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第四章 四種族対立編

移動速度の大幅アップ

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 皆で個室のある酒場に来ている。ポロッと重要な話が漏れてはオレ等が責任を取れるものじゃない。仙王達もたまにはと大衆酒場でビアグラスを傾ける。

「いやぁ、俺ぁまだ強くなれるなんて思ってもなかったな。仙術と魔族の圧縮で限界まで強くなった気でいた」
「武術の鍛錬に終わりは無い。君は見たところ鍛冶師だろう? その道にも終わりは無いはずだ」
「確かに、違ぇねぇ」

 原初の仙族二人は国を出る事があまり無いんだろう、自由に動ける事が楽しそうだ。仙神国とは違う庶民の料理を美味しそうに頬張っている。

「トーマスは眼の力を開眼してるって言ってましたよね? エミリーも何か開眼してるっぽいんですよ」
「ほぉ、どんな能力だ?」
「うん、説明が難しいんだけど……皮膚の弱いところが分かったり、攻撃しなきゃいけない所が分かったり、治療で言えば術をかける患部が分かったり、そんな感じかな……」

 仙王とティモシーさんは顔を見合わせて考え込んだ。

「何だったか……昔そんな力を開眼した者がおったな……」
「そうだな……何だったか……」

 思い出した仙王はあっと声を上げて言った。

「思い出した! 『慧眼けいがん』だ」
「そうだ、それそれ。物の本質を見抜く眼だな、洞察力も備えている。って、お前の前の妻の力じゃねえか」

「……あぁ、そうだったな。思い出すのも恐ろしすぎて忘れていた……」

 相当な恐妻家だったらしい……この人は本当に偉い人なのかな……。

「やっぱりそういう眼の力があったんですね! 色々試してみないと!」
「あぁそうだな、どんな力も完全に解明されている訳ではない。自己研鑽は必要だ」

 奥様の話はしたくは無いようだ……当然こちらから触れる事じゃない。

「お聞きしていい話かどうか分からないですが……リーベン島にはどういう用事で?」
「まぁ……我の持つ玉に用があるらしい」

 なるほど、さすがにそれはこんな所では聞けない。それには触れずに普通に宴会を進めよう。
 
 エマ達三人はプロだ、普通に飲んだ所で相手を楽しませようとする。もう職業病なんだろう。隣の仙族二人は身分を忘れて楽しんでいる。

「なぁ、アタシよりもお祖父ちゃんの方がこの国で冒険したかったんじゃないのか?」
「え!? まぁ……確かにお前の目線で冒険した気になっていたのは事実ではあるが……」

 仙王は眼の力で同族の青い眼を通して視界を共有することが出来る。確かに今まで見ていると王ってのは窮屈な存在なんだろうなってのは見て取れる。

「正直に言おう。ティモシーだけだ……我の気持ちを分かってくれるのは。王と言うだけで、単独行動はなりません! とか……仙神国を一人で行動するのもままならん……」
「まぁお前の気持ちが分かるからこそ俺が共で来たんだが……部下のお前を心配する気持ちも分かってやれよ」

 切実だな……仙王やティモシーさん程の使い手なら放っておいても問題はなさそうだけど……確かに里長が単独で何処かに行こうとするならオレも着いて行くだろうな……。
 まぁ、島に着いたら宴会が開かれるだろう。そこで王同士鬱憤を吐き出してもらえればいい。その横にはティモシーさんとシャオウさんあたりが横にいてもらおう。


 宴会もお開きになり、仙族の重鎮二人は領主の屋敷に戻った。素直に戻ったかは知らない、オレ達の知る所ではない。ただ、寄り道して楽しんで欲しいとの思いはある……。

 明日にはリーベン島に向けて出発する。
 朝食を済ませた後、各自領主の屋敷前に集まる様に打ち合わせて解散した。

 
 オレは数日お世話になっているエマの部屋へと帰った。シャワーで汗を流し、就寝前に二人で飲み直す。

「ねぇ、私がウェザブール王の玄孫ってのにもびっくりしたけど、ユーゴ君はそれ以上の人だよね? あのお伽話だと思ってた仙王と仲がいいんだもん」
「え……? いや、仲がいいって事は無いけども……まぁお知り合いではあるな……」
「私にも言えない事……? ちょっと悲しいな……」

 まぁ、いずれバレる事だもんな……エマなら良いか。他言する事は無いだろうし。

「これはキツく口止めされてる事なんだ……だから他には言わないでくれるか?」
「うん、今でも結構口止めされてるもん」

 うん、確かに……間違いない。

「オレは龍王の孫だ。オレは龍族だよ、この黒い髪はその証だ」
「え!? 想像超えてきたんだけど……うん、別にユーゴ君が何者でも良いんだ。私はユーゴ君の全てを知りたいの」
「分かった、もう隠す事はしない」

 でもややこしいから神族の話はやめとこう……。

「でも……そっか、龍族って事は長寿なんでしょ? ユーゴ君は若くても、私はお婆ちゃんになっちゃうね……」
「前にも言ったけど、トーマスやオリバーさんは眼が緑色だろ? 彼らは仙族の因子で昇化した人族なんだ。常人が成し得ない様な努力をした者が稀に昇化する事がある。だから武術を極めたらエマも昇化するかも知れない、そうなれば寿命は仙族と変わらなくなる」
「そっか、私はずっとユーゴ君と居たい。そしてお店も大事。頑張って武術に打ち込むよ!」
「うん! オレもサポートする!」

 エマのそばにはロンがいる、アイツに任せればエマは更に強くなるはずだ。
 今日はゆっくり休んで明日はリーベン島へ向け移動する。エマとの暫しの別れを惜しむ様にベッドで重なり合った。


 ◇◇◇


 朝食を済ませ領主の屋敷の門前に着くと、すでにみな集まっていた。後は仙王達二人を待つだけだ。

「すまん、待たせたか?」
「いや、アタシ達も今来たとこだよ」
「そうか、では行こう」

 レトルコメルスの門を出て浮遊術でリーベン島を目指す。一泊の野営が必要だ。

「そうだ、仙王様達は増幅した風エネルギーで浮遊するんですか?」
「いや、うむ。まぁやってみれば良い」

 なんか意味深だな。
 まぁ、とりあえずやってみよう。

 浮遊術で飛びながら、増幅エネルギーを練気に混ぜてみる。
 すると、とんでもないスピードで前進した。早すぎる! これ凄いな、すぐ着くぞ!
 と思ったのも束の間……速すぎて息が出来ない……。

 失速し呼吸を整えていると皆が追いついた。
 
「分かったか?」
「えぇ、窒息しますねこれ……」
「速すぎて息が出来ないって事か?」
「うん、速すぎて風が顔にへばりつくと言うか……呼吸が出来ないから新たな風エネルギーも取り込めない」
「じゃあ、顔の前に守護術張って空間作ったら良いんじゃないの?」

 皆の顔がエミリーに向いた。

「その通りだな。何故そんな簡単な事に気が付かんかったのか……」

 早速顔の前に守護術を張り、思いっきり飛んでみる。守護術が風よけになり、呼吸を妨げることは無い。横から吹き込む風で問題なく風エネルギーを取り込める。
 張った守護術を鋭角にして更に風の抵抗を無くすとスピードがアップした。皆がそれを真似てかなりのスピードで移動している。当然この速度で会話は難しい。


 
 野営一泊の予定だったが、日が沈んだ頃にルナポートに着いた。

 「まさか一日で着くとはな……二日あれば王都に着くって事か」
「最初十日以上かかってたのにね……凄い進歩だよ」

 流石に日没後に里長の所に行くのは気が引ける。

「俺ん家に来てもらってもいいんだが、ここの料理を食うのもいいよなぁ、仙王様、どうします?」
「そうだな、ヤンガスの家に世話になるのはご家族に迷惑だ、ここに泊まろう。もう目と鼻の先だ、明日の朝に海を渡ろう」

 
 皆で海鮮料理を楽しみ、各自ホテルに帰った。
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