追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ

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第6章:S級清掃員の天敵

第26話:新人バイトは『空飛ぶ窓拭き係』

 株式会社クリーン・ファンタジーの朝は早い。
 だが、今朝のオフィスはいつも以上に騒がしかった。

「おい新人! 床が水浸しだぞ! 何やってんだ!」

 給湯室の前で、灰坂ソウジが怒声を上げる。

 「地面が汚れているなど、神の庭としてありえない」とブツブツ言いながら、「聖水」を使って床をビチャビチャにしていたのだ。

 金髪のおかっぱ頭に、背中には小さな白い翼。
 中性的な美貌を持つ彼は、先日入社したばかりのミカエル(通称:ミカくん)だ。

 その正体は、元・天界の大天使長である。
 ……が、今はただの「使えない新人バイト」だった。

「洗剤の希釈もめちゃくちゃだぞ。なんだこの濃さは」

「申し訳ありません、ソウジ様。『天使のさじ加減』で、濃いほうが浄化力が高まるかと……」

「料理じゃねぇんだよ! 規定量を守れ! あと『浄化』じゃなくて『洗浄』な!」

 ソウジは頭を抱えた。
 太陽での一件でプライドごとリセットされ、性格は素直になったものの、人間界の常識(特に掃除の基礎)が欠落しすぎている。

「はぁ……。剣崎、教育係はお前に任せたぞ」

「勘弁してくださいよ社長。彼、プライドが高すぎて『床這いつくばり』ができないんですよ。『地面は低き者が這う場所』とか言って」

 人事部長の剣崎が、遠い目でコーヒーを啜った。
 そこへ、秘書のコアちゃんがタブレットを持って駆け寄ってくる。

「社長! また厄介な依頼が来ましたよ!」

「今度はどこだ? エリア51か? 南極か?」

「いえ、都内です。超高層ダンジョンビル『バベル・タワー』の最上階レストランから、『窓が見えない』とのクレームです!」

 ***

 現場に到着した一行は、エレベーターで地上500メートルの最上階へと上がった。
 高級イタリアンレストランの窓際からは、本来なら東京の絶景が見渡せるはずだ。

 しかし、現状は悲惨だった。

「うわぁ……。こりゃ酷いな」

 ソウジが顔をしかめた。
 巨大なガラス窓の全面が、白いペンキをぶちまけたように真っ白に汚れているのだ。

「原因はアイツらですね」

 剣崎が指差した空の彼方には、怪鳥の群れが旋回していた。
 【バード・ボンバー(爆撃鳥)】
 強力な酸性のフンを撒き散らす、高層エリアの厄介者だ。

「外壁にゴンドラ用のレールもねぇし、この強風じゃドローンも飛ばせない。……普通の業者が断るわけだ」

 ソウジは窓に手を当てた。
 内側から拭いても意味がない。汚れは全て外側だ。
 地上500メートルの空中で、足場もなしに窓を拭くなど自殺行為に等しい。

「社長、どうします? 今回ばかりは『スライムキラー』をかけるわけにもいきませんよ。下に人がいますから」

 剣崎の問いに、ソウジは腕組みをして考え込んだ。
 そして、ふと視線を横に向けた。

 そこには、窓の外を飛ぶ鳥たちを「不浄な生き物め……」と睨みつけている、白い翼の少年がいた。

「……おい、ミカエル」

「はい! なんでしょう、ソウジ様!」

「お前、その翼は飾りか? 空、飛べるよな?」

 ソウジの言葉に、ミカエルはきょとんとして、パサッと翼を広げた。

「愚問です。天界への帰還こそ叶いませんが、この程度の大気圏内など庭のようなもの」

「よし。採用だ」

 ソウジは業務用の『高所作業用ワイパー(3メートル)』と、腰袋に入った『ガラスクリーナー』、そして『スクレイパー』をミカエルに手渡した。

「行ってこい。あの窓をピカピカにしてくるんだ」

「は? わ、私がですか? 外へ?」

「高所作業はお前の専売特許だろ。……まさか、できないのか?」

 ソウジに挑発的な目で見られ、元・大天使長のプライドに火がついた。

「ふ、ふふん! 侮らないでいただきたい! 空戦機動における私の機動力は、音速をも超えます!」

「よし、その意気だ! 行ってこい!」

 ソウジは非常用ハッチを開け、ミカエルを強風吹き荒れる空へと放り出した。

 ヒュオオオオオオッ!!
 猛烈なビル風が襲いかかる。

「うわっと!? ち、ちょっと風が強いですが……!」

 ミカエルは翼を大きく広げ、気流を捉えた。
 ピタリ。
 彼は空中で静止(ホバリング)して見せた。

「さあ、仕事の時間だ。……汚らわしい鳥のフンどもよ、我が聖なるワイパーの錆となれ!」

 シュバッ!

 ミカエルがワイパーを振るう。
 その動きは、地上でのポンコツぶりが嘘のように洗練されていた。
 空中にいる彼は、重力から解放され、水を得た魚――いや、空を得た天使だった。

「そこだ! 右舷、白い汚れを確認! 洗浄液散布!」

 プシュッ、キュッ、キュッ!

 彼が通った後のガラスが、鏡のように輝きを取り戻していく。
 そこへ、バード・ボンバーの群れが「縄張りを荒らすな」とばかりに襲いかかってきた。

「ギャアアアッ!」

「おっと、無駄ですよ」

 ミカエルはひらりと身を翻し、鳥たちの突撃を紙一重で回避する。
 そして、すれ違いざまにガラスを拭く!

「回避と同時に拭き上げ! これぞ天界式・機動清掃術!」

 そのあまりにシュールかつ神々しい光景を、コアちゃんがしっかりと『ComePro』で世界配信していた。

『え、なんか空飛んでね?』
『合成? ワイヤー? いや翼が生えてるぞ』
『天使だ! 天使が窓拭きしてるwww』
『無駄に神々しい窓拭きで草』
『回避機動が無駄にガチwww』
『そこまでして窓を拭きたいのかこの会社は』
『これがブラック企業の新人研修か……』

「よし、フィニッシュです!」

 ミカエルは最後の汚れをスクレイパーで削ぎ落とすと、空中で一回転してポーズを決めた。
 太陽を背に輝くその姿は、まさに聖画の一枚のようだ。
 手に持っているのがワイパーでなければ。

 ***

 数十分後。
 オフィスに戻ったミカエルは、少し顔を紅潮させていた。

「どうでしたか、ソウジ様! 私の華麗なる空戦清掃は!」

「ああ、悪くなかったぞ。……拭き残しもない。合格だ」

 ソウジが親指を立てると、ミカエルは「やりました!」とコアちゃんとハイタッチした。
 床拭きはからっきしだが、どうやら「空中の汚れ」に関してだけは超一流らしい。

「よし、ミカエル。今日からお前を『高所作業班チーフ』に任命する」

「チーフ! なんと甘美な響き……! このミカエル、粉骨砕身働かせていただきます!」

 単純な元天使は、目をキラキラさせて敬礼した。
 こうして、クリーン・ファンタジー社に、また一つ新たな「最強の戦力(ただし高所に限る)」が加わったのだった。

 だが、彼らはまだ知らない。
 空の敵には無敵の彼らにも、まもなく「地面を這い回る最悪の天敵」が迫っていることを。

(続く)
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