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第十一話「何でカエルと恋バナしてるんだ」
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半紙を手前に置くと、手に持った筆の穂先を垂直に墨汁に浸す。いつもの手順で、だけど筆をくるくる回しながら描いた。
「それは、生き物ですかな?」
食い入るように隣で見ていたカエルが、わざとなのか嫌味なのか、真面目に聞いてくる。僕は手に持つ筆を置くと、
「生き物に見える?」
ふるふるとカエルは頭を振った。
「猫のフンかぁ?」
後ろで鼻をほじりながら下品な回答をしたのはサルだ。
「ボクにはかりんとうに見えるよ!」
狭い部屋の中を跳び回って運動しながら答えたのはウサギだ。その間でキツネは呆れた顔をしてうちわを扇いでいる。
僕は失敗作の〝カエル〟を見つめる。まだ、二枚目を描いただけだけど、カエルの目の部分や手足は真っ黒に潰したかのようになってしまっていた。字とは違った丸いカーブや細部を筆で描くなんて、至難の業だ。
「正堂さんは、これでも〝生きてる〟って言うのかな」
「正堂殿……お元気で?」
正堂さんの名を出した途端、カエルが反応する。嬉しそうなのは顔を見ずとも声だけで分かる。
「一昨日、会ったばかりだよ」
「梅雨明けもして、本格的な夏が到来じゃ。熱中症が心配である。人間も生きている限り、いつ何時、病に冒されるか分からぬからの」
「まぁ、そうだね。でも正堂さんなら元気にしてるよ」
「そうか、それは良かった、安心した」
ウンウンと頷き、孫の成長でも見たかのようだ。そんなカエルを放ったらかして、僕は思考を飛ばす。
副生徒会長という岩村の出現によって、正堂さんと戯画の練習する時間を邪魔されてしまった僕は、こうして夜に豆電球ほどの明かるさになった祖父の書斎で一人……いや、この世の者ではない鳥獣たちに囲まれて奇妙な独学をしている。
あの岩村というのは……、
「好きなんだな、正堂さんのことが」
「左様、好きじゃ」
「あなたのことは聞いていないよ」
「おぬしも正堂殿を好きであろう?」
「そうだよ」
「慌てず騒がず、照れも隠しもしない、そんなお主が好きじゃ」
別にやましい事じゃない。でも、自ら公言するほどの恥ずかしさに耐えられる心臓は持ち合わせていないので、聞かれるまでは黙っておく。たまに、聞きもしないのにカミングアウトしてくる人がいるけれど、ちょっと対応に困る。このカエルがまさにそうだ。
「それで、どこの誰が正堂殿を好きなのじゃ?」
嫉妬した風なカエルの様子に、
「あぁ、林田が気をつけろって、この事か」
と、気づく。岩村は僕に少なからず嫉妬心を沸かせているのだろう。だから、わざわざ呼び出したんだ。
「林田……あの我々には縁もゆかりもない男──か、気をつけろと助言したのであるか。なかなか、良い奴であるの。そうじゃ、正堂殿ともなれば、寄って来る男は引く手あまたじゃ。ライバルに下手に嫉妬心を持たれるでないぞ」
「嫉妬してるのは、あなたの方じゃないの?」
カエルが「ウッ」と、目を覆って「文也殿が冷たい」と嘘泣きし出したので、ケロリと治るまで僕は待った。ほどなくして、
「告白はいつじゃ?」
「いや、予定とかしてないし」
「なんと、呑気であるか! 自信がある訳でもないのに、自信に満ちているかのような台詞を吐く、そんなお主が好きじゃ!」
「ちょっと、静かにさせてよ!」
つい、荒げてしまった自分の声にハッとする。何をカエルに振り回されているのだろうか。
「告白か……」
まだ出会ったばかりだ。という意見は気にしない。それはあまり関係ないと思っている。お互いの気持ちさえあれば良くて、それには時間が必要かもしれないけれど、人の出会いって運命のようであって、そうではなく必然的に起こっていると感じる時があるからだ。今のこの書道部に僕らが集ったのは、元を辿れば僕の被災による転校だけど、その被災さえも何年も前から警戒はされていた。後から解いていけば、謎は謎ではない。
カエルがまだ気になる様子でチラチラと顔を覗いてくるので、
「きっかけ……が、あればだね」
「うむ」
そう答えると納得したようだった。いつでもどこでもできるものじゃないし、正堂さんの気持ちも考えなきゃいけない。
でも、そのきっかけがやって来る日は近い予感がする。
「旅行……の、時かな」
明瀬さんには悪いけれど、少し楽しませてもらってもいいんじゃないかな。それに一番楽しんでいるのが本人だし。
「おぉ、明瀬のカミ様じゃの。わしらはとても期待しておる。応援しているので頑張って来てほしいと、お伝えしておくれ」
「うん、わかったよ」
と、ほぼ上の空で返事した。
僕らの話を酒を飲んだくれながら聞いていたサルが、
「まぁよ、選ぶのは向こうだ。そして、落選する」
その単語に僕はピクリと反応する。
「落選……」
「あら、あたしはそうとは限らないと思っているわよ。この子、なかなかの素材だもの、オホホ」
「ちょっと髪型と服装を変えればイケメンに変身するタイプだよね!」
「ありがとう」
一応、キツネとウサギに礼を言ったけれど、そうじゃなくて。落選と聞いて、僕は書初め書席大会の事を頭にしていた。
正堂さんも今頃、こうして練習しているのだろうか。習字ではスランプがあったと言っていたけれど、書道ではどうなのだろう。練習が必要ということは、まだ自分では自信を無くしているのかもしれない。それでも、側から見れば〝落選〟はあり得なく思えるのだけど──。
「僕も、へこたれてる場合じゃないな」
気合を入れ直して、半紙へ向かう。まずは、正堂さんの描いたカエルをひたすら模写する。
「これ、生きてると思う?」
描き上げた〝カエル〟をカエルに問う。
「残念じゃが……」
言葉尻を濁したカエルに、僕は座卓の横に敷いた新聞紙の上へと重ねて置いた。その後も、そこへ次々と屍の山が積み上げられていった。
「ねぇ、僕ってメシアじゃないの? ハッキリ言って、その名にふさわしい才能があるとは思えないんだけど? 全然、描けてないからね」
「文也殿、才能とは勝手に咲きはせぬ」
「そうだね。努力も才能のうちって言うけれど、才能あっても努力しないといけないのか。結果的にどっちも一緒な気もするね」
「その夢の欠片もない事を言う、クールに冷めたお主が好きじゃ!」
「あーハイハイ」
気づけば、時計の針は0時を回っていた。カエルたちの宴は今からが本番のようだけど、僕は眠気に大きなあくびを一つした。
「それは、生き物ですかな?」
食い入るように隣で見ていたカエルが、わざとなのか嫌味なのか、真面目に聞いてくる。僕は手に持つ筆を置くと、
「生き物に見える?」
ふるふるとカエルは頭を振った。
「猫のフンかぁ?」
後ろで鼻をほじりながら下品な回答をしたのはサルだ。
「ボクにはかりんとうに見えるよ!」
狭い部屋の中を跳び回って運動しながら答えたのはウサギだ。その間でキツネは呆れた顔をしてうちわを扇いでいる。
僕は失敗作の〝カエル〟を見つめる。まだ、二枚目を描いただけだけど、カエルの目の部分や手足は真っ黒に潰したかのようになってしまっていた。字とは違った丸いカーブや細部を筆で描くなんて、至難の業だ。
「正堂さんは、これでも〝生きてる〟って言うのかな」
「正堂殿……お元気で?」
正堂さんの名を出した途端、カエルが反応する。嬉しそうなのは顔を見ずとも声だけで分かる。
「一昨日、会ったばかりだよ」
「梅雨明けもして、本格的な夏が到来じゃ。熱中症が心配である。人間も生きている限り、いつ何時、病に冒されるか分からぬからの」
「まぁ、そうだね。でも正堂さんなら元気にしてるよ」
「そうか、それは良かった、安心した」
ウンウンと頷き、孫の成長でも見たかのようだ。そんなカエルを放ったらかして、僕は思考を飛ばす。
副生徒会長という岩村の出現によって、正堂さんと戯画の練習する時間を邪魔されてしまった僕は、こうして夜に豆電球ほどの明かるさになった祖父の書斎で一人……いや、この世の者ではない鳥獣たちに囲まれて奇妙な独学をしている。
あの岩村というのは……、
「好きなんだな、正堂さんのことが」
「左様、好きじゃ」
「あなたのことは聞いていないよ」
「おぬしも正堂殿を好きであろう?」
「そうだよ」
「慌てず騒がず、照れも隠しもしない、そんなお主が好きじゃ」
別にやましい事じゃない。でも、自ら公言するほどの恥ずかしさに耐えられる心臓は持ち合わせていないので、聞かれるまでは黙っておく。たまに、聞きもしないのにカミングアウトしてくる人がいるけれど、ちょっと対応に困る。このカエルがまさにそうだ。
「それで、どこの誰が正堂殿を好きなのじゃ?」
嫉妬した風なカエルの様子に、
「あぁ、林田が気をつけろって、この事か」
と、気づく。岩村は僕に少なからず嫉妬心を沸かせているのだろう。だから、わざわざ呼び出したんだ。
「林田……あの我々には縁もゆかりもない男──か、気をつけろと助言したのであるか。なかなか、良い奴であるの。そうじゃ、正堂殿ともなれば、寄って来る男は引く手あまたじゃ。ライバルに下手に嫉妬心を持たれるでないぞ」
「嫉妬してるのは、あなたの方じゃないの?」
カエルが「ウッ」と、目を覆って「文也殿が冷たい」と嘘泣きし出したので、ケロリと治るまで僕は待った。ほどなくして、
「告白はいつじゃ?」
「いや、予定とかしてないし」
「なんと、呑気であるか! 自信がある訳でもないのに、自信に満ちているかのような台詞を吐く、そんなお主が好きじゃ!」
「ちょっと、静かにさせてよ!」
つい、荒げてしまった自分の声にハッとする。何をカエルに振り回されているのだろうか。
「告白か……」
まだ出会ったばかりだ。という意見は気にしない。それはあまり関係ないと思っている。お互いの気持ちさえあれば良くて、それには時間が必要かもしれないけれど、人の出会いって運命のようであって、そうではなく必然的に起こっていると感じる時があるからだ。今のこの書道部に僕らが集ったのは、元を辿れば僕の被災による転校だけど、その被災さえも何年も前から警戒はされていた。後から解いていけば、謎は謎ではない。
カエルがまだ気になる様子でチラチラと顔を覗いてくるので、
「きっかけ……が、あればだね」
「うむ」
そう答えると納得したようだった。いつでもどこでもできるものじゃないし、正堂さんの気持ちも考えなきゃいけない。
でも、そのきっかけがやって来る日は近い予感がする。
「旅行……の、時かな」
明瀬さんには悪いけれど、少し楽しませてもらってもいいんじゃないかな。それに一番楽しんでいるのが本人だし。
「おぉ、明瀬のカミ様じゃの。わしらはとても期待しておる。応援しているので頑張って来てほしいと、お伝えしておくれ」
「うん、わかったよ」
と、ほぼ上の空で返事した。
僕らの話を酒を飲んだくれながら聞いていたサルが、
「まぁよ、選ぶのは向こうだ。そして、落選する」
その単語に僕はピクリと反応する。
「落選……」
「あら、あたしはそうとは限らないと思っているわよ。この子、なかなかの素材だもの、オホホ」
「ちょっと髪型と服装を変えればイケメンに変身するタイプだよね!」
「ありがとう」
一応、キツネとウサギに礼を言ったけれど、そうじゃなくて。落選と聞いて、僕は書初め書席大会の事を頭にしていた。
正堂さんも今頃、こうして練習しているのだろうか。習字ではスランプがあったと言っていたけれど、書道ではどうなのだろう。練習が必要ということは、まだ自分では自信を無くしているのかもしれない。それでも、側から見れば〝落選〟はあり得なく思えるのだけど──。
「僕も、へこたれてる場合じゃないな」
気合を入れ直して、半紙へ向かう。まずは、正堂さんの描いたカエルをひたすら模写する。
「これ、生きてると思う?」
描き上げた〝カエル〟をカエルに問う。
「残念じゃが……」
言葉尻を濁したカエルに、僕は座卓の横に敷いた新聞紙の上へと重ねて置いた。その後も、そこへ次々と屍の山が積み上げられていった。
「ねぇ、僕ってメシアじゃないの? ハッキリ言って、その名にふさわしい才能があるとは思えないんだけど? 全然、描けてないからね」
「文也殿、才能とは勝手に咲きはせぬ」
「そうだね。努力も才能のうちって言うけれど、才能あっても努力しないといけないのか。結果的にどっちも一緒な気もするね」
「その夢の欠片もない事を言う、クールに冷めたお主が好きじゃ!」
「あーハイハイ」
気づけば、時計の針は0時を回っていた。カエルたちの宴は今からが本番のようだけど、僕は眠気に大きなあくびを一つした。
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