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第5章:クリーン・ファンタジーの夏休み
第25話:世界がある限り、掃除屋は眠らない
タコ入道の「インク漏れ」騒動が収束し、浜辺には穏やかな夕暮れが訪れていた。
水平線に沈む夕日が、浄化された海を黄金色に染め上げている。
「綺麗ですね……」
コアちゃんがうっとりと呟いた。
その隣で、セシリアも潮風に髪をなびかせている。
剣崎は、空になったジュースのグラスを片手に、しみじみと海を眺めていた。
「社長」
ふと、剣崎が口を開いた。
「私たちは……いえ、社長は、もう十分すぎるほど働いたんじゃないですか?」
彼はソウジの横顔を見つめた。
新宿の地下ダンジョンから始まり、魔王城のトイレ、成層圏の洗濯、そして太陽の黒点除去。
この男は、たった数ヶ月で人類史に残る偉業を成し遂げてきた。
「世界も救ったし、神も倒した(掃除した)。会社も軌道に乗った。……もう、あんな危険な『掃除』なんてしなくても、一生遊んで暮らせるだけの資産はあるでしょう?」
それは、剣崎なりの労いであり、本心からの疑問だった。
これ以上、戦う理由なんてないはずだ、と。
その問いに、ソウジは無言で足元の砂浜にかがみ込んだ。
そこには、誰かが捨てていった空き缶が半分埋もれていた。
「……いいや、剣崎」
ソウジは空き缶を拾い上げ、砂を払った。
「人が生きている限り、必ずゴミは出る。世界は毎日、少しずつ汚れていくんだ」
彼は夕日に向かって空き缶を掲げた。
それは英雄の聖剣でもなければ、魔法の杖でもない。ただのゴミだ。
だが、彼にとっては「見過ごせない仕事」の一つだった。
「今日を綺麗にしても、明日はまた汚れる。だからこそ、俺たちが毎日綺麗にする。……『今日』という一日を、誰もが気持ちよく生きるためにな」
英雄になりたいわけでも、称賛されたいわけでもない。
ただ、目の前の汚れを落とし、場を整える。
それが「清掃員(ジャニター)」としての、灰坂ソウジの矜持だった。
「……敵いませんね、社長には」
剣崎は苦笑し、サングラスを外した。
その目には、かつてのような野心や焦りはなく、清々しい光が宿っていた。
「分かりました。どこまでもお供しますよ。……人事部長として、あなたの過労死だけは阻止しますけどね」
「ははっ、頼りにしてるよ」
ソウジはニカッと笑い、空き缶をゴミ袋に放り込んだ。
「よし、撤収だ! 帰ったら溜まった書類を片付けるぞ!」
「はいっ!!」
夕日に照らされた4人の影が、長く砂浜に伸びていた。
***
休暇を終え、東京のオフィスに戻った一行。
数日ぶりの『株式会社クリーン・ファンタジー』は、いつも通りの戦場だった。
「社長! 大変です! 不在の間に依頼書が山積みです!」
「アメリカ政府から『エリア51の地下倉庫整理』の再送メールが!」
「魔王軍からも『至急、風呂場のカビ取りを』と!」
デスクの上には、未処理の書類タワーがそびえ立っている。
ソウジは「やれやれ」と肩を回し、いつもの薄汚れた作業着(ツナギ)に袖を通した。
「どいつもこいつも、身の回りの掃除くらい自分でやれってんだ」
文句を言いながらも、その顔は楽しそうだ。
彼は愛用のヘルメットを被り、相棒の『ComePro』を装着する。
「そういえば社長。保留にしていた『大天使長』からの履歴書、どうしますか?」
剣崎がファイル片手に尋ねてきた。
太陽での一件でプライドごとリセットされた元・大天使長が、再就職を希望してきているのだ。
「あー……。あんな堅物のおっさん、雇ったら扱いづらいだろ。不採用でいいんじゃないか?」
ソウジがそう答えた、その時だった。
コンコン。ガチャリ。
事務所のドアが開き、小さな影が入ってきた。
金髪のおかっぱ頭。背中には小さな白い翼。
あどけない顔立ちをした、小学生くらいの美少年(美少女?)だ。
「あの……。面接のお願いに上がりました」
ソウジたちは動きを止め、その少年を凝視した。
「……え? 誰?」
「ソウジ様! ワタクシです! 元・大天使長です!」
少年はキラキラした瞳で駆け寄ってきた。
「前回、ソウジ様に『プライド』という名の贅肉を削ぎ落としていただいたおかげで、本来の姿に戻ることができました! 身も心も真っ白(ピュア)です!」
「えぇ……?」
「ワタクシをそばに置いてください! 雑用でも使い走りでも構いません! ダメと言われても帰りませんから!」
元・神の軍団トップが、ソウジの足にすがりついてくる。
そのあまりの変貌ぶりに、オフィスは静まり返った。
「しゃ、社長……どうしましょう?」
「……はぁ。まあ、人手は足りないしな。試用期間からなら考えてやる」
「本当ですか! ありがとうございます、ソウジ様!」
天使はパタパタと翼を羽ばたかせ、コアちゃんとハイタッチしている。
どうやら、この会社はますます賑やか(カオス)になりそうだ。
「よし、行くぞ! 油売ってる暇はない!」
ソウジはデッキブラシを担ぎ、オフィスのドアを開け放った。
その先には、まだ見ぬ「頑固な汚れ」たちが待っている。
「仕事だ! 汚れは溜めるな、すぐ落とせ!」
伝説のS級清掃員の毎日は、これからも続いていく。
世界がピカピカになる、その日まで。
(第5部 完)
***
-あとがき-
お疲れ様です。
株式会社クリーン・ファンタジー代表の灰坂ソウジです。
当社の夏期休暇報告書に最後までお目通しいただき、誠にありがとうございました。
「働き方改革」の一環として企画した慰安旅行でしたが、結局のところ、我々に「完全な休息」など存在しないことが証明された数日間でした。
職業病とは恐ろしいものです。
皆様も、旅行先のホテルのサッシや、エアコンの吹き出し口が気になり始めたら、それは立派な「掃除屋の素質」があります。ぜひ弊社へ履歴書をお送りください。
今回の旅の収穫といえば、やはり「アメニティグッズの可能性」を再確認できたことでしょう。
使い捨てのクシやカミソリも、工夫次第で立派な武器になります。
特に【マキシマム・マンゴー・ワイパー】は、帰社後に正式な掃除用具として採用を検討しています。
(※ただし、使用後のカミソリを放置するのは危険ですので、適切に処分してください)
海での「インク漏れ事故(タコ入道)」については、現在メーカー(海神様)に問い合わせ中です。
やはり、純正インク以外を使うとろくなことがありません。
皆様も、心や体に「不純物(ストレス)」を溜め込みすぎないよう、こまめなメンテナンスを心がけてください。
さて、休暇も終わり、オフィスにはまた日常が戻ってきました。
留守の間に溜まった依頼書と、新しく入ったバイト君(元・大天使長)の教育で、明日からもてんてこ舞いになりそうです。
彼は「空を飛べる」ので、高所作業や窓拭き要員として期待しています。ただ、相変わらず堅苦しいのと、やたらと「神の御加護がありますように!」と叫びながら拭くので、近所迷惑にならないか心配ですが。
最後になりますが、今後とも引き続き応援いただけますと幸いです。
皆様の応援は、社員のボーナス査定と、私の腰の治療費に直結いたします。
世界がある限り、汚れは生まれ続けます。
ですが、ご安心を。
どれだけ汚れても、私たちが必ず綺麗にしますから。
それでは、次の現場でお会いしましょう。
皆様の明日が、一点の曇りもない、ピカピカの一日でありますように。
株式会社クリーン・ファンタジー
代表取締役社長 灰坂ソウジ
水平線に沈む夕日が、浄化された海を黄金色に染め上げている。
「綺麗ですね……」
コアちゃんがうっとりと呟いた。
その隣で、セシリアも潮風に髪をなびかせている。
剣崎は、空になったジュースのグラスを片手に、しみじみと海を眺めていた。
「社長」
ふと、剣崎が口を開いた。
「私たちは……いえ、社長は、もう十分すぎるほど働いたんじゃないですか?」
彼はソウジの横顔を見つめた。
新宿の地下ダンジョンから始まり、魔王城のトイレ、成層圏の洗濯、そして太陽の黒点除去。
この男は、たった数ヶ月で人類史に残る偉業を成し遂げてきた。
「世界も救ったし、神も倒した(掃除した)。会社も軌道に乗った。……もう、あんな危険な『掃除』なんてしなくても、一生遊んで暮らせるだけの資産はあるでしょう?」
それは、剣崎なりの労いであり、本心からの疑問だった。
これ以上、戦う理由なんてないはずだ、と。
その問いに、ソウジは無言で足元の砂浜にかがみ込んだ。
そこには、誰かが捨てていった空き缶が半分埋もれていた。
「……いいや、剣崎」
ソウジは空き缶を拾い上げ、砂を払った。
「人が生きている限り、必ずゴミは出る。世界は毎日、少しずつ汚れていくんだ」
彼は夕日に向かって空き缶を掲げた。
それは英雄の聖剣でもなければ、魔法の杖でもない。ただのゴミだ。
だが、彼にとっては「見過ごせない仕事」の一つだった。
「今日を綺麗にしても、明日はまた汚れる。だからこそ、俺たちが毎日綺麗にする。……『今日』という一日を、誰もが気持ちよく生きるためにな」
英雄になりたいわけでも、称賛されたいわけでもない。
ただ、目の前の汚れを落とし、場を整える。
それが「清掃員(ジャニター)」としての、灰坂ソウジの矜持だった。
「……敵いませんね、社長には」
剣崎は苦笑し、サングラスを外した。
その目には、かつてのような野心や焦りはなく、清々しい光が宿っていた。
「分かりました。どこまでもお供しますよ。……人事部長として、あなたの過労死だけは阻止しますけどね」
「ははっ、頼りにしてるよ」
ソウジはニカッと笑い、空き缶をゴミ袋に放り込んだ。
「よし、撤収だ! 帰ったら溜まった書類を片付けるぞ!」
「はいっ!!」
夕日に照らされた4人の影が、長く砂浜に伸びていた。
***
休暇を終え、東京のオフィスに戻った一行。
数日ぶりの『株式会社クリーン・ファンタジー』は、いつも通りの戦場だった。
「社長! 大変です! 不在の間に依頼書が山積みです!」
「アメリカ政府から『エリア51の地下倉庫整理』の再送メールが!」
「魔王軍からも『至急、風呂場のカビ取りを』と!」
デスクの上には、未処理の書類タワーがそびえ立っている。
ソウジは「やれやれ」と肩を回し、いつもの薄汚れた作業着(ツナギ)に袖を通した。
「どいつもこいつも、身の回りの掃除くらい自分でやれってんだ」
文句を言いながらも、その顔は楽しそうだ。
彼は愛用のヘルメットを被り、相棒の『ComePro』を装着する。
「そういえば社長。保留にしていた『大天使長』からの履歴書、どうしますか?」
剣崎がファイル片手に尋ねてきた。
太陽での一件でプライドごとリセットされた元・大天使長が、再就職を希望してきているのだ。
「あー……。あんな堅物のおっさん、雇ったら扱いづらいだろ。不採用でいいんじゃないか?」
ソウジがそう答えた、その時だった。
コンコン。ガチャリ。
事務所のドアが開き、小さな影が入ってきた。
金髪のおかっぱ頭。背中には小さな白い翼。
あどけない顔立ちをした、小学生くらいの美少年(美少女?)だ。
「あの……。面接のお願いに上がりました」
ソウジたちは動きを止め、その少年を凝視した。
「……え? 誰?」
「ソウジ様! ワタクシです! 元・大天使長です!」
少年はキラキラした瞳で駆け寄ってきた。
「前回、ソウジ様に『プライド』という名の贅肉を削ぎ落としていただいたおかげで、本来の姿に戻ることができました! 身も心も真っ白(ピュア)です!」
「えぇ……?」
「ワタクシをそばに置いてください! 雑用でも使い走りでも構いません! ダメと言われても帰りませんから!」
元・神の軍団トップが、ソウジの足にすがりついてくる。
そのあまりの変貌ぶりに、オフィスは静まり返った。
「しゃ、社長……どうしましょう?」
「……はぁ。まあ、人手は足りないしな。試用期間からなら考えてやる」
「本当ですか! ありがとうございます、ソウジ様!」
天使はパタパタと翼を羽ばたかせ、コアちゃんとハイタッチしている。
どうやら、この会社はますます賑やか(カオス)になりそうだ。
「よし、行くぞ! 油売ってる暇はない!」
ソウジはデッキブラシを担ぎ、オフィスのドアを開け放った。
その先には、まだ見ぬ「頑固な汚れ」たちが待っている。
「仕事だ! 汚れは溜めるな、すぐ落とせ!」
伝説のS級清掃員の毎日は、これからも続いていく。
世界がピカピカになる、その日まで。
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***
-あとがき-
お疲れ様です。
株式会社クリーン・ファンタジー代表の灰坂ソウジです。
当社の夏期休暇報告書に最後までお目通しいただき、誠にありがとうございました。
「働き方改革」の一環として企画した慰安旅行でしたが、結局のところ、我々に「完全な休息」など存在しないことが証明された数日間でした。
職業病とは恐ろしいものです。
皆様も、旅行先のホテルのサッシや、エアコンの吹き出し口が気になり始めたら、それは立派な「掃除屋の素質」があります。ぜひ弊社へ履歴書をお送りください。
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使い捨てのクシやカミソリも、工夫次第で立派な武器になります。
特に【マキシマム・マンゴー・ワイパー】は、帰社後に正式な掃除用具として採用を検討しています。
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海での「インク漏れ事故(タコ入道)」については、現在メーカー(海神様)に問い合わせ中です。
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皆様も、心や体に「不純物(ストレス)」を溜め込みすぎないよう、こまめなメンテナンスを心がけてください。
さて、休暇も終わり、オフィスにはまた日常が戻ってきました。
留守の間に溜まった依頼書と、新しく入ったバイト君(元・大天使長)の教育で、明日からもてんてこ舞いになりそうです。
彼は「空を飛べる」ので、高所作業や窓拭き要員として期待しています。ただ、相変わらず堅苦しいのと、やたらと「神の御加護がありますように!」と叫びながら拭くので、近所迷惑にならないか心配ですが。
最後になりますが、今後とも引き続き応援いただけますと幸いです。
皆様の応援は、社員のボーナス査定と、私の腰の治療費に直結いたします。
世界がある限り、汚れは生まれ続けます。
ですが、ご安心を。
どれだけ汚れても、私たちが必ず綺麗にしますから。
それでは、次の現場でお会いしましょう。
皆様の明日が、一点の曇りもない、ピカピカの一日でありますように。
株式会社クリーン・ファンタジー
代表取締役社長 灰坂ソウジ
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