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第5話
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王都の夜を彩る、年に一度の王立晩餐会。
煌びやかなシャンデリアの下、社交界の重鎮たちが集うその中央を、私たちは風を切って歩いていた。
かつての私は、デミウスの影に隠れ、彼の顔色を伺いながら歩くことしかできなかった。
けれど今は違う。
帝国最強の盾、アイオーン。
帝国の財布を握る、エドウィン。
帝国の華、リュカ。
三人の至宝を従えた私の姿は、並み居る公爵夫人たちさえも圧倒するほどの、異様なまでの輝きを放っていた。
「ソフィ様、そんなに端を歩かないでください。俺があなたの隣にいないと、不埒な輩が寄ってくる」
アイオーンが私の腰を引き寄せ、周囲に鋭い視線を飛ばす。その威圧感だけで、声をかけようとした貴族たちが次々と後退していく。
「アイオーン、あまり野蛮に振る舞うな。ソフィ様の品格を疑われる。……ソフィ様、私の用意したこの新作の耳飾り、お気に召しましたか? あなたの瞳の色に合わせ、東方の国から無理やり買い付けさせたものです」
エドウィンが私の耳元に顔を寄せ、冷ややかな指先で宝石に触れる。その指には、私への独占欲がこれでもかと込められていた。
「二人とも、せっかくの美しい夜を台無しにしないで。ソフィ様、今夜は私がお供をして、あなたが一番美しく見える角度でエスコートいたしますから」
リュカが私の手を取り、うっとりとした表情で手の甲にキスを落とした。
そんな夢のような光景を、一瞬で凍りつかせる声が響いた。
「……ソフィ! 君、そんなところで何をしている!」
現れたのは、ボロボロの正装に身を包み、酒の匂いを漂わせたデミウスだった。
かつての威厳など微塵もない。私に押し付けられた負債と、エドウィンによる徹底的な社会的封じ込めによって、彼はもはや王都の笑い草となっていた。
「デミウス。……まだ、この場所に足を踏み入れる度胸があったのね」
私は足を止め、冷たく彼を見下ろした。
「ふざけるな! 私は君の夫だ! あの離婚届など認めない! さあ、その薄汚い奴隷たちを追い払って、今すぐ屋敷に戻るんだ! 君の宝石を売れば、私の借金など……!」
デミウスが私の腕を掴もうと、汚れた手を伸ばした。
けれど、その手が私に触れることは、万に一つも有り得ない。
「……俺の主に、その汚い手を伸ばすな」
アイオーンの抜身の剣気が、デミウスの喉元に突きつけられた。物理的な剣ではない、殺気だけでデミウスは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「デミウス様。あなたの債務不履行、および不正蓄財の証拠はすでに王立裁判所に提出済みです。今夜が、あなたが塀の外で過ごせる最後の夜ですよ」
エドウィンが眼鏡を直し、慈悲のない宣告を突きつける。
「ソフィ、助けてくれ! 君は、私を愛していたじゃないか!」
デミウスの醜い叫び。
けれど、私の心には一欠片の情も湧かなかった。
ただ、隣にいる推したちが、この言葉を聞いてこれ以上不機嫌にならないかだけが心配だった。
「……どなたかしら? 困るわ、そんなに大きな声を出されては。私の大切な推したちが、不愉快な気分になってしまうじゃない」
私は扇子で口元を隠し、冷ややかに笑い飛ばした。
警備兵に引きずり出されていくデミウスの背中を見送りながら、私は一度も後ろを向かなかった。
バルコニーへ出ると、夜風が火照った肌に心地よかった。
けれど、そこには静寂などなかった。
「ソフィ様。……あの男はもう終わりだ。これからは、俺だけを見ていてください」
アイオーンが私の背後から抱きしめる。
「いいえ。彼女に必要なのは、私の知性と、私が積み上げた富です。ソフィ様、あなたを永遠に、私の管理する楽園に閉じ込めさせていただけますね?」
エドウィンが私の手を取り、強引に指輪を嵌め直そうとする。
「ずるいですよ、二人とも。ソフィ様、私の舞台は一生終わりません。あなたが飽きるまで、私はあなたの前でだけ、愛の言葉を囁き続けましょう」
リュカが私の足元に跪き、熱い視線を向けてくる。
かつての私は、誰かに愛されたくて必死だった。
けれど死に戻った今、私が手に入れたのは、重すぎて、狂おしくて、けれど眩しいほどの愛。
私は彼らの中心で、贅沢な溜息を吐いた。
「……本当に、あなたたちは欲張りなんだから」
私が微笑むと、三人の男たちが同時に私を奪い合うように抱き寄せてきた。
ただ推しを愛でて優雅に暮らしたかっただけなのに。
彼らからの愛が重すぎる最高の人生は、まだ始まったばかりだ。
(完)
煌びやかなシャンデリアの下、社交界の重鎮たちが集うその中央を、私たちは風を切って歩いていた。
かつての私は、デミウスの影に隠れ、彼の顔色を伺いながら歩くことしかできなかった。
けれど今は違う。
帝国最強の盾、アイオーン。
帝国の財布を握る、エドウィン。
帝国の華、リュカ。
三人の至宝を従えた私の姿は、並み居る公爵夫人たちさえも圧倒するほどの、異様なまでの輝きを放っていた。
「ソフィ様、そんなに端を歩かないでください。俺があなたの隣にいないと、不埒な輩が寄ってくる」
アイオーンが私の腰を引き寄せ、周囲に鋭い視線を飛ばす。その威圧感だけで、声をかけようとした貴族たちが次々と後退していく。
「アイオーン、あまり野蛮に振る舞うな。ソフィ様の品格を疑われる。……ソフィ様、私の用意したこの新作の耳飾り、お気に召しましたか? あなたの瞳の色に合わせ、東方の国から無理やり買い付けさせたものです」
エドウィンが私の耳元に顔を寄せ、冷ややかな指先で宝石に触れる。その指には、私への独占欲がこれでもかと込められていた。
「二人とも、せっかくの美しい夜を台無しにしないで。ソフィ様、今夜は私がお供をして、あなたが一番美しく見える角度でエスコートいたしますから」
リュカが私の手を取り、うっとりとした表情で手の甲にキスを落とした。
そんな夢のような光景を、一瞬で凍りつかせる声が響いた。
「……ソフィ! 君、そんなところで何をしている!」
現れたのは、ボロボロの正装に身を包み、酒の匂いを漂わせたデミウスだった。
かつての威厳など微塵もない。私に押し付けられた負債と、エドウィンによる徹底的な社会的封じ込めによって、彼はもはや王都の笑い草となっていた。
「デミウス。……まだ、この場所に足を踏み入れる度胸があったのね」
私は足を止め、冷たく彼を見下ろした。
「ふざけるな! 私は君の夫だ! あの離婚届など認めない! さあ、その薄汚い奴隷たちを追い払って、今すぐ屋敷に戻るんだ! 君の宝石を売れば、私の借金など……!」
デミウスが私の腕を掴もうと、汚れた手を伸ばした。
けれど、その手が私に触れることは、万に一つも有り得ない。
「……俺の主に、その汚い手を伸ばすな」
アイオーンの抜身の剣気が、デミウスの喉元に突きつけられた。物理的な剣ではない、殺気だけでデミウスは腰を抜かし、その場にへたり込んだ。
「デミウス様。あなたの債務不履行、および不正蓄財の証拠はすでに王立裁判所に提出済みです。今夜が、あなたが塀の外で過ごせる最後の夜ですよ」
エドウィンが眼鏡を直し、慈悲のない宣告を突きつける。
「ソフィ、助けてくれ! 君は、私を愛していたじゃないか!」
デミウスの醜い叫び。
けれど、私の心には一欠片の情も湧かなかった。
ただ、隣にいる推したちが、この言葉を聞いてこれ以上不機嫌にならないかだけが心配だった。
「……どなたかしら? 困るわ、そんなに大きな声を出されては。私の大切な推したちが、不愉快な気分になってしまうじゃない」
私は扇子で口元を隠し、冷ややかに笑い飛ばした。
警備兵に引きずり出されていくデミウスの背中を見送りながら、私は一度も後ろを向かなかった。
バルコニーへ出ると、夜風が火照った肌に心地よかった。
けれど、そこには静寂などなかった。
「ソフィ様。……あの男はもう終わりだ。これからは、俺だけを見ていてください」
アイオーンが私の背後から抱きしめる。
「いいえ。彼女に必要なのは、私の知性と、私が積み上げた富です。ソフィ様、あなたを永遠に、私の管理する楽園に閉じ込めさせていただけますね?」
エドウィンが私の手を取り、強引に指輪を嵌め直そうとする。
「ずるいですよ、二人とも。ソフィ様、私の舞台は一生終わりません。あなたが飽きるまで、私はあなたの前でだけ、愛の言葉を囁き続けましょう」
リュカが私の足元に跪き、熱い視線を向けてくる。
かつての私は、誰かに愛されたくて必死だった。
けれど死に戻った今、私が手に入れたのは、重すぎて、狂おしくて、けれど眩しいほどの愛。
私は彼らの中心で、贅沢な溜息を吐いた。
「……本当に、あなたたちは欲張りなんだから」
私が微笑むと、三人の男たちが同時に私を奪い合うように抱き寄せてきた。
ただ推しを愛でて優雅に暮らしたかっただけなのに。
彼らからの愛が重すぎる最高の人生は、まだ始まったばかりだ。
(完)
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