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第二章の14
手紙
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話は終わったと言わんばかりに背を向ける剛に、聡が食ってかかっている。
「『もういい』じゃないんだよ。全然よくないよ。ちゃんと話してくれよ。気になるだろ」
文子と真名もぶんぶん首を縦に振って、剛を見つめる。
「書きかけて、途中でやめてしまった手紙じゃった。封筒に入っていたが、その封筒も封はされずに開けっ放しだった。思いついた時に少しずつ書いていくつもりだったのかもしれない。それか、書こうとして何も思いつかず、そのまま忘れてしまったのかもしれん。見つけたのは、静子が亡くなって一年ほどしてからだ」
「途中まででいいから」
剛は気がのらない様子だったが、教えてくれた。
「だいたいこういった内容だった。『剛さんへ。もしも私のほうが先に死んだときのために、これを書いておきます』」
そこでプツリと言葉を切ってしまった。
「それで?」
「肝心の内容は?」
聡よりも文子と真名なのほうがじれったくて催促してしまう。
「それだけだ。そこまでで続きは書いておらず、途切れていた」
「え」
「それじゃあ、何も書いていないのと同じだわ」
文子と真名のほうががっかりしている。
「死ぬなんてこれっぽっちも予想していなかったからな。思いつきで書きだしてみたものの、伝えることなんて本当に何も思いつかんかったんじゃろ」
これだけもったいぶって、白紙同然の手紙だったとは。静子さん似のつくもがみも、ぽかんとしている。
「でも、その手紙を大切にしていたんですね。ないと分かったとたん、聡さんをこっぴどく叱りつけるくらい」
真名が確認した。
「あ、ああ。一応形見の品だしな」
「驚いた。この年まで、そんな事実は全く言わずに、暮らしてきたことに。だって、母さん、僕を育ててくれた千代母さんと、ずっと仲良かったよね」
剛は、ここぞとばかりに胸を張る。
「もちろん。子持ちのわしに嫁いできてくれた人じゃからな。たった一人で子どもを抱えて、途方に暮れていたんじゃ。あれがいなかったら、とてもやってこれんかった」
「で、死ぬ間際になって突然思いついたというわけ? そういえば本当のことをまだ言っていなかったな、と」
「いや、千代にうながされてじゃ。一体いつ聡に静子のことを言うのかと、言われたんじゃ」
「え? 母さんのほうから?」
「うむ。おまえには知る権利がある、と」
「知る権利、か。母がそんなこと言ったなんて。そうかもしれないけど、そんなに気を遣って育ててくれていたなんて。母にちゃんとお礼を言いたかったな。新しい心残りができてしまう」
ずいっと文子が割って入る。
「霊界に行って待っていればいずれ会える。この図書館に寄り道したのは、人間とつくもがみという、死ぬと別々の世界に行ってしまう者同士が会う機会を得るためだ。つくもがみとは会えただろう?」
剛が動揺する。
「静子とはこれっきりか?」
つくもがみの手を握って別れを惜しむ。
「静子ではありませんから」
にっこりと笑うつくもがみ。
「でも、大切にしていただいたことは感謝しています。つくもがみになるくらい、三世代にわたって毎日のように手に取って眺めていただいて、わたしは幸せ者でした」
「そうか……。そう言ってもらえたなら、よかった」
聡は一人居心地悪そうに頭をかいている。大切にどころか、ビリビリに破ってしまい、立場がない。
「聡さん、気にしないでくださいね。わたし、全然元通りになってますから」
「ふうん。修復の技術って、すごいんだな。継ぎ目が全然分からないようにできるとは」
文子がしきりと感心している。
「あ、扉が」
真名が声をあげた。今まで本棚と壁だけだった図書館の一か所に、ひとりでに扉が現れた。
「心残りも解消したことだし、そろそろ行く時間のようだな」
文子が剛と聡を扉のほうへ押し出す。剛は扉の前で二の足を踏んでいる。聡が前に出て、観音開きの扉を押し開けた。扉の向こうにはまた別の扉があって、鏡子さんが立っている。
「二人とも、さらに扉を開けて向こうの世界へ行くがいい」
聡は言われるがまま扉を開け、迷わず向こう側へと入っていった。剛も後に続く。完全に入ったのを見届けて、鏡子さんは持っていた長い杖の先を金具に引っ掛け、ゆっくりと扉を閉じた。
「同時に二人とは珍しかったな。また来たら案内いたせ。いつでも扉をくぐらせてやるぞ」
鏡子さんが話し終えるや、図書館側の扉もパタンと閉じた。扉は水に溶けるように、まず輪郭がぼやけ、ゆらゆらと揺れるように、見えなくなっていった。
文子が真名を振り返った。
「よい送り方をできたんじゃないか? 初仕事にしてはうまくいったじゃないか」
「で、でも私、何もしてないんですけど」
下手すると邪魔をしたかもしれないという後悔が襲ってくる。
「あたしたちはあくまでもお手伝い係だ。主体的に何かしようなんて、思い上がりというものだ。時には黙って見守る、それが一番よい時もある」
「そ、そうかしら」
勝手に落ち込む真名の横には、もう一人つくもがみが残っていた。
「わたし、ここが気に入ったわ。お掃除係なんてどうかしら」
静子似のつくもがみが、どこで見つけたのか、ちゃっかりハタキを手に持っている。
「呼び名は静子でいいのか?」
「そうねえ。他に思いつかないものねえ。静子でいいわ。よろしくね」
そこに、待ってましたとばかりに、ダダダダとうるさい足音が近づいてくる。
「ねえねえ、もう遊んでいい?」
「しんこくな話してたから、えんりょしてたんだよ。えらいでしょ」
「みーくんたち、えらいでしょ。ほめて、ほめて」
図書館はたちまち保育園のようなにぎやかさに包まれる。
次に依頼者が来るのはいつだろう。またお役に立てたらいいな、と真名はほほえんだ。
「『もういい』じゃないんだよ。全然よくないよ。ちゃんと話してくれよ。気になるだろ」
文子と真名もぶんぶん首を縦に振って、剛を見つめる。
「書きかけて、途中でやめてしまった手紙じゃった。封筒に入っていたが、その封筒も封はされずに開けっ放しだった。思いついた時に少しずつ書いていくつもりだったのかもしれない。それか、書こうとして何も思いつかず、そのまま忘れてしまったのかもしれん。見つけたのは、静子が亡くなって一年ほどしてからだ」
「途中まででいいから」
剛は気がのらない様子だったが、教えてくれた。
「だいたいこういった内容だった。『剛さんへ。もしも私のほうが先に死んだときのために、これを書いておきます』」
そこでプツリと言葉を切ってしまった。
「それで?」
「肝心の内容は?」
聡よりも文子と真名なのほうがじれったくて催促してしまう。
「それだけだ。そこまでで続きは書いておらず、途切れていた」
「え」
「それじゃあ、何も書いていないのと同じだわ」
文子と真名のほうががっかりしている。
「死ぬなんてこれっぽっちも予想していなかったからな。思いつきで書きだしてみたものの、伝えることなんて本当に何も思いつかんかったんじゃろ」
これだけもったいぶって、白紙同然の手紙だったとは。静子さん似のつくもがみも、ぽかんとしている。
「でも、その手紙を大切にしていたんですね。ないと分かったとたん、聡さんをこっぴどく叱りつけるくらい」
真名が確認した。
「あ、ああ。一応形見の品だしな」
「驚いた。この年まで、そんな事実は全く言わずに、暮らしてきたことに。だって、母さん、僕を育ててくれた千代母さんと、ずっと仲良かったよね」
剛は、ここぞとばかりに胸を張る。
「もちろん。子持ちのわしに嫁いできてくれた人じゃからな。たった一人で子どもを抱えて、途方に暮れていたんじゃ。あれがいなかったら、とてもやってこれんかった」
「で、死ぬ間際になって突然思いついたというわけ? そういえば本当のことをまだ言っていなかったな、と」
「いや、千代にうながされてじゃ。一体いつ聡に静子のことを言うのかと、言われたんじゃ」
「え? 母さんのほうから?」
「うむ。おまえには知る権利がある、と」
「知る権利、か。母がそんなこと言ったなんて。そうかもしれないけど、そんなに気を遣って育ててくれていたなんて。母にちゃんとお礼を言いたかったな。新しい心残りができてしまう」
ずいっと文子が割って入る。
「霊界に行って待っていればいずれ会える。この図書館に寄り道したのは、人間とつくもがみという、死ぬと別々の世界に行ってしまう者同士が会う機会を得るためだ。つくもがみとは会えただろう?」
剛が動揺する。
「静子とはこれっきりか?」
つくもがみの手を握って別れを惜しむ。
「静子ではありませんから」
にっこりと笑うつくもがみ。
「でも、大切にしていただいたことは感謝しています。つくもがみになるくらい、三世代にわたって毎日のように手に取って眺めていただいて、わたしは幸せ者でした」
「そうか……。そう言ってもらえたなら、よかった」
聡は一人居心地悪そうに頭をかいている。大切にどころか、ビリビリに破ってしまい、立場がない。
「聡さん、気にしないでくださいね。わたし、全然元通りになってますから」
「ふうん。修復の技術って、すごいんだな。継ぎ目が全然分からないようにできるとは」
文子がしきりと感心している。
「あ、扉が」
真名が声をあげた。今まで本棚と壁だけだった図書館の一か所に、ひとりでに扉が現れた。
「心残りも解消したことだし、そろそろ行く時間のようだな」
文子が剛と聡を扉のほうへ押し出す。剛は扉の前で二の足を踏んでいる。聡が前に出て、観音開きの扉を押し開けた。扉の向こうにはまた別の扉があって、鏡子さんが立っている。
「二人とも、さらに扉を開けて向こうの世界へ行くがいい」
聡は言われるがまま扉を開け、迷わず向こう側へと入っていった。剛も後に続く。完全に入ったのを見届けて、鏡子さんは持っていた長い杖の先を金具に引っ掛け、ゆっくりと扉を閉じた。
「同時に二人とは珍しかったな。また来たら案内いたせ。いつでも扉をくぐらせてやるぞ」
鏡子さんが話し終えるや、図書館側の扉もパタンと閉じた。扉は水に溶けるように、まず輪郭がぼやけ、ゆらゆらと揺れるように、見えなくなっていった。
文子が真名を振り返った。
「よい送り方をできたんじゃないか? 初仕事にしてはうまくいったじゃないか」
「で、でも私、何もしてないんですけど」
下手すると邪魔をしたかもしれないという後悔が襲ってくる。
「あたしたちはあくまでもお手伝い係だ。主体的に何かしようなんて、思い上がりというものだ。時には黙って見守る、それが一番よい時もある」
「そ、そうかしら」
勝手に落ち込む真名の横には、もう一人つくもがみが残っていた。
「わたし、ここが気に入ったわ。お掃除係なんてどうかしら」
静子似のつくもがみが、どこで見つけたのか、ちゃっかりハタキを手に持っている。
「呼び名は静子でいいのか?」
「そうねえ。他に思いつかないものねえ。静子でいいわ。よろしくね」
そこに、待ってましたとばかりに、ダダダダとうるさい足音が近づいてくる。
「ねえねえ、もう遊んでいい?」
「しんこくな話してたから、えんりょしてたんだよ。えらいでしょ」
「みーくんたち、えらいでしょ。ほめて、ほめて」
図書館はたちまち保育園のようなにぎやかさに包まれる。
次に依頼者が来るのはいつだろう。またお役に立てたらいいな、と真名はほほえんだ。
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