追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ

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第6章:S級清掃員の天敵

第27話:おばあちゃんの塩は『S級ポーション』より効く

 新入社員ミカエルが「空飛ぶ窓拭き係」として覚醒した日の夕暮れ。
 仕事を終えた灰坂ソウジは、一人で下町の路地を歩いていた。

「ふぅ……。今日は新人の教育で疲れたな」

 彼は古びた駄菓子屋『梅の屋』の前で足を止めた。
 ここはこの街で数少ない、ソウジが「仕事」を忘れてくつろげる場所だ。

「こんばんは、梅さん。まだやってるか?」

「おや、ソウジちゃん。いらっしゃい」

 店番をしていたのは、腰の曲がった小柄な老婆、梅さんだ。
 彼女はソウジが「S級清掃員」として世界中で騒がれていることなど知らず、昔馴染みの「掃除屋のお兄ちゃん」として接してくれる貴重な存在だった。

「いつものラムネと、麩菓子もらうよ」

 ソウジは小銭を取り出し、愛用のヘルメット(アクションカメラ『ComePro』付き)をカウンターの上に無造作に置いた。

 ガツッ。

 その衝撃で、『ComePro』の配信ボタンが何かに押し込まれた。
 
 ピロン♪
 【配信を開始しました】

 しかし、ソウジは気付かない。
 彼はパイプ椅子に腰掛け、ラムネのビー玉を押し込んだ。

『ん? 通知来た! 緊急配信か!?』
『今度はどこだ? 魔界か? 深海か?』
『……え、駄菓子屋?』
『お菓子食ってるだけじゃねーか!』
『平和すぎて草』
『背景が昭和レトロすぎる』

 視聴者たちが困惑する中、梅さんがお盆にお茶を乗せてやってきた。

「はい、お茶どうぞ。……ごめんねぇ、急須が汚くて」

 梅さんは申し訳無さそうに眉を下げた。
 出された急須の注ぎ口には、茶色い「茶渋」がこびりついていた。

「どうしても落ちなくてねぇ。漂白剤もきらしてるし……」

「…………」

 その言葉を聞いた瞬間、ソウジの目が鋭くなった。
 職業病の発動だ。

「梅さん。塩はあるか?」

「え? お塩かい? あるけど……」

「あと、ラップかアルミホイルの切れ端を少し」

 ソウジは梅さんから塩を受け取ると、ラップを丸めて少量の水をつけた。

「いいですか、梅さん。茶渋っていうのは、お茶の成分が固まった頑固な汚れです。洗剤だけで落ちない時は、こうするんです」

 彼は急須の汚れに塩を振りかけ、丸めたラップで優しく、円を描くように擦り始めた。

 ジョリ、ジョリ、ジョリ。

「塩の粒子は硬いので、天然の『研磨剤』代わりになるんです。スポンジだと塩が入り込んじゃうんで、ラップを使うのがコツです」

 数秒擦ってから水で流すと、茶色く変色していた注ぎ口が、新品のようにピカピカに輝いていた。

「おやまぁ! 魔法みたいだねぇ!」

「へへっ、身近なものでも代用できるんですよ。もし酢かレモン汁があれば、塩と混ぜてペーストにするともっと効果的です」

 ソウジは得意げに鼻をこすった。
 その様子に、コメント欄が盛り上がる。

『へぇ~、塩で落ちるのか』
『知らなかった、今度やってみよ』
『世界を救う英雄のアフターが「茶渋落とし」てwww』
『おばあちゃん子かよ、好感度上がるわ』
『この知識、ダンジョンで役に立つのか?』
『S級ポーション(塩)』

「ただ、注意点があります」

 ソウジは真面目な顔で付け加えた。

「これはあくまで『研磨』、つまり表面を薄く削って光らせているんです。だから、プラスチック製品や柔らかい素材には使わないでください。傷だらけになっちゃいますから」

「なるほどねぇ。表面を削って、ツルツルに磨き上げるんだねぇ。勉強になるよ」

 梅さんの感心した声が響く。
 平和な時間が流れていた。
 だが、この「研磨の理屈」が、まさかあんな悲劇を招くことになるとは、今のソウジは知る由もなかった。

 その時。
 ソウジのスマホがけたたましく鳴り響いた。
 着信画面には『剣崎』の文字。

「……悪い予感がするな」

 ソウジが電話に出ると、鼓膜が破れそうな絶叫が聞こえてきた。

『しゃ、社長ォォォォォ!! 緊急案件です!! 今すぐ来てください!!』

「なんだ? ゾンビでも出たか?」

 ソウジはのんびりとラムネを飲み干した。
 しかし、次の剣崎の言葉で、その表情が凍りついた。

『いえ……もっと恐ろしいものです! 地下鉄ダンジョン『メトロ・アビス』で、探索者たちがパニックになっています!』

「恐ろしいもの?」

『はい! 黒くて、カサカサ動く、速い影の大群です!!』

「…………は?」

 ソウジの手から、空になったラムネ瓶が滑り落ちた。
 ガシャーン。

「く、黒くて……カサカサ……?」

『ええ! しかも飛んでます! 社長、早く来てください!』

 ソウジの顔から血の気が引いていく。
 最強のS級清掃員が、初めて見せる「恐怖」の表情だった。

「悪い、梅さん。……急用ができた」

 ソウジは震える手でヘルメット(配信中)を掴むと、ふらつく足取りで店を飛び出した。

『おい、今の聞いたか?』
『黒くてカサカサ……まさか』
『あの英雄がビビってるぞ』
『これはヤバイ予感』
『この知識が何の役に立つんだ?(フラグ回収の予感)』

 平和な日常は唐突に終わりを告げた。
 向かう先は、人類にとって最も忌むべき「天敵」が待つ、暗黒の地下鉄ダンジョン。

(続く)
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