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19.ずっと前から
『先日の王宮魔術師団の王家への謁見を覚えているわね? あの時いた魔術師のルーファス・エトルリラはわかるかしら? あの時に、彼の方がセリスをずーっと見つめてらっしゃったことに気が付いた?』
『……失礼ながら、私は特には』
『ふふ、あれは間違いなくセリスに一目惚れしたのよ!』
エステラ王女が突然あんなことを言いだした日、セリスにはルーファスのことを知る由もなかったし、彼の姿の記憶もなかった。
でも確かに違和感がある。
本当にあの日、王女の記憶に残るほどにルーファスは自分のことを見つめていたのだろうか。
「私たちは、会ったことがあった……?」
アーウェン団長と一緒に顔合わせをしたあの日、そういえば団長は『お前の昔からの――』と言いかけていた気もする。
城の離宮勤めだったとはいえ、式典などで顔を合わせることもあったかもしれないとは思ったが、ずっと想われていた?
セリスの問いかけに、ルーファスは気まずい顔をした後、すっかり俯いてしまった。
「なぁ夫殿、私のことを昔から知っていたのか? いつから?」
「……」
「ずっと? 私のことがなんだって? 何もかもなくなっても?」
「う……うぅ、セリスさん意地悪です……!」
「聞きたいんだ、夫殿。私は貴方の口から、私のことをどう思ってるか、聞いたことがないんだ」
そう、肌を重ねようとしても、ルーファスは肝心なことを言ってはくれていなかった。
嫌われている訳はないと思う。憎からず思われているのも分かっている。
でも、それでもルーファスの口からは聞きたかったのだ。
俯く夫をじっと見つめていると、とうとう観念したらしく、ルーファスは重い口を開いた。
「学園で……」
「うん」
セリスさんは覚えてないと思いますが、そう前置きして、ルーファスはセリスに向き合った。
湖からの光に照らされて、彼の白い頬が赤く染まっているのが分かる。
「セリスさんと僕……学園で、同級生だったんです」
「そうだったのか?」
「はい。セリスさんは1学年ほどしか通われていなかったですし、僕たち殆ど、お話することもなかったので」
セリスが学園に通っていたのなど、もう10年以上も前の話だ。
姉達の希望で通うことにはなったものの、学園では大した友人ができることもなく、つまらない毎日を送っていた覚えしかない。
あの頃からセリスは、可愛いものが好きだったので、授業の合間はよく学園の裏の森に出てノクティアンリスなどの小動物や自然を見て過ごしていた。
あの頃のことで思い出せるのはそんなところで。
あの学園生活で、ルーファスと出会い、そして想われるような覚えが全くない。
「話もしなかったのに、気にかけてくれていたのか?」
「うんと……あの、一度だけ、あるんです」
「一度?」
「はい、一度だけセリスさんとお話しました」
そうしてルーファスは話し始めた。
魔術師を志し学園に入学したルーファスもまた、そこでの生活に馴染めず、図書館に籠るか、学園の裏の森や人目につかないところに行くかだったこと。
幼い頃から優秀だったが、それ故に周囲からは疎まれることが多かった。
魔力に恵まれ、早々に魔法を体得することはできた。
でも、どうしてこの身を魔力が巡るのか、どうしてこの世の中には魔力を持つ人と持たぬひと、魔力が見えるひとと見えぬひとが居るのか。
天から授かった己の才よりも、この世の理についての興味の方が尽きなかった。
そうして進んだ王立学園で図書館に通いつめ、たくさんの文献を読んでいる内に、幼い頃に早逝した魔法使いの父親が言っていたことを思い出した。
王家が管理するノクティス山の麓の夜の湖で、青と金の入り混じる美しい炎が湖面を焼くのを見たことがある、と。
それを見た後、我が身を巡る魔力が活性化し、凄まじい魔法を放つことができた。あの炎はきっと、魔法使いの間で一生に一度は巡り合うことを望む、"百花の祝福"と古から呼ばれる事象だったのだのではないか、と。
珍しく興奮した様子の父親の様子は、ルーファスの記憶に深く刻まれた。
その後手繰った文献の中には、"百花の祝福"の名の通り、これまでに様々な色が発見されていると書かれている。ルーファスはその祝福に出会いたくて仕方なかった。
その日も古文書や文献を抱えて、学園の裏の木陰で読んでいるところだった。
“百花の祝福”の挿絵を眺めては、思いを募らせていたその時だった。
ルーファスの目の前に、結構な大きさの枝がドサリと落ちてきたのは。
「えぇえ!?」
「――あ、すまない。下に人がいたとは思わなくて」
頭上から落ちてきた声に視線を上げると、そこには銀糸のような滑らかな髪を垂らした美しい男子生徒の姿があった。逆光で表情は読めなかったが、声音とシルエットから整った相貌が見て取れた。
咄嗟に身構えるが、そんなルーファスをお構いなしに、するすると器用に樹上からおりてくる。
(あれ? スカート履いてる……女子生徒だ)
そしてルーファスはそこで思い出した。
女子生徒の間で話題になっている生徒がいること。それは、王子様のように美しい女子だということを。
突然の出来事に、ルーファスは読んでいた本を閉じるのも忘れて、その姿を見つめていた。すると、その降り立った女生徒はルーファスに「怪我はなかったか?」と話しかけてきた。顔のほとんどを覆い隠す程の前髪に、猫背で陰険。学園にいて、ルーファスに話しかける女子生徒になんて出会ったことがない。
突然の出来事になんと返事をすればいいのかもわからず、ルーファスはぶんぶんと首を振ってその言葉を否定した。
前髪で視線を隠し人目を逃れる自分のような者には、彼女のような美しいひとに何て言葉を発すればいいのかもわからなかった。
身を縮こませるルーファスに、女子生徒は「それなら良かった。読書中に邪魔をして申し訳ない」と言って、制服についた泥をはらった。
(早く行ってほしい)
視線を合わせないように下を向いて、その女子生徒が立ち去るのを待っていたルーファスに、彼女は不意にこう告げた。
「あぁ、その本の挿絵すごく綺麗な夜の絵だな。素敵な本を読んでいるんだな」
「え……」
「それじゃあ、ごゆっくり」
ルーファスの傍らに開かれていた本には、ピンクやオレンジや金色、青で描かれた花々のような“百花の祝福”の挿絵が描かれていた。
「え、なんで……?」
どうして彼女は、これが夜を描いた挿絵だとわかったのだろう。
咲き誇る花々だと、色彩豊かな絵画だとは思っても、どうして限られた条件の時にだけ燃える炎の、夜の風景を描いた絵だとわかったのだろう。
「セリス・アドルナートさん……」
そうだ、武勲名高いアドルナート家の末娘だと聞いたことがある。
振り返ることなく立ち去っていく彼女の姿を見送りながら、ルーファスは彼女の名前を小さく呟いた。
『……失礼ながら、私は特には』
『ふふ、あれは間違いなくセリスに一目惚れしたのよ!』
エステラ王女が突然あんなことを言いだした日、セリスにはルーファスのことを知る由もなかったし、彼の姿の記憶もなかった。
でも確かに違和感がある。
本当にあの日、王女の記憶に残るほどにルーファスは自分のことを見つめていたのだろうか。
「私たちは、会ったことがあった……?」
アーウェン団長と一緒に顔合わせをしたあの日、そういえば団長は『お前の昔からの――』と言いかけていた気もする。
城の離宮勤めだったとはいえ、式典などで顔を合わせることもあったかもしれないとは思ったが、ずっと想われていた?
セリスの問いかけに、ルーファスは気まずい顔をした後、すっかり俯いてしまった。
「なぁ夫殿、私のことを昔から知っていたのか? いつから?」
「……」
「ずっと? 私のことがなんだって? 何もかもなくなっても?」
「う……うぅ、セリスさん意地悪です……!」
「聞きたいんだ、夫殿。私は貴方の口から、私のことをどう思ってるか、聞いたことがないんだ」
そう、肌を重ねようとしても、ルーファスは肝心なことを言ってはくれていなかった。
嫌われている訳はないと思う。憎からず思われているのも分かっている。
でも、それでもルーファスの口からは聞きたかったのだ。
俯く夫をじっと見つめていると、とうとう観念したらしく、ルーファスは重い口を開いた。
「学園で……」
「うん」
セリスさんは覚えてないと思いますが、そう前置きして、ルーファスはセリスに向き合った。
湖からの光に照らされて、彼の白い頬が赤く染まっているのが分かる。
「セリスさんと僕……学園で、同級生だったんです」
「そうだったのか?」
「はい。セリスさんは1学年ほどしか通われていなかったですし、僕たち殆ど、お話することもなかったので」
セリスが学園に通っていたのなど、もう10年以上も前の話だ。
姉達の希望で通うことにはなったものの、学園では大した友人ができることもなく、つまらない毎日を送っていた覚えしかない。
あの頃からセリスは、可愛いものが好きだったので、授業の合間はよく学園の裏の森に出てノクティアンリスなどの小動物や自然を見て過ごしていた。
あの頃のことで思い出せるのはそんなところで。
あの学園生活で、ルーファスと出会い、そして想われるような覚えが全くない。
「話もしなかったのに、気にかけてくれていたのか?」
「うんと……あの、一度だけ、あるんです」
「一度?」
「はい、一度だけセリスさんとお話しました」
そうしてルーファスは話し始めた。
魔術師を志し学園に入学したルーファスもまた、そこでの生活に馴染めず、図書館に籠るか、学園の裏の森や人目につかないところに行くかだったこと。
幼い頃から優秀だったが、それ故に周囲からは疎まれることが多かった。
魔力に恵まれ、早々に魔法を体得することはできた。
でも、どうしてこの身を魔力が巡るのか、どうしてこの世の中には魔力を持つ人と持たぬひと、魔力が見えるひとと見えぬひとが居るのか。
天から授かった己の才よりも、この世の理についての興味の方が尽きなかった。
そうして進んだ王立学園で図書館に通いつめ、たくさんの文献を読んでいる内に、幼い頃に早逝した魔法使いの父親が言っていたことを思い出した。
王家が管理するノクティス山の麓の夜の湖で、青と金の入り混じる美しい炎が湖面を焼くのを見たことがある、と。
それを見た後、我が身を巡る魔力が活性化し、凄まじい魔法を放つことができた。あの炎はきっと、魔法使いの間で一生に一度は巡り合うことを望む、"百花の祝福"と古から呼ばれる事象だったのだのではないか、と。
珍しく興奮した様子の父親の様子は、ルーファスの記憶に深く刻まれた。
その後手繰った文献の中には、"百花の祝福"の名の通り、これまでに様々な色が発見されていると書かれている。ルーファスはその祝福に出会いたくて仕方なかった。
その日も古文書や文献を抱えて、学園の裏の木陰で読んでいるところだった。
“百花の祝福”の挿絵を眺めては、思いを募らせていたその時だった。
ルーファスの目の前に、結構な大きさの枝がドサリと落ちてきたのは。
「えぇえ!?」
「――あ、すまない。下に人がいたとは思わなくて」
頭上から落ちてきた声に視線を上げると、そこには銀糸のような滑らかな髪を垂らした美しい男子生徒の姿があった。逆光で表情は読めなかったが、声音とシルエットから整った相貌が見て取れた。
咄嗟に身構えるが、そんなルーファスをお構いなしに、するすると器用に樹上からおりてくる。
(あれ? スカート履いてる……女子生徒だ)
そしてルーファスはそこで思い出した。
女子生徒の間で話題になっている生徒がいること。それは、王子様のように美しい女子だということを。
突然の出来事に、ルーファスは読んでいた本を閉じるのも忘れて、その姿を見つめていた。すると、その降り立った女生徒はルーファスに「怪我はなかったか?」と話しかけてきた。顔のほとんどを覆い隠す程の前髪に、猫背で陰険。学園にいて、ルーファスに話しかける女子生徒になんて出会ったことがない。
突然の出来事になんと返事をすればいいのかもわからず、ルーファスはぶんぶんと首を振ってその言葉を否定した。
前髪で視線を隠し人目を逃れる自分のような者には、彼女のような美しいひとに何て言葉を発すればいいのかもわからなかった。
身を縮こませるルーファスに、女子生徒は「それなら良かった。読書中に邪魔をして申し訳ない」と言って、制服についた泥をはらった。
(早く行ってほしい)
視線を合わせないように下を向いて、その女子生徒が立ち去るのを待っていたルーファスに、彼女は不意にこう告げた。
「あぁ、その本の挿絵すごく綺麗な夜の絵だな。素敵な本を読んでいるんだな」
「え……」
「それじゃあ、ごゆっくり」
ルーファスの傍らに開かれていた本には、ピンクやオレンジや金色、青で描かれた花々のような“百花の祝福”の挿絵が描かれていた。
「え、なんで……?」
どうして彼女は、これが夜を描いた挿絵だとわかったのだろう。
咲き誇る花々だと、色彩豊かな絵画だとは思っても、どうして限られた条件の時にだけ燃える炎の、夜の風景を描いた絵だとわかったのだろう。
「セリス・アドルナートさん……」
そうだ、武勲名高いアドルナート家の末娘だと聞いたことがある。
振り返ることなく立ち去っていく彼女の姿を見送りながら、ルーファスは彼女の名前を小さく呟いた。
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