イケメン奥様とウブかわ旦那様が初夜を迎えるまで

瑞月

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17.噛み合わなくて、でも

 初めてみる夫の身体は、思っていた通りに色が白く、だが肩口には大きな傷痕が刻まれていた。
 それに痛ましく眉を寄せながらも、今日の出来事のようにセリスの知らない夫のこれまでを思い、胸が痛むのを感じる。
 そして相対するセリス自身も、今更ながら自分の女性らしくない身体つきを恥じ入ってしまう。
 広すぎる肩幅、逞しい二の腕に、割れた腹筋、背中には王女を庇った時にできた大きな火傷の痕もある。

(むねが苦しい……)

 身体を巡る、うるさいほどの鼓動。
 ルーファスのぎこちない腕に抱かれながら閉じた瞼の下で、今日の数々の光景がとりとめもなく繰り返されていた。

 ルーファスが用意してくれた美しいドレス。
 アデリーの涙。
 稲妻をまとった鋭い瞳をしたルーファスの姿。
 彼を怖いと、感じてしまった自分。

 これまでゆっくりと準備してきた、折角の初めての夜だというのに。
 抱きしめるルーファスの腕にも、少し震える手で触れる指先にも集中できない。
 でもまずは、口付けから――

「ん……ぐっ」
「あ、す、すみません!」

 目測を誤って勢いよく合わせすぎたために、歯が当たってしまった。
 唇は切れなかったが、少し痛い。

「ん、大丈夫だ」
「えっと……あの、進め、ます」

 ルーファスの吐いた息が肌にあたる。
 触れる彼の手は、あまりにおっかなびっくりで、快感よりももどかしさのほうが募っていく。
 夜着を脱がせるのに手間取っているので、セリスのほうから脱ごうとしたら、「そ、そのままで……!」と言われてしまった。
 互いの素肌を合わせるのはハードルが高いようだ。
 まぁ、着衣のままのほうがいいというひともいるらしいしなとセリスが考えていたところで、ルーファスも同じ想像をしていたらしい。

「あの、着衣じゃなきゃダメとか性癖とかじゃなく、今日はその、まだ恥ずかしいからですから」

 そんな言い訳じみたことを呟いた。
 なんだか、ふたりで様々な書物を読みすぎてしまったせいで、いまは愛の交わりと言うよりも、必死にテストの答え合わせをしているようだ。

「……ッ、」
「あ、あ、大丈夫ですか?」
「……、もう少し優しくしてくれると助かる」
「あ、あぁああ! ご、ごめんなさい」
「……うん、それくらいの強さで、うん上手だ、っつ」
「あぁあ! ごめんなさいっ………」
「うん……、あ、それくらいで」

 進んでは止まって、そしてやり直して。
 さっきからそんなやり取りばかりで、一向に先に進まない。
 本に書いてあった甘い吐息や、溶け合う身体という状態には程遠く。
 セリスは自分自身からあられもない声が出てくるのを楽しみにしていたのだが、我が身から嬌声が沸き起こる気配がない。

 ──まぁ濡れれば挿れられるはずだから、とにかく濡らして突っ込んでしまえば。

 そんな情緒の欠片もないことを考えながら、ルーファスがもたらすぎこちない前戯に堪え、いつの間にか眉根を寄せ固く目を閉じていた。
 そうして行為に耐えていたそのとき、ふとルーファスの動きが止まった。

「――? 夫殿……?」
「あの、セリスさん、今日はやっぱりやめておきましょう」
「……なぜ?」

 セリスの上にあった体温が離れていくと、残された身体がすごく冷たく感じた。これからうまくできるはずなのに、なんで。

「なんて言うか、あの、今日はまだ、準備が整ってないかなって。セリスさんも無理しているでしょう?」

 やけにハッキリとルーファスは言い放った。
 そして目を合わすこともなく、セリスの身体にいつかのように、シーツを巻き付けていく。
 その仕草が、あの日よりもずっと、自分の存在を突き放して拒絶されたようで――。

「セ、セリスさん!?」
「…………え」

 気が付けばセリスの頬を涙が伝っていた。
 何故そんなことになっているのか、理解が追い付く前に、次から次へと流れ落ちていく。なんで自分は泣いているんだろう。
 いまは夫と初めて交わるところで、だから、悲しいことなんて何もなかったというのに。

「なんでも、ない」
「なんでもないはずがないですよ! やっぱりさっきの痛かったですか? あぁあごめんなさい……泣かないでください……」

 ごめんなさい、ごめんなさい、ルーファスはそう何度も呟きながらセリスの涙を拭っていく。それなのに、何年ぶりに流したかもわからない涙は止まる気配がない。
 こんな意味のわからない涙なんて流したら、夫殿を困らせてしまう。早く泣き止まなくては。
 そう思う心とは裏腹に、心の奥底には泥のように重い何かが鎮座して動く気配がない。
 でもきっとこれはルーファスに触れたら治るはずだ、だから。

「なんでもない。……続きをしてほしい」
「そ、そんなの出来る訳ないですよ! ほんとうに大丈夫ですか?」

 その言葉に首肯したはずなのに、ルーファスが動く気配はない。
 最初から甘くもなかった室内の雰囲気だったが、更に重い沈黙に満たされていく。

「…………」
「僕……、やっぱり頼りないですよね……」
「え……?」
「セリスさんをこうして泣かせてしまって……。負担をかけないように勉強していたはずが、実際はこんなんで……本当にごめんなさい」
「そんなことは……」

 ルーファスは悲しそうな表情で、寝台から立ち上がった。
 行かないでほしい、それなのに喉の奥が張り付いて声がでない。
 どうにかこの場を繕って、いつものように話がしたい。いつかのように、取り残されるのだけは避けたい。
 ルーファスが少しとぼけたことを言って、それをセリスが窘めて。抱擁の練習をして、ぎこちなく口づけを交わして。いつものようにできれば、きっと涙も止まるはずだから。
「夫殿――、」ルーファスを追って、寝台から起き上がろうとしたその時だった。

「……ん?」

 視線の端をなにか光が掠めた。
 素早く周囲に視線を巡らせると、肩口近くでちらりと桃色が揺れている。
 ふわんふわん。
 水中を漂う海月のような動きで、空間を漂っている。
 気が付けば寝室の窓の隙間から入ってきたのか、角度によって色彩を変える桃色の光がふわふわと揺れている。
 ひとつ、そしてふたつと。
 ゆらゆらと数を増やして、その中の一つがセリスの前にもふわりと降り立った。
 小指の爪程の小さな桃色はちらちらと光を放ち、セリスの手のひらの上で揺れている。

「なぁ、夫殿」
「なんですかセリスさん、って……、────ッ!?」

 セリスの掌で揺れる光。それに気が付いた瞬間、ルーファスは目を見開いて絶句した。
 蛍が空中に光の軌跡を描くように、すいすいと部屋の中を舞う桃色の光。光は暗いが小さな金色の光もあって、二つの光が合わさると桃色に変わっていくようだった。
 ふたつの光が合わさった瞬間にひときわ明るい色を放っていて、まるで空中に花が咲いているようだ。

「これはなんだろう? これも夫殿の魔術装置のひとつか? 綺麗だな」

 いきなり現れた無数の光の数々。
 掴もうとすると消えてしまう熱を感じさせない光は、ともすれば不気味でもあるが、美しさの方がそれに勝った。

「う、わ……、うわああああああああ」
「え、夫殿?」

 なんでなんで!? と突然叫びだした夫は、窓辺に走り、勢いよくカーテンを開け放った。
 そして分厚いカーテンが開かれると、夜とは到底思えない明るさを伴った光の粒が部屋の中に舞い込んできた。
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