上 下
29 / 177
第一章 リーベン島編

三人の英雄 3

しおりを挟む

 仙神国オーベルフォール。
 
 天然の石柱が各所にそびえ立っている。絶景だ。
 自然豊かな景色に溶け込む様に、美しい街並みが広がっている。一際目を引くのが、少し高い場所に建っている壮大な城だ。

 門番に話をつけ、中に案内される。
 石造りの城だ。我が国とは全く雰囲気が違う。異世界に来たようだ。

 円卓のある広い部屋に案内され、五人で座る。 少しすると一人の男が部屋に入り、向かいに座った。後ろに二人の男女が付き従っている。

 この男が、仙王『ラファエロ・ノルマンディ』始祖四王の一人だ。
 
 綺麗な長い金髪をそのまま下ろし、整えた金の口髭、青い目が輝いている。
 父と同じくらいに見える。初老の男だ。

「久しぶりだ、龍王」
「うむ、どれくらい振りかも覚えておらぬ。時間を取って頂き、感謝申し上げる」

 父は頭を下げた。

「よいよい、して、わざわざ何の用だ?」
「仙王よ、貴殿を友と見込んで頼みがある」
「ふむ、頼みの内容によるな」
「先日、鬼族との決戦を大勝で終えた。鬼王イバラキの左腕を切り落とし、奴らを半分以上討ち取った。奴等は数百年は再起できぬ」
「その報は既に届いている。自慢をしにきた訳ではないだろう?」
 
「……儂ら龍族はこの四種族間の戦から降りたい。ここの東の海に島がある、そこの島に移住したい。もちろんタダとは言わぬ、条件があればこちらは飲むつもりだ」

 仙王は目を閉じて考え込む。

「島があるのは知っている。我らの土地ではない、好きにすればいい。ただ我々は今、魔族との交戦に向けて準備しているのは知っているな?」
「うむ」
「龍族を含む四種族の睨み合いで、この世界の均衡が保たれている。鬼族が再起できんと知った魔族は我々に戦を仕掛けるだろう。しかも龍族が手を引いたと知れればどうなる? 我らは魔族に蹂躙される。それ程までに魔族は強い」
「儂らは何をすれば良い?」

「魔族が強いのは『魔王アスタロス・シルヴァニア』の存在があるからだ。奴は強すぎる。奴さえいなければ、龍族が手を引いたとしても世界の均衡は保たれるだろう。その後の考えが我々にはある」
 
「……魔王アスタロスの討伐を儂らに手伝えと?」
「そうだ、仙龍の同盟軍なら奴を消せるかもしれん。奴は自分の強さを過信している。いつも前線に出て戦うのだ。その慢心を突くのも良い」
「なるほど、鬼王イバラキはそれを真似たのか……馬鹿な奴だ。あんな猪馬鹿に手こずっていたのが恥ずかしくなる」
「どうだ? 龍族の精鋭を我等に預けるか? それで魔王を斃せれば、戦から手を引くのも島に移住するのも好きにすればよい」
「心得た。国に帰って相談の上、我が国の精鋭を寄越そう」

 二人の王の話はついた。
 私達五人は帰路についた。
 

 ◆◆◆
 

「……というわけだ。仙神国にこの国の精鋭を送り、共闘して魔王を討つ」

 龍王の屋敷の一室で、国の幹部が顔を合わせて話し合う。

「当然儂とリンファが行く。お主ら兄妹には、この国の未来を託す」
「おいおい、待て待て親父殿。万が一があったらどうすんだよ。相手は魔王だぞ? この国の未来にはあんたが必要だ、誰が纏めんだよ。あと、お袋殿が居なかったら新しい国の有事に誰が指揮採るんだよ」
「その時はお主が龍王だ。お主が国を纏めるがよい」
「それこそ勘弁してくれよ! オレにゃ無理だって。人には適材適所、役割があんだよ。オレの役割は戦闘だ」
 
「……しかし、移住計画は儂が言い始めた事だ。家でゆっくりなどしておれぬ。老い先短い儂らが行くべきだ」
「嘘言ったらだめっしょ父さん。あんたはあと数千年は生きるだろ」
「先が短いといえば私が適任でしょうね」

 皆の注目が姉さんに向いた。
 
「……どういう意味だ、メイリン」
「私は今、病に侵されています。私達は寿命が長くても病には勝てない。私はこの国で一番医術に精通しているから分かる。私の命はそこまで長くない。だから私はこの命、この国のために使います」
「え!? メイリン姉さん、何で言ってくれなかったの!」

 私はあまりの事に声を上げた。

「メイファ、貴方に言ったところで何も解決しない。新しい国が出来たら、私の弟子である貴方が診療所を作りなさい。病を治せるように。約束して」
「……分かったよ」

 皆が静まり返った。

「メイリン、治らぬのか……?」
「はい、原因も治療法も分かりません。ただ、それを記録しているので、それをメイファに託します。この子なら何とかしてくれる。私の命はここで使います、私は魔族と戦う」

 私はこの時に、新しい国に診療所を作る約束をした。皆の病気を治すんだと誓った。

「親父殿、言葉が過ぎるかもしれねぇが、あんた等は魔王には敵わねぇ」
「分かっておる。故にお主らに龍族の未来を託すのだ」
「だから言ってんだ。何で死ぬ気で居るんだって。オレ等が行けば死なねぇ。オレ等は親父殿より強い」
「それは……」
 
「じゃあ、安心の材料を与えようか。オレはすげぇ能力を手に入れた」
「またお主は……気休めならば言わぬが良いぞ」
「マジだって。オレはそれを『龍眼』と名付けた」
 
「……一応聞こうか」
「オレは敵の弱点が見える、目を瞑っていても背後でも、敵の動きが分かる。これは嘘じゃねぇ」
「何を言うておる……」
「考えてみろよ、あのイバラキの腕を斬ったんだぞ? 誰があいつを斬れる。あの強靭な肉体を。取り巻きが多すぎて仕留め損なったけどな……」
 
「……確かにそうだが」
「あと、オレは少し先の相手の動きを読める」
「お主、いい加減にするがよい。儂を出したくないのが見え見えだぞ」
「嘘だと思うなら確かめてみろよ」

 父と兄の遣り取りを皆が見ている。

「いくぞ」
「いつでも来いよ、動く前に何するか当ててやる」

 二人は正眼に構えて対峙している。
 
「上段に移行しての真向斬りだ」
「!?……偶然だ」

「八相からの袈裟斬りだ」
「……」

「横一文字だな」
「お主……本当に視えておるのか……」
「こんなとこで嘘なんてつかねぇよ」

 父は刀を納め、立ったまま目を瞑って考えている。 
 
「親父殿、俺が行けば魔王になんて負けねぇ。メイリンも、もう覚悟を決めている」
「おいおい、何で俺が蚊帳の外なんだよ。俺が行かないと始まらないっしょ。誰があんたら守るんだよ」
「決まったな。オレ等で行く」
「待ってよ! 私も行く! 妹一人置いていくなんて酷くないか!?」
「メイファ、あなたは国の未来。残って」
「ふざけるな! 何で私が死ぬって決めつけるんだ! 私は強い!」
 
「……こいつ、言うね」
「分かった。メイファ、お前は後方支援だ。オレ等が潰れたら助けてくれ。大事な役だ」
「分かればいいんだよ。私を子供だと思うな!」

 私も何が何でも参加したかった。
 認めて貰いたかった。

「親父殿、お袋殿そういうことだ。オレたちは魔王を斬って帰ってくる」
「確かに……儂らが行くより生存率が高いのは分かる。だが約束しろ、絶対に帰って来い。それが条件だ」
「当たり前だ。オレ達は死ぬにはまだ早ぇ」
「私も病に負ける気はありません。必ず治療法を確立します。後にこの病に負ける者がいなくなるように」

「分かった……お主ら四人と、信頼する部下を連れて行くが良い。ただし、信頼する部下だと言うて無理やり連れて行くことの無いように」
「当たり前だ。オレ達にそこまでの強制力は無ぇ」
 
「……さっきから聞いてりゃ、小童どもが好き勝手言うね。確かにわたしゃ戦闘では役に立たないよ。でも作戦の立案は出来る。付いていくよ」
「いや、お袋殿はこの国に残ってくれ。仙族の作戦の元で動いてみたい。オレ達はあんた達に甘えっきりだった。そろそろ独り立ちさせてくれても良いんじゃねぇか? 何百年生きてると思ってんだ」
 
「……どうあっても、私らを連れて行きたくないようだね……分かったよ。絶対に帰ってこいよ。私の作戦はあんたらありきなんだからね」
「任せとけって」

 龍族の精鋭部隊の編成は決まった。
 私達は仙神国に向かう準備をした。
 
しおりを挟む

処理中です...