僕らの鳥獣戯画

葵田そら

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第十五話「みんなのおかげで一歩成長できた」

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 帰るとカエルが拗ねていた。ダジャレではない。

「何やってんの?」

 まだ取り替えていない切れかけのチカチカした蛍光灯を付けると、部屋の隅に黒い塊があった。カエルだ。こちらに背を向けたまま、

「……わしらを放ったらかして置いて行った」
「いや、どうやって連れてけばいいの?」
「絵巻の半径五メートルまでなら、わしらは動ける」
「そうだったんだ。でも五メートルでは無理な距離だし、絵巻は重くて邪魔になるから、どのみち置いて行くよ、僕は」

「うぅっ」とカエルは泣く。あまり嘘でもなさそうだけど、本気でもない。見せつけだろう。「悲しいが、今回は我慢してやろう」との事で許された。
 僕は座卓を部屋の真ん中に設置すると、その上に手に持っていた書道具と和紙を置いた。

「この和紙は……土産でござるか?」
「欲しいの? 自分で描く気になったんだ? 有難いよ」
「違う、そうではない。わしらカエルは筆は持たぬ」
「うん、分かっているよ。これは、明瀬さんのおじいちゃんが漉いた和紙なんだ」

 袋から一枚取り出してカエルに渡すと、まず手触りを確かめ、顔をくっつけ、スーハーと息を吸った。チビガエルたちもスーハーする。「あぁ、最高じゃ。この中に入りたい」と、ちょっとヤバい。

「ぜひ、どうぞ」
「意地悪じゃっ。そう願ってやまないのは知っておるであろう。じゃが、わしらは〝形〟がなけらば入れぬ」
「うん、それも十分に分かっているよ」

 僕はカエルの言うことを頭半分で聞きながら、半紙の前へと向かう。
 そして、サッと一枚描き上げた。

「うん、よし」

 今までよりも、自然な感じで仕上がっている。手漉き和紙のおかげだけじゃないはずだ。無理矢理、プレッシャーをかけられた最初の頃より、肩の力を抜いて描くことができている。今回の旅行で、みんなの頑張る姿(林田はやしだを除く)を見て、意欲が湧いたのもある。一人で頑張るんじゃない。この鳥獣戯画はみんなで作るんだ。それに気づいて安心感が生まれた。

「ほぅ」

 カエルも感心したように吐息を漏らす。

「気に入ったなら入っていいよ、どうぞ」
「いや、わしは最後じゃ。皆の者を見送ってからじゃ。それにこれは巻き物ではない」
「あなたの立場って何? いや、教えてくれなくていいけど。巻き物に関しては、明瀬あかせさんが一生懸命、頑張ってるから。出来が悪いなんて文句言ったら、僕は怒るよ」

 職人技がすぐに身につくはずはない。

「無論、そのつもりじゃ。明瀬殿の和紙ならば、どんなものでも間違いはないと信じてもおる」
「僕にも、そのくらいの信頼が欲しいけどね」
「大いに、しておる。お主もまた、明瀬殿のように、まだ卵なだけじゃ」

 その卵が孵化したら、オタマジャクシになるのだろうか。それでも、手足が生えるまではまだまだ未熟だ。

「褒め言葉として受け取っておくよ。でも、言われなくても完璧に復活させてみせるから」
「おぉ、文也ふみや殿がいつになく熱い!」

 カエルは大きく目を見張る。

 ──アツイ!
 ──アツイ!

 と、チビガエルたちがはしゃぐ。

「熱いと言えば、正堂せいどう殿とのアバンチュールな一夜はどうだったのじゃ?」
「アバンチュールって……」

 実際に耳にしたのは初めてだ。

「フラれたのでござるか?」
「フラれてないよ」
「なぬっ、告白に成功したのであるか!」
「成功も何も、告白してないからフラれてもいないよ」
「なんと! この絶好のチャンスを逃したであるか!」
「いや、まぁ、ちょっといいカンジにはなれたよ」

「おぉ」カエルの目が乙女チックに光り輝く。僕の次に発する言葉をドキドキ待っているようだけど、何が悲しくてカエルと恋バナをしているのだろうか。

「……何で僕と正堂さんを、そんなにくっつけたがるの?」
「何故とは、言うまでもなかろう。どこの馬の骨とも知れぬ奴に正堂殿を渡せぬか。文也殿は葛斎かさい家の血が混じっておるからのぅ、その点は安心じゃ」
「ていうか、遠い親戚だっけ?」
「文也殿、心配ござらぬぞ。結婚は四親等からできるのじゃ!」
「けっ……結婚て」

 慌てて声が喉に引っ掛かり咳き払いする。

「何じゃ? どうした?」

 カエルはさも不思議そうな顔をして首を傾げている。

「さすがに、そこまでは考えていないから」
「なんと! 無責任でござるか! それでも一人前の男であるか!」

 カエルは激昂して頭に血を上らせる。ちょっと語弊があった。けれど、まだ付き合ってみてもいないのにと言っても、その付き合ってみてからという感覚が時代の違いを生じそうだった。なので僕はあえて何も反論をするのをやめる。

「まだ半人前みたいだから、早く一人前になるよ」
「うむ、それでこそ男じゃ」

 正堂さんならば、働いて自分で稼げるようになってからが、一人前と呼べるとか言い出しそうだ。
 でも、結婚か……と僕は頭に巡らせてみる。正直、色んな女性と付き合ってみたいという欲望はなくはないけれど、正堂さんが最初で最後の人にしたいなんてクサく思ってみたりもする。すでに元カノが一人いるから無理だけど。二人の未来がどんな結末であれ、正堂さんはことを絶対に悲しませない誓う。
「うん」と僕は一人頷くと、筆を持ち直す。上下左右、斜めと筆を半紙に踊らせる。

「……文也殿」
「今、忙しいから、後にして」
「わしも……忙しい」

 バタッと倒れたカエルを見ると、目をぐるぐる回していた。まさに漫画のような図だった。どうやら僕の筆の動きに酔ったようだ。

「今日はどんどん描いてくから」
「大丈夫? とか、休憩しようか? とか、言わぬお主が好きじゃ」

 上体を起こしたカエルは、

「待ちたまえ」

 僕を止める。その声は重く、表情もいつになく真剣で、変な緊張感が走る。

「よく見よ、そのカエル」

 たった今、描き上げた半紙に僕は視線を落とすと──光っていた。ポゥと線画が光を放って浮き上がると、一匹のカエルが半紙からピョンと飛び出してきた。
 僕は思わずのけ反って、上半身を後ろに倒して両肘をつく。

「おぉ! 生き返った! わしらの仲間じゃ!」

 飛び出してきたカエルと再会の喜びに抱き合う。

 ──ナカマ!
 ──ナカマ!

 チビガエルたちも一緒に喜び舞う中、気がづけばキツネやサル、ウサギもどこからともなく現れていた。

「え……こんなんになるの?」
「こんなんとは何じゃ、一人冷めておる、お主が可愛い。そうじゃぞ、お主の描いた鳥獣に命が吹き込まれた。失った仲間の一人じゃ。文也殿、感謝いたすぞ」

 カエルと、飛び出したカエルが礼を言う。それはいいのだけど、

「毎回、飛び出すの? 部屋がいっぱいなんだけど?」

 鳥獣たちに囲まれて、何とも奇妙な息苦しさだ。

「心配はござらぬ。以前も申した通り、わしらは思念で実体はない。窮屈ならば、人数制限して姿を消そう」

 カエルがそう言うと、ウサギが「またねー」とピョンと跳ねて消えてった。サルとキツネもそれに続く。圧倒的に数が多いカエルたちだけが残った。どれがどれか見分けがつかないけれど、鳥獣戯画ってカエル多過ぎだと思う。
 ──では
 と、飛び出しカエルも半紙へとスゥと吸い込まれて消えていった。

「あれ? 半紙に戻んの?」
「絵巻はあの通り、居場所を失った箇所が多いからの、明瀬殿の巻き物が完成するまで、そやつのその仮住まいの半紙は大事に保管を頼む」

「分かったよ」と約束して、「さて」と僕は新しい半紙を用意する。

「何をするのじゃ?」
「何をって、残る鳥獣たちを描くんだよ」
「待て待て、まだ文也殿の御力は十分ではない。たった今のは奇跡に近いもの。もう深夜じゃ、今日はゆっくり休むのじゃ。一気に力を使い果たしてはならぬ」
「だよね、ただのまぐれだよね」
「そのように自分を卑下する必要はない。よくぞここまで上達したものじゃ」
「うん、そこまでは思っていないから大丈夫。自分自身でもスゴイと思ってるよ」

 明瀬さんの和紙と、みんなが僕にもたらしてくれた熱意のおかげだ。

「早く上手くなって、仲間たちを復活させてあげるから、待ってて」
「なんと! いつになく文也殿がお優しい! どうゆう風の吹き回しじゃ?」
「僕ってそんなに冷たいかな」ボソリ。
「む、何か言ったでござるか?」
「何でもない。ふぁ……」

 あくびが出た。あくびが出たら僕は布団に入ると決めている。エネルギー消耗の合図だ。
「じゃ、また明日」と、書斎を後にした。部屋に戻ると、じわじわと喜びが溢れてくる。
 成功した! 僕にもできる!
 正堂さんに報告しようとスマホを手に取る。旅行前に安全のためにみんなで番号を交換しておいた。メッセージを開いてみたものの、閉じる。やっぱり夏休みが明けてからにしよう。早く夏休みが終わらないかなと、生まれて初めて新学期が待ち遠しくなった。
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