追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ

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第6章:S級清掃員の天敵

第28話:人類共通の敵、現る

 都心の地下深くを走る、地下鉄ダンジョン『メトロ・アビス』。
 かつては大勢の通勤客を運んでいたその場所は、今は湿った空気が漂う魔窟と化していた。

「しゃ、社長……。ここです。探索者たちがパニックになって逃げ帰ってきたエリアは」

 人事部長の剣崎が、懐中電灯を震わせながら言った。
 彼の背後には、青ざめた顔の灰坂ソウジと、新人のミカエル、そして聖女セシリアが続いている。

「…………」

 ソウジは無言だった。
 いつもなら「なんだ、ただの埃っぽい通路か」と軽口を叩く彼が、今日は妙に静かだ。
 額には脂汗が滲んでいる。

「社長? どうされました?」

「……おかしい」

 ソウジはゴーグルを押し上げた。

「いつもなら、ダンジョンに入った瞬間に『汚れデータ』が表示されるはずなんだ。……だが、ここは何も出ない」

「え? 綺麗ってことですか?」

「いや。……何かが、俺の『掃除本能』を拒絶している」

 その時だった。

 カサカサ……。

 壁の裏側から、乾いた摩擦音が響いた。
 一つではない。百、いや千の音が重なり合い、闇の中で蠢いている。

「ひっ……! な、なんですかこの音!?」

 セシリアが短い杖(布団叩き)を構えて身構える。
 ミカエルも翼を広げ、警戒態勢に入った。

「来ます……! 前方、未確認生物多数!」

 カサカサカサカサカサッ!!

 闇の奥から、黒い奔流が溢れ出した。
 それは、ただのモンスターではなかった。

 体長1メートル。
 油を塗ったようにテラテラと黒光りする流線型のボディ。
 異常に発達した長い触角。
 そして、見る者に生理的な嫌悪感を植え付ける、無数の棘が生えた脚。

 【プレデター・コックローチ(黒の捕食者)】。

 人類がDNAレベルで恐怖する「害虫」の王が、そこにいた。

「…………ッ!!」

 ソウジの解析ゴーグルに、かつてない警告ウィンドウが赤く点滅した。

【警告:精神汚染リスク増大(Mental Pollution)】
【種別:害虫(Pest)】
【脚の毛:剛毛(密集度AAA)】
【全身の脂:ねっとりとした不快な粘液】
【移動予測:不規則(カオス理論適応外)】
【推奨:直視禁止(Don't Look)】
【解析不能:これは『汚れ』ではありません。敵です】

 普段、ドラゴンすら「油汚れ」と認識するソウジの脳が、この敵だけは「汚れ」への変換を拒否したのだ。
 あまりにも、そのフォルムが完成されすぎていたからだ。

「……あ、あ、あ……」

 ソウジの口から、乾いた音が漏れた。
 黒い捕食者の一体が、長い触角を揺らし、ソウジの方を向いた。
 そして。

 ブオォォン!!

 背中の羽を広げ、低く重い羽音を立てて飛翔した。
 その軌道は、予測不能かつ不規則。
 一直線にソウジの顔面へと向かってくる。

「う、うわあああああああああッ!!!」

 地下鉄構内に、伝説のS級清掃員の絶叫が響き渡った。

「来るなァァァ! こっち飛んでくんなァァァ! 無理無理無理ッ!!」

 ソウジは持っていたモップを放り出し、脱兎のごとく背を向けて走り出した。
 戦略的撤退ではない。
 完全なる、パニックによる敵前逃亡だ。

「しゃ、社長!? 職場放棄ですか!?」

「バカ野郎! あれは掃除じゃねぇ! ただのデカい虫だ! 俺は帰るぞ!」

「ちょっ、待ってくださいよ!」

 その一部始終は、駄菓子屋からつけっぱなしになっていたヘルメットの『ComePro』によって、全世界へ高画質配信されていた。

『うわああああああああああ!』
『出たァァァァァ!』
『Gだ! しかもデカい!』
『これアカンやつや』
『画質良すぎて吐きそう』
『画質落としてくれ! 4Kで見るもんじゃない!』
『社長が初めてビビってるwww』
『逃げるなwww いや逃げていい、これは無理』
『【悲報】伝説の英雄、Gに敗北』
『わかる。ドラゴンより怖いもん』
『人類共通の敵すぎる』

 画面の向こうの視聴者たちも、阿鼻叫喚の嵐だった。
 どんな強敵にも一歩も引かなかった男が、涙目で逃げ惑っている。
 その姿に幻滅する者は誰もいなかった。むしろ、全人類が深く共感していた。

「キシャァァァァッ!!」

 プレデター・コックローチの大群が、カサカサと壁を埋め尽くし、ソウジたちを包囲していく。
 生理的嫌悪感の波状攻撃。

「剣崎ィ! セシリア! なんとかしろ! 俺はあいつに触れない!」

「む、無茶言わないでくださいよ!」

「私も嫌ですわ! あんなの布団叩きで叩いたら、汁が飛び散りますもの!」

 絶体絶命のピンチ。
 だが、混乱するソウジはまだ気づいていなかった。
 この後、自身が放つ起死回生の一手が、最悪の事態を招くことになるとは。

「くそっ、近づくな! 水だ! 水で流してやる!」

 ソウジは震える手で、背中のタンクに繋がった『ケルベロス・ヒャッハー』のノズルを構えた。
 それは、汚れを落とすための道具であり、敵を倒すための武器ではない。

 そして、悲劇の幕が上がる。

(続く)
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