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【一章】ゴールド・ノジャーの人助け編
016
しおりを挟む暢気な顔をしてこちらへと手を振り、のほほんとした顔の少女がこの侯爵邸から遠ざかっていく。
……どうやら本当に行ってしまったようだな。
息子であるマルクスにつけた正体不明の魔法使い、ゴールド・ノジャーなる人物を見送り、ようやく本格的な調査に乗り出せると一息つく。
あの少女の姿をしたバケモノ……。
そう、バケモノと呼ぶに相応しい実力を持った超越者だ。
そんな超越者が本当はなんの思惑がありここから離れるつもりになったのか、その意図は不明だ。
だが、彼女を調べるに足るしばらくの時間的猶予がもたらされたことだけは確かである。
私も一流の魔法使いとして、時には戦術級魔法貴族などと呼ばれた達人の一角だ。
あの美しい少女が、見かけ通りの能天気な性格をしているなどと、そう楽観的に考えるつもりはない。
一流には一流になるための、苦悩や代償というものがある。
息子のように豊かすぎる才能に苦悩した者もいれば、むしろ才能がなく苦悩した者もいるだろう。
もっと別なところでは、一流になるために違法な手段に手を染めるといった、社会的な地位を失う代償を支払った者だって多くみてきた。
であるならば、いったいあの少女は何を代償にこれほどの力を得たというのだろうか。
息子からの報告では、修行に訪れたダンジョン探索において、数十匹にもなるA級からB級で構成される魔物の群れに囲まれつつも、それを瞬殺。
動揺すら見せずに、極限とも言える光魔法により一瞬にして焼き払ったらしい。
そんなことが本当に、人間に可能なのか?
答えは否である。
このような状況でも、生き残るだけならS級冒険者と呼ばれる英雄たちにも可能かもしれない。
だが、彼女は逃げるでもなく、耐えるでもなく、一撃の下に敵を焼き払ったのだ。
バカげている。
いくらなんでもありえないだろう。
だがマルクスが父である私に虚偽の報告をするとも思えない。
……であるならば、真実だと認めるほかないのだ。
しかし真実だとするならば、ゴールド・ノジャーとはいったい何者なのだ?
すでに人間の領域にはおらず、かといって特殊な才能故に苦悩した形跡も、また代償を支払ったような形跡もない。
どうやって、あれほどの力を手に入れた……。
まさか神々の力によって、ある日突然超越者になったとでもいうのか?
いや、それこそ信じがたい話だな。
「……どうやら、私は少し疲れているようだ」
「心中お察しいたします父上。教師として兄上のサポートをした功績は確かに認めますが、アレは危険です。我が侯爵領の脅威となる前に、なるべく早く手を打っておいた方が良いでしょう」
覇気のない私の言葉に、下の息子であるエレンが賛同した。
息子エレンは、マルクスとはまた違った方向でとびきり優秀な人間だ。
魔法や剣術といった武力の方面にではなく、政治的な感覚がズバ抜けている。
確かに魔法によって地位を支えられている大貴族としては、可もなく不可もなく標準的な武威しか持たない。
だがこと政略、謀略、対人における駆け引きといった面では、十二歳とは思えない圧倒的なセンスを持っている。
そういった一部の才能では既に私をも超えているかもしれないほど、次男であるエレン・オーラは別の意味での天才であった。
現にゴールド・ノジャーなる人物を危険であると判定した時から、己の内心を包み隠し徐々に交流を深め、いまではあのバケモノから一定の信頼を勝ち取っている。
まさに貴族の鑑ともいえる、見事な手練手管だ。
次男エレン本人が嫡男であるマルクスの才能に心酔しているため問題にはなっていないが、もしオーラ侯爵家の地位に興味があったのならば、それこそ我が家は血を血で洗うお家騒動になっていたことだろう。
しかもその結果勝つのが、十中八九次男エレンであると思えてしまうあたり大概である。
「兄上は特に気にした様子を見せてはいませんでしたが、アレは明らかに異常です。いままで兄上以外に、実力や才能の底が見えない相手など見たこともなかったのですがね……。正直、私はアレが怖い」
「お前にそこまで言わせるとなると、相当だな……」
あのエレンが怯えるほどか……。
やはり、早急に手は打たなければならないだろう。
この三か月侯爵家の暗部が調査した結果では、嘘か誠か分からぬ荒唐無稽で眉唾な情報しか集まらなかったが、もしかするといくつかは本当のことかもしれぬ。
やれ空を飛んだところを見た者がいただの、瞬間移動しただの、実は巻き角が生えていたのを見ただのと、なんだそれはと言いたくなるような話ばかりだったので、そのほとんどを無視していたのだ。
だが全てが本当ではないにしても、このうちのいくつかが真実であるならば、もはやそれは人類の枠組みには当てはまらないものだと言えるだろう。
その正体は魔族か、それとも別のナニカか……。
やはり現時点では分析材料が少なすぎて真相は分からぬが、せめて敵対だけはしないようにしなければなるまい。
あくまでも慎重に、しかし迅速に。
情報収集や対処の方針として、彼女の機嫌だけは損ねぬよう、徹底して暗部へと伝えるべきだな。
「対処を誤れば地獄、しかし適切な距離を保てていれば天国か……。まったく、厄介な人物が在野に転がっていたものよ」
そう独り言をつぶやき、数か月後に戻ってくるといったゴールド・ノジャーの足取りを追うことに決める。
これから忙しくなるであろうが、まあ最低限我が侯爵領の跡継ぎである嫡男と次男、そして女同士であるせいか、比較的仲が良い長女がいるのだ。
最終的に機嫌を損ねるといった最悪のケースを想定しても、殺されるのは私だけで済むだろう。
魔法の大家として知られるオーラ侯爵家の象徴には嫡男が、そしてそのサポートに次男がつくのだ。
この家そのものが失墜する未来だけは、絶対に訪れないはずだ。
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