ、あなた様は……」
「今度は、なに?」
僕はもう、何を聞かされようとも驚かない自信がついていた。
──カミサマ!
──カミサマ!
チビガエルたちが騒いで動き回る。
「え? あたし?」
明瀬さんは動揺する。
「ちょっと待って、そのカミサマって、もしかして……」
「左様。わしも信じられぬ。まさか、あの和紙職人の子孫と、この場で出会うとは……」
カミはカミでも〝紙〟だった。
僕は白々しくカエルを見たけれど、明瀬さんは気にする事なく、奇妙なカエル相手にも人懐っこく明るく話かける。
「どゆこと? 確かに、うちは代々受け継がれてる老舗のお店みたいだけどー?」
「その通りである。和紙といえば、明瀬じゃ。明瀬の和紙に及ぶ物は他にあるまい。わしらの絵巻にも使われておる」
「えー?」
明瀬さんは、昼間見ていた鳥獣戯画の絵巻を再度手に取り、まじまじ観察する。安い和紙に描かれた物ではないのは、言われずとも素人の僕にでも分かる。けれど、なんて偶然だ。
「なんという巡り会わせじゃ」
まさにそうだ。すぐには信じられない。僕らの出会いは運命なのか。しかし、
「おい、オレは何だ?」
林田が一人だけ置いてけぼりに運命から外されていた。
「林田は?」
僕はカエルに質問するも、「こやつは何者でもない」と返ってきた。どうやら、何の縁もゆかりもないらしい。
「……だってさ」
「別にいいけどな、ゲロテスクなカエルなんて見たくない」
そうは言っているけれど、少し寂しそうだった。
「よっし、じゃあ今から描いてみろよ、正堂」
「え? 何言ってんだよ、林田」
「文也より描けるだろ? それに、その〝力〟とやらを今この場で試すんだよ」
「そっか、そっか、そうだわ!」
と、困惑している正堂さんをよそに、二人は戸棚から書道具を集め出す。いくら何でも無茶ぶりだと思いつつ、僕もどうなるのか興味があったし、知りたかった。
部屋の隅に片してあったテーブルを部屋の中央に置き、その上に書道具を用意し、「さぁさぁ」と林田と明瀬さんが正堂さんを座らせる。
最初は困惑していた正堂さんだけど、半紙を前にすると、落ち着き払った表情になり、静かに筆を持つ。そして、目を閉じて近くに何かを感じ取っているかのようだと思えば、目を開いて穂先に墨汁をつけると、素早くリズムを取るように筆を半紙の上に躍らせた。
ほぅ。と、僕はそっと息を漏らした。正堂さんが鳥獣戯画を実際に描いている姿を見るのはこれが初めてだ。
「おぉ……」
カエルも同じく、感嘆している。
当の本人である正堂さんだけが、あまり納得をしていない顔で筆を置くと、
「この程度です」
謙遜ではなく、本心から出た言葉のようだった。
「チビたちよ!」
カエルが合図をかけると、チビガエルが半紙に向かって飛び跳ねた。そのまま、スゥと吸い込まれていったかと思えば、筆で描かれた線画がポゥと光を放った。
「わぁ、なに? なに?」
「何だよ、コレ」
明瀬さんはその輝きに目をきらめかせる。林田にも光だけは見えるようだった。正堂さんは、その光景をじっと見つめる。
「何が起こってんの?」
「正堂殿が描いた〝形〟に魂が宿ったのじゃ!」
言ったが途端、光がパッと消えてチビガエルがピョンと飛び出し戻って来た。
──カユイ……
しょぼくれた声をでポツリと。
「かゆいとな。ふむ、これは……なんと目の粗い半紙でござるか」
「あ、ごめーん。それ清書用じゃないの。どこにあるか分かんなくて」
「いや、それだけではござらぬ。正堂殿には大変失礼じゃが、生命を宿すほどの〝力〟が足りなかったと思える」
正堂さんは気を悪くすることなく、「その通りだと思います」と自らの力を認めた。
「半紙もじゃ、やはり明瀬の物に敵う物はない」
「そりゃ、そうよ」
明瀬さんが、エッヘンと胸を張って言い切る。
「うむ」とカエルは腕を組み考えるポーズを取ると、正座して明瀬さんの方を向く。
「明瀬のご子孫よ、どうか我々のために和紙を作って下さらぬか?」
「えぇっ?」
「お願い申し上げる」
カエルは深く頭を下げ、同様にチビガエルたちの頭も手で押さえて下げさせる。
「マジ? マジ?」
「無理でござるか?」
「いや……無理っていうか……」
楽観的主義の明瀬さんも、さすがにうろたえている。僕は、
「素直に断っていいよ」
正常な判断としてアドバイスした。だって、そうだろう。そんな作業をどこで行えばいいと言うのか。それ以前に、僕らはまだ学生だ。勉強もある。だが、明瀬さんは違った。
「……わかったわ」
「え? まさか……」
「やってやるわよ、和紙作り!」
両手に拳を握り、意気揚々に答えた。断るなどという考えは最初からなかったのだと知る。
「何だよ、和紙作りって、おい!」
カエルの声が聞こえない林田に胸元を掴まれ、忘れていた解説を入れる。
「和紙作りって、今までのおままごとじゃあないんだろ? おまえ、作れるのか?」
僕も一番気になっている質問を林田が明瀬さんにぶつける。
「もちろん、作れないわ」
あっさりと。「なら、引き受けるな!」林田が大いに突っ込むも、
「作れないなら、作れるようになるまでよ。作れないと言っても、作り方くらい知ってるし、作るだけならできるわ。ただ、明瀬の名に恥じないレベルを作るとなると、修行が必要よ」
「それ、どんだけかかるんだよ?」
「そんなの、分かんないわよ」
ごもっともな回答に、林田はコケる。僕も、そりゃそうだと思った。しかし、それまで、このカエルたちと僕はどうなるのか。毎晩、騒がれるなんて、ごめんだ。
「心配しないで、なんてったって、あたしは明瀬の和紙職人の孫よ! おじいちゃんに教わって伝授してもらうわ!」
明瀬さんは胸をドーンと叩いた。カエルたちはその頼もしさに、安堵と期待を胸に抱いている。
「七海、おじいちゃんちって、県外じゃないの?」
ふと、冷静な質問を正堂さんが口にする。何も知らない僕と、同様に思い出したように林田も明瀬さんを振り返る。
「県外って言っても、隣県よ。ここから電車で二時間くらいかな?」
「遠いだろ。毎日通える距離じゃねぇ」
「そう。だ、か、ら」
何が、だからなのか。明瀬さんはスゥと息を吸って、
「夏休みに、おじいちゃんちへ行くの! みんなで!」
ピーンッと人差し指を立てた。が、僕の頭はまるでピンとこない。
「あ、行きたい」
正堂さんは親友らしき明瀬さんの意図が汲めたのか、単純に遊びに行きたいのか、ほんわかと笑顔になった。この薄暗い部屋じゃなければ、その可愛いさをよく見ることができただろうにと、僕はチカチカする蛍光灯をにらんだ。
「オレも!」
林田がすかさず話に乗る。僕は、
「それって、和紙作りを教わりにって事?」
大事な部分を確認する。
「そっ!」
「そんな短時間で修得できるものなの?」
失礼ながら聞くも、「そんなの、やってみないと分かんないわ」と、またしてもごもっともに返される。
「よし、じゃあ夏休みは明瀬のおじいちゃんちへ旅行って事だな?」
場は楽しくなり始めた。チビガエルたちが、
──ヤッタ!
──ヤッタ!
と飛び跳ね、「わしらは行けん」とカエルが言い聞かせると、チビガエルたちはしょぼんと頭を垂れた。
「じゃが、何も心配には及ばぬ。明瀬のご子孫様じゃ、見事に短期集中に技を会得するであろう」
「いやぁ、そこまで持ち上げられちゃあ……」
頭をポリポリ掻く明瀬さんだけど、自信は絶対にあるはずだ。
「それよりもじゃ」
カエルは僕の方を向くと、キリッと眉を寄せて厳しい表情を作る。
「文也殿、そなたにも修行が必要じゃ!」
「あー……はいはい」
カエルは〝修行〟という言葉を覚えたてのように使った。数日前に頭を下げて願ってきた謙虚な態度はどこへいったのだろうか。
「まずは、これを百枚くらい模写ってカンジ?」
明瀬さんが先程、正堂さんが描いたカエルの絵をひらりと僕の前に突きつけてきた。林田が、僕の肩に手をポンポンと叩き、「おまえも、ガンバレ。明瀬に負けるぞ」と、勝ち負けなどといった体育会系のノリが苦手だと知っておきながら、意地悪に言ってくる。
ガラッ──
と、玄関が開く音がしたかと思えば、「おーい」と功兄の呼び声がした。
「何やってるんだ? もう9時過ぎてるよ。消灯だよ」
そんなものは修学旅行の時くらいだと思いつつ、「はーい」と僕らは良い子の返事をして、僕と林田は部屋へと、正堂さんと明瀬さんは功兄と一緒に母屋へと戻って行く。カエルたちの姿も消えていた。
「ダメだ、ヘンに頭が興奮して眠れそうにない」と言ったのは林田で、僕は疲れ切って、まぶたが重い。再来週には期末テストで、それが終われば夏休みがやって来る。そしたら──そこで僕は初めて気がづく。
夏休み、正堂さん(と、他二名)と旅行だ!
林田と同じく、一気に興奮して眠気が飛んでいった。すでに何かが起こってしまっている。ドキドキの夏休みが待っている。
「なんで、オレだけおまえと寝んの?」
「そりゃあ、男女が一緒の部屋では泊まれないからだよ」
あの後、正堂さんの言う〝なぜ自分には鳥獣たちが見えるのか〟という謎を解明するべく、皆で泊まり込み調査をしようと言い出したのだった。はっきり言って僕は乗り気ではない。正堂さんも同じ気持ちかもしれないけれど、疑問は晴らしたいとは思っているはずだ。
そんな訳で、女子は功兄のいる母屋へ。男子である林田は離れにある僕の部屋で泊まる事になったのだった。
「それを言うなら、葛斎先生はいいのかよ? 未成年の女の子と一緒って、軽く犯罪だろ」
「うん、だから事前に親御さんに連絡してたし、教え子に手を出して教師という職を失うほどバカじゃないから、功兄は」
「まぁな、でも頭では色々妄想してたりしてな」
それは林田だろうと、心でつぶやく。功兄の頭の中はそんな事よりも、明日の朝食の献立でいっぱいに違いない。
僕が怪しんでいると、
「おいおい、冗談だって。でも、せっかくだしトランプでもやろうぜ、退屈だ」
「なぜ泊まっているのか、本来の目的を見失ってるよ」
「ハイハイ、それも分かってますよ。その、鳥獣とやらはいつ現れるんだ? 真夜中か?」
「んー、夜遅く? そろそろ……」
言ったところで、例の物音と声が聞こえ出した。
──キャク
──キャク
僕は真面目に予習と復習の勉強をしていた手をピタリと止める。
「……聞こえてる」
「え? マジ? オレ、何も聞こえないケド?」
「林田、正堂さんたち呼んで来て」
「分かった」と、素早く林田は母屋へと飛んで行く。
書斎まで近づき中の様子に耳を傾けると、そっとふすまを開いた。すると──例によってカエルたちがいた。しかも何故か正坐をしていて、まるで待ち受けていたかのようだけど……
「ようこそ。お待ちしておりました」
その通りだった。
「一体、どうしたの? 何が狙い?」
「何も企んではおらぬ。お客様のお出迎えには当たり前の礼儀作法というもの。む? お客様はどちらじゃ?」
遅れてドカドカと騒がしく足音を立てながら、林田と明瀬さんがやって来る。
「どこだ?」
「どこっ? どこっ?」
二人は僕を押しのける勢いだ。続いて、正堂さんが静かに廊下を歩いて来る。三人は部屋の中を覗き込む。
「おおおっ」
と、カエルが何かにうろたえるよう叫んだ。
──マリアサマ!
──マリアサマ!
チビガエルが一様に合唱する。
「あなた様は、聖なるマリア様ですな?」
カエルたちが一番後ろに立っている正堂さんを見て言う。僕は振り返る。正堂さんは驚きもせず冷静に、
「カエルさん、お久しぶりです」
とりあえず、カエルの言った事は後回しにしたようで、礼儀正しく挨拶を交わした。
「見えるの?」
「えぇ」
僕は正堂さんに確認すると、
「メシアの次は、マリアだって?」
カエルを問い詰める。
「左様。マリア様とは比喩であるが……名は正堂殿と申されるか。葛斎家の女系ですな。まさか女系にこのような強い力を持たれる御方がいようとは……」
それって、正堂さんと僕は親戚? 血が繋がっている?
いや、そうだとしても、かなり遠縁だから心配ない。と、ホッとしたのち、自分は一体何を馬鹿なこと考えているんだと、一人恥ずかしくなる。
「し、知ってた?」
顔をそらしたまま、正堂さんに尋ねる。
「いえ。ですが、なぜ私に鳥獣たちが見えるのかが分かりました」
正堂さんは至って冷静だ。
「ちょっと、ちょっとぉー、じゃあ、あたしにも見えるのはなぜ?」
「待てっ! オレには見えないぞ? 何が起きてるのか実況しろよ!」
二人が割って入ってくると、カエルは林田には見向きもせず、明瀬さんの方を見るや否や、カエルは丸い目をギョッと見開く。
「あ、あなた様は……」
「今度は、なに?」
僕はもう、何を聞かされようとも驚かない自信がついていた。
──カミサマ!
──カミサマ!
チビガエルたちが騒いで動き回る。
「え? あたし?」
明瀬さんは動揺する。
「ちょっと待って、そのカミサマって、もしかして……」
「左様。わしも信じられぬ。まさか、あの和紙職人の子孫と、この場で出会うとは……」
カミはカミでも〝紙〟だった。
僕は白々しくカエルを見たけれど、明瀬さんは気にする事なく、奇妙なカエル相手にも人懐っこく明るく話かける。
「どゆこと? 確かに、うちは代々受け継がれてる老舗のお店みたいだけどー?」
「その通りである。和紙といえば、明瀬じゃ。明瀬の和紙に及ぶ物は他にあるまい。わしらの絵巻にも使われておる」
「えー?」
明瀬さんは、昼間見ていた鳥獣戯画の絵巻を再度手に取り、まじまじ観察する。安い和紙に描かれた物ではないのは、言われずとも素人の僕にでも分かる。けれど、なんて偶然だ。
「なんという巡り会わせじゃ」
まさにそうだ。すぐには信じられない。僕らの出会いは運命なのか。しかし、
「おい、オレは何だ?」
林田が一人だけ置いてけぼりに運命から外されていた。
「林田は?」
僕はカエルに質問するも、「こやつは何者でもない」と返ってきた。どうやら、何の縁もゆかりもないらしい。
「……だってさ」
「別にいいけどな、ゲロテスクなカエルなんて見たくない」
そうは言っているけれど、少し寂しそうだった。
「よっし、じゃあ今から描いてみろよ、正堂」
「え? 何言ってんだよ、林田」
「文也より描けるだろ? それに、その〝力〟とやらを今この場で試すんだよ」
「そっか、そっか、そうだわ!」
と、困惑している正堂さんをよそに、二人は戸棚から書道具を集め出す。いくら何でも無茶ぶりだと思いつつ、僕もどうなるのか興味があったし、知りたかった。
部屋の隅に片してあったテーブルを部屋の中央に置き、その上に書道具を用意し、「さぁさぁ」と林田と明瀬さんが正堂さんを座らせる。
最初は困惑していた正堂さんだけど、半紙を前にすると、落ち着き払った表情になり、静かに筆を持つ。そして、目を閉じて近くに何かを感じ取っているかのようだと思えば、目を開いて穂先に墨汁をつけると、素早くリズムを取るように筆を半紙の上に躍らせた。
ほぅ。と、僕はそっと息を漏らした。正堂さんが鳥獣戯画を実際に描いている姿を見るのはこれが初めてだ。
「おぉ……」
カエルも同じく、感嘆している。
当の本人である正堂さんだけが、あまり納得をしていない顔で筆を置くと、
「この程度です」
謙遜ではなく、本心から出た言葉のようだった。
「チビたちよ!」
カエルが合図をかけると、チビガエルが半紙に向かって飛び跳ねた。そのまま、スゥと吸い込まれていったかと思えば、筆で描かれた線画がポゥと光を放った。
「わぁ、なに? なに?」
「何だよ、コレ」
明瀬さんはその輝きに目をきらめかせる。林田にも光だけは見えるようだった。正堂さんは、その光景をじっと見つめる。
「何が起こってんの?」
「正堂殿が描いた〝形〟に魂が宿ったのじゃ!」
言ったが途端、光がパッと消えてチビガエルがピョンと飛び出し戻って来た。
──カユイ……
しょぼくれた声をでポツリと。
「かゆいとな。ふむ、これは……なんと目の粗い半紙でござるか」
「あ、ごめーん。それ清書用じゃないの。どこにあるか分かんなくて」
「いや、それだけではござらぬ。正堂殿には大変失礼じゃが、生命を宿すほどの〝力〟が足りなかったと思える」
正堂さんは気を悪くすることなく、「その通りだと思います」と自らの力を認めた。
「半紙もじゃ、やはり明瀬の物に敵う物はない」
「そりゃ、そうよ」
明瀬さんが、エッヘンと胸を張って言い切る。
「うむ」とカエルは腕を組み考えるポーズを取ると、正座して明瀬さんの方を向く。
「明瀬のご子孫よ、どうか我々のために和紙を作って下さらぬか?」
「えぇっ?」
「お願い申し上げる」
カエルは深く頭を下げ、同様にチビガエルたちの頭も手で押さえて下げさせる。
「マジ? マジ?」
「無理でござるか?」
「いや……無理っていうか……」
楽観的主義の明瀬さんも、さすがにうろたえている。僕は、
「素直に断っていいよ」
正常な判断としてアドバイスした。だって、そうだろう。そんな作業をどこで行えばいいと言うのか。それ以前に、僕らはまだ学生だ。勉強もある。だが、明瀬さんは違った。
「……わかったわ」
「え? まさか……」
「やってやるわよ、和紙作り!」
両手に拳を握り、意気揚々に答えた。断るなどという考えは最初からなかったのだと知る。
「何だよ、和紙作りって、おい!」
カエルの声が聞こえない林田に胸元を掴まれ、忘れていた解説を入れる。
「和紙作りって、今までのおままごとじゃあないんだろ? おまえ、作れるのか?」
僕も一番気になっている質問を林田が明瀬さんにぶつける。
「もちろん、作れないわ」
あっさりと。「なら、引き受けるな!」林田が大いに突っ込むも、
「作れないなら、作れるようになるまでよ。作れないと言っても、作り方くらい知ってるし、作るだけならできるわ。ただ、明瀬の名に恥じないレベルを作るとなると、修行が必要よ」
「それ、どんだけかかるんだよ?」
「そんなの、分かんないわよ」
ごもっともな回答に、林田はコケる。僕も、そりゃそうだと思った。しかし、それまで、このカエルたちと僕はどうなるのか。毎晩、騒がれるなんて、ごめんだ。
「心配しないで、なんてったって、あたしは明瀬の和紙職人の孫よ! おじいちゃんに教わって伝授してもらうわ!」
明瀬さんは胸をドーンと叩いた。カエルたちはその頼もしさに、安堵と期待を胸に抱いている。
「七海、おじいちゃんちって、県外じゃないの?」
ふと、冷静な質問を正堂さんが口にする。何も知らない僕と、同様に思い出したように林田も明瀬さんを振り返る。
「県外って言っても、隣県よ。ここから電車で二時間くらいかな?」
「遠いだろ。毎日通える距離じゃねぇ」
「そう。だ、か、ら」
何が、だからなのか。明瀬さんはスゥと息を吸って、
「夏休みに、おじいちゃんちへ行くの! みんなで!」
ピーンッと人差し指を立てた。が、僕の頭はまるでピンとこない。
「あ、行きたい」
正堂さんは親友らしき明瀬さんの意図が汲めたのか、単純に遊びに行きたいのか、ほんわかと笑顔になった。この薄暗い部屋じゃなければ、その可愛いさをよく見ることができただろうにと、僕はチカチカする蛍光灯をにらんだ。
「オレも!」
林田がすかさず話に乗る。僕は、
「それって、和紙作りを教わりにって事?」
大事な部分を確認する。
「そっ!」
「そんな短時間で修得できるものなの?」
失礼ながら聞くも、「そんなの、やってみないと分かんないわ」と、またしてもごもっともに返される。
「よし、じゃあ夏休みは明瀬のおじいちゃんちへ旅行って事だな?」
場は楽しくなり始めた。チビガエルたちが、
──ヤッタ!
──ヤッタ!
と飛び跳ね、「わしらは行けん」とカエルが言い聞かせると、チビガエルたちはしょぼんと頭を垂れた。
「じゃが、何も心配には及ばぬ。明瀬のご子孫様じゃ、見事に短期集中に技を会得するであろう」
「いやぁ、そこまで持ち上げられちゃあ……」
頭をポリポリ掻く明瀬さんだけど、自信は絶対にあるはずだ。
「それよりもじゃ」
カエルは僕の方を向くと、キリッと眉を寄せて厳しい表情を作る。
「文也殿、そなたにも修行が必要じゃ!」
「あー……はいはい」
カエルは〝修行〟という言葉を覚えたてのように使った。数日前に頭を下げて願ってきた謙虚な態度はどこへいったのだろうか。
「まずは、これを百枚くらい模写ってカンジ?」
明瀬さんが先程、正堂さんが描いたカエルの絵をひらりと僕の前に突きつけてきた。林田が、僕の肩に手をポンポンと叩き、「おまえも、ガンバレ。明瀬に負けるぞ」と、勝ち負けなどといった体育会系のノリが苦手だと知っておきながら、意地悪に言ってくる。
ガラッ──
と、玄関が開く音がしたかと思えば、「おーい」と功兄の呼び声がした。
「何やってるんだ? もう9時過ぎてるよ。消灯だよ」
そんなものは修学旅行の時くらいだと思いつつ、「はーい」と僕らは良い子の返事をして、僕と林田は部屋へと、正堂さんと明瀬さんは功兄と一緒に母屋へと戻って行く。カエルたちの姿も消えていた。
「ダメだ、ヘンに頭が興奮して眠れそうにない」と言ったのは林田で、僕は疲れ切って、まぶたが重い。再来週には期末テストで、それが終われば夏休みがやって来る。そしたら──そこで僕は初めて気がづく。
夏休み、正堂さん(と、他二名)と旅行だ!
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それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
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