僕らの鳥獣戯画

葵田そら

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第十三話「真面目に本気で和紙作りを教わる」

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 外へ出ると、ジリジリと焼けつくような暑さに逆戻りだ。けれど、見上げると雲一つない晴天に気持ちが良くなる。

「あっちー」

 林田はやしだが眩しい日差しに手の甲を額に当てる。僕も同じく。正堂せいどうさんが額に張り付く髪を耳にかける。
 おじさんに言われた通り、僕らは玄関を出て左方向へと向かう。緩い上り坂に林が続く。ここからは何の建物も見えないけれど、とりあえず前へ進んだ。
 道の右手には川が流れていた。

文也ふみや、どした? 河童でもいるか?」
「いや、氾濫しそうな川だけど、土地が高くなってるし、大丈夫かな」

「あぁ……」と、林田が呟いてから、ハッとし、「なんか、ゴメン」と謝った。正堂さんは「いいえ」と、雰囲気で語る。

「おまえんちの実家、どうなってんだ?」

 林田も変に気を遣わずに聞いてくる。こうして、僕の実家の話をされたのは初めてだ。それが、ここが学校じゃないからだろう。教室では他のクラスメイトたちは話題を避けるように接してくる。

「うん。ちょうど昨日電話があって、家ん中は大体片付いたみたいだけど、家の修理には迷ってるみたい」
「それは、再びその土地で災害が起こるかもしれないという懸念からですか?」

 珍しく、正堂さんの方から話の中へと入ってきた。どうやら、人を笑わすような冗談話は苦手らしく、小難しい話になると口数が増える。
 正堂さんの新たな一面を発見するたび、一つ一つ心に集めていく。

「それもあるだろうけど、僕も再来年には県外の大学へ行ってるかもしれなくて、家族のライフスタイルが変わる。でも一番は建て直しかリフォームかで迷ってるみたい。家の金銭問題はさすがに僕では分からないから、夫婦で相談してもらわないと」
「おいおい、そこは親の代わりに、払えなかった分はおまえがローン払ってやれよ」

 かなり無理があるけれど、正論かもしれない。しかし、林田は自身の問題になるとさっさと逃げてしまうか、本当にやってしまうか、どっちかの男だろう。

「いえ、現時点で無職の未成年が口出しはできないでしょう。親孝行は就活が終わってからにしようと私は考えます。なので、今は勉学を最優先にしています」

 滅茶苦茶、正論過ぎて何も言えない。林田はあさっての方向を向いて口笛を吹き出してしまったけれど、真面目に勉強すれば頭は良い奴だ。僕はというと……と、そこまで考えて、今の正堂さんの台詞が頭の中を回る。
 今は勉学が最優先って、それって恋愛は二の次ってこと? もしくは、興味ない?

「そ、そうだね。子供が金の心配はするなって、昔から言うしね」

 強引に話を締めくくったものの、一人モヤモヤしながら歩き続けていると、坂道が平地になって数十メートル先に林の中にレンガ色の瓦屋根の建物が見えてきた。

「あ、あそこかな」
「他にそれらしきもの、何もないだろ。まだ先へ進めと言うなら、オレは引き返して避暑地へと戻る」
「別に戻ってもいいよ。和紙作りに来たのは明瀬あかせさんだし。僕は正堂さんと一緒に見学して来るよ」
「いや、戻らねぇ」

 明瀬さんの名を出した途端、強情になった林田は分かりやすい。でも軟弱程ではないけれど細身な体は暑さに弱いのか、少々ぐったりしている。

「正堂さん? どしたの?」

 特に門もない建物の敷地内へ軽く会釈してからトコトコ入っていった正堂さんは、姿勢をかがめて何かを熱心に見ている。それは、木の枝だ。いっぱい積み上げられている。

「それって……」
こうぞの木。だと思います」
「もしかして、和紙の原料?」
「はい、おそらく」
「こんな固い木が、ミキサーにかければドロドロになんのか?」

 林田が信じられずにいる。書道部でミキサーを回していた明瀬さんを思い出し、僕は巨大な破壊ミキサーを想像した。しかし、

「いえ、まず蒸すんです。そして黒い薄皮を取って、今度は煮ます。そうすることで繊維が柔らかくなり、不純物も取り除けます。その後ですね、ミキサーのような機械で繊維をバラバラにしてほぐしていくのは」
「へぇ。よく知ってるね」
「和紙作りの工程は一通り、七海ななみから何度も聞かされましたから。でも、今の説明が合っているどうか、ちょっと自信ないです」

 何度も熱弁を繰り返す明瀬さんの話に、根気強く付き合う正堂さんの姿が目に浮かぶ。
 開け放たれた入り口から中へ入ると──、
 建物の中に電気は付いていなくて薄暗い。その隅で台の前へと立つ明瀬さん。大きな窓から漏れる日差しを受けて、光と影のシルエットでその姿を浮かび上がらせる。

 ──チャポン
 ──ザバァ

 まさに、和紙を漉いている真っ最中だった。

「おじいちゃん、そろそろ?」
「おまえが、よしと決めたところでやめろ」
「えー、いい加減なアドバイスばっか」

 今さっっきの風情がちょっと飛んでいくような会話を交わしながら、

「あっ」

 破いてしまう。

「おじいちゃーん、破れちゃったじゃん!」

 おじいちゃんのせいではないけれど、「ハハハ」とおじいちゃんは孫の失敗にしわくちゃな顔で微笑ましく笑っている。「ちーっと、勢いが過ぎたの」と、どうやら明瀬さんの性格が出てしまったようだ。

「へったくそだなー」

 林田のからかいに、

「来たなっ」

 明瀬さんはくるりと反転、反撃の態勢を取る。「やぁ、よく来たねぇ」と、その空気に何も気づいていないおじいちゃんが和やかな雰囲気で挨拶した。

「お邪魔してます」

 正堂さんが真っ先に挨拶したのに僕も慌てて、「今日はよろしくお願いします」と頭を下げると、林田もペコリ。

「いやいや、面白いもんなんか、なーんもないよ。若い子に楽しんでもらえるかどうか……」
「おじいちゃん! もっかいやって!」

 祖父の言葉を遮り、子供が駄々をこねるように明瀬さんは手本を要求する。

「じいちゃん、みんなの前で照れるやないか、ハハハ」
「林田、動画撮って」

 と、指示した明瀬さん。おじいちゃんの目が少し怯えた気がする。けれど、すぐに職人の顔つきになる。最初は林田が回すスマホのカメラを意識していたけれど、それもすぐに消える。
 台所のシンクのような漉き舟の中で和紙を漉いていく。中にはトロアオイが入っていると、おじいさんが説明してくれる。名前の通り、トロリとしている。明瀬さんの〝ままごと〟では、代わりに洗濯のりを使っていた。
 漉き舟にトロアオイを入れて馬鍬まぐわと呼ばれる大きな木を櫛状にした物でジャブジャブと上下に揺らして原料を混ぜた。そして、いよいよ漉いていく。
 簾の目を細かくしたような簀桁を木枠にはめて固定すると──、

 ──チャプン
 ──ザァン

 海辺に波打つ音とも、銭湯の湯船の音でもなく、初めて聞く水の音だけど耳が心地いい。思わず目を閉じてずっと聞いていたくなる。
 簀桁を前後に動かすおじいちゃんの姿は、先程の明瀬さんと同じく、光と影に溶け込んでいて、どこか懐かしい。小さい頃、祖父母の家へ泊りに行くと、朝早くから台所に立ち、みそ汁を作っていた祖母の背中を思い起こされた。
 薄らと簀桁すけたが白くなったところで、枠から取り出し、紙床板しといたの上へと重ねた。その一連の動作には何のブレも迷いもない。
「そのタイミングがわかんないのっ、教えてよー」と明瀬さんが聞くも、「じゃからのぅ……」歯切れが悪い。完全に職人の勘と言うやつで、口で教えるのは難しいようだ。

「おまえたちもやるか?」
「いえ、見学だけで十分です」

 僕はブンブンと頭を振る。必死に漉いている明瀬さんをどけてまで体験するのは遠慮した。

「漉いた紙は、この後、乾かすのですか?」

 正堂さんは真面目にちゃんと見学をしている。紙床板の紙は高さ4センチ程ある。一体、何枚あるのだろうか。

「あぁ、圧力かけて水を絞ってから、干すんじゃ」

 と、和紙を漉く明瀬さんと動画撮影している林田を置いて、僕と正堂さんは「こっちじゃ」と建物の裏へと案内してもらう。一旦、外へ出ると、そこには紙が貼り付けられた板がたくさん立て掛けられていた。

「乾いたのは、こっちじゃ」

 再び建物の中へと入っていく。重ねられていた和紙を一枚、手に持たせてくれた。あのドロドロの繊維だったのが、真っ白な張りのある紙になっているのに感動する。
「素敵ですね」と正堂さんが。きっと、この紙にはもちろん、それまでに至る工程を含めてのことだろう。たった一言に多くの意味が詰まっている。さすが正堂さんだなと、そっちにも感動する。
「おぉ、そうじゃ、これこれ」と、おじいちゃんは袋詰めされた半紙をドサッと手渡される。

「書道部なんじゃろ? 何か、絵を描いとるそうじゃの。よかったら、その半紙使っとくれ」
「…………」

 おじいちゃん、書道で絵は描かないのだけど……明瀬さんからどのように説明を受けているのか。それよりも、

「清書用ですね。本当によろしいのですか?」

 そうだ、買うと高いに違いなかったけれど、「あぁ、いい、いい」とおじいちゃんは満面の笑みで頷き返す。僕たちは「ありがとうございます」と有難く頂いた。

「七海が習字道具持っておいでって、この事だったんですね。後で精一杯書かなければいけませんね」

 電車の中で荷物置き場にバッグを持ち上げた時、やたら重くて化粧水とかでも入ってるのかなと、女の子は大変だなぁと思っていたけれど違った。夜は皆でゆっくり過ごせるかと楽しみにしてたけど、修行寺に来た気分になった。

「キャー」と外から歓喜の叫びが聞こえてきた。誰が何にか、すぐに想像がつく。外へ出てみれば、天日干しされている和紙に明瀬さんが胸を躍らせていた。〝紙フェチ〟にはたまらない聖地だろう。

「やっぱ、いいー」

 林田はずっと撮影している。「電池、大丈夫?」と聞くと、「充電満タン! こりゃ、新聞部も喜ぶな」と、写真もバシバシ撮っていく。「あぁ、取材かぁ」と僕はそこで気づき、これって結構な活躍かもと、林田を少し褒めた。
 その後、明瀬さんは作業が終わるまでずっと見学していて、その熱意はすさまじいものだった。
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